第四十五話 母娘と別れてまた旅路へ
朝食を取った後、三人が出かける。
セイジは日雇いの荷運びの仕事へ。ルミアは学舎へ。そしてアメリアは雑貨屋の仕事に復帰するのだった。
「私も掃除とか終わったら町の見物でもするね」
アイリは三人を見送って、そう言った。確かに家に一人では暇を持て余してしまう。
「分かった。じゃあ、また後で。いってきます」
そして三人はそれぞれの場所へ出かけていった。
アイリは洗濯と掃除を手早く済ませ、すぐに暇になっていた。
そして三人に話した通り、町の見物に出かけた。
まずは市街地から。住宅街を見て回った。それほど大きな町ではないが、それなりに家の数があり、どの家も庭付きの一戸建てだった。王都のように集合住宅はない。他の町と同じく、土地が余っているためだろう。空き地も所々にあるくらいだ。
それから市場へと向かった。セイジが働いているはずである。邪魔にならないよう、遠目に市場の様子を眺める。さすがはセイジ、良く働いていて、ほとんど止まることがない。体を動かしていないと気が済まないと本人は言っていたが、その言葉通りであった。
学舎にも寄ってみた。二階建てのそこそこ大きな建物だった。人口を考えると、この学舎に通っているのは三百人程度だろう。柵で敷地が囲まれているので、中に入るには許可が必要である。ルミアの邪魔をするわけにはいかないので、柵の外から学舎の様子を眺めた。ルミアがどこにいるかは分からなかったが、みな真剣に学んでいるようだった。
学舎の次には商店街に寄る。雑貨屋が一軒だけあって、そこがアメリアの勤め先のはずだ。ここでも中には入らず、そっと外から店内の様子を窺う。復帰初日ということもあり、どうやら奥で仕事をしているようで、姿を見ることはできなかった。
ざっと一通り回ったところで、そろそろ昼食の時間が近づいていた。ルミアが学舎での学業を終えて戻ってくるはずである。アイリは家に戻って、昼食の支度を始めた。
始めてからしばらくして、そのルミアが元気に帰ってきた。
「ただいま、アイリお姉ちゃん」
うれしそうに声を掛けてくる。本当によく懐かれたものだ。
「おかえりなさい。すぐに昼食にするね」
アイリが肉と野菜の炒め物とスープ、切ったパンをテーブルに並べる。短時間で作った物だが、ルミアにはおいしそうに見えていた。
「いただきます」
二人で挨拶して昼食を取る。簡単なメニューだが味はやはり良い。ルミアはうれしそうに食べていた。
「お姉ちゃん、町の様子はどうだった?」
「良かったよ。今までもそうだったけど、ここもいい町だね」
「お母さんのお店も見てみた?」
「うん。アメリアさんは奥で仕事だったらしくて、姿は見えなかったよ」
「そっか。お母さん、大丈夫かな。具合悪くしてないかな」
やはりルミアにはそれが一番心配なようだった。アイリにもその気持ちは分かる。自分も思わず店の様子を見に行ったくらいだ。
「じゃあ、一度だけ見に行ってみようか」
アイリがそう提案した。店の中に入っても、短時間なら邪魔にはならないはずだ。ルミアも元気に働いている姿を見れば安心するだろう。
「ほんと? うん、行きたい。お姉ちゃん、ありがとう」
そして二人でアメリアの様子を確かめに行くことにしたのだった。
「ごめんください」
昼食後、アイリとルミアは二人で商店街の雑貨屋を訪れていた。
「いらっしゃいませ。……あら、アイリさん、ルミア。何か買い物?」
ちょうどアメリアが店番をやっていた。
「ううん、お母さんの具合を見に来たの」
ルミアがはっきりと言った。長居しては店の迷惑になり、アメリアに苦情を言ってくるかもしれない。手早く用事を済ませるべきだった。
「そうだったの。心配してくれてありがとう。でも、お母さんは大丈夫。ちゃんと元気に仕事できてるわよ」
アメリアが笑顔でそう言った。ルミアもアイリも本当かどうか確かめるような目でそれを見ていたが、笑顔には一点の曇りもない。どうやら本当に大丈夫らしいと二人はほっとした。
「本当に大丈夫なんだね。良かった。じゃあ、私達、もう行くね」
ルミアがそう言って、店の迷惑にならないよう立ち去ろうとした。
「ルミア、わざわざありがとう。私は本当に大丈夫よ」
「うん、分かった。お仕事の邪魔してごめんね」
そしてルミアはアイリと二人で店を出る。
「アメリアさんのところの娘さんは本当にいい子だねえ」
店の奥から店主がそう言って褒めてくれていた。
「ありがとうございます。本当にいい娘です」
アメリアもうれしそうに返答するのだった。
母が無事に働いている様子を確認して安心したアイリとルミアは、せっかく商店街まで出てきたので、ついでに食材の買い物を済ませることにした。お金もちゃんと持ってきている。
野菜と豚肉、卵、パンを買い、家に戻る。
「ルミアちゃん、まだ時間あるから、友達のところに遊びに行ったら?」
アイリがそう言ったが、ルミアは首を振った。
「明日でお別れだから、今日はアイリお姉ちゃんと一緒がいい」
というのがルミアの言い分だった。ちゃんとそういうことも考えてくれたのかと、アイリは内心でうれしく思っていた。
「じゃあ、町でどこかいい場所あったら教えてくれる?」
「そしたらね、教会の鐘楼に登ろうよ。町で一番景色がいいの」
王国では時計が非常に高価なため、普通の家は時計を所持していない。町の人々は、時計を所持する教会が一時間に一度鳴らす鐘の音を聞いて、時刻を知るのである。その教会の鐘楼は、許可があれば誰でも登れるようになっている。町の人々が景色を楽しめるよう開放しているのだった。
「そうだね。行ってみようか」
「うん。一緒に行こう」
そして二人で出かける。
教会の鐘楼は四階建て相当の高さがあった。町のほとんどが高くても二階建てだから、なるほど町で一番の高さがあるわけである。
「遠くまで見られて、いい眺めだね」
「そうでしょ。私も時々こうして景色を見に来るんだよ」
二人でのんびりと景色を眺め、ほうと息をつく。気分転換にも良さそうな場所だった。
「アイリお姉ちゃんと出会って、セイジさんが回復魔法を使ってくれて、家の仕事もたくさんしてくれて、本当にありがとう。短い時間だったけど、すごくうれしかったの。こうしてしっかりお礼も言いたかったんだ」
ルミアが穏やかな表情でそう言った。まだ八才なのにずいぶんしっかりしているなとアイリも感心する。
「私もルミアちゃんに喜んでもらえてうれしいよ」
「本当? そっか。良かった」
「一緒に楽しく過ごせて良かったってセイジも言ってた。これもアメリアさんとルミアちゃんがいい人だからだよ」
不意に褒められて、ルミアがちょっと驚く。そんな風に言われるとは思っていなかったのだ。でも、これも毎日を懸命に頑張ってきたからだと思うと、日頃の努力が報われる気がした。
「私も。お姉ちゃんやセイジさんに出会えて良かったよ。旅に出てからも、私達の事、忘れないでね」
「うん。ずっと覚えておく。忘れないよ」
姉妹のように仲良くなれただけに、別れはやはり寂しい。しかし、二人共その事実をしっかりと受け止めていた。芯の強い少女達だった。
「じゃあ、家に戻ろうか」
「うん。一緒に帰ろうね」
二人は手をつないで、自宅への道を歩いていった。
夕方、二人が家で待っていると、セイジとアメリアも順に帰宅してきた。この家でおかえりなさいという言葉が使えるのもこれで最後かと、アイリが少し寂しい気分になった。
そしてセイジが回復魔法をアメリアに使う。仕事で疲れていたがアメリアの体に異状はなく、回復魔法を掛けることでその疲れも一緒に取れていた。
「これで完治です」
セイジがきっぱりと宣言した。
「本当にありがとうございます、セイジさん」
「セイジさんの魔法、本当にすごいんだね。ありがとう」
アメリアとルミアが重ねて礼を言う。セイジも笑顔でそれを受けた。
そして四人で公衆浴場へ。アイリも二人と一緒の風呂はこれで最後なので、せっかくだとばかり、三人で互いに体を洗い合っていた。そしてのんびりと湯に浸かり、楽しげな表情を浮かべた。
夕食の支度も三人で協力して行った。豚肉と野菜の炒め物を主菜に、野菜スープとパン。そしてアメリアからケーキの差し入れがあった。
「これは最後の夜の記念にと思って」
それほど裕福な家庭ではないが、セイジが食費を入れてくれたこともあり、この程度の贅沢は何とか出来る余裕があった。
「うわあ、お母さん、ありがとう」
「アメリアさん、ありがとうございます」
「せっかくなので大事にいただきますね」
三人がそれぞれアメリアに礼を言った。四人で過ごせる最後の晩に、このちょっとした贅沢がうれしい。
そして四人は会話をしながら、楽しく夕食を取った。
「こんなに賑やかで楽しい暮らしができたのは本当に久しぶりです。セイジさんとアイリさんには、そのことも合わせて感謝しています。明日からの旅路でも元気にお過ごし下さい」
アメリアが泣き笑いの混じった表情で感謝していた。セイジとアイリの二人にもその気持ちは痛いほどに伝わった。
「こちらこそお世話になりました。ありがとうございました」
「アメリアさんもルミアちゃんも元気で暮らして下さいね」
翌朝、セイジとアイリは二人に見送られて旅に戻った。
ルミアは最後にアイリに抱き付き、別れ難い思いを表していた。
そして二人は西に向かって歩き始めた。時折振り返って手を振る。それは互いの姿が見えなくなるまで続いた。
そして二人は街道に出て、西の町を目指した。
「いい親子だったね。ルミアちゃん、かわいかったな」
アイリがしみじみと振り返る。一緒に風呂に入ったり食事の仕度をしたりと、本当に仲良く過ごせて良かったと思っていた。
人助けの寄り道。それも終わり、今はまた旅の最中である。セイジとしても、いよいよアイリの旅の目的が果たせるかもしれないと、内心で気を引き締めていた。両親に会えた時、アイリはどんな反応を示すのだろうか。
「セイジ、また真面目な顔してる。私は大丈夫だから、心配しないで」
アイリの言葉に、セイジは表情を緩めてうなずくのだった。




