第四話:信言は美ならず、美言は信ならず
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「め……めめ、めっそうもないッ! 確かにわが父信西は日頃の行いから誤解を招いても致し方ございませぬし、さらに学問で負けて以来、左府を目の仇にしてるばかりか、野心家の生臭坊主なのは私も認めるところです。
しかし、皇族方の病が篤い中、わざわざ宸襟を煩わせるようなことをどうしてできましょうや? 法皇様と美福門院様は同じ御殿に住まわれてるので、自然とそういった噂が流れたのでしょう」
しどろもどろに父親の信西入道を弁明するが、成憲自身も言葉に説得力がないことを自覚しているせいか、声に力がない。心の何処かで、父なら腹いせ紛れにやりかねない、成憲はそんな思いを隠し切れずに顔を強張らせ、御簾越しの胤子を見つめていた。
「胤子。そのような物言いは成憲卿に失礼ではないか?」
それまで張り詰めていた空気が清盛の一言で、胤子は脱力した。我が背の君ながら高陽院の不予に対して機微を読まないにもほどがある。おまけに信西入道の嫡男である成憲まで引き連れて。比企遠宗ら郎党が危惧したことに未だ気が付いていないのか。
普段の清盛なら思索してもよさそうなはずなのに、という胤子の苛立ちがそのまま言葉に出た。
「喪に服してる最中の我が家に不予の話を持ち込むあんたが悪いのよ。うちの穢れが原因だ、なんて左府に付け込まれたら言い訳出来ないわ。それが成憲卿にまで及んだらどうするつもりッ!? 」
遠回しに成憲を帯同したことを難詰すると、清盛は表情を強張らせ絶句した。ようやく自分がしてきた言動の意味を理解したようで、たちまち顔が青くなる。この時期に皇后・多子の養父である左府・頼長と対立するような火種を持ち込まれては困るのだ。
「お許しください。小侍従殿」
成憲が唸るように声を上げた。拾い上げた蝙蝠を顔の前にかざして動揺を隠し、事態を説明するための言葉を探しながら、ゆっくりと続ける。
「私が安芸守殿に無理を言って便乗させていただいたのです。何せ内裏では大っぴらに弘徽殿へ渡ることは出来ません。里下がりされてる機会を狙っておりました。身から出た錆とはいえ、是非とも父・信西の蠢動を阻止し、左府との衝突を避ける策をご教授願いたい」
胤子は、ほんの少しだけ表情を厳しくして目を眇めた。
(私の耳に入れなければならない、とか言って澄まし顔で現れたけど、しれっと父親の事を話して私に知恵を出させようとしてたのね。左府との衝突を避けたいと尤もらしく言って、菅原家と平氏を利用する腹積もりでいるのではないかしら。さっきの脅しはそれなりに効果があったのしれないわね)
結果論だが清盛がせっついたことで、頼盛が先に信西入道の噂を話題にし、胤子がそれを強く非難した。成憲にとって大きな誤算だったに違いない。
「……信西入道の噂、あながち嘘ではないと認めるということですわね。しかしながら私は『腹黒小侍従』だの『姥童の女軍師』だのと世間の風評は良くありません。ご期待には沿えないと思いますよ」
成憲が内心で自分も清盛も御しやすいと思っているのでは? 胤子は不快の念も加わって、わりと強めの皮肉を言った。戸惑いながら、しどろもどろに成憲が言葉を返す。
「い、いや……それでも、何卒ご教授願います」
「累代、清和源氏の軍師を務める大江氏を訪ねて見られては? きっと妙案を授けて頂けると思いますわ」
ともすれば冷ややかとも取れるほど、涼やかな笑いをこぼして胤子は告げた。取り付く島もないと諦めてくれればそれでも良いが、成憲の真意を探るためにも、もう少し攻めてみるか。
成憲は黙り込んだが、胤子はかまわず続ける。
「左府は奥州征伐以降、朝廷軍の主軸である源氏を私物化しています。成憲卿は信西入道の折衝に平氏の武力を手に入れたいとお考えなのでしょうか。
平氏は葛原親王の第三王子・高望王を祖とし、天神様が宇多帝の勅により、高望王の臣籍降下の折に国司として、あるいは国人として生きていけるように菅原家の学問・武芸を伝授したことから始まります。
いわば菅原家と平氏は一心同体。成憲卿と信西入道は左府のみならず、北野長者である私も敵に回すおつもりかしら」
これ以上ないほど険のある口調で、直接的な言葉を吐いた。成憲はもはや色を失って呆然となった。沈黙が流れる。
「姉上」
見かねて呼びかけたのは頼盛だった。これが『腹黒小侍従』と揶揄されるゆえんだと再認識の嘆息を吐き、成憲から毒を抜こうと試みる。
「成憲卿。姉上に駆け引きは無謀です。ここに至っては何も隠さず全てをお話しください」
頼盛の優しく諭す言葉に、
「――も、申し訳ございませんッ」
成憲はとつぜん額を床に擦り付けるように頭を下げた。清盛は何が起きたのかという顔になり、胤子は御簾奥で途方に暮れて嘆息した。




