第五話 祖母の死
その日の夜、珍しくクリスタの調子が悪かった。
夕食の支度をしていても体がうまく動かない感じで、時々動きを止めて肩で息をしていた。
「おばあちゃん、無理しないで」
心配になったアイリがそう声を掛け、クリスタに休むよう促した。
「でも、夕食が」
「それは私がやるから。セイジ、おばあちゃんをベッドに」
「分かった。さあ、クリスタさん、無理しないで休んで下さい」
「すまないね。じゃあ、少し休ませてもらうよ」
クリスタはそう言ってベッドで横になった。
セイジがクリスタの額に手を乗せる。しかし、特に熱があるわけではなさそうだ。体が疲れているのだろうか。
「効果があるか分かりませんが、回復魔法を掛けます」
セイジがそう言って、精神を集中させると、久しぶりに魔法を発動させた。
「ヒール」
淡い光がクリスタを包み込む。ケガや体調不良には効果のある回復魔法なので、少しは楽になるはずだ。
しばらくして、クリスタの呼吸が少し穏やかになった。
「ありがとう、セイジさん。私はこのまま休ませてもらいますね」
そう言うと、クリスタは目をつぶり、そのまま眠りに落ちていった。
夕食の支度を終えたアイリが様子を見に来た。
「おばあちゃんの具合はどう?」
「回復魔法が効いたみたいで、今眠ったところだ。よほど疲れていたのかもしれないな。医者に診てもらうのがいいかも知れないな」
セイジの言葉にアイリが顔を強張らせた。
「医者代、足りるかな。うち、あんまり貯えないから」
「大丈夫だ。俺が聖騎士時代に貯えた分がある。十分足りる」
「心配だな。こんなこと、今までなかったのに」
「それは心配だよな。でもまあ、明日になれば、いつも通り元気に起き出してくるかも知れないし、今日はこのままそっとしておこう」
「うん、分かった。じゃあ、二人で夕食にしよう」
その日の夕食は何とも味気ないものになった。やはり祖母が心配で、アイリもセイジもあまり食が進まなかったのだ。しかし、食欲がなくてもしっかり食べておかないと明日に響く。二人は意識して努力し、しっかりと夕食を取ったのだった。
そして翌朝。セイジはいつも通り井戸端へ行き、顔を洗って水を飲み、水汲みの仕事をこなしていた。
いつもならその途中でアイリも下りてくるはずである。しかし、この日そんな気配が全くなかった。
セイジは水汲みを終えると、アイリとクリスタの部屋を訪ねた。
そこには呆然とベッドに腰掛けるアイリの姿があった。
「アイリ?」
セイジが呼んでも返事がない。
「クリスタさんは?」
セイジはクリスタのベッドへと近づいた。とてもよく眠っているように見える。しかし、何かがおかしい。よくよく見ると、呼吸をしていない。全く動かないのだ。
「クリスタさん!」
セイジが胸に耳を当てる。鼓動の音が全くしない。顔に手を当てても呼吸が感じられない。
まさか、そんなと思いつつ、同じ動作をセイジは繰り返した。しかし、結果が変わることはなかった。間違いなく死んでいたのである。
昨日の夜、体調は悪かったが、まさか一晩でこんなことが起こるのかと、セイジは信じられない気分だった。アイリもきっと同じなのだろう。呆然としているのは目の前の事実が信じられないからだ。
生命が停止しては回復魔法も役には立たない。伝説では蘇生の魔法が存在したと言われているが、それが失われて久しい。
「こういう時、まずどうすればいいんだ」
目の前で命が失われるのを見たのは初めてではない。過去には魔物の討伐中に大ケガを負い、亡くなった部下もいた。その時は騎士団の担当者が手続きなどを行っていたのは記憶している。しかし、何をどう手続したのかはセイジも知らない。
まずは三人の職場に連絡し、クリスタが死去したために仕事ができなくなったと伝えることから始めようとセイジは考えた。
「少し出かけてくる」
聞いているのかいないのか、アイリの反応はなかった。
セイジは構わず家を飛び出し、三人の職場を順に走って回った。
走り回ったセイジが家に戻るまで四十分ほどかかった。
アイリはまだ呆然としていて、動く気配がなかった。
少し乱暴だが、セイジはアイリの肩をつかんで、軽く揺すった。
「アイリ、とにかく少し何か食べよう」
「う、うん。分かった」
セイジはアイリを食卓に座らせると、昨日の残りのスープとパンを用意して、テーブルに置いた。
「いただきます」
食事の挨拶が二人分の声しかない。それはとても違和感のある光景だった。しかし、一人欠けているという事実は決して変えることはできない。
アイリも食欲がないようだったが、それでも少しずつ食事を進めていた。とにかく少しでも食べて頭を働かせなければならない。
「まずは教会に行こう。そこで、こういう場合どうしたらいいのかを教えてもらうんだ。だから、アイリも一緒に来てくれ」
セイジの言葉にアイリがうなずく。まだ十一才だが、それでも祖母を失ったという現実が変わらないことを頭では理解しているのだ。悲しい気持ちで胸が一杯だろうに、涙一つ流さず、セイジの言葉にうなずいたのは立派なことだと感心した。
そして食事を終えると、二人は教会へと向かった。
教会は冠婚葬祭を司る施設である。神々への信仰は人々の間にそれなりに定着しているが、信仰心の厚い者はあまり多くはない。何かあった時にたまに祈りをささげに来る者がいる程度だ。だから、滅多に教会に用事で来ることはない。
セイジはアイリを連れて教会に来ると、早速用件を伝えた。
すると、中から神父が出てきて、用件を聞いてくれた。
「そうですか。この娘さんのおばあさまがお亡くなりになられたのですね。それはご不幸な事でした。心よりお悔やみ申し上げます」
型通りだがきちんと挨拶するのがこの職の役目なのだろう。
「ありがとうございます。それで、この先何をどうすれば良いのか二人とも知らないんです。教えて頂けますか」
セイジが言うと、その前にと神父が尋ねてきた。
「葬儀はどうされますか」
「どう、とは?」
「はい。ご家族以外に、近所の方や仕事先の方などをお招きして、最後のお見送りに参加して頂くのです。それが葬儀です」
セイジはアイリの顔を見た。そして軽く肩を一つ叩く。この件に関しては居候のセイジには分からないことだ。
「うちは祖母と二人暮らしで、今はセイジも一緒に暮らしてますけど、ご近所付き合いも特にはなかったですし、仕事先の人もお見送りの参加はご負担をかけてしまうので遠慮して頂こうかと思います」
「では、葬儀はなしで、お見送りは二人だけということですね」
「はい。それでお願いします」
アイリの返答を聞いて、神父が説明を続けた。
この後、葬儀屋に連絡して、二人の立会いの下でご遺体を引き取ってもらい、清めてもらうこと。火葬場の空きが明日の朝十一時で、その時間にご遺体を火葬すること。ラスティア王国では土葬ではなく火葬が一般的だ。やはり遺体が腐敗して墓地を汚染する可能性があるので、それを避けるために火葬してからの埋葬となっているのだった。
話は続いた。火葬には二人も立ち会うこと。遺骨は専用の骨壺に納め、墓があるなら墓に、なければ共同墓地に埋葬すること。
「うちにはお墓はありません。おじいちゃんも共同墓地でした」
アイリがそう返答すると、神父がうなずき、言葉を続けた。
「教会が埋葬届を発行するので、それを持って役所に行き、住民登録を抹消して下さい。以上が埋葬までの手続きとなります。問題はお支払いですが、教会と葬儀屋、火葬場で合わせて金貨六枚になります」
「金貨六枚!」
思わずアイリが大声を上げてしまった。銀貨換算で百二十枚。そんな大金が家にあっただろうか。もし支払えなければ埋葬できないのだろうか。そんな心配そうな表情になっていた。
「大丈夫だ。俺の貯えがある。ちゃんと払える」
セイジがアイリにそう伝えた。
「で、でも」
「一緒に暮らしてるんだ。それくらい当然だ」
セイジの決意は固い。恩のあるクリスタの埋葬に金を出すのは当然だと本気で思っていた。アイリもその気持ちを汲み取り、礼を言った。
「ありがとう、セイジ」
話が決まったところで、神父が二人を葬儀屋に案内した。
教会から歩いて数分の所に葬儀屋はあった。いざ葬儀や埋葬を行う時、近くなければ不便なので、教会の近所に開店しているのである。
葬儀屋には神父が話を通した。さすがに葬儀屋も手慣れており、お悔やみの挨拶から始まって、ご遺体を一晩預かって、身を清めた上で装束を着せ、あるの火葬に備えること、火葬の際、棺に献花があると送られる方も喜ぶのでそれも合わせて用意することを説明してきた。
アイリとセイジは黙ってうなずき、葬儀屋を家に案内した。
専用の荷車に棺桶を載せて、葬儀屋が同行した。
そしてクリスタの遺体に深々と祈りを捧げ、そっと棺桶に収めて運び出して荷車に積む。店で必要な処置をするのである。
「おばあちゃん……」
祖母が本当に亡くなってしまったのだと自覚し、アイリが目に涙を蓄えた。それでもまだ泣かない。必死にこらえていた。
「クリスタさん……」
葬儀屋に運ばれていく様子を見て、セイジも言葉をこぼした。つい昨日まで一緒に暮らしていたのに、命を失ったために、こうして別れなければならないのは辛いことだった。アイリの心情も心配だった。
まだ時間は昼前である。食欲もあまり沸かないが、食べておかないと明日に差し障るだろう。
「アイリ、昼食にパンを買ってくるよ。何か希望はあるかい?」
セイジがそう言うと、アイリが首を振った。
「私も一緒に行くね。今は少し体を動かしたいから」
「分かった。一緒に行こう」
そうしてセイジとアイリは二人で商店街に出かけた。クリスタを失って寂しいのだが、それでも日常生活のことをしていかなければならない。それは何とも言えない奇妙な感じだった。
そしてパン屋で夕食、明日朝の分も合わせてパンを買っておく。
そして二人は家に戻り、昼食の分のパンを食べた。
味気ないが、とにかく何とかして咀嚼し、腹に収める。
アイリも食欲がなく、食べるのがやっとという感じだったが、それでも頑張って食べていた。
クリスタを失って、二人は静かに昼食を取るのだった。




