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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
27話
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通される言葉

 


 肩を掴まれたまま、体が引かれる。


 外套の男と、向き合う形になる。


 私は振り返る。

 誰なのかを確かめるよりも先に、ただ――そこにいる何かを見続けていた。


「もう一度言う、離せ」


 低い声だった。

 怒鳴るでもなく、ただ押し通すような声音。



「先に言っておくが、そいつのパーティーの先約は俺の方にある。知らないなら、本人から確認してみたらどうだ?」


 男同士の視線が重なるような間。



「どうした?離してやるのがそんなに都合が悪いのか?」


 外套のフードが、ゆっくりと下ろされる。


 現れた顔を見て――思考が、一瞬止まった。


 ロニオ。

 バルクと組んでいる、あのもう一人の男。


 その表情は、いつもと変わらない。

 淡々としていて、感情の輪郭が薄い。


 けれど、その視線はまっすぐに、私を抱えている男へ向いていた。


「俺達は今決めたんだよ」


 抱えている男が、鼻で笑う。


「先約だかなんだか知らねぇけどな。残念だったな」


 腕の力が、ぐっと強くなる。

 肋骨が押し潰されるような圧迫。


「先のこと?決定事項じゃねぇことを待ってられるか?待ってる方が損だろ?」


 息が、うまく吸えない。


「日銭を稼ぐんなら、すぐ依頼をこなせる体制の方がいい。だろ?冒険者なんだろ?」


 ――正しい。


 その言葉が、一瞬だけ頭に引っかかる。


 合理的。

 効率的。

 間違っていない。


 だからこそ――余計に気持ち悪い。


「誰が誰とパーティを組もうが勝手だ」


 ロニオの視線が、私に向いた。


 ――違う。

 見ているのは顔じゃない。

 口元。喉。呼吸。


「……」


 何かを言おうとしているのに、言えていない。

 言葉が、挟まれて、潰されていて。


 男たちの声が重なる。

 上から覆いかぶさるように。


 ロニオは小さく息を吐いた。


「なるほどな」


 誰にともなく呟く。


「会話になってない」


 もう一人の男が構わず続ける。


「あ、あとから割り込んでパーティーメンバーを掻っ攫おうとするのもどうなんだ?」


 また、笑う。


「図々しいだろ?何様だ?」


 言葉が、重なる。

 押し付けられる。


 理解はできる。

 でも、納得は――できない。


 周囲がざわつき始める。


「お、なんだなんだ喧嘩か?」

「やれやれー!」

「殴れ殴れ!」


 笑い声。

 酒の匂い。

 視線。


 ――誰も止めない。


 ただ、見ているだけ。


 ロニオは、一歩引いた。


「……ああ、そうだな」


 静かに言う。


「お前らの言い分は確かにだ」


 え?

 思わず、視線を向ける。


「既にパーティーを結成したと言うなら仕方ない。誰がどうこう言うことでもない。理解できる」


 引く。

 離れて、距離が開く。


「お前たちの意見を尊重しよう」


 頭が、追いつかない。


 ――あれ?

 胸の奥が、すっと冷える。


 助けに来た、わけじゃない?

 助からない。


 男が、にやりと笑う。

 口の端から湿った音が、耳に残る。


「分かればいいんだよ」


 体が引かれる。


 一歩。

 二歩。


 止まらない。



「どこに行く?」

 ロニオの声。




「話は終わってないぞ。俺はお前らの意見を聞いただけだ」


 一歩、踏み込む気配。


「もう一人の声を聞いていない」


「……チッ、しつこいな」


 苛立ちが混じる声。


「お前ら」


「さっきから一方的だ」


 男たちが顔をしかめる。


「本人が何も言えてないだろう」


 一瞬、間。

 誰も答えない。

 答える気がない。


「……話をする気がないなら」


 踏み込む。


「通すしかないな」


「ぐだぐだ面倒くせぇことを――」


 その瞬間だった。


 踏み込み。

 風を切る音。


 ドッ――

 鈍い衝撃が、身体越しに伝わる。


 ゴッ、と骨を打つ音。

 支えが消える。


 そのまま、流れるように床へ叩き落とされた。


 息が詰まる。

 視界が揺れる。


「おぉー!!」

「やったな!」

「今のは効いたぞ!」


 歓声。

 笑い。

 まるで見世物。


 倒れた男は、動かない。

 顔が歪み、口から血が滲む。


 腕の力は、もうない。

 私は、這うようにして離れた。


 無意識に、ロニオの方へと。


「話をさせる気がないなら、こうするしかない」


 ロニオは、自分の拳を軽くさする。


「まったく合理性に欠ける」


 その言葉は、どこか本気でそう思っているようだった。


 視線が、こちらに向く。


「これでやっと、話になる」


 ロニオは倒れた男を一瞥してから、視線をこちらに戻す。


「さっきの続きだ」


「リュシア」


 名前を呼ばれる。


 身体が、びくりと揺れる。


「お前の意思はどうだ」


 淡々と。

 逃げ場を与えない問い。


「先約通りに俺と組めるか」


 ――助けた意味があるか。

 言葉の奥に、それがある。


 心臓の音がうるさい。

 何かを掴まないと、立っていられない。


 胸元の服を、強く握る。


 考える余裕は、ない。


 でも――


 ここに残るよりは。

 このまま連れていかれるよりは。


 喉が引っかかる。

 さっきまで出なかった声。


 押し潰されていたものが、少しだけ動く。

 周りの音が遠くなる。

 誰も遮らない。

 誰も被せてこない。


 ――言っていい。

 そう思った瞬間、息が通った。


「……はい」


 かすれた声だった。


 それでも、言葉になった。


 ロニオは小さく頷いた。



「それでいい」

 一瞬だけ、視線が外れる。



「本人が決めたなら、それで成立だ」

 それ以上は何も言わない。



 もう一人の男は、舌打ちをした。

 倒れた仲間を抱え上げる。


 引きずるように、扉へ向かう。


 ギルドの扉が開く。

 雨音が流れ込む。


 そのまま、二人は外へ消えた。


 静かになる。




 騒ぎは続いているのに、そこだけが切り取られたように遠い。


 私は、ただ立っていて、さっきまで出なかった声が今は残っている。


 でも――

 安心とは、少し違う。

 守られたわけではない。


 ただ、通された。

 それだけ。


 息を整えるように胸元を握った。


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