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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第五章 姫君は――誰?

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花嫁達の消息


 ジョシュ爺さんが来たその夜、とうとうイアルは眠れなかった。


 『どうせその内、嫌でもわかる』


 ラウルの言った通りだった。

溜息混じりにぼやいていた意味を、遂にイアルもわかってしまった。


『せめてそれまでは知らんでおけ。ほんと、心臓に悪いからよ』


 もういい。こんなの心臓に悪過ぎる――


 ラウルが仏頂面だった理由。気にはなっても知らない方がよかったであろうその理由を、こんな形でイアルまでが知ってしまった。


(勘弁してくれ)


 これ以上は聞きたくない。もう何も知りたくない。

無駄な抵抗だと知りつつも、イアルはそう願わずにいられなかった。




 『三人目だぞ? いったいあのバカ、何人不幸にしたら気が済むんだ⁈』


 公都の新大公が新たに三人目の花嫁を迎えるという噂は、この西の辺境にまで知れ渡っていた。

 三人目にもなるのは、既に正妃がいて、さらに側妃も一人いたからである。

 だから辺境領では猛反発を食らっていた。男女の人口比率が歪で、生涯独身を覚悟する若者が少なくない地なのだから、当然だ。


 また他所であっても、決して評判は芳しくない。

大前提として、ドミネの神の教えに悖る。そもそも一夫一妻が建前の宗教なので、まるで南の帝国や西海のような一夫多妻状態は、明確に教義に反していた。


 ドミネ信仰圏では、王家以外では堂々と側室を置かないのが習いだ。

その王家でさえ、側妃を娶るのは一定の条件下に限られていた。婚姻後三年しても後継を得られないとか、わりと細かな規定がある。

 そして王家以外でも、体裁として表に出せる正規の配偶者は一人と決まっていた。実情はともかく、そういうことになっている。だから花嫁になる相手は基本的に一人、というのが原則のはずだった。


 『あんな好き勝手して、許されるのか?』


 本来なら大問題になるはずの現状が、黙認というか事実上放置されているのは、新大公が貴賤結婚を強行したからだ。これは大いに物議を醸した。

 そして結婚式こそ挙げたが、総本家たる北の王家はこの婚姻を追認しなかった。婚儀を執り行った司祭が、後にドミネ教会から破門されている。

 神聖なる結婚の秘跡を冒涜したという名目での処分だったが、ドミネ教徒にとっては死罪よりも重い罰になる。破門されると死後にドミネの神がおわす天国に行けなくなるからだ。狡猾だった本来の管轄司教は、最初から逃げている。

 それで代わりに貴賤結婚の秘跡を押し付けられた哀れな司祭だけが、たかだが職権乱用程度のお咎めで苛烈過ぎる報いを受けることとなった。

要は見せしめで、つまりは王家の強烈な意思表示である。

 よって公式には、彼等の結婚は未だ成立していない。


 現在、公宮はたいへん珍妙なことになっている。


 新大公と大恋愛をを経て結ばれたはずの平民出身の妃は、当然ながら要求される正妃の役割を果たせなかった。生まれが平民なのだから当たり前で、予想されたことなのだが、仕方がないでは済ませてくれない。

 それで早々に代役が必要になった。公国貴族から適当な相手を選んで側妃に迎え、今はその側妃が対外的な正妃の役目を務めている。そして形だけの冠を正妃がかぶる。 

 つまり見せかけ上の妃の位置付けと現実的な扱いが逆転するという、かなり奇妙な現象が生じていた。


 『バカ大公は、誰も幸せにしていない』


 世紀のバカ息子、新大公はシオンと言う。とかく同性受けが最悪だ。

花嫁は三人目だが、現状で既に彼は三人もの女性を不幸にしていた。


 婚姻前からして、定められた婚約者を捨てている。

世人がギャンギャン非難轟々だった婚約破棄は、まだ記憶に新しかった。 

 

 不幸な女性第一号。元婚約者の公国二大侯爵家の令嬢ナターシャ・フォン・ブリゼは一時期、世の盛大な同情の的だった。


 元より彼女は総本家たる北の王家が認めたお墨付きの才媛で、公国最後の希望の星だったのだ。実質的な大公位代行を担うと、秘かに目されてもいた。

 栴檀は双葉より芳しく、幼少の砌から非常に聡明で才気煥発。

新大公が不出来な分、それを補ってあまりあると、彼女だけが一身に輿望を集めていた。この侯爵令嬢を付けていれば、何とかシオンの代も持つに違いない。

そう誰もが期待を寄せる存在だったのだ。

 

 シオンはその才色兼備を追放し、遠隔地の修道院へ追い遣ったことになる。

自分で自分の首を絞めた――そう切り捨てられても致し方ない。


 そして不幸にした二人目が、正妃に迎えた浮気相手。

こちらもけっこう悲惨なことになっている。最初は一般公国民の間では絶大な人気を誇ったのに、一気に凋落した。


 正妃の名はエステル。実務全般をこなす側妃の存在は地味だったが、さっぱり仕事を振れない正妃の方は、知名度だけが派手だった。


 平民出の妃は、公国史上最も特異な存在である。

 良くも悪くも、超の付く有名人。上にも下にも、彼女のことは非常によく知られていた。それは勿論、平民が大公家に入ること自体が異例のことで、それが妃に、しかも正妃に据えられるなど前代未聞の椿事だったからに他ならない。


 正当な婚約者である侯爵令嬢を追い落としたのに、そのナターシャ・フォン・ブリゼの代わりがつとまらなかった。

 公都の町娘には逆立ちしても無理な要求だったが、その揺るぎない事実がエステルから公宮での居場所を奪っていた。


『今いる側妃様だって、好きで嫁いでないんだろう?』


 三人目は側妃だ。現側妃も、あまり幸せそうではないと同情されている。

 本来が望んで輿入れしたわけではない。ドミネ教徒、しかもれっきとした貴族の娘が、たとえ大公家とでも正式でない婚姻を喜ぶはずがなかった。しかも平民出の妃の下座に就くのだ。

 おそらくは断れない状況に追い込まれた可能性が濃厚で、使えない正妃の代わりに酷使され、最近では健康を損ねているらしかった。


『関わる女性を次々と使い捨てている――』


 これも新大公が責められる理由の一端なのだが、西の辺境領ではことさらに貶される点でもあった。

 領近隣にも、不幸な女性を量産し続けている新興貴族がいる。

やはり蛇蝎のごとく嫌われ、辺境領民男性一般、特に若年層に激しく憎まれていた。

 取沙汰されないだけで他にもいるのかもしれない。だが地位と権力にものを言わせて、相手をとっかえひっかえする行為には、反感が根強いのだ。


『なんであんなのに次々と相手が見付かって、自分達には一人も当たらないのか』


 踏み込めば、本音はきっとこれに尽きる。

 辺境領の男女比には依然偏りがある。一般男性が必ず結婚できる保証はない。

あぶれた独身者がゴロゴロしている土地で、何人も花嫁を迎え続ける人間を快く思えるはずがなかった。


 ちなみに当地のお館様にも過去に二人の奥方がいて、次ともなれば三人目になるのだが、そこはまったく問題視されていない。ダブらない限りは不問とするのか、すっかり忘れ去られているようだ。




 (他人事だと思ってたのに――)


 新たに第二側妃にと、白羽の矢が立った女性がどんな人物なのかをイアルは知らない。ただ気の毒にと、痛ましく思っただけだ。


 新大公の花嫁達はみんな不幸になる。

 また四人目の犠牲者だなんて。またも懲りずに、あのバカ造が。そう憤っていただけだ。

 誰か助けてやれよ。そう思いはした。だがそれは遠い他所の、誰だかの話なわけで。まさか自分達が当事者になるなんて、爪の先程も考えない。

 


 『お館様の、オンナだ』


 突き刺すようなシャールの声が、鮮やかに蘇る。


 お館様。イアルが命を捧げても惜しくないと思っている主。

 時に、周囲を唖然とさせるような振舞いをなさるのは知っている。家宰殿以下、全員の目が点になるくらい思い切ったことをなさる。そしてお館様が旗を振られるその方向へ、皆必死に走って付いて行く。だいたいそんなカンジだ。

 だが不安なんて感じなかった。お館様の見据える未来に間違いはないからだ。

指差されるその先には、きっと明るい明日がある。新街道がそうだった。敷設の時は、借財で家も領も潰す気かと危ぶまれたが、結果的には大正解だった。


 それに、一面では驚くほど慎重で周到だ。城壁の補修然り。山岳地帯への対応だって的確だった。辺境領に編入してくれという要望があったのに、あえて自治領として独立させた。おかげで無用の摩擦を回避して、王国の介入を防げたのだ。


 最近では運河を掘るとか言い出されてるみたいだけど、たぶん色々と考えられた上でのことだ。


 (けど。だけど、これは)


 新街道で、落石事故なんか起きてない。

 旧街道に、野盗なんぞ出ていない。

 

 ――何やってくれてるんすか。


 家宰殿は承知してるのか? 知ってるよな。そりゃ。ゼフィネさん宅を姫君の受け入れ先にしたのも、家宰殿の差配のはずだ。さぞ頭を悩ませたことだろう。


(ヤバ過ぎんだろ、コレ――)


 有り得ない。信じられない。イアルだって頭を抱えたくなる。



『姫君を知らない誰かの目から隠し通すこと』


 ゼフィネさんの言葉を思い出す。


『姫君が何処かへ消えてしまわないよう、片時も目を離さないこと』


 この家での護衛が、決して単純な用心棒なんかではなく、文字通り命懸けでかからねばならない事情を、ここに至ってイアルも正しく理解した。

 バレたら無事では済まない。絶対の絶対に、姫君の存在を隠し通されなければ。



 お館様――


 イアルの敬愛するお館様。

 何を言い出されても、もう誰も与太話だなんて思わない。どんな無茶をなさろうと、イアルだけは付いて行く。そのつもりでいる。


 けど、だけどこんなの。


(ムチャクチャだ――)



 不眠とは縁がないはずのイアルなのに、その夜おそらく生まれて初めて、一睡もできなかった。


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