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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第五章 姫君は――誰?

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旧街道の惨劇


 「まあ、人死にってのは先走り過ぎだけども」


 暢気そうなジョシュの顔に似合わない、剣呑過ぎる話の展開だった。


 どうやら姫君にはお聞かせしたくない内容になりそうだ。

只今、姫君には二階で静かにお過ごしいただいている。おとなしく物音一つ立てず、上手に気配も隠されているようだった。


「……まだ見付かってないだけ、かも知れんしなあ」

 

 二杯目の果実水を、ジョシュは今度は少しゆっくりと飲んだ。


「――何があったの?」


 ゼフィネさんからも微笑みが消えていた。


「なんでもなあ。他所のお貴族様の馬車が、旧街道で襲われたとかでな」


 野盗か――


 イアルは小さく舌打ちした。


 辺境領にはめっきり現れなくなったが、世の野盗が根絶されたわけではない。

未だ他所では暗躍しているのだ。そう他所。旧街道自体が辺境領の外、他所である。仮にも現役の主要幹線道に区分されているので、旧街道筋には何かの時に備えて一応物見台も置かれてはいた。古い設備だが、近隣の複数領から持ち回りで常時人を詰めさせている。


 ただ正直、ろくな兵力は割かれていない。


 輪番制で、各領から警備要員を出すのだが、一人の騎士も張り付ついてはいなかった。それどころか兵士自体がいない。実情としてほぼ農民ばかりの構成である。

 何人いようが訓練されていなければ烏合の衆なのに、頭数までが少なかった。

単に慣例として、兎にも角にも当番領から最低限の人員だけを出す。その義務を果たしているだけのことであって、常に二人かそこら、せいぜいが三人である。

とても備えになるまい。


(今ドキあんなとこ通るのは――公国絡みか? じゃあ、公国貴族がやられたのか?)


 物見台の輪番領はさぞ慌てたことだろう。

 

「ほれ、公都の若い大公様―噂じゃ、あんまり賢くないらしいけども」


 ジョシュは一応、声を潜めた。


(いや、爺さん。ここで小声にする意味とか、あるか?)


 こんな辺境の片田舎でヒソヒソコソコソ言っても、公都まで悪口が聞こえるはずはない。花の公都。公国の首都は遥か遠い。それに賢くない「らしい」ではなく、クッキリはっきり愚かなのだ。これは推測ではなく客観的事実である。


『大公国の百年も、今上で終わりそうだ』


 それは流言飛語ではなく、一定数以上の人間の基本認識になりつつあった。

大公を戴く公国は、エルンスト辺境伯家が臣従の形を取っている現在の主国に当たる。かつて北の王国が王弟に建てさせた分家国である。


 歴史はそう古くない。

宗家の北の王国がせいぜい三百年の新興国で、公国はほんの建国百年程度だ。


 大公領は、元をただせば辺鄙な田舎に過ぎない。大陸西北の一僻地だったのが、四代程前の国王の時代に沖合の島に金鉱があることが判り、島まるごとが王国直轄領とされた。

 そして直後の代替わりを機に王家が島の対岸の地も召し上げて、そちらを新王の弟に分家の領地として与えた。その王弟が初代大公である。

 用心深かった新王は、直轄領最寄りに信の置ける身内の家を立てて、金の採掘と管理に当たらせたのだ。

 以降、分家は本来一代限りの大公の名乗りを累代に亘って許されている。


(北の王家はけっこう露骨だからな。金の切れ目が縁の切れ目。遠い親戚なんかほぼ他人なんだろ)


 金が出る限りは、島は王国にとって主要な財源で最重要直轄地だった。

金の運搬のために街道まで整備した程である。大公家も宗本家である王家から優遇されて来たが、金の島は長くは持たなかった。産出量は激減した。比例するように、大公家の存在意義も低下の一途だ。

  

 島の金鉱は先細り、大公家の未来も同様だ。今度何か大きなヘマをしでかしたら降格必至、王国圏にゴロゴロいる公爵に落とされる。或いは、いっそ爵位剝奪。

大方はそう見ているのだが、独り当事者の新大公だけは自覚していない。

 金の量が減り続けても大公家が持ち堪えたのはひたすら無難な大公が続いたからである。王家を脅かす飛び抜けた名君も、宗家を悩ます突出した暗君も出なかった。それが幸いしただけだ。


(――だが遂に、特大バカが出ちまった)


 公都では、少し前に一粒種の若い跡継ぎが当代の大公位を継いだ。

もう二、三年にもなるのだろうか。大公子時代から資質や人物・素行・その他諸々に疑義を持たれ続けた不肖の息子で、一般にその評判があまり芳しくない。

 そして杜撰で非情な婚約破棄騒動が、その悪名を決定付けた。

 公国の不幸は、他に家督を譲るべき男子を持たなかったことだ。代わりがいるなら、とうに廃嫡されていたろう。

 直接統治する公国内ですら、決して人気は高くない。この西の辺境領にあっては、末端の領民に至るまで露骨な程に不人気である。


「――あのバカぼん公様ときたらよ、」


 ジョシュの口から、ポロリと庶民の本音が零れ出た。

 若大公ではなくバカ大公。若大公ではなくバカぼん公。不人気を超えて、新大公は辺境領では小馬鹿にされている。主国の総領なのに、吐いて捨てるかごとき扱いなのだ。


「まったく。とんだケチ続きでよ」


 理由は明白だった。ひとえに、新大公が何かに付けて辺境伯家に挑発的な態度を取るからだ。殊に、お館様が従姉姫である先の奥方様と離縁されたのを境にさらに態度が酷くなった。婚姻を解消した後は、あからさまにお館様に喧嘩を売ってくる。


 ――バカ大公。あの青二才が。クソ生意気に。


(お館様は相手にするなと仰るけど)


 キャンキャンと煩い。まるで弱い犬が獅子に無駄吠えしているような現状である。


(ホント、親父に似てないよな――)


 決して暗愚ではなかった先代大公の頃までは、公国と辺境伯家との関係はそう悪くはなかった。争えば、公国が致命的に軍事力を欠くことを、先代までの大公達はよく承知していたからだ。


 公国の武力は脆弱だった。自前の近衛騎士団を持つが、辺境伯家騎士団に比べればお粗末な質量だ。

 そもそもの分家の際、王国は恣意的に公国が保有する兵力に制限を加えていた。

公国の軍備は金山の島の為だけでよかったのである。産出した金は必ず公国を通過させ、王国へと運ばせる。余さず金を集めさせるための大公家であり、運搬経路を確保するための大公領だった。だから間違っても、分家が宗家である王家に歯向かえるような武力を持たせなかった。


 その代わりに王国は、有事の際の備えとして西の辺境伯家を公国の守護に付けた。以来、エルンスト辺境伯家は王国臣下を離れ、現在に至るまで公国の主要貴族として名を連ねている。


 ただしそれもあくまで金山ありきの役目であって、積極的に公国の盾になるわけではない。黄金が途切れればお守りもお目付けも終了する。たとえ何事かがあろうと、エルンストが剣を振るって用心棒をしてやる謂れはない。


 先代までは肝に銘じていたはずのそのあたりの前提を、若い大公はきれいさっぱり失念していた。


「あのバカぼん公殿に、新しく輿入れするはずだったどこだかの貴族の姫さんがな。そのご一行がよ。運悪く旧街道筋で野盗に襲われたみたいでよ」


 え。女性が――被害に遭ったのか?


「大方のモンは逃げ切って、みんな無事らしいんだ。だがよ。ただ、肝心の姫さんだけが見当たらねえ」


 これはますます、姫君には聞かせられない。


「輪番達が大勢して、旧街道をわあわあ言って消えた姫さんを探して回ったんだけども、ようよう谷底に落ちた馬車だけが見付かったとかでよ」


 谷底。少し前の雨で、川は水が増していた。路だって悪い。


「――どうやらそれが、その姫さんを乗せた馬車だったらしいんだが」

「……⁉」


 刹那、イアルは息が止まりそうになった。


 

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