第四十二話 女の子と具合の悪い母
グルトンの町を出て歩くこと一日。日が傾いてきた頃合いに、セイジとアイリは次の町ヒルリスに到着していた。王都を出てこれで八番目の町だ。ここは人口一万とそう大きくはなく、市街地はそれなりに賑わっているが、商店の数もそう多くはない。
二人はまずは役場へと向かう。アイリが王都でもらった住民証明を元に、両親がこの町に登録されているかどうか調べてもらうのである。役場の人が台帳を調べた結果、この町も同名の人物はいるが、年齢が全く異なり、別人だろうという話だった。残念だが仕方がない。
ついでにこの町に冒険者ギルドがあるかどうか尋ねたが、ないという返答だった。一つ手前の町にダンジョンとギルドがあったので、その隣り町にはさすがになかったのである。
これは宿を取る必要があるだろうと、二人は商店街の方へ足を向けた。
そして、毎度のことながら、町中で困っていそうな人を見つけてしまうのである。お人好しの性分がそうさせるのか、偶然が見つける方に偏っているのか、とにかく見つけてしまうのである。
今回はまだ小さな栗毛の女の子だった。年の頃は七、八才だろうか。買い物の途中らしく、両手に荷物を下げている。しかし、体格に比べて量が多い荷物を運ぶのにかなり苦労している様子だった。
セイジはアイリと顔を見合わせた。思い起こせば、二人が出会ったのも、祖母とアイリが荷物が重くて困っていたのがきっかけだった。それと同じような状況が目の前にある。
ここで声を掛けないという選択肢は二人にはない。二人は互いにうなずき合うと、アイリから声を掛けた。
「お嬢さん、大丈夫? 荷物運ぶの大変みたいだけど」
アイリからにしたのは年が近く、警戒されないだろうと思ってのことだ。
「私に何か用? あなた、ヒルリスの町の人じゃないでしょ」
それでも女の子の方は警戒心をもったようだった。いくら年が近くても、見ず知らずの少女から声を掛けられ、不審に思ったのである。
「びっくりさせちゃったみたいだね。私はアイリ。この男の人はセイジ。二人で西の町タルストまで旅をしてるの」
女の子が二人をじっと見る。名乗ったこともあって悪意や害意はないと感じてもらえたようで、肩の力を抜いて表情を緩めた。悪人じゃないと分かってもらえたようで何よりだと、セイジとアイリもほっとする。
「嫌じゃなければ荷物、家まで運んであげるけど、どうかな」
アイリが努めて優しい口調で言った。さすがに女の子の方も、この少し年上の少女が悪い人ではないと分かってくれたようだった。
「ありがとう。じゃあ、お願いします」
「じゃあ、俺が運ぶよ」
ここでようやくセイジの出番となった。やや長身だが見た目はすらりとしていて圧迫感がないことも良かったらしい。女の子もお願いしますと言ってうなずいてくれた。
そして二人は、女の子の案内でその子の家へと荷物を運ぶのだった。
「お母さん、ただいま」
そこは広くはない一軒家だった。扉を開けて、女の子が声を掛けるが反応はない。女の子は何の返答もないことを気にした様子もなく家に入っていく。これにはセイジもアイリも驚き、女の子を不思議そうに見つめた。
「あ、お母さんね、具合が悪いんだ。だから、出てこられないの」
女の子はそう言って、荷物を台所に置くように頼んできた。セイジがその指示に従って、買った物を置いていく。
「なあ、お母さんの具合、俺が診てみようか。これでも俺は回復魔法が使えるんだよ」
女の子が驚いた顔で反応した。
「回復魔法って、治療院で高いお金を払って使ってくれる魔法のこと? 本当にそんなのが使えるの?」
女の子も回復魔法の存在は知っていた。高いお金が必要なことも知っていて、家にはそんな大金がなく、母を診てもらえずに困っていたのだった。
「もちろん、俺は金は取らない。安心して欲しい」
セイジがそう言うと、それならと女の子も頼む気になったようだった。
「じゃあ、お願いします。こっちです」
そして母の寝室へと案内する。
母は寝たきりになっていて、顔色もひどく悪かった。
「どちらさま、ですか」
母が辛うじて口を開いて、尋ねてきた。
「俺はセイジ。回復魔法が使えます。これから具合を見て、あなたに回復魔法を使うので、そのままにしていて下さい」
「分かり、ました」
母が目を閉じる。見ず知らずの他人相手にこの反応、これは相当に具合が悪そうだ。セイジが急ぎ両手に魔力を込めて、母の体にかざした。
「内臓の病気ですね。ですが、これなら何とか治せると思います。症状が重いので上位魔法を使います。ハイヒール」
セイジの両手が淡く光り、母の体を包み込んだ。体の中に光が吸い込まれるようにして病状を回復していく。顔色も少しずつ良くなっていった。
魔法を使うことおよそ五分。内臓の悪かったところが一通り良くなっていた。顔色も良くなり、母が体を起こして声を発した。
「ずいぶん楽になりました。すごい魔法を使えるんですね。本当に助かりました。ありがとうございます」
「お母さん、起きても大丈夫なの?」
女の子が心配して尋ねてきた。母がうなずいて答える。
「ええ。もう動いても大丈夫みたい。心配かけたわね」
「良かった。お母さん、治ったんだね。ありがとう、セイジさん」
「いえ、お役に立てて何よりでした」
「申し遅れました。私はアメリア。娘はルミアと申します。セイジさん、この度は、本当にお世話になりました」
アメリアと名乗った女性とその娘ルミアが揃って頭を下げる。
「いえ、それより、とりあえず一番悪いところは治しましたが、まだ完全ではありません。完治するには、あと三日ほど、繰り返し回復魔法を使う必要があります。良ければ完治まで診させて下さいませんか」
アメリアが驚きに目を丸くした。善意で回復魔法を使ってくれた上に、完治まで面倒を診てくれるという。そこまで親切な人物はそうはいない。本当にお願いしてもいいものかという迷いもあった。
「遠慮は無用です。魔法を商売にしているわけではないので」
その言葉に嘘偽りはなかった。アメリアもそれならと同意した。
「分かりました。ではお願いします」
そこにアイリが口を挟んだ。
「私はアイリと申します。セイジの旅の連れです。西の町タルスト目指している旅の途中なのですが、もし良ければ、この家に泊めて頂けませんか。そうすれば回復魔法も使いやすいですし、私達も宿代が浮いて助かります」
セイジには、これが家の仕事も手伝おうというアイリの善意なのだとすぐに分かった。それを自分達が助かるからという言い方をして、相手の心の負担を軽くしているのだ。やるなあと感心する。
「狭い家ですが、それでも良ければ私達としては構いません。治るかどうかも分からなかった病気を治して頂くのに、お礼もできずに申し訳ないくらいです。私もこの子と二人暮らしで、生活が苦しいものですから」
やっぱりかとセイジとアイリが顔を見合わせた。ルミアが家に戻った時、呼んだ相手が母だけだったこと、父や兄弟の痕跡が見られなかったことから、母子二人だけの生活ではないかと思っていたのだ。それは確かに大変だろうと二人も内心でうなずいていた。
「泊めて頂ければそれで十分です。食費も私達が出しますので、どうかご安心下さい」
アイリがそう返答すると、アメリアも安心したようだった。
「それより、アメリアさん、寝込んでからお風呂に入ってないんじゃありませんか。良ければご一緒しませんか」
早速アイリの気働きが出ていた。せっかく動けるようになったのだから、一緒に風呂に行き、娘のルミアと一緒に母をきれいにしてやろうという心遣いなのだろう。
「そうですね。もう何日も入っていないです。一応、ルミアが手助けしてくれて体だけは拭いていましたが。せっかくなのでご一緒しましょう」
とんとん拍子に話は進み、こうして四人で公衆浴場に向かうことになったのだった。
「とても気分がさっぱりしました」
帰り道、アメリアがうれしそうにそう言った。
アイリはルミアと一緒にアメリアの体をきれいに洗ってやったのである。ルミアも母を洗ってあげられることを喜んでいて、おかげで全身くまなくきれいにすることができた。
家に戻ると、次は夕食の支度である。
さすがに治ったばかりのアメリアにはまだ難しい。
「ここは私に任せて下さい。ルミアちゃん、手伝ってくれる?」
アイリが積極的に調理を引き受けていた。泊めて欲しいと頼んだ時から、こういう家事を担当することも織り込み済みだったのである。
「もちろんだよ。アイリさん、何からすればいいの?」
「じゃあ、タマネギの皮をむいてくれる?」
「うん、分かった」
金髪と栗毛の女の子が二人、台所に立って夕食の支度を始めた。見た目に違いはあるが、仲良さそうな様子に見える。出会ってまださほど時間は過ぎていないが、一緒に風呂に入り、母を協力してきれいにしたことで、すぐに打ち解けることができたのだった。
「その間に、もう一度回復魔法を使っておきましょう。せっかくの食事を良く消化できるように。体力の回復には食事が大事ですから」
そう言ってセイジも自分の役割を果たしていた。回復魔法の効果はしっかりと出て、アメリアの体は確実に快方へと向かっていた。
「すごく効いている感じです。とても楽になりました」
「良かったです。この調子で治していきましょう」
「はい。ありがとうございます」
夕食の準備の方も順調に進んでいるようだった。アイリとルミア、まだ少女の二人がこまめに動いている。
そして夕食。重いメニューはアメリアが食べられないだろうと、肉と野菜の煮込みにパンという比較的消化の良い物である。ルミアが頑張って買い出してきた食材を使っている。
「いただきます」
四人の挨拶が唱和し、食事を始める。
「ところで、アメリアさんはいつから具合が悪かったのですか」
これはセイジだ。病状は把握したが、どんな経過で症状が重くなったのかを知っておこうと思ったのである。
「はい。一月ほど前から、仕事をしていて体が重く感じるようになりました。しばらくは疲れのせいかと思い、普通に過ごしていたのですが、十日ほど前から体を動かすのも大変になり、ここ五日ばかりは寝たきりになってしまったんです。もっと症状の軽いうちに、治療院なり医者なりに行くべきだったかと後悔しましたが、手遅れでした」
「良く分かります。自分では大したことないと思いがちですから、それも仕方のないことです。それに回復魔法は間に合いましたから、三日のうちに完治できますよ」
「セイジさんとアイリさんはどうして我が家に?」
「ああ、ルミアちゃんが困っていたのを手助けしたんです。そのおかげでアメリアさんの病気も治せたので良かったですよ」
「そうですか。娘までお世話になって、本当にありがとうございます」
心底良かったという表情で、アメリアは厚く礼を言うのだった。




