第四十三話 家事を助けるアイリ
その日の晩は、アメリアの夫、ルミアの父が使っていたという部屋に泊めてもらった。しかし、当然だがベッドは一つしかない。アメリアは申し訳なさそうな表情をしていたが、二人は彼女を安心させるように大丈夫だと告げていた。
ベッドの譲り合いは前回で懲りていたので、今回は最初から二人で一緒にベッドを使うことにした。少し狭いが仕方ない。
「これはこれで悪い気はしないよ。やっぱりセイジと一緒だと安心できるからだと思う」
というのがアイリの弁だった。セイジとしても、相棒がそう思ってくれるなら、多少狭くても嫌な気はしないのだった。
翌朝、ここでもセイジやアイリの方が早起きだった。まずは井戸端へ出て、顔を洗って水を飲む。ここの井戸は五軒ばかりの家が共同で使っている物で、すでに井戸端には近所の中年女性達がいた。
「おはようございます」
セイジとアイリが挨拶すると、見知らぬ顔を見て女性達が怪訝そうな顔になる。セイジが言葉を付け足す。
「俺は旅のヒーラーでセイジ、こっちはアイリです。アメリアさんの治療に当たっています。冒険者証も持っている回復魔法使いです」
それを聞いて女性達も納得したようだった。
「そうかい。それでアメリアさんの具合は良くなりそうなのかい?」
「はい。回復魔法の効果が出て、三日ほどで治る見込みです」
「そいつは良かった。何ね、近所でも心配はしてたんだよ」
「大事なご近所さんだからね。しっかり治しておくれ」
「分かってます。お任せ下さい」
そんな会話をしているところに、当人が娘と一緒に現れた。
「おや、アメリアさん。もう起き出して大丈夫なのかい?」
「ええ。ご心配をお掛けしました」
なるほど、このセイジという旅の男は腕の立つヒーラーらしいと、女性達はさらに納得した。
それから二、三言葉を交わして、女性達が自分の家へと戻る。
「ごめんなさい。セイジさん達の事、ご近所さんに知らせてなくて」
「別に悪い事をしているわけでもなし、大丈夫ですよ」
セイジはそう言ってアメリアを安心させると、自分達も家に戻った。
朝食の支度は昨日と同じくアイリとルミアが担当した。調理に関してはセイジは残念ながら役に立たない。
スクランブルエッグと野菜スープ、パンを用意し、全員でいただく。
「朝食後にまた回復魔法を使っておきましょう。その後はまた風呂に行ってからで大丈夫でしょう」
セイジがそう言ってアメリアを安心させる。
「ところで、ルミアちゃんは学舎に通ってるのかな」
アイリがそう尋ねた。ラスティア王国では八才から十一才の間は学舎に通って、読み書きなどを習うのが一般的だ。その後、十二才で学院に進学するか、どこかで仕事の見習いを始めるかで進路が分かれる。
「うん。私、八才だから、今年から学舎に通ってるんだ」
ということは、午前中はルミアは留守ということになる。
「分かった。なら、お母さんの面倒は私が見ておくね。ついでに、掃除や洗濯も片付けておくから、任せておいて」
アイリの返答に、ルミアが表情を輝かせる。
「ありがとう。すごく助かる。私もやらなきゃと思ってたけど、手が回らなくて。アイリお姉ちゃん、ありがとう」
「お姉ちゃん……」
アイリが絶句して体をわずかに震わせていた。
「あ、ごめんね。馴れ馴れしかったかな」
「ううん、違うの。そんな風に呼ばれたの初めてだったから、びっくりしただけ。お姉ちゃんって呼んでくれて、ちょっとうれしかった」
アイリも学舎卒業後、雑貨屋で見習いとして働き、基本的に年上を相手にする生活が長かった。年下の少女からそう言われたのは新鮮なことだった。
「とにかく、ルミアちゃんは安心して学舎に行ってね」
「分かった。アイリお姉ちゃんにお任せします」
微笑ましいやり取りに、セイジとアメリアの二人も顔をほころばせた。
「俺もこの町の市場で荷物運びの仕事でもしてくるよ。留守はアイリに任せて大丈夫だから、二人共安心してくれ。アメリアさんは無理せず、休みながらゆっくり体を動かすといい」
「はい。ありがとうございます」
アメリアとルミアの二人は心底安心した表情を浮かべていた。
朝食後、回復魔法を使ったところで、セイジは商店街の裏にある市場へと出かけていった。ルミアも言葉通り学舎へと通う。
残されたアイリとアメリアは、まずは洗濯を片付けることにした。
井戸端に洗濯物を運び、たらいに水を汲んで石けんを入れる。洗濯物をその中で良く揉んで洗い、絞って石けん水を落とす。再びたらいに水を汲み、洗濯物を中ですすぐ。それを絞って終わりである。アメリアが寝込んで五日分の量がたまっていたので、そこそこ大変だった。
それを庭先の物干し竿に釣り下げて干していく。アイリがついでに自分とセイジの分を洗ったので、干す場所はギリギリだった。
「それじゃあ、今度は家の中を掃除しますね。アメリアさんは、セイジにも言われたと思いますけど、決して無理をしない程度に」
そしてアイリはさっさと掃除を始めた。まずははたき掛けで、棚などを軽くはたいて埃を落としていく。
アメリアはほうきとちりとりを担当し、床を掃いて回ったが、さすがに久々に体を動かしたこともあって、この辺りで疲れが出てしまった。
アイリが穏やかに声を掛ける。
「疲れたら休んで下さい。私一人でも大丈夫ですから」
「ありがとう。ごめんなさい、少し休ませてもらうわね」
そしてアイリがほうきを受け取り、掃除の続きをする。思ったより埃は多くはなく、どうやらルミアが頑張って掃除していたようだった。
それから水拭き。まずは棚やテーブル、椅子など家具を中心に拭いて回る。こちらもそう汚れていたわけではないが、所々汚れがあり、やはり手が回っていなかったのだと感じた。最後に床拭き。どこの家でも同じだが、靴を履いたまま室内でも過ごすので、やはり床が一番汚れやすい。定期的に拭いておく必要があるのだった。アイリがその汚れを丁寧に落としていく。
一通り掃除をしたところで、ちょうど昼食時になっていた。
「では、昼食の支度をしますね。ルミアちゃんも帰ってくるでしょうし」
アイリは台所にある食材を見て、パスタを作ることに決めた。
大きな鍋に湯を沸かし、その間に具材を切っていく。簡単なサラダができたところで湯が沸く。そこで乾麺をゆでる。
「ただいま、お母さん、アイリお姉ちゃん」
ちょうどそこでルミアが学舎から帰ってきた。
「お昼ご飯も作ってくれてるの? ありがとう、お姉ちゃん」
「すぐできるからね。手を洗って待ってて」
アイリがゆで上がったパスタを油をひいて熱したフライパンに放り込み、具材と一緒に炒める。そして塩と香辛料で味付けをして完成である。
それを三人分、均等に皿に分ける。
アメリアとルミアがアイリの手際良さに心底感心していた。
「アイリさんは本当に料理が上手ですね」
「うん。とってもおいしそう」
「ありがとう。冷めないうちにいただきましょう」
そして三人でいただきますと言うと、昼食を食べ始めた。味も歯ごたえも見事な出来栄えで、三人はおいしく昼食を取ったのだった。
昼食の片付けが終わると、アイリとルミアの二人で買い物に出かけた。アメリアは留守番である。洗濯や掃除で久々に体を動かし、その疲れが出ていたのだった。
「アイリお姉ちゃんと買い物、ちょっとうれしい」
すっかりルミアはアイリに懐いていた。昨日、荷物を運ぶのを手伝ってくれたことに始まり、母の病気を治し、食事の支度をしてくれて、洗濯や掃除までやってくれたのだから、強い恩義を感じていたのだった。何より、自分より三つしか年が変わらないのにしっかりしているところがすごいと思っていた。親しみを込めてお姉ちゃんと呼ぶのも当然だった。
「ルミアちゃん、何か食べたい物はある?」
「うーん、なくはないけど、お母さんの具合、まだ完全じゃないし、重たくない食べ物がいいかなあ。そしたら、昨日は煮込みだったから、今日は何か焼いたのを食べたいかな。それで重くないのってできる?」
「焼き物で軽めって言うと、鶏肉がいいかな。それにゆで野菜とスープを付けて、後はパンを買おうか。それでいい?」
「うん、分かった。さすがお姉ちゃん」
そしてまずは青果店へ。ブロッコリー、ニンジン、キャベツ、サヤエンドウを仕入れる。四人分なので少し量は多めである。
それから精肉店で鶏のむね肉を塊で買う。
パン屋では大きなバゲットを二つと、丸パンを四つ。
「お嬢ちゃん達、まだ小さいのに偉いわねえ」
パン屋の店主がそう褒めてくれた。髪色は違うが、本当の姉妹のようで微笑ましい光景だった。サービスに丸パンを一つ付けてくれた。
その荷物を二人で手分けして家に運ぶ。
家に戻り、食材を片付けた後は、洗濯の片付けである。アメリアも体を休めていたおかげで動けるようになり、三人で一緒に洗濯物を取り込み、それぞれ自分の服を片付けていった。
それが済むと、三人で休憩である。
アイリが湯を沸かし、お茶の用意を始めた。ルミアはまだ自分で茶を入れたことがなかったので、アイリにくっついて入れ方を教わっていた。
「そうしてみると、本当の姉妹みたいね」
アメリアもそんな二人の姿を見てうれしそうにしていた。ルミアには苦労を掛けたが、しっかり者の年上の少女とこんなに仲良くでき、うれしそうにしていて良かったと思っていた。
そして三人でのんびりと茶飲み話をした。一番の話題はアメリアの仕事についてだった。
「雑貨屋で雇われ店員をしてるのよ。具合が悪くなって、動けなくなってからもう五日、その間仕事ができなくて、お店にも迷惑をかけたわね。今日、お風呂に行く時にでも立ち寄って、あと二日で仕事に戻れることをちゃんと伝えないとね」
仕事の中身は接客、棚や商品の整理、売上表の作成、掃除など多岐に渡っている。何でも見習い時代から、長いことその店で働いているという話だった。なるほどとうなずきながら、アイリとルミアは話を聞いていた。
長話をしていたところに、セイジが家に帰ってきた。
「ただいま、でいいのかな。今戻りました」
「おかえりなさい。それでいいと思うよ」
三人がセイジを出迎える。昨日初めて泊めてもらったばかりだが、すっかり自分の家のような扱いになっていた。
「またアイリが活躍したみたいだな。アメリアさんの面倒も良く見てくれて具合も良さそうだし、さすがだな」
「うん。このくらいは当然」
アイリが胸を張る。
「アイリお姉ちゃんのおかげでうちもきれいになったし、お昼ご飯もとてもおいしかったの。今飲んでるお茶もおいしいよ」
「そうか。それは良かったな」
ルミアの言葉にセイジも笑顔でうなずくのだった。




