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風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
22話
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知らない人たち

 



 おじさんの方を振り返ることはなかった。


 視線をまっすぐ掲示板へと向け、そのまま足を進める。背後に残る気配や、あの湿った笑い声を意識の外へ押し出すように。


 掲示板の前には、いくつかの人影があった。


 四人組のパーティーが、誰かに向かって声をかけている。


 けれど、それは私ではない。


 一度だけ視線を向けてから、すぐに掲示板へと戻す。


 今は、自分のことだけを考えればいい。


 Eランクの依頼を目で追う。


 ベリーナッツの採取は見当たらない。ホーンラビットの素材集めもない。エルネが受けているからだろうか、とふと思う。


 それなら、他の依頼を探せばいい。


 薬草集め。無難だ。


 依頼書に手を伸ばし、そのまま掴む。


 そのまま、隣に並ぶDランクの依頼へと視線が滑った。


 ゴブリン討伐。オーク討伐。護衛任務。


 どれも、自分が受けられるはずのないもの。


 ただ、眺めるだけのもの。


 ――そのはずだった。


「……討伐。誰か一緒にしませんか?」


 隣から声がした。


「オーク討伐」


 オーク。


 その単語が、頭の中で強く響く。


 Dランクの依頼。


 そして、Dランクの冒険者が受けた依頼には、Eランクが同行できるという話を思い出す。


 手に持っていた薬草の依頼書を、勢いよく掲示板へと戻した。


 オークなら。


 オークなら簡単だ。


 私の魔法なら、一撃で瀕死にできる。


 バルクとロニオと一緒に行ったあの時、私の魔法を直に受けたオークは一撃で吹き飛んで倒れた。


 ――できる。


 思考が一気に前へ進む。


 この人たちと一緒に討伐に行って、オークを倒す。それから途中で抜けて、エルネに合流すればいい。


 報酬も、後から受け取ればいい。


 問題はない。

 そうだ、そうしよう。

 うまくいくはずだ。


「私も、参加していいですか?」


 気づけば声が出ていた。


 四人の視線が一斉にこちらへ向く。


「あ、じゃあこれで五人だね」


 杖を持った女性がそう言った。年は私より少し上だろうか。動きが軽く、どこか慣れている印象を受ける。


 残りの三人は男で、全員が腰にロングソードを下げている。見るからに冒険者といった風貌だった。


「あなた、ランクは?」


「E、ランクです」


 少しだけ言い淀んだが、嘘をつく理由はなかった。


「そっか。同じ魔法使いなら、Eランクでも大丈夫だよね」


 女性は振り返り、後ろの三人に確認するように言う。


「俺は構わん」


 一人が短く答え、他の二人は軽く手を上げて意思を示した。


「じゃあ決まり。リーダー、行こう。あ、自己紹介もしないとね」


 慌ただしく話を進める彼女が、改めてこちらへ向き直る。


「私はセナ。後衛で魔法担当。よろしくね」


 明るく名乗る。


 続いて、男たちが順に口を開く。


「俺はラウド」


 低い声の男。無駄のない動きが目につく。


「ケインだ。盾役をやってる」


 がっしりとした体格の男が短く言う。


「ディル。まあ、斥候みたいなもんだ」


 少し軽い口調の男が肩をすくめた。


 それぞれの顔と名前が、ゆっくりと結びついていく。


「私は、リュシア……」


 そう名乗りかけた瞬間。


「ああ、知ってる。登録試験のとき、ド派手にやったやつだろ?」


 ラウドが言った。


「ね、私も見てた」


 セナも頷く。


 その言葉に、思考が一瞬止まる。


 ……あ。


 そうだ。

 あの日、私は試験で…。

 目立たないはずがない。


 つまり――

 ここにいる人たちは、私を知っている。


 でも、私は知らない。

 誰も知らない。

 この人たちのことも、この場所のことも。


 知らないのは、私だけ。


 胸の奥に、言葉にできない感覚が広がる。


 誇らしいはずなのに、そうは思えなかった。

 むしろ、どこか後ろめたい。


「Eランクです」と言った自分の言葉が、急に重く感じられる。


 杖を胸元へ引き寄せた。


「リーダー、それじゃあ受付に行こう」


「ああ」


 ラウドが受付へ向かう。


 その隣りにいたケインがちらっとこちらの様子を見る。


 その背中をぼんやりと見つめていると、隣から声がかかった。



「実は私たち、この間Dランクに上がったばかりなの」


 セナが少しだけ声を落として言う。


「オーク討伐は初めてだからね。安全のために人数を揃えたの。最低五人って決めてたんだ」


 なるほど、と頷く。


「五人いれば報酬は分割になるけど、その代わり安全。報酬は金貨五枚だから、一人金貨一枚。いいと思わない?」


 彼女は微笑む。


「金貨……一枚」


 思わず口に出た。


 金貨一枚。


 その重みを、私は知っている。


 もし一人で受けて、倒し続ければ――


 すぐに、金貨は集まる。


 杖を、買い戻せる。


 その考えが、頭の中に強く浮かぶ。


「私、オークを倒したことあります」


 気づけば口が動いていた。


「私、強いですから。役に立ちます」


 勢いのまま言い切る。


 セナが一歩だけ後ろに下がった。


「わ、わお……あー、じゃあ、期待してるね?でも、討伐数は三体だから、張り切りすぎてバテないようにね」


 少し苦笑しながらそう言う。


 そこへ、ラウドが戻ってきた。


「依頼、受けてきた。行くぞ」


 短い一言で、場の空気が動く。


 他の三人はすぐに準備に入る。


 私も少し遅れて、その流れに乗った。


「準備は大丈夫?忘れ物ない?」


 セナが振り返る。


「大丈夫です」


 杖はある。

 ナイフもある。

 ポーションも、ポーチの中に入っている。


 問題はない。


 ギルドの扉を押し開ける。


 外の光が、まっすぐ差し込んできた。


 その光の中へ、一歩踏み出す。

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