ゼフィネ様
『侍女頭だけは怒らせるな』
騎士団に正式入団した時にそう教わったのに、イアルはすっかり忘れていた。
あれはきっと、ゼフィネさんのことだったのだ。間違ってもサルダーニャではない。それをイアルは、この家へ来てから実感した。
(皆、誤解してるみたいだけど。――実際、あんなネタもあるし)
聞いた話だ。数多あるらしいゼフィネさんの武勇伝の一つである。
騎士見習いに来るのはやんちゃなのが多い。元気がよすぎて、しゅっちゅう怒られる。そこは武門の名家なので、多少物を壊すくらいは大目に見られてもいる。
だが問題なのは、まあまあいいトコのボンボン達の素行だった。
館には若いメイドの女子達が複数いる。辺境領は男余りの土地柄で、たいがいの少年達は身近に若い女性が少ない。それが騎士団に入った途端に、同じ領主館の敷地内に同年代の女子達が大勢いるわけだ。まずはこれで舞い上がってしまう。
さらに館勤めしている少女達は、多くが頭も器量もよかったりする。
それで何を勘違いするのか、やたらちょっかいを出し始めるのだ。それも平民層の女子ばかりを狙って。間違っても『行儀見習い』達の方には絡まないあたり、幼稚ながらも姑息である。
ある年、入りたての大人しいメイドにしつこく迫ったのがいた。
これ以上はダメですという距離感を見誤るヤツは時たまいるが、嫌がる相手に強引に踏み込んだので大先輩の正騎士に教育的指導として大いにボコられた。
確かラウルではなかったろうか。
それが絶対的侍女頭ゼフィネ様の知るところとなり、当然それだけで済ませてくれるはずはないから、騎士団は猛抗議を喰らった。
要は無敵のゼフィネ様から、騎士団長が出頭しろと呼び出しを受けたのである。
『いったいこれで何度目です? 性質が悪過ぎる。いったいどういう教育をしているのですか』
常の優しい微笑みからは考えられないくらい、物凄まじくお怒りの超高飛車モードだったらしい。今の騎士団長イザークが早速馳せ参じたのだが、お前ではないと一喝されたという。
『あなたではありません。私が呼んだのは騎士団長です』
当時も実質的な騎士団長はイザークだった。
しかしその頃は、男爵位を持つ男が名前だけの騎士団長に就いていた。
影はペラペラに薄かった。腕もイマイチ、能力もイマひとつ、そのくせ威張る。人望は限りなくゼロ。だから中も外も、評価は地にめり込む程低かった。
『お飾りだろうが構いません。名を冠している者に責任を取らせます。速やかに来させなさい』
遅ればせながら駆け付けた責任者は、ゼフィネ様に完膚なきまでにボコボコにされた。口で半殺しにされたのだ。コテコテに絞られ、ボロクソ扱き下ろされた。
それも罵詈雑言などではなく。言葉遣いそのものはひたすら丁重で、超辛辣。
呼び付けられた上に、椅子も勧められないままに直立不動。立たされ坊主状態で全人格を否定され、平身低頭謝罪するまでネチネチかつ情け容赦なくやり込められたそうだ。
遂に精魂尽き果てて、その名ばかり騎士団長は該当者を処分しますと自発的に言わされた。
『そう。それで?』
『はい……?』
『あなたの身の処し方は? 今後の防止策は?』
――アレ、どうやって収拾したんだろう。
『口で半殺し』とか。そんなんできんの?
少しして、イザークが名実ともに騎士団長に就任した。ついでにお飾りの威張りんぼも失脚・没落したのだが、それは別口の不祥事を防げずに連座させられたせいである。さすがに侍女頭ゼフィネ様の差し金ではない。と思う、たぶん。
事後の始末については、イアルはあまり詳しく知らない。
ただ、以降「侍女頭を怒らせるな」が騎士団の不文律となった。現在でも管理職以上には徹底されている。確か班長以上になる時は、辞令の際に訓示で念押しされるとか。
しかし現騎士団長と現侍女頭の関係は険悪ではない。互いに悪口も出ないようだ。
今もバカは途絶えてはいない。ただ周囲が気を配り、目を光らすようにはなっている。目に余るようなら、見習い期間途中でもバンバン暇を出される。まず注意、次は警告して、改めなければ馘首クビ。現騎士団長の基本方針だ。
現侍女頭サルダーニャも、折々に苦情は寄越すらしい。
ただ目立たないところで直に伝わる方式のようだ。騎士団が大々的に面目を丸潰しにされることも、騎士の心が折れるまで赤っ恥を掻かされることもない。
(だから、絶対にゼフィネさん以降にできた鉄則なんだ)
俺も気を付けないと。
今後はさらに気を引き締めてかかることを、イアルは自らに課した。




