第四十四話 のんびりした暮らし
「公衆浴場へ行く前に、回復魔法を掛けておきましょうか」
帰ってきたばかりのセイジだが、アメリアの治療のことは忘れていなかった。早速とばかり、アメリアに魔法を掛ける。
これで病気が治るんだ。何度見てもすごいな。ルミアがそんな視線を送ってくる。八才の少女らしく表情を輝かせていた。
「それから、これ、今日の稼ぎです。食費に使って下さい」
セイジがお金を差し出す。銀貨一枚銅貨三十枚。臨時の日雇いで働く時間も少し短いため、給金は安かった。その全額を渡している。
「世話になっているのは私達の方なのに」
「泊めてもらっているんですから、食費を払うのは当然ですよ」
アメリアがその金を自分の財布にしまう。しばらく働けなかったので、その分の収入がないことを考えるとありがたかったのは事実だ。
「それじゃあ、公衆浴場へ行きましょうか」
もう夕方である。四人はそれぞれ支度を済ませ、出かけていった。
家に戻ると夕食の支度である。アメリアの具合もずいぶん良くなってきたが、無理をせずここはアイリとルミアに任せていた。
ルミアも幼い割には包丁が使えている。ゆでるための野菜の皮を剥いたり切ったりする作業をゆっくりだがこなすことができていた。
「ルミアちゃん、包丁使うのが上手だね」
アイリにもそう褒められ、ルミアが満面の笑みを浮かべる。
「うん。これからも頑張って、もっと上手になるんだ」
母と二人暮らしで、今までもこうやって母を手伝ってきたのだろう。そうやって技術を身に付けたのはアイリも同じである。
「うん。きっと一人で何でもできるようになるよ」
そうやって二人で夕食を整える。今日のメニューは鶏肉のソテーとゆで野菜、スープ、パンである。
「いただきます」
四人の挨拶が唱和し、食事が始まる。
「二人の料理はとてもおいしいわ。これを食べているとすぐ元気になれそうよ。ありがとうね」
母のアメリアが笑みを浮かべて二人を褒める。愛娘ルミアがアイリという姉のような存在と出会い、さらに成長できたことも喜ばしい。
「良かったね、ルミアちゃん」
「うん。お母さん、しっかり食べて、早く病気を治してね」
ルミアもうれしそうに答える。
喜んでいる二人を見ていて、アイリも心が温かくなるのを感じていた。自分もこんな風に祖母と二人で助け合って生きてきたのだ。良い事があるとうれしかったし、大変なことも二人で協力して乗り越えてきた。この二人もそんな風に生きているのだと思い、心底共感していた。
そしてそんな三人を見て、セイジも良かったと心から思っていた。偶然に出会い、手助けすることになり、病気を治したり家事を手伝ったりと力になることができた。こうして母娘に喜んでもらえるのはうれしい。アイリの力があってできたことだったから、アイリにも自然と感謝していた。
「おいしいよ、アイリ、ルミアちゃん。さすがだね」
セイジもそう言って二人を褒めた。
「セイジさんも食費出してくれてありがとう。大事に使うね」
「ルミアちゃんはしっかりしてるな」
「ありがとう。私もアイリお姉ちゃんみたいに、しっかりしたお姉さんになれるように頑張るんだ」
とてものどかな会話だった。話しているだけでも心が温まる。そんなことを感じながら、四人はしっかりと夕食を平らげたのだった。
そして翌日も平穏な暮らしは続いた。
朝起き出して、井戸端で顔を洗って水を飲む。
四人は大体同じ時間に起き出すので、そこで顔を合わせ、挨拶する。
そして朝食。アメリアの具合も良くなり、台所には三人で立つようになった。その分支度も早くできる。
そして四人で朝食。みな食欲はしっかりしていて、一日の活動に備えて栄養補給をきちんとしていた。アメリアも良いペースで食べていて、回復が順調なのが分かる。
その後はアイリとアメリアで家事をこなす。洗濯や掃除も順調にできるようになり、とても二日前まで寝込んでいたとは思えないほどだった。仕事に復帰できるまであと少しという程度にまで回復していたのである。アイリも元気になっていたことを喜び、二人で協力して家事をてきぱきとこなしていたのだった。
ルミアは午前中は学舎に通い、しっかりと勉学に励んでいた。母が回復できたこと、そして母やアイリの手伝いができることを喜んでいて、それが学舎で学ぶ意欲を高めていた。そして時間が来ると、飛び出すように学舎から帰宅していく。学舎の友人達も、母の具合が悪かった頃はルミアが落ち込んでいる姿を見ていたので、こうして元気になったことを喜んでいた。
アメリア、ルミア、アイリの三人で食材の買い物にも出かけた。あまり大きくはない町なので、商店街の人々も客の顔と名前を憶えている。アメリアが元気に出歩き、こうして買い物をしている姿を見て、病気が治ったことを喜んでくれていた。
その間、セイジは市場で日雇いの荷運びの仕事をしていた。無理に稼がなくても前の町で稼いだ金が十分にあったのだが、体を動かしていないと落ち着かない性分だった。荷運びの仕事は適度な鍛錬にもなり、アメリアに食費も渡せるのでちょうど良かったのである。給金は安いが、それでも一切手を抜くことなく良く働いていて、市場で働いている他の者からもこのままずっと働かないかと声を掛けられたほどである。旅の続きがあるのでと断った時には本気で残念がられていた。
そして夕方になると、四人が家で揃う。
回復魔法を掛けて、公衆浴場へと向かう。
アイリとルミアはアメリアの体を洗ってやっていた。アメリアもそんな二人の背中を洗ってやった。そんな風に楽しく風呂に入るのは気分が良いだけでなく、体調にも良い影響があるようで、アメリアは風呂から出るとすっきりとした表情をしていた。
それから夕食の支度をして、みなで食事を取る。
穏やかな会話をしながら、楽しく食事をしていた。特に、二人の旅の話は格好の話題で、ダンジョンで魔物の討伐をした話など、アメリアもルミアも驚きながら楽しそうに聞いていたものである。冒険者達の話もとても興味をもって聞いていた。
そんな風にアメリアもルミアも、セイジとアイリが一緒に暮らしていることを喜んでいて、とても気分のいい時間を過ごしていたのだった。
その日の夜、アイリがセイジに話し掛けていた。
「明日一日でアメリアさんも完治だね」
「ああ。もうほとんど治っている。間違いなく完治できるだろう」
「こうやって人助けするのって、何かうれしいね」
旅の目的を忘れたわけではないが、やはり困っている人を助けて喜んでもらえると、自分達もうれしいのだ。今回もそうやって人助けをして、一緒に楽しく暮らせる時間を過ごせたのは良かったとアイリは思っていた。
「そうだな。アイリの言う通りだ。この旅の間、あちこちで人助けをしてきたけど、人の役に立つのはやっぱりうれしくなるもんだよな」
セイジもそんなことを言う。ずいぶんと寄り道ばかりだが、それも旅の楽しみだと思うと、結果として良かったと思える。
かと思うと、アイリが心配事を口にする。
「本当にセイジもお人好しだよね。困っている人を見ると放っておけない性分で、今回も稼いできたお金を全額渡してるし、アメリアさんにも回復魔法をまめに掛けてあげてるし。そんなことばかりで、自分のことは大丈夫なのかって心配になるくらいだよ」
相手がセイジだからこそ出てくる言葉だった。本気でセイジのことを思いやっているのが分かる。
しかし、アイリも人の事は全く言えない。
「そう言うアイリこそ、家の仕事をしっかりこなしてるじゃないか。俺のこともこうして心配してくれるし。お人好しなのはお互い様だ。アイリの方こそ、将来人の面倒ばかり見て、自分のことを後回しにしそうで、大丈夫かって心配になるよ」
セイジが苦笑しながら言うと、アイリも肩をすくめて苦笑していた。
「うん。お互い様だね」
「そうだな。お互い様だな」
似た者同士だからこそ、こうして仲良く旅をして、一緒になって人助けをしようとするのだろう。互いにそれも良く理解していた。
「でも、いいよね。こういうのんびりした暮らしって」
「そうだな。クリスタさんが家に受け入れてくれたのを思い出すな。あの頃も、俺達三人でこんな風にのんびり暮らしてたよな」
「そうだね。三人での暮らしは楽しかったね」
今は亡き祖母を思い、アイリが遠い目になる。あれからまだ一月半ほどしか経っていない。日々を誰かと一緒に楽しく過ごせることはとても貴重な時間なのだと、振り返ってみるとそう思う。まだ十一才の若さだが、過ぎ去った日々を懐かしんでいたのだった。
「でも、今の生活も楽しいよ。こうして旅をしながら、誰かの助けになって、仲良くなってのんびり過ごせるのって、気分が和む感じがするから」
「俺もそれには同感。アイリも良いことを言うよな」
「セイジが一緒にいてくれるおかげだね。一人じゃ旅に出られなかったし、回復魔法も使えないし。やっぱりセイジがいてくれて良かったな。おかげで旅先でも良いことがたくさんあるから。人助けも良かったけど、ダンジョンも楽しかったよ」
「そっか。それは良かった。俺だって、アイリが一緒で良かったよ。一人きりだったら今頃どうなっていたことやら。だから、これからもよろしくな。一緒に楽しく旅をしよう」
「うん。じゃあ、そろそろ寝ようか」
「ああ。おやすみ、アイリ」
「おやすみ、セイジ」
二人はのんびり会話を交わして、一緒のベッドで就寝するのだった。
翌朝、いつものように井戸端に出ると、後からアメリアとルミアの二人も後から出てきた。
「セイジさん、今日から私、仕事に復帰しようと思うのですが。大丈夫だと思いますか」
挨拶もそこそこに、アメリアがそう訴えてきた。
セイジは少し考えてから答えた。
「そうですね。家の仕事もできるようになってますし、雑貨屋勤めでしたよね。そんなにきつい仕事でもないし、大丈夫だと思います。この後、朝一回、夕方に一回、回復魔法を使えば完治できますし」
それを聞いてアメリアがほっとして表情になった。
「分かりました。ありがとうございます。では、今日から仕事に出ます」
母がうれしそうな様子を見て、ルミアも笑顔になった。
「良かったね、お母さん。これでいつも通りになるね」
「ありがとう、ルミア。お母さん、しっかりやってくるね」
朝一番に母娘の喜ぶ姿を見て、セイジとアイリも笑顔になった。この二日間、二人の面倒を見てきて良かったとしみじみと思う。
「じゃあ、お母さん、朝ごはんの支度しよ」
「そうね、ルミア。アイリさんもよろしくね」
そして三人は仲良く朝食の支度を始めた。




