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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
【そのメイド、敏腕につき】

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35/49

出来る姉貴分は不出来な弟分を心配する


 誰の人生が、一番変わったんだろう―― 


 イヴは今でも、あの晩夏のことを想い出す。

 正確には、夏の終わりと秋の初めの端境期だった。あの短い季節の間で、何人もの人生が変わったのだ。あの姫君は確かに色んな人間の先行きを変えた。

 それには勿論「何故に、万年メイド?」と西の辺境伯家で七不思議に数えられていた自分も含まれているのだが、やはり劇的にその境遇が変化したのはイアルだろう。


思えば、少し前から館はザワついていた。

まあ一部だ。小さな違和感が幾つも組み合わさって、何か気色悪いんですけど? とか思ってたら、とうとう現上司のサルダーニャが吠えた。  


 『もうっ‼ どーすんのよっっ⁉』


あ。コレ、ホントは穴掘って叫びたいヤツだ。

辛く厳しい修行時代、現侍女頭サルダーニャは夜中に庭の隅っこに穴を掘り、ココロの叫びを吐き捨て続けたと言う。掘っては埋め、埋めては戻し……けっこう壮絶じゃんかと思つたが、おかげで沈着冷静、不動の盤石(おおいわ)と評される今がある。

だから、現在のサルダーニャがイヴにも聞こえる音量でブチギレるというのは、尋常ではなかった。 


 しかも、一言では済んでなかった。


『なんでっ! いきなり連れて来んのよっ!!』

『全部が全部、事後承諾ってっっ⁉! どーゆーことよッ‼⁈』


――あ。大体わかった。


お館様だ。また何かしでかしたな。あのヒト。

 そういやチョイ前、侍女頭と家宰殿とで顔突き合わせて密談してたわ。


 物凄く真剣で深刻そうだった。なので、イヴはあえて近寄らなかったのだ。


(おお。クワバラ、くわばら。触らぬ神に祟りなし)


自分に火の粉が降りかかっては堪らない。サルダーニャのことは尊敬しているし、絶大な信頼を寄せもしている。上司が彼女でよかったとさえ思っている。なんでお助けしたいのは山々だが、現状イヴも仕事は手一杯である。これ以上の荷重になると、お互い潰れる。


 しかし常ならぬ絶叫のしばし後、イヴは取り急ぎ侍女用の服を調達するよう言いつけられた。至急。最優先で。かつ新品限定。


「メイド服なら余分がありますけど?」

 だがイヴの提案は、それでは丈が短いと即座に却下されてしまった。


 ふうん。

 またお館様が急に難しい客でも招いて、そいで臨時に侍女でも雇うのかな。即戦力が来てくれるなら、そりゃこっちも助かるけどさ。


 それで出入りの仕立工房に無理を言い、見本用のを二、三着見繕ってもらった。サルダーニャは、それをわざわざ洗濯させた。


(あれ?)


 そして今度は、乾いてキレイにコテを当てたその衣服をイヴの知らない何処かへやってしまった。


(何? 誰か新入りが来るんじゃないわけ?)


 誰が来ようが教育係はイヴである。自分に一言もなしというのは有り得ない。

 さらに数日後、イヴは内密でお使いを仰せつかった。


「はい。で、どこまで?」


 サルダーニャがイヴをお使いに出すこと自体が異例だった。イヴがいないと、たちまち支障を来すからいつもは出したがらないのだ。イヴを置いておかないと、サルダーニャはうっかり休憩も取れないはずである。


「――前侍女頭のお宅まで」


 な――何ですと?


 ゼフィネ様はイヴの最初の上司でサルダーニャの師匠。かつての館奥向における絶対女王だ。恐いもの知らずと評されるイヴでさえ、未だに緊張する。正直、好んで行きたい場所ではない。


 サルダーニャは、さらに耳打ちに教えてくれた。


「今、あそこに秘匿の客を預けてある。その衣装のお世話を頼みたいのよ」

「お客……」


 しかもその客とはうら若い娘さんだと言う。加えて、姫君と呼ぶようにとも固く申し渡された。


「ちなみに超の付く訳アリだから。くれぐれも部外秘で」

「それは――」


 イヴの中で、先日来の諸々が繋がった。


「こないだご用意した侍女服と、関係あります?」


 サルダーニャは盛大に溜め息をついた。これ自体が珍しい。日頃は、ボヤくならその間に一緒に手も動かせ! という侍女頭である。


「まったく、あんたって子は。なんでそう勘がいいんだか」


 サルダーニャは秘密主義ではない。必要事項なら教えてくれる。イヴとて別に知りたがりではない。情報は武器になるが、好奇心は猫を殺すと知っていた。二人とも、この世には知らない方がいいことが多々あるのをよく承知している。


(やっぱ、お館様――か)


「具体的には、どんな訳アリで?」


あえて踏み込んだイヴに、サルダーニャはさらに深い溜め息をついた。重ね重ね珍しい。最早、異常事態だ。


「イヴ」


チョイチョイと手招きされて、さらにイヴが近う寄ると、サルダーニャは手の平を立てて囁いた。


「……お館様のお手付き」


 は? 今、なんて?


「――これ以上は聞かないで」


さしものイヴも、危うくひっくり返るところだった。


 あのお館様の?

いや、そりゃあ。成人男性だし。いい年だし。おまけに離婚歴まである。ほんの二回ほど。それに世間的に考えれば、正妻の座が空席なのに側女愛妾を置いていない現況の方がおかしいのだ。


けど。大丈夫なのか。女運だけはないぞ、あの方。もうトコトン、壊滅的に。

 公人としては超の付く強運の持ち主だが、私生活的にはおそらく極端な最凶運である。イヴは担当外につき、主の私的な女遍歴までは把握していない。けれど、こと結婚相手に限っては今までロクなのが来ていない。大ハズレもいいとこだった。もうクラクラ眩暈がするレベルだ。


 だからイヴとしては、一抹の不安を覚えずにはいられなかった。

子供の頃からお仕えし、既に最古参の部類に入っているからこそ主の為人(ひととなり)は把握している。


(なんか。エライことになってる気がする)

 

 もう不吉な予感しかしない。



そして。さらに。

イヴが赴いた先、前侍女頭の隠居宅にはイアルがいた。

イヴの幼馴染で弟分だ。一応、正騎士。しかし今のところ永遠の(ヒラ)である。


は? 何? どういうこと? どうなってんの? 


(なんででココに。何故にイアルが?)


 ここでイヴの不安は一気に増幅した。

 人として、イアルには何の問題もない。だがあらゆる面で生きる技術(アルテ)が不足している。それが災いして何かと不遇な立場に甘んじているのだ。

 そのイアルが、もしかまさかの姫君の護衛騎士として詰めていた。


 ――ダイジョウブなのか。コレ!?


 いち早く一連のザワつきを嗅ぎ取れていたイヴは、あらためて一抹どころではない不安に襲われたのだった。



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