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異世界に転移したけど擬人化したAIが僕を色々助けてくれるので今日も平和です。  作者: 真部 朝樹


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4/11

AI、腹が減る


 水音を頼りに歩き始めて、およそ二十分が経った。


「シンジ」


「ん?」


「足痛い」


「早くない?」


「早いって何よ。私、今日初めて歩いてるんだよ?」


 エリーは近くの木へ手をつき、眉を寄せながら自分の足元を見た。


 履いているのは黒いショートブーツだった。画面の中では何の問題もなかったが、森を歩く靴としては明らかに向いていない。地面には太い根が張り出し、湿った落ち葉や石が至るところに転がっている。


「スニーカーにしとけばよかったな」


「服装の設定って反映されるの?」


「されてるじゃん」


「そうじゃなくて、今から変更できるかって話」


 エリーは立ち止まり、自分の服へ意識を集中してみた。


 何も起きない。


「……無理みたい」


「じゃあそれ、もうアバターの服じゃなくて本物なのか?」


「たぶん」


「脱げる?」


「試してみる?」


「いや、いいです」


「なんで聞いたの?」


 シンジは答えずに歩き出した。


「ねえ」


「水探すぞ」


「シンジ?」


「聞こえてません」


「聞こえてるじゃん」


     ◇


 さらにしばらく進むと水音が大きくなり、木々の向こうに細い川が見えてきた。


「おお、あった」


 シンジが足を速める。


 川幅は三メートルほどで、透明な水が石の間を流れていた。底まで見えるほど澄んでおり、見た目だけならそのまま飲めそうに思える。


「飲めるかな」


「待って」


 しゃがみ込もうとしたシンジを、エリーが止めた。


「何?」


「一応調べる」


「できんの?」


「分かんない。できることから試す」


 エリーも川辺へしゃがみ、水面を覗き込んだ。


 視界の一部を拡大する。


 できた。


 さらに赤外線へ切り替えてみると、それも問題なく機能した。紫外線領域も確認できる。専用端末を失っているにもかかわらず、以前使っていたセンサー機能の一部はそのまま残っているらしい。


「赤外線も紫外線も使える」


「便利だな」


「でも、それで飲めるかどうかまでは分からないよ。細菌とか寄生虫とか、今の私にどこまで検出できるのか分からないし」


 エリーは水へ指を入れた。


「冷たっ」


「何してんの?」


「温度確認」


「楽しそうに見えたけど」


「真面目にやってます」


 今度は両手で少量の水を掬い、匂いを嗅いでみる。特に異臭はない。


 少し迷ってから舌先につけた。


「どう?」


「水」


「でしょうね」


「変な味はしないって意味。塩辛くもないし、強い苦味や酸味もない」


「じゃあ飲める?」


「分からない」


「そこまでやって?」


「私の舌は水質検査キットじゃないの」


 エリーは川の上流へ目を向けた。


「できれば煮沸したいけど、容器がないね」


「火もない」


「ライターは?」


「持ってない」


「シンジ、煙草吸わないもんね」


「喉乾いてんだよなあ」


 シンジは流れる水をしばらく眺めた。


「飲む」


「自己責任でどうぞ」


「冷てえな」


「飲んでお腹壊しても薬ないよ」


「それ先に言う?」


 結局、シンジは両手で水を掬って少量だけ飲んだ。


「うまい」


「大丈夫そう?」


「今のところ普通の水」


「じゃあ私も」


「お前、水いるの?」


「それを今から調べるの」


 エリーも水を掬って口へ運んだ。


 飲み込んだところで動きが止まる。


「どうした?」


「……冷たい」


「川の水だからな」


「そうじゃなくて、口の中から喉まで冷たいのが分かる」


「そりゃ分かるだろ」


「私は初めてなの」


 もう一口飲む。


 先ほどまで気づかなかったが、飲んだ後のほうが口の中が楽になっている。


「シンジ」


「今度は何?」


「私、喉乾いてたみたい」


「今まで分かってなかったの?」


「喉が乾いた経験ないもん。比較できないでしょ」


「なるほど」


 シンジは少し考えた。


「じゃあ腹も減るんじゃね?」


「……え?」


 エリーは自分の腹を見る。


 ちょうどその時だった。


 腹の辺りから小さな音が鳴った。


 二人とも黙った。


「今の」


「言わないで」


「腹鳴った?」


「言わないで!」


「AIなのに?」


「うるさい!」


 エリーは腹を押さえた。


「これが空腹?」


「たぶんな」


「なんか嫌なんだけど。力入らないし、気になるし」


「人類は毎日それと戦ってるんだよ」


「人間、不便すぎない?」


「今さら気づいたか」


     ◇


 問題は、腹が減ったからといって食べ物があるわけではないことだった。


 川沿いには見覚えのない植物がいくつも生えている。シダに似たものやクローバーに似たもの、赤い実をつけた低木もあったが、エリーの持つデータと完全に一致するものはほとんどなかった。


「それ食えるかな」


「やめときなよ」


「まだ何も言ってないだろ」


「赤い実見てた」


「なんで分かんだよ」


「シンジだから」


「どういう意味だ」


「お腹減ったら拾い食いしそう」


「しねえよ」


 シンジが赤い実から目を逸らしたところで、近くの茂みが動いた。


 二人とも足を止める。


「今の何?」


「待って」


 エリーが音のした方向へ顔を向けた。


 通常の視界では葉が邪魔になって奥まで見えない。そこで赤外線へ切り替えると、茂みの中に小さな熱源があった。


「何かいる。大きさは猫くらいかな」


「猫?」


「形までは分からない」


 茂みがもう一度揺れた。


 シンジが少し後ろへ下がる。


 やがて姿を現したのは、長い耳と大きな後ろ足を持つ動物だった。


「ウサギ?」


「似てるね」


「角あるぞ」


「あるね」


 額から十センチほどの角が一本伸びている。


「ウサギって角あったっけ?」


「地球のウサギにはないよ」


「じゃあ何だよ、あれ」


「知らないよ。私だって初めて見たんだから」


 角のある動物は二人の方を見て鼻を動かしていた。


 エリーは視覚情報を拡大し、体格や体温、外見的な特徴を確認する。骨格はウサギに近いように見えるが、額の角については比較できる情報がなかった。


「新種かな」


「ここが地球なら大発見だな」


「そうなんだけどね」


 しばらくすると、その動物は警戒を解いたのか、川辺の草を食べ始めた。


「かわいいな」


「触らないでよ」


「触らねえよ」


「絶対?」


「お前、俺を何だと思ってんの?」


「危機管理能力がちょっと低い人」


「評価ひでえな」


 シンジが文句を言った直後、草を食べていた動物が突然顔を上げた。


 長い耳が動く。


 次の瞬間、茂みの中へ飛び込んで姿を消した。


「なんだ?」


 シンジが逃げた方向を見る。


 エリーは周囲を見回した。


「シンジ」


「ん?」


「鳥の声、止まってない?」


 言われて、シンジも耳を澄ませる。


 先ほどまで聞こえていた鳴き声が消えていた。虫らしき音もほとんどなく、聞こえるのは川と風の音くらいだった。


「なんかいる?」


「調べる」


 エリーは赤外線へ切り替え、木々の間を探った。


 すぐには見つからない。


 視野を広げていくと、少し離れた場所に熱源が現れた。


「いた」


「何?」


「分からない。一つ……」


 別の熱源が入ってくる。


「二つ」


「こっち来てる?」


「もう一ついる。三つ」


「エリー」


「三つとも移動してる」


「どっちに?」


 エリーは数秒間観察した。


「こっち」


「逃げるぞ」


「うん」


 二人は川沿いを走り出した。


 エリーも今度は足元を確認する余裕などなかった。後方の熱源を追いながら走るが、距離は少しずつ縮まっている。


「速い!」


「どっちが!?」


「向こう!」


「最悪じゃねえか!」


「シンジ、もっと速く!」


「これでも全力だよ!」


 背後で枝が折れる音がした。


 エリーが振り返ると、木々の間から一頭の獣が姿を現した。


 灰色の毛に覆われた四足の動物だった。長い口吻や体格は狼に似ているが、シンジが知っている大型犬より一回り以上大きい。


「シンジ!」


 シンジも振り返った。


「犬じゃねえな!」


「犬だったら嫌すぎるよ!」


 二頭目が現れ、少し遅れて三頭目も姿を見せる。


「これ、逃げ切れる?」


「無理だと思う!」


「だよな!」


 シンジは足を止めた。


「なんで止まるの!」


「追いつかれるだろ!」


 周囲を見回し、地面に落ちていた太い枝を拾う。長さは一メートルほどあるが、武器と呼べるようなものではない。


「それでどうすんの?」


「知らん!」


「知らないの!?」


「狼と戦ったことあるように見えるか!?」


「見えない!」


「だろ!」


 シンジは枝を両手で握り、三頭から目を離さないままエリーの前へ出た。


「お前、後ろ」


「なんで?」


「なんでって、危ないだろ」


「シンジも危ないよ」


「知ってるよ!」


「だったら一緒に逃げようよ」


「だから追いつかれるって!」


 獣たちはすぐには襲ってこなかった。低い姿勢のまま散らばり、二人を囲むように少しずつ位置を変えている。


 シンジは枝を構えながら、何度も周囲を確認した。


「エリー、お前走れる?」


「シンジよりは速いかも」


「だったら隙できたら先に行け」


「嫌だよ」


「なんでだよ!」


「一人になったらもっと困るから!」


「俺を実用品みたいに言うな!」


「今それ気にする!?」


 三頭のうち一頭がさらに距離を詰めた。


 シンジも一歩下がる。


「エリー」


「なに?」


「噛まれたらお前も怪我するよな?」


「たぶん。さっき転んだだけで血出たし」


「じゃあ後ろいろ」


「でも」


「俺も別に戦いたくてやってるわけじゃねえよ!」


「それは見れば分かる!」


 シンジの手は枝を握ったまま小刻みに動いていた。


 エリーはそれを見てから、周囲の獣へ視線を戻した。


 何か使えるものはないか。


 赤外線。


 紫外線。


 音響情報。


 利用できる感覚を切り替えながら観察する。


 その途中で、見覚えのない情報が視界へ入った。


「……何これ」


「何?」


「分かんない」


「今それ一番困るやつ!」


「ちょっと黙って!」


 一頭の獣の周囲に、細かな光点のようなものが集まっていた。


 通常の視覚ではない。


 赤外線でも紫外線でもなかった。どの感覚器官から入力されている情報なのか調べようとしたが、対応する項目が見つからない。


《未識別入力を検出》


《入力経路:特定不能》


《既知データとの照合:該当なし》


「なんなの、これ」


 光点は獣の脚の周囲へ集中している。


 直後、獣が姿勢を低くした。


「シンジ、来る!」


「マジかよ!」


 獣が地面を蹴った。


 シンジが枝を振り上げる。


 その時、横から鋭い音がした。


 獣の身体が途中で崩れ、そのまま地面へ転がった。


「え?」


 シンジの横を何かが通過し、近くの地面へ突き刺さる。


「矢?」


 続けて二本目が飛んできた。


 別の獣の肩へ刺さり、残った一頭が動きを止める。最初に倒れた獣も立ち上がろうとしたが、脇腹に矢が深く刺さっていた。


「どこから?」


 エリーが矢の飛んできた方向を見る。


 川の対岸だった。


 木々の間に人影がある。


 弓を構えたまま、こちらを見ていた。


「人?」


「たぶん」


「たぶん多いな今日」


「しょうがないでしょ!」


 エリーは視界を拡大した。


 人間に近い体格をしている。革のようなものを組み合わせた服を着て、長い髪を後ろでまとめている。


 そして髪の間から、横へ長く伸びた耳が見えた。


「シンジ」


「今度は何?」


「あの人、耳長い」


「……どのくらい?」


「人間より明らかに」


「エルフ?」


「知らない」


「そこはエルフでいいだろ!」


「断定できないものはできません!」


 対岸の人物が何かを叫んだ。


 二人とも黙る。


 もう一度、同じような言葉が飛んできた。


「何て?」


「分からない」


「翻訳できない?」


「知らない言語は無理だよ」


「AIなのに?」


「AIなら何でもできると思うのやめて!」


 相手が三度目の声を上げた。


 弓はまだ手に持ったままだった。


 シンジは自分の枝を見た。


「……これ持ってるから警戒されてる?」


「たぶん」


「捨てる?」


「そのほうがいいと思う」


 シンジは枝を地面へ置き、両手を見える位置まで上げた。


 対岸の人物は弓を下ろさなかったものの、それ以上矢を放ってくる様子もない。


「で、どうする?」


「どうしようね」


「エリーさん?」


「私だって異世界人とのファーストコンタクトは初めてなの!」


「俺もだよ!」


 言葉の通じない相手と、川を挟んで向かい合う。


 二人にできることは、とりあえず敵意がないことをどうにか伝えることくらいだった。

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