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黒髪の寵姫  獅子伯年代記Ⅰ    作者: vientoverde
第四章 風変わりな姫君

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ラウル

 護衛四日目。


 早朝、寝起きの良いイアルは独り前庭に出た。

日中は晩夏でも、朝晩は秋の気配が感じられる。今日は薄く朝霧も出たらしい。

アル湖からこの家まで流れて来て、またすぐ風に運ばれ丘陵地帯へと抜けて行く。豊穣の大地を潤す、恵みの湖霧だ。


(体が鈍ると元も子もないしな)



 ほんの玄関先の距離まで出て、イアルは無心に剣を振った。

 単細胞を自認するイアルが寝れなかったのは最初の晩だけだったが、以降も床に着く頃にはグッタリ疲れている。慣れないことをしているのもあるが、微妙に消耗しているせいだ。体を動かせば、また前のようにぐっすり眠れるだろうか。


 姫君のせいではない。

まあ何かと意外な言動が続いているが。姫君が口を開く度、イアルは目が点になる。たぶん外見との落差が激しいからだ。


(見た目だけなら、超可愛いんだけど)


 だが不思議と残念な気はしない。イアルは面白いと思う。純粋に。

消耗の理由は、柄にもなく神経を使っているからである。


(ゼフィネさんが直属の上司だったら……半端ない威圧感じゃなかろうか)


『最初がゼフィネ様。次がサルダーニャ様。あたしは、この順番でよかったと思ってる』


 逆だったら絶対もたなかった。イアルよりもずっと早く辺境伯家で働き始めたイヴが言っていた。

 イヴは入りたての右も左もわからない時期にゼフィネさんの下で鍛えられ、熟練期に入ってからサルダーニャの配下に着いた。これが誠に宜しかったのだそうだ。

 そして圧倒的にやりやすいのはサルダーニャの方だと、断言する。


 一般的な風評は真逆だ。

 柔のゼフィネさんと剛のサルダーニャ。洗練された前侍女頭と実直だが曲のない現侍女頭。ゼフィネさんのように婉曲な表現を用いないサルダーニャは、何につけキツイと思われている。愛想なしで態度も硬くて、言葉に容赦がなくて情が(こわ)い。

 イアルもずっとゼフィネさんは優しいのに、サルダーニャはコワいなと思い込んでいた。


 同じ孤児院で育ったイヴは、十歳になると小間使いとして館に上がった。何かとはしこく、気も走っていたのを見込まれたのだ。

 十五になったイアルが騎士見習いとなった頃には、既にイヴは中堅メイドとしてチャキチャキ働いていた。剰え、実質的な仕切りをしていた。

 その成長ぶりにイアルは目を瞠ったものだ。

送り出される時点ではかろうじて自分の名前が書ける程度だったのに、わずか数年の間で読み書きになんら不自由はなくなっていて、礼儀作法等の基礎的素養も見に付けていた。パッと見だけなら、淑やかで従順そうだと騙せるくらいには化けていたのだ。ただし喋らなければの話だったが。


 そのイヴは、両侍女頭を知っている。

それにイヴはまあ言うこともやることも極端だが、人を見るのに偏った考え方はしない。ゼフィネさんが君臨していた時代の方が遥かに長いわけだから、部外者的には両者の比較は多少割り引いて考えるべきなのだろう。


(騎士団長も、イヴと同じ見解なのかもな)


 取っ付きやすい相手と、一緒に働きやすい人間は違うのだ。たぶん。きっと。


 


 (おっさん、まだ寝てんのか?)


 うっすら汗が滲んできたところで、イアルは素振りを切り上げることにした。


 今朝は、まだラウルの姿は見えない。

 日中はだいたい前庭の畑の世話をしている。見事に風景に溶け込んで。草むしりは振りだけではなく、ちゃんと畑仕事をしているように見える。けっこう色々、なんでもこなすようだ。

 

 動作もとても自然だった。ただ、ラウルの態度の方は不審だ。必要以上に姫君の目を気にしている。どうやら常に姫君の死角になる位置にいる。意図的に。

 気のせいか? でもイアルの目にはそう映る。


 (あ。そろそろお目覚めだ)

  

 ゼフィネさんが起き出す気配がして、イアルは屋内へと戻った。




 それが気のせいでなかったと判明したのは、その日の午後だ。


 現状、食事は時間差でめいめい個別に摂っている。皆で食卓を囲む形にはしていなかった。イアルが遅い昼食を済ませて務めに戻る時、窓の下あたりに移動していたラウルと遭遇した。


 露骨に挙動不審。ラウルは母屋の壁沿いにピタリと張り付いていた。なんか怪しい。部屋の中の声も拾える距離まで来たのだろうが、異様に近い。怪し過ぎだ。


「――何してるんすか?」


 イアルは確信した。ラウルは絶対、姫君から見えないように身を隠している。


「それはこっちのセリフだ」


 逆にイアルが怒られた。おそらく数日ぶりでラウルはイアルと言葉を交わせる近さにいた。


「持ち場を離れるんじゃねえよ。朝っぱらからホロホロ出てくんな」


 ――見てたのか。


 じゃ、これから朝の素振りは一階の廊下でやろう。


「なんでそんな隠れるみたいにしてるんすか?」


 ラウルは露骨に顔を顰めた。


「――俺を見ると恐がるだろが」

「はい?」


 え。なに。もしか顔がコワいとか?


「顔じゃねえよ」


 ラウルが嫌あな顔をして先手を打つ。


「俺は――姫さんに嫌われてるからな」

「はあ?」


 チッ。ラウルは舌打ちした。


(嫌われるって……ラウルのおっさん、姫君に何したんだよ?)


 イカツくて強面だが、ラウルは女子供に嫌われてはいない。むしろ人気者だ。

騎士団でも領都の街中でも、ラウルを舐めてかかる大バカ野郎はいないが、子供には妙に懐かれる。それにこんなに口が悪いのに、一定以上の年齢層の女性達にもいたく好意的な目で見られている。それはもう摩訶不思議なくらいだ。

 エルンスト辺境伯家の七不思議に数えてもいいよなと、イアルなんかは思っている。


「さぼってんじゃねえ。オラ。とっとと戻れ」


 再度舌打ちをして、ラウルはイアルの視界から消えた。



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