第六話 祖母の火葬
昼食後は特にすることもなくなった。
セイジとアイリは二人で食卓で向かい合って座り、何をするでもなくただ静かに時が過ぎるのを待っていた。
アイリの心情を思いやると、何か話して気分を変えた方がいいのは確かだろうとセイジは思っていた。しかし、気真面目過ぎて話題を考えつくこともできない。何も話せないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
「セイジ」
そんな時、アイリの方から声を掛けてきた。
「何だい?」
「ありがとう」
こんな時でも礼が言えるのか。強い少女だ。感心しながらも、セイジには続きの言葉がうまく出てこない。
「少しでも役に立てて良かったよ」
そう言うのが精一杯だった。
「おばあちゃんが亡くなって、私どうすればいいのか全然分からなかったから。セイジのおかげで何とかなって良かった」
そこまでははっきりした口調だったが、その先はとても落ち込んだ声色だった。それはそうだろうとセイジは思う。
「おばあちゃん、本当にもういないんだね。何か不思議な気分。悲しいし、寂しいんだけど、それでも私は生きていて、この先も生きていかなきゃいけないんだよね。本当に、これからどうすればいいんだろう」
「俺も聖騎士の身分を失った時、同じことを思ったよ。まあ、アイリに比べればどうということはないけどな。アイリは偉いよ。こんなことがあっても頑張ってるんだから」
「うん。ありがとう……」
そこまで言うと、アイリはついに涙を流した。少女にはあまりに過酷な出来事だった。泣いて当然だと思う。
そして、それを慰めるすべをもたないセイジだった。
二人でずいぶんと長い時間食卓に座り込んでいた。
気が付けば、すでに空も赤味がかってきている。
「アイリ、こんな時だけど、風呂くらい行っておこう」
ようやくセイジが自分から声を掛けた。
アイリが顔を上げてセイジを見る。
「そうだね。こんな時だけど、明日もあるから行った方がいいよね」
忘れていたことを思い出したかのようにアイリが答える。
そして二人はまた街の中に出た。
「こんな時でも必要なことはしないとだよね」
「ごめんな、気が利かないヤツで。でも、必要だと思ったんだ」
「いいの。ありがとう。セイジの気持ちは分かってるから」
そして公衆浴場でそれぞれが風呂に入る。
本当にこんな時でも風呂は気持ちが良く、大事な人を失ったことが嘘ではないかと錯覚するほどだった。それはきっとアイリも同じだろうと思う。
そしてロビーでまたアイリと合流する。
家に戻ると、アイリが夕食の支度を始めた。聖騎士一筋だったセイジは台所での仕事はほとんどできない。
「ごめんな、全部お任せしてしまって」
「いいんだよ。毎日やってることだから」
そう言うアイリにはまだ食欲はないのだろう。いつもより手際が悪い感じがした。それでもセイジが腹を空かせているだろうと、そのために作ってくれているのが分かる。本当に負担をかけて申し訳なく思う。
メニューはベーコンと野菜のソテーに、おなじみの野菜スープ、そして買ってきたパン。クリスタがいなくても、この程度は自力でできるのだから、立派なことだとセイジは思う。
「いただきます」
二人が唱和し、食事を始める。やはり、何を話していいのかセイジには分からない。しかし、言葉もないのは寂しいので頑張って話し掛けてみる。
「アイリの料理はおいしいな。毎日ありがたいと思ってるよ」
「ありがとう。これもおばあちゃんのおかげだね」
返事を聞いて、しまったと思う。クリスタを思い出させるようなことを言って、悲しくさせてしまっただろうか。
そんなセイジの気持ちはアイリにも分かったのだろう。首を振って、固い表情だったがセイジを慰めてくれた。
「いいの。本当におばあちゃんのおかげだから」
「料理もそうだけど、洗濯や掃除、家の中の仕事はみんなおばあちゃんに教わったの。おかげで一人でも何とか出来る。本当にいいおばあちゃんだったんだよ。お人好しで、そのおかげで今セイジがここにいてくれる。最後まで私達楽しく暮らせたもんね」
涙一つ見せずにそんなことを言う少女が健気で、セイジの方がむしろ泣きそうだった。だが、先に泣くわけにもいかない。
「俺、ここに居られて良かった。アイリを一人にしなくて済んで良かった。これもクリスタさんのおかげだ。ありがたいことだ」
「うん。なら一つお願い。寝る時、一緒にいてくれる?」
「お安い御用だ。寝るまで一緒にいるよ」
「良かった。ありがとう」
そして二人は夕食を食べ終えると、しばらくぽつりぽつりと雑談をした。
寝る時間になり、セイジは約束通り、アイリの近くにいた。
「ごめんね。先に寝かせてもらうね」
「いいんだ。アイリがよく眠れるよう、俺が近くにいるから」
「明日はお見送りなんだよね。しっかり寝ておかないとだね」
悲しい気持ちに蓋をして、現実に立ち向かおうとする少女の姿がそこにあった。いじらしいことだ。この先もこの少女を守っていこうと、セイジは心の中で強く思った。
「アイリもよく頑張って疲れただろ。ゆっくり休むといい」
「うん。ありがとう」
そうしてセイジはそのままアイリが眠りに就くまで傍らにいた。少しでも安らかに眠れるよう願いながら。
翌朝、セイジはいつもの時間に目を覚ました。そしていつも通りに井戸端で顔を洗い、水を飲むと、水汲みの仕事をこなす。クリスタを見送る日でもやることは変わらない。
さすがにアイリはなかなか起きてこなかった。心身の負担が大きかったためだろう。セイジも急かして起こすようなことはしなかった。
それでもいつもより多少遅い程度で、アイリは起き出してきた。
「おはよう、アイリ。よく眠れたみたいだね。良かった」
「おはよう、セイジ。うん。ちゃんと眠れた」
そしてアイリは井戸端へ行って戻ると、すぐ朝食の支度をしてくれた。
「いただきます」
昨日の出来事があっても、それでも人は眠るし食事も取る。どんなに悲しい気持ちであってもだ。しかし、アイリの食事のペースは遅く、やはり心は辛いのだと良く分かる。
ようやくという感じで食事を終え、アイリが食器の片付けをする。昨日できなかった洗濯もこの日は二人でやった。手を動かしている方が気が紛れるので、ついでに少し掃除もする。
それでも指定された十一時よりかなり早く、二人にはすることがなくなってしまった。
「セイジ、どうせだから、早目に教会へ行こうよ」
アイリがそう言ったのは、やはり祖母に会いたい気持ちからだったのだろう。セイジも反対する理由はなく、それに賛成した。
教会に着いたのはちょうど十時だった。ラスティア王国ではこの時代、時計はとても高価な物だったので一般には普及していない。教会が時計を所持していて、朝八時から夜八時まで、一時間ごとに鐘を鳴らして人々に時刻を教えていた。その鐘の音を聞いて、人は時刻を知るのである。あとは太陽の高度からおよその時間を知ることもできる。
「この度はお悔やみを申し上げます。クリスタさんのお見送りの方ですね。どうぞこちらへ」
葬儀屋の職員に案内されて、クリスタが安置されている場所に向かう。
一つの小部屋に祖母の遺体はあった。職員が棺桶の蓋を開くと、火葬のための装束に着替えさせられた姿で横たわっていた。
「おばあちゃん……」
アイリが目に涙をためて祖母の体に触れた。これが安らかに永眠するということだろうか。つい昨日までは一緒に暮らしていたのに、今は遺体となって横たわっている。もう動くことはない。それが何とも物悲しく、セイジも瞳に涙をにじませた。
しばらく祖母の体に触れていたアイリだったが、しばらくしてその手を止めた。そして最後の姿を目に焼き付けるようにじっと見つめていた。セイジはそんなアイリに寄り添って、一緒にクリスタの姿を見つめていた。
気が付いた時には、一時間ほどがあっという間に過ぎていた。
「それでは火葬させて頂きます」
アイリとセイジがうなずくと、棺桶の蓋が閉められ、部屋の外へと運ばれていった。
「火葬が済むまで多少時間がかかります。そのままお待ち下さい」
そう職員に言われて、二人はその部屋に留まった。
もう命はないと分かっていても、クリスタの体を焼かれるのは、身を斬られるような痛みを心に感じる。アイリも同じ心持ちなのだろう。ぎゅっと口を結んで静かに耐えていた。
二人共声を発することのないまま、時間だけが過ぎていく。
そして、棺桶が載せられていた台車がまた部屋に運ばれてきた。金属でできたその台の上には白い骨だけが残されていた。ああ、クリスタの体は焼かれてしまったのだと、改めて思う。
「こちらの骨壺に骨を収めて下さい」
職員に促され、二人で骨を拾って入れていく。気持ちが揺れていることもあり、アイリの手つきは不安定だった。それはセイジも似たようなものだ。
何とか二人でいくつかの骨を入れたところで、作業を職員が代わってくれた。手際良く一つ一つ拾って収めていく。
「きれいな骨ですね。よほどしっかりした生活をしていたのでしょう」
途中、職員がそう言ってくれたが、とても答えを返せる状態ではなかった。そうですか、とだけアイリと二人で声を返した。
粉になった部分までブラシで丁寧に集め、全てが骨壺に納まる。それを名前や享年などが記された木箱に納める。
アイリがそれを受け取ったところへ、教会の神父が姿を見せた。
「安らかに神の御許へ参れらんことを。では、共同墓地に埋葬いたしますので、遺骨をお持ちになってついてきて下さい」
二人は言われるままに、神父の後を追った。
敷地の中に本棟とは別に、石造りの大きな建物があった。それが墓を持たない者達を埋葬する共同墓地だった。
普段は閉じられたままの扉が今は開かれている。
「それではこちらにお納めいたします。最後のお別れを」
「はい。安らかな眠りでありますように。さようなら、おばあちゃん」
「さようなら、クリスタさん」
二人はそう声に出すと、遺骨を神父へと預けた。神父がそれを墓地の中に運び込み、奥の方の棚に安置する。
そして共同墓地の扉が閉じられた。これで火葬の全てが終了した。
三人で一度受付に立ち寄り、セイジが代金を支払う。金貨六枚がズシリと重く感じられた。代わりに埋葬証明書を受け取る。クリスタの住民登録を抹消する手続きに使うのである。
「改めて本日はお悔やみ申し上げます。残されたお二人に、今後の幸があらんことをお祈り申し上げます」
神父にそう言われて、二人は教会を後にした。
悲しいはずなのに、それを感じる暇がないほど慌ただしく過ぎ去った時間だった。心の整理などする余裕もなかった。ただ、これでクリスタの埋葬は終わった。本当にクリスタのいない日々がこれから続いていくのだ。アイリの胸中を思うと、やりきれない気分が拭えないセイジだった。




