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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
26話
139/144

温もりのあとで

 


 湿った空気が、ゆっくりと肺に入り込む。


 椅子に座ったまま、視線を落とした


「お前、一人か?」


 声が降ってきた。


 顔を上げると、目の前に男が二人。いつの間にか、テーブルの向かい側に座っていた。


 もう一人は、椅子を引いて横に回り込むように腰を下ろす。


「なぁ、一緒に組まないか?」


 軽い口調。

 けれど、視線が違う。


 顔ではなく――外套の奥。輪郭。体つき。


 値踏みするように、ゆっくりと這う。



「結構です。待っている人がいるんです」



 即答する。

 フードを少し深く被り直す。


「へぇ?誰だよ」


「女か?」


 小さく笑い合う声。

 そのやり取りが、妙に近い。 


「……ほかを当たってください」


 短く言う。


 それで終わるはずだった。




「そんなつれないこと言うなって」




 片方の男が、身を乗り出す。


 もう一人が、興味を持ったように手を伸ばした。




「顔くらい見せろよ」



 フードに触れる指先。


 ――止めるより先に。

 ひらり、と持ち上げられる。



 空気が変わった。



「あ」


 男の声が、わずかに止まる。 


「……お前、昨日の」 


 視線が絡む。


「リュシア、だろ?」 


 その名前が、空気に落ちる。


 周囲のざわめきは、止まらなかった。

 誰かが椅子を引く音。笑い声。酒の入ったコップが机に当たる音。


 一瞬だけ、こちらを見る視線があった。

 けれど、それだけだった。

 すぐに、何もなかったように戻っていく。


 一瞬、思考が止まる。


「……違います」

 反射的に否定する。


 けれど、遅かった。


「いやいや、見りゃ分かるって」


「昨日、騒ぎになってたやつだろ」


 笑いながら、距離を詰めてくる。



「パーティー、全滅したんだってな」 


 その言葉が、静かに刺さる。



「大変だったなぁ」


「そりゃショックだよな」


 慰めるような声音。

 けれど、その目は――優しくない。



「まぁでもさ」


 声の調子が、少しだけ変わる。


「正直、ああいうの見た後だとさ」


 片方の男が、肘をテーブルにつく。


「他のやつら、お前と組みたがらねぇと思うぞ」



 …。


「問題児ってやつだ」


「見捨てるやつと組んだら、次に死ぬのは自分だからな」



 ――問題児ってやつだ。


 その言葉が、胸の奥に沈む。


 ……違う。

 そう思う。


 でも、――本当に?


 ほんの一瞬だけ、言葉が引っかかった。

 否定しきれない何かが、そこに残る。 


 胸の奥がざわつく。



「だからさ」


 椅子が、ギ、と鳴り、二人がさらに近づく。


 左右から。



「かわいそうだから、組んでやるって言ってんだよ」


 視線が、這う。 


 首元。

 胸元。

 足元。 


「条件は悪くねぇぞ?」


「ちゃんと守ってやるし」


 笑っている。

 でも、息が荒い。


 距離が近い。


 言葉を探す。


 何を言えばいいのか。

 どう言えば、止まるのか。


 分からない。

 分からないまま、口を開く。


「……離れてください」


 声が、細い。


 自分でも驚くほど。


 片方の男が手を伸ばし、手首を掴む。


 強い。

 指が骨に当たる。


 脈の上を押さえつけられて、心臓の音がそこに集まるような感覚。


 ……熱い。

 おばさんの手や触れた温かさとは違う。

 外側から押しつけられる、逃げ場のない熱。

 思わず、指先に力が入る。



「じゃ、早速行こうぜ」 


 引かれる。


「ここじゃなくてさ、外で飯でも食いながら話そうや」



「待ってる人が――」


「あとで入れてやるって」


 言葉を、遮られる。

 聞いていない。

 通じていない。


 手を引いた。

 けれど、離れない。


 握られた手は強い。


「今日は雨だしな」


「親睦深めるだけだって」


 心臓の音が、うるさい。

 ドク、ドク、と思考が追いつかない。


「……やめて」


 声が出ない。

 掴まれた手首が痛い。

 さらに引かれる。


 立たされる。


 足が、勝手に前に出る。


 後ろから――肩を掴まれる。

 もう一人。

 逃げ場がない。


「いいからいいから」


 肩を押されて、体が前に出る。


 ……逆らうのは、よくない。

 ふと、そんな言葉がよぎる。

 誰に言われたのかも分からない。


 ただ、昔から知っているような感覚だけが残っている。

 足が、止まらない。 


「何もしねぇって」 


 背筋に、触れる手。

 ぞわり、とした悪寒。


 体が、拒否する。


 思考より先に。



 触れられるのが嫌で嫌で、体を揺さぶって、肩を強く振る。


 掴む手が一瞬緩む。


 椅子を蹴る。

 音が鳴る。


 それでも、誰も動かない。

 手は引かれ離れない。


 その瞬間。手首を強く引かれた。

 ――ぶつかる。


 前にいる男に。



 ドク、ドク、と音がする。


 近い。

 遠い。


 どちらか分からない。


 視界の端が滲む。


 男の顔だけが、妙に近くて、はっきりしている。

 それ以外が、ぼやける。 


「おっと」


 腕の中に、収まっていた。



 逃げるつもりで暴れたはずなのに。



 囲まれて、距離が無くなる。



「あぶねぇな」


 男の笑う声。


 耳のすぐそばに息がかかる。



「そんな焦んなよ」



 ――逃げられない。

 そう思った瞬間。

 ふと、よぎる。


 ――これが、普通なのだろうか。

 分からない。


 ただ、分からないまま。

 心臓の音だけが、やけに大きかった。

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