第七話 アイリのたった一つの望み
埋葬が終わったのは昼過ぎだった。セイジはアイリに問いかけた。
「俺がお金出すから、昼食くらい店で食べていかないか」
今からパンを買って食べるのも味気ない。それに、少しでもおいしい物を食べてアイリが元気になるならその方がいい。そう思っての言葉だったが、アイリは呆然としていて、考えがまとまらないようだった。
「うん。セイジに任せる。私、どうするのがいいか分からないから」
恐らく、今も食欲がないのだろう。こういう時は消化に良いものにするべきだろう。セイジはそう思い、商店街のパスタの店へと足を運んだ。アイリが黙ってついてくる。明らかに気が抜けている。無理もないと思う。
店では二人でトマトベースのパスタを頼んだ。食欲があまりないので、爽やかな酸味が喉を通りやすいだろうと思っての判断だった。
それは間違いではなかったようで、食欲のないアイリでも何とか食べられるようだった。
昼食を食べながら、今後のことをセイジは話した。
「食べ終わったら、神父さんの言ってた住民抹消の手続きに行こう。それが終わったら、今晩と明日の分の食材を買い出ししておこう」
「うん。分かった。そうだよね。手続きも買い出しも必要だよね」
とても気持ちがついてこないだろうに、アイリはそう返事をしてきた。祖母を失ってもアイリは生きていかなければならない。それを理解し、悲しい気持ちを乗り越えようとしているのがセイジにも分かる。
「なあ、アイリ。俺達二人だけになっちゃったけどさ、でも精一杯頑張って生きていこうな。それでさ、アイリに一つだけ聞きたいことがあってさ。アイリがやりたいこと、やっておきたいこと、何かあるのかなって。もし何かあるなら、俺は全力でそれを助けるから。どうだろう、思いつくこと、何かあるかな?」
「やりたいこと……?」
「突然変なこと言ってごめんな。でも、それが分かれば、この先の生活にも張りが出てくると思うんだ。だから、少し考えてみてくれないか」
「うん。考えてみる」
そう言うと、アイリはパスタを口に運び始めた。ゆっくりとフォークで巻き取り、ゆっくりと口に入れ、ゆっくりと咀嚼する。セイジに言われた通りに考えてくれているようだった。
セイジも返事を急かさない。自分もしっかり食べておこうと手と口を動かしていく。
無言のままの食事が続く。セイジは一足先に食べ終え、アイリがゆっくり食べている様子を見守った。祖母を失い、埋葬を済ませたばかりなのに、よく考えてくれている姿が立派だと思う。
やがて、アイリの皿も空になった。しっかり食べられて良かったと思う。
「ごちそうさま。セイジ、一つだけあったよ、やりたいこと」
「何でも言ってくれ。必ず叶える」
「お父さん、お母さんに伝えたい。おばあちゃんが最後まで頑張って生きていたんだってこと」
その返事はセイジの意表を突いた。勝手に家を出ていった両親のことなど、アイリはとうに見放していたと思ったのだ。あながちそれは間違いではなく、そんな勝手な両親にアイリは腹を立てていた。
「お父さんもお母さんも身勝手過ぎるよ。おばあちゃんを置いて家を出て、今どこに住んでるかとか知らせもしないで。今だって酷いと思ってる。だけど、やっぱりおばあちゃんの子供だから、おばあちゃんの最後をちゃんと知らなきゃいけないと思うんだ。だから、私が伝えたい。どんなにおばあちゃんが頑張っていたかってことを」
その希望を叶えるのは難しそうだとセイジは思った。しかし、騎士に二言はない。そしてクリスタが言っていたことを思い出した。確か、両親は家を出て、西の方の大きな町で暮らしていると言っていたはずだ。
「分かった。なら、俺はそれを叶える方法を考える。考えついたらアイリにも伝えるから、少し考えさせてくれ」
正直、アイリは自分で言ったことながら、それを叶える方法などないと思っていた。しかし、セイジは方法を考えると言ってくれた。手紙か何かで伝えるのだろうか。でも、両親の居場所は分からない。いろいろ考えてみたが分からない。とにかくセイジの結論を待つことにした。
「ありがとう。じゃあ、待ってる」
このアイリの願いが、二人の生活を大きく変えることになるとは、この時二人共全く考えもしていなかった。
昼食後、二人は役所へと向かった。住民の登録や転居などによる登録抹消などを行う施設である。住民登録をしておくと、被災時や不幸があった時に手当が支給される。そういった手続きも行っている。
クリスタの埋葬証明書を持って窓口に行くと、職員が手続きのためしばらくお待ちをと言ってきた。こんな手続きもあるんだなと、セイジとアイリは興味をもった。
しばらくして職員が戻ってくる。手続きが完了したことを示す書類と、金貨を二枚受け取る。埋葬時にかかる費用の一部を補填してくれたのだった。
それから二人は商店街で食材の買い出しをした。
野菜やイモ類を中心に買い、日持ちのするベーコンも買い足す。最後はパン屋に行って今晩と明日朝の分を買い出しておく。早い時間の買い物だったので、馴染みの店員が今日は早いね、などと声を掛けてきた。もちろん、彼らは午前中に二人が火葬と埋葬に立ち会ったことなど知るわけがない。二人もそれを話すことは好まなかったので、適当に相槌を打つのだった。
買い出しを終えて家に戻り、買ってきた食材を棚に収める。
特にすることもないので、アイリが茶を入れてくれた。
「ありがとう、アイリ」
セイジが礼を言って、茶をすする。安物の茶葉だがおいしい。相変わらず入れるのが上手だ。
そしてセイジは話を切り出した。
「買い物しながら考えてたんだ。アイリのお父さんとお母さん、どこか西の町にいるっていう話は、俺もクリスタさんに聞いて知ってたんだ。だから、そこまで出かけていって、探してみようと思うんだ」
急な話にアイリが驚く。
「探すって、誰が、誰を探すの?」
「俺が、アイリのお父さんとお母さんを、だよ」
「そのためにセイジが出かけていくってこと?」
「ああ、そうだ。所在が分からないから、一つ一つ町を当たるしかないだろう。さっき役所で思ったんだけど、住民登録されているなら、それを手掛かりに見つけられると思って」
アイリの眉が寄った。いくらなんでも無茶だと思った。
「町を一つずつ当たるのって、何日くらいかかるの? 下手すれば何か月もかかるんじゃないの? その間ずっと出かけてるってことでしょ。それって長い旅に出るってことじゃない。そんな長旅に耐えられるの? 旅の資金はどうするの? そんな無理してまで、私の言うことなんか聞いてくれなくていいんだよ」
やりたいことと聞かれ、正直に答えたのは良くなかったかと、アイリは後悔していた。まさか、この元聖騎士が、こんな提案をしてくるとは思わなかったのだ。
「うーん、そうは言うけど、これしか方法はないと思うんだ。長い旅に出るのは初めてだけど、聖騎士団で地方視察とかで何度も旅はしたことあるから大丈夫だ。俺に任せてくれ」
「そうは言うけど、やっぱり心配だよ。本当に無理しなくていいんだよ」
アイリが真剣に訴えてくる。本気で自分の身を案じていることが分かるので、セイジとしても真剣に答えるべきだろうと思った。
「無理じゃない。俺はアイリとクリスタさんに人生を救われたんだ。その恩を返すためなら、俺は何でもやる」
こういう生真面目な部分が、セイジが貴族達に陥れられた要因である。融通の利かない頑固なところと、半端ではない正義感。不正を働く者達にとって煙たいことこの上もない。
「どうしても行くの?」
「アイリがいいと言ってくれれば」
ただし、さすがに一人で勝手に決めたりはしなかった。アイリの意思を最大限尊重するつもりだったのだ。
アイリは悲しそうな表情で言った。
「もし私がセイジにいいよって答えたら、セイジはずっと旅に出てしまうんでしょう。残された私はどうするの? 一人きりで帰りを待ってなきゃいけないの? そんなの辛すぎるよ」
「あ、そうか。それもそうだな」
セイジが驚いた表情で言った。本気で気付いていなかったのである。クリスタと元の二人暮らしに戻るものと勘違いしていたのだ。その当のクリスタを埋葬したばかりだというのに。
「ごめん。今の話はなしだ。アイリを一人きりで置いていくなんて、俺には絶対できない」
恩人を一人きりで残し、もし何かあったら一生後悔する。できるだけ近くで守ってやりたいと思う。セイジはあっさり前言を取り消した。
そして今度はアイリが考え込む番だった。
「旅に出るのがセイジ一人じゃなかったら? もし、私も一緒だったら? お父さんとお母さんに私が直接言えるとしたら?」
そのつぶやきを聞いて、セイジが驚く。
「おいおい、長旅は無茶だって言ったのは、アイリの方だろう?」
「うん。だけど、旅をするのもここで暮らすのも、それほど大した違いはないと思うんだ。だからね、もしセイジが良かったら、それでお金が足りるなら、二人でお父さんとお母さんを探しに行きたいって思う」
そう言い終えて、アイリは自分の考えがとてもいいものに感じていた。この元聖騎士と一緒の旅なら、何があっても大丈夫だ。不安があるとすれば、旅費の問題くらいだろう。
「うーん、そうか、一緒に旅に出るっていう考えはなかったな。どうなんだろう、大丈夫なのかな」
今度はセイジが考え込む。何かあっても自分一人なら何とでも対処はできる。アイリが一緒なら? いや、アイリを自分が守れば済む。具合が悪くなっても自分には回復魔法が使える。ここから国境まで一番西の端の町までは歩いて二週間くらいだろうか。一月で往復できるなら、その間何とかすればいいだけのことだ。問題は確かに旅費だけだった。しかし、それも聖騎士時代に貯えた金で十分足りるはずだ。
「二人旅、何とかなりそうな気がしてきた。でもな、やっぱり相当の覚悟が必要だと思うんだ。アイリは本当にお父さんとお母さんに会うために、長旅に耐える覚悟はあるのか?」
真剣に問いかける。
アイリも真剣な表情でそれに答えた。
「もちろん。今のまま、ここで二人暮らしした方が安全なのは分かってる。だけど、やっぱりおばあちゃんが最後まで頑張って生きていたんだってことを、私はお父さんとお母さんにも知って欲しい。そのためなら、きつい旅にだって耐えてみせる。私、ちゃんと覚悟してるから」
家の仕事もきちんとこなしてきたアイリという少女は、見た目以上に粘り強く、頑張り屋だとセイジももう知っている。ならば、その意志を尊重して、一緒に旅に出るのがいいだろうと思った。
「分かった。なら、二人で旅に出よう。目指すは国境近く、王国西の端タルストの町だ。運が良ければ、そこまで行かなくても、途中の町でお父さんとお母さんが見つかるかもしれないしな」
「うん、分かった。ありがとう、セイジ」
そして二人は固く握手を交わした。
「とりあえず、この先一週間かけて、旅の支度を整えよう。鞄とか服とか雨具とかも買うようだし、それに、何でも宿代が無料になる方法があるって話を聞いたことがあってな。その手続きにも行こう」
セイジに言葉にアイリがうなずく。
こうして二人は遠く旅立つことを決意したのだった。




