表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の氏族の末娘は、冒険者を知らない  作者: 林檎野山
22話
115/146

一撃


 


「ウィンドブラスト!」


短く詠唱を紡ぎ、杖を前へと突き出す。


次の瞬間、先端から圧縮された風の塊が解き放たれ、一直線にオークへと向かっていく。


森の空気が震えた。


枝葉がざわめき、足元の落ち葉が巻き上がる。


オークはそれを避ける素振りも見せなかった。ただ鈍重にこちらを向いたまま、その身で風を受け止める。


弾ける空気の音と、肉を打つ鈍い衝撃音が重なった。


確かな手応え。


風はオークの身体を打ち抜き、その巨体を後方へと弾き飛ばす。


地面を擦りながら転がり、やがて力を失ったように伏した。


動かない。


一撃だった。


私は静かに息を吐く。


思っていた通りだ。


難しいことは何もない。


この依頼は簡単に終わる――そう確信できるほどに。


「すごいな」


「やるじゃない」


ラウドとセナが、ほとんど同時に声をかけてくる。


その言葉が胸の奥に落ちる。


じわりと広がる高揚感。


自分が認められたような感覚。


それが心地よい。


その時、横でケインかディルのどちらかが、ぽつりと呟いた。


「オークっても、大したことないんだな」


その言葉は、あまりにも自然で、あまりにも軽かった。


――大したことはない。


確かに、その通りだと思った。


目の前の存在は大きいだけで、動きは鈍い。こちらを認識した瞬間に、わずかながら動きが止まる。


隙がある。


なら、その隙に差し込めばいいだけだ。


登録試験で、動かない丸太を標的にしていた時と、ほとんど変わらない。


違いは、それが生きているかどうかだけ。


倒れたオークのもとへ、全員で近づく。


巨体は地面に伏したまま、ぴくりとも動かない。


生きているのか、死んでいるのか、その境界すら曖昧だった。


「トドメ刺すか?」


ディルが誰にともなく言う。


ラウドが短く頷いた。


「そうだな。討伐証を剥ぎ取る時に暴れられても困る。確実に行こう」


ディルは無言でロングソードを構える。


軽く肩を回し、両手で柄を握り直す。


「俺がやるのか。まぁ、言い出したの俺だしな」


そう呟いて、剣を振りかぶった。


一瞬の間。


そして、振り下ろされる。


 


――鈍い音がした。


 


それは斬るというよりも、叩くに近い音だった。


刃はオークの首に当たり、肉を裂く代わりに弾かれたように止まる。


皮膚は分厚く、わずかに切り込みが入っただけだった。


「マジかよ……ちゃんと狙ったぞ?」


ディルが眉をひそめる。


横からケインが口を挟む。


「刺すのはどうだ?」


「あー、そうだな。まぁ、叩き斬り続けりゃそのうちいけるだろうけど……手っ取り早くいくか」


軽い会話。


まるで、何かの作業手順を確認するようなやり取り。


その一部始終を、私はただ見ていた。


見ていた、というよりも――

どこかで比べていた。


バルクとロニオ。

あの二人の姿が、自然と思い浮かぶ。


あの時の動き。


ジャイアントバットを一刀両断にした迷いのない一撃。


そして、確実にオークの首筋の急所を突き、四肢を切り落とし、解体していく光景。


バルクなら、オークの首くらい一太刀で落としていただろう。


根拠はない。

けれど、そう思えてしまう。


それほどまでに、目の前の光景は違って見えた。


「牙にするか?耳にするか?」


ラウドの声が現実へと引き戻す。


「じゃあ、耳で」


ディルはそう言って、再び剣を動かす。


今度は首ではなく、頭部へ。


刃が皮膚を削ぐ。


肉を裂く音。


耳が切り落とされる。


片方、そしてもう片方。


それを無造作に拾い上げ、ラウドが広げた革袋の中へと放り込んだ。


鈍い音を立てて落ちる。


それで終わりだった。


 


――まずは一体。


 


ラウドの言葉に、全員が軽く頷く。


すぐに次へ向かうように、足が動き出す。


街道から外れ、森の奥へと進む。


見覚えのない道。


いつものルートではない。


私の知らない場所。


さらに奥へ。


別の大空洞があるらしい。


その言葉だけが頭に残る。


私は一歩遅れて、ふと振り返った。


さっきの場所。


そこに、耳を失ったオークの死骸が横たわっている。


静かに。


ただ、そこにある。


 


……。


 


そうだ。


ふと、考えた。


肉を剥ぎ取って、エルネと一緒に焼けば。


ようやく、オークの肉を得る機会を得たんだ。


最後の一匹を倒した時、腕でも足でも切り落として持って行ってあげよう。


それが自然なことのように思えた。

その感覚に、疑問を持つこともなく。


私はそのまま前を向いて、森の奥へと足を進める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ