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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第五章 姫君は――誰?

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消えた花嫁(2)


 (あんな情なしに娶せられるだけでも気の毒だってのに……)


 気の毒過ぎる人身御供だ。見つからないのは、愚昧な大公の許へ送られる三番目の花嫁だった。それが崖下へ馬車だけを残し、消息を絶ってしまったのだ。


 頑丈に造られた車体が滅茶苦茶になっている。中の人間だけが無傷なはずがない。到底無事だとは思えなかった。どんなにおめでたく考えようが、おそらく考え得る最悪の結末となるのだろう。

 短絡的でも、ジョシュのように「馬車ごと落ちた」と結論付けるのが普通である。そしてその場合、「人死に」の可能性が濃厚だ。


 いなくなったのは大公の花嫁――


 行方不明なのは、花嫁とその護衛騎士だけであるらしい。よりによって、害が及んだのはいちばん大切なもの。絶対に、何事もなく公都へ送り届けねばならない、大事な存在だったはずだ。

 逆に随行達は護衛騎士一人を除いてどうやら全員が無事に逃げおおせたらしい。たいした怪我もしていないそうだ。

 今現在もだが、後々で大問題になるのは間違いなかった。



「儂等がお館様のご領の内を通れれば、そんな目に遭わんでも済んだろうになあ」


 可哀想になあ……善夫ジョシュは、早くも少し鼻声である。


 今も捜索は続けられているそうだ。

だが、おそらくもう望みは薄い。捜索は形だけのことで、まだ明言されてはいないが最低でも命が二つ三つ喪われたのに違いなかった。


「ほら、ちょうどこないだの雨で。新街道の山沿いのとこで落石して。折悪くして通れねかったとかでよ。そんで仕方なしに賊が出るような危ない旧街道を通らねばならなくなったみてぇだよ」


 え――落石? 聞いてない。何の話だ、それ。


 領内の新街道は、今や西の辺境領の主要な財源だ。この私道の通行料収入だけで辺境領の税収の何割相当かを稼いでいる。

 造る時こそ「当代お館様は頭がおかしいのか?」と不安がられていたが、その後「今のお館様は先見の明があった」と掌を大どんでん返しされたシロモノである。


 だから通行不能になる程の落石なら、必ず騎士団まで連絡が回る。新街道関連なら即時出動の重大案件になるのだ。それ程新街道の重要性は増していた。


 現在、イアルの扱いは『遊軍』だ。


 所属は第四隊。通称『訓練部隊』。先のある前途有望な若者は決して長居してはいけない場所だと言われている。そこに三年近くも留まるイアルは、騎士団内でも稀有な、はっきり言えば少々異質な存在になりかけていた。

 だが異色の、いつでも動ける『遊軍』なればこそ、不測の事態ともなればいち早く耳に入る。新街道の変事を、普段なら確実に一番に駆り出されるであろうイアルが知らないはずはなかった。


「運のないこった……事前に、ご領内の新街道の方を通らせてくださいって、先触れがあったらしいのになあ。その姫さん、まだ十六かそこらだって――うちの孫と、あんま変わらん年だよ」


 ジョシュ爺さんの孫――さっきイアルが見かけたあの少年だろうか。

 敷地入口あたりまでジョシュに付き添って来ていた。祖父が勝手から入るのを見届けて、そのまま回れ右して速足で葡萄畑の方へと駆け戻った少年。あの後ろ姿は、もっと幼いような気がした。


「可哀想に――可哀想になあ」


 孫は最低二人はいるってことか? いや、どうでもいいんだけど。


(まだ十代。せいぜい十六、七のお姫様――)


「なんぼお館のお偉いさん連中が今の公国をよく思ってなくてもよ。儂等領民がバカぼん公様を好きでなくてもよ。その姫さんは関係ねえもんを。誰も、なんも悪くねえ姫さんに意地悪して通せんぼなんかしねえもんを」


 全部で孫何人なのかは知らないが、善人善夫のジョシュは既に貰い泣きである。


「……それは、どちらのお姫様?」


 ゼフィネさんが、さも知らない風を装って訊いた。


「なんでも、どこだか遠くの。小さいご領地のお姫さんだったらしいよ」


 洟を啜りつつジョシュは答えた。


「それがものごっつう賢い姫さんなんだそうで。んで、大貴族の侯爵様のご養女てことにして、若い大公様の側女……じゃねえのか。側妃ってのか、公国じゃ。その側妃にさせるてんで、輿入れさすとこだったんだと」


 賢い、お姫様――


 そう、と相槌を打つゼフィネさんは怖ろしいほどの無表情だった。


 ジョシュ爺さんの齎した酷い噂の衝撃が、イアルの中でゆっくりと波紋を広げて行く。幾つもの違和感が漣のように細かくなり、残らず砕け散る。そして最後に唐突に舞い上がり、飛沫となって一気に弾けた。


(まさか)


 イアルの脳内は一つの結論を導き出していた。


(マジか――)


 瞬時、何もかもが繋がった。

 くっきりと輪郭を持った仮説が確信に変わった時、イアルの全身から血の気が引いた。


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