平常――運、転?
「私がいただいたひまわり。あれは、とても貴重な花だったのでしょう?」
ジョシュ爺さんがその温厚な気性にそぐわない過激な噂をぶち込んで、サッサと言い逃げして帰った翌日。ゼフィネさんの隠居宅では、姫君とゼフィネさんが穏やかに会話していた。
「今の時分にあんな可愛らしい花束を……きっと、苦労して手に入れていただいたお花なのですよね」
――地誌や農政記録、ちゃんと読んでるんだ。
話題は、姫君が最初にもらったびまわりの花である。
よしよし。してやったりと、家宰殿がほくそ笑む顔が見える気がした。
「お慰めになれば幸いですわ。姫君に愛でていただいて、花達もさぞ喜んでおりますでしょう」
ゼフィネさんが鷹揚に微笑む。
「辺境伯家館の庭では、領内各地から植物を集めて育てているのです。中には庭師の工夫で、本来の季節よりも長く花を楽しめる種類もございますよ」
そうだったのか。知らなかった。
花咲く庭園など、イアルには無縁の世界だった。庭師が丹精込める花園はきっと、館の奥にでもあるのだろう。
――あれ? 確か先の奥方様がいらした時、館の庭園には花が少なくて種類も乏しいとかって。いたくご不満だったのじゃあなかったか?
(いや。今、そういうのはどうでもよくて)
なんでこの人たちは、こんな平気に会話できるんだろうか。
二人ともごく普通だ。まるで何事もなかったかのように話している。
旧街道も野盗も、会話の端どころか影すらも出て来ない。
(よく普通に喋れるよな。二人とも)
イアルは自分の未熟ぶりを痛感した。
ジョシュ爺さんのもたらした衝撃から、まだ自分は立ち直れていない。
あれだけ色々ぶちまけられた情報を、イアルは一晩では巧く処理できなかった。
だから、全然普段通りになんか装えてはいない。朝一の自分がどんな表情をしていたものか、さっぱりわからなかった。だがうつらうつらとさえできなかったから、さすがに徹夜明けのひどい顔だったはずだ。無駄にあれこれ考え過ぎたせいで、朝からクタクタに疲れ果ててもいた。
(ゼフィネさんは、それなりに年季が入ってるからわかるけど――)
姫君はこの若さだ。もしか、すごい大物なんじゃなかろうか。
(それとも。女性って、肝が据わってるものなのか? 年齢とか一切関係なく?)
またもイアルは、幼馴染のイヴを思い出してしまった。
子供時分、ちょうどイヴ達がこんな風だった気がする。
イヴは口が達者だったから、同じ孤児院内で誰彼なしに衝突した。イヴは一言多いのだ。というか、毎回二言三言以上は言い過ぎる。しかも的外れではなく、核心を突いてほぼ相手の痛いど真ん中を刺してくるから、時として大喧嘩に発展した。
喧嘩相手に男女の差はなかった。だが男子ではとても歯が立たない。そして百戦錬磨のイヴは、年上だろうと平気でへこました。年長の女子でもイヴ相手に健闘できるのは少なかったと思う。それでもたまに同年代の女子なんかに命知らずがいて、向こう見ずにもイヴに戦いを挑んできた。
いつだか忘れたが、一度周囲がドン引きするくらいの物凄まじい大喧嘩になって、口だけでは済まず互いにつかみ掛かりそうになったのだ。
「こ、コレ食えよ」
仲裁する度胸なんて、イアルにもなかった。大きい少年達さえ逃げていた。
ビビったイアルは、なけなしのおやつを取って来て差し出してみた。他に方法を思い付かなかったからだ。すると、二人から一斉に憑き物が落ちた。
「あら、ありがと」
二人同時に言って、すぐさま仲良くキャッキャッと食べ始めた。
イアルは拍子抜けして、ホッとするより腹が立ったのを覚えている。
え? なんだよ?
そのケロリは何? お前等、今の今まで取っ組み合いしそうだったんじゃないの?
何故か、あれが浮かんだ。ああいうのと――似ては、ないのか。
「あの花は、姫君へのお館様の心尽くしでございますよ。一番美しく咲いたものをシャールに持たせて届けさせたのでございましょう。これからも折々に贈ってくださるでしょうから、どうぞ楽しみにお待ちなさいませ」
今日のゼフィネさんはご機嫌麗しいようだ。何よりである。
しかし。うーん。お館様の心尽くし? それは……どうだろうか?
(お館様。そんな気が回られるかな?)
どちらかというと、シャールあたりが気を利かせて独断で手配しているとイアルは思っている。でなければ、現侍女頭サルダーニャの配慮とか。いずれお館様の発案ではないと見ていた。
(でも。そういうのは、たぶん思ってても言っちゃあいけない)
それに、できれば当面お館様のことはあまり考えたくない。もう思い付くすべてがコワ過ぎて、イアルの心臓に悪過ぎる。もうお腹いっぱい。しばらくは勘弁しといてください。イアルはそういう心境なのだ。
「さあ、できましたよ」
それでもさすがに昼食を済ませた頃には、イアルも多少は持ち直していた。
どの道、持ち場も仕事も変わらない。今できることを淡々とやる。それしかないのだ。
「わあ……どうもありがとう、ゼフィネさん」
この間からのゼフィネさんの手仕事は繕い物ではなかった。姫君用に持ち込まれた地味な色味の衣類の数々を、直してあげていたらしい。主に肩のトコとか。時々に向かいに座る姫君に当ててみたりするので、さすがにイアルでも気付いた。
「嬉しい! 明日はこれを来ますね」
「まあ。ホホホ」
(え。こんなに仲良かったっけ?)
何やらゼフィネさんと姫君の距離が縮まっているような。気のせいか?
「私も、ゼフィネさんと一緒に針仕事をしたいわ」
姫君がゼフィネさんの手許を見ながら言い出した。
「布と刺繍糸をお願いしたいのだけど。ダメかしら?」
「それはよろしいですわね」
ゼフィネさんも上機嫌で応じる。
「けっこうでございますよ。次にシャールが来たら、頼んでおきましょう」
ゼフィネさんはにこやかに請け負った。
(なんかめんどくさいやりとりをしてんなあ……)
寝不足の頭で、イアルはぼんやりと思った。
なんで予めゼフィネさんに断りを入れるのか。前の、読み物の時みたいに、直にシャールに言えば早いのに。
だがこういう細々した段取りの一つ一つが意外と大事で、姫君が着々とゼフィネさんと仲良く暮らすコツを掴みつつあることを、この日のイアルはまだ知らない。




