第三十二話 祖父の治療と少年の想い
夕食後、セイジは再びダニエルの具合を診た。回復魔法の効果はあったのだが、痛みはないものの完治はしていなかった。
「もう一度、回復魔法を掛けておきます。ヒール」
淡い光がダニエルの腰を包み込む。初めて回復魔法を見たタスマンが感心して目を見張っていた。
二分ほどして光が消えた。回復魔法の効果が表れ、ダニエルが気持ちよさそうな表情になっていた。
「いやあ、ありがたい。それでセイジさん、腰はあと何日くらいで治るんでしたかな」
「そうですね、明日、明後日と回復魔法を掛けておけば、完治できると思います。ダニエルさんは治療院には通わないですよね。なら、あと二日、今日を入れて三日、俺が面倒を見るのでどうですか」
「ほう、そうしてくれるか。ならばその間は、うちに泊まってくれるということだな」
「そうなりますね。もちろん、荷運びの仕事も手伝います。また無理して荷車を引いて、腰を痛めてしまっては何にもなりませんから」
最初は抵抗感のあったダニエルだが、アイリのおいしい食事を食べてからは態度も一変していた。賑やかになるのも良かった。こんなに気分のいい相手なら、泊まってもらえることはうれしいことだったのである。
二人が話している間に、アイリは食器を片付け、茶を入れていた。
「とりあえず、食休みしましょう」
アイリが四人分の茶をテーブルに置いた。早速四人でいただく。
「ん、これはうまい。わしらが入れてもこうはならんぞ」
ダニエルの言葉にタスマンがうなずく。
「何かコツがあるんですか?」
二人が喜んでくれたことで、アイリも気分を良くしていた。
「蒸らす時間と注ぎ方にちょっとコツがあるんです。良ければ教えますよ」
「ありがたい。ぜひ教えて下さい」
タスマンが頭を下げた。こんなかわいい少女に教えてもらえて、それで茶の味も良くなるなら言うことなしだという表情をしていた。彼は初めて会ったその時からアイリに心惹かれていたのである。
そんな少年の様子に、セイジもダニエルも気付いていたが、二人共言葉には出さずにいた。繊細な少年の心を思いやっていたのである。
アイリはすぐに台所に戻り、茶のポットを見せながら、タスマンに茶の入れ方を教えた。茶葉の量、湯を入れてから蒸す時間、回し注ぎ入れていくことなどを丁寧に教えていた。タスマンがその傍らで熱心にそれを聞き、一つ教わるごとになるほどと相槌を打っていた。
「これで上手に入れられるはずよ」
「ありがとう、アイリさん。次に入れる時、気を付けてやってみるよ」
「ええ。頑張ってやってみて下さいね」
少年少女の交流は心温まるものだった。セイジもダニエルも満足そうにそれを見つめていた。
夜、ダニエルとタスマンはそれぞれの部屋で就寝となる。
セイジとアイリは同室である。タスマンの両親が使っていたという部屋だった。ベッドも二つあり、今回は譲り合いをしないで済んだ。
「アイリ、その、悪かったな。相談もなしに勝手にダニエルさんを治す約束をしてしまって」
今さらのようにセイジが謝った。さすがにダニエル達には聞かせられない話である。二人になるのを待ってから話を切り出したのだった。
「困っている人がいると放っておけないのは分かってる。私も完治してないのに、それじゃあさようならっていうのも薄情だと思うし。それに、この家も二人暮らしで行き届かないところがいろいろあるみたいだし、ついでだから私も面倒を見ようと思うんだ」
この辺はやはり似た者同士の二人だった。元をたどれば、困っていたアイリと祖母をセイジが助けたのがきっかけで、行き場のないセイジの面倒を見ることにしたのがアイリと祖母だった。二人共、困っている人を放っておけない性分なのだった。
「ありがとう。やっぱりアイリはアイリだな」
「人の事言えないでしょ。やっぱりセイジらしいよ」
そう言って二人で笑顔を向け、拳を付き合わせた。
「でもさ、私達、いつもこうやって寄り道ばっかりだね」
宿屋の店員を助けたことと言い、少年の母を助けたことと言い、つい手助けしてしまうのだ。ついこの前も卸売商のお嬢様を助けている。
「でも、こうやってのんびり旅をするのっていいな。それに、両親探しも大事だけど、人の助けになる方がもっと大事だと思うから、セイジも私に遠慮しなくていいからね」
アイリの言葉がセイジにはとてもうれしい。出会ってまだ一月半にもならないが、確かな心の結びつきを感じられる。
「とりあえず、ダニエルさん、タスマンさん、二人の力になろう。アイリもよろしく頼む」
「分かってる。任せておいて」
二人はそうやって気持ちを確かめ合うと、それぞれのベッドに潜り込み、眠りに就くのだった。
翌朝。セイジもアイリも起き出すのは早い。ダニエルやタスマンより早く起き出し、まずは井戸端へと向かう。
ここの井戸は近所と共用だった。中年の女性が二人、井戸端で話し込んでいる。そこに見知らぬ二人が現れたが、驚きはしなかった。
「ダニエルさんのところに泊ってる旅の二人ってあなた達ね」
「はい。セイジとアイリと申します」
「仲のいい兄と妹さんて感じでいいわね」
タスマンが昨夜のうちに近所に知らせて回ったおかげである。不審がられずに済んで何よりである。
セイジとアイリが顔を洗って水を飲み終えたところに、ダニエルとタスマンもやってきた。
「おはようございます」
「おはよう、セイジさん、アイリさん。今日も世話になるよ」
挨拶を交わしたところで、アイリが口を開いた。
「朝食も私が作ります。使う食材を教えて下さい」
「そうかい? 何か申し訳ないねえ」
ダニエルはそう言ったが、料理の腕前は圧倒的にアイリの方が上だ。ここは逆らわずに好意に甘えようと思っていた。
「じゃあ、キャベツとレタスとキュウリ、あと卵で頼む」
「分かりました」
そして家に引き上げると、すぐにアイリは料理に取り掛かった。
「僕も何か手伝うよ」
「なら、これを良く混ぜておいて下さい」
アイリは油、酢、塩、香辛料を入れた器をタスマンに差し出す。よく混ぜてドレッシングにするのである。
タスマンがそれに取り掛かっている間に、レタスとキャベツを水でゆすぎ、レタスをちぎって四つの器に入れる。キャベツを千切りにしてその上に盛る。スライスしたキュウリを並べてあっという間にサラダを仕上げた。
そして卵を四つ割って溶いて、フライパンでスクランブルエッグを仕上げた。半熟に仕上げるところが腕の良さである。
「タスマンさん、配膳をお願い」
アイリの言葉で、その腕前に見とれていたタスマンが我に返った。
「うん、分かった」
アイリは配膳の間にパンを切って大皿に乗せる。それもタスマンがテーブルに運んで配膳終了である。
「いやあ、アイリさんは本当に手際がいいのう」
ダニエルが感心して食卓に着く。その動きに合わせて、他の三人もそれぞれの席に着く。
「いただきます」
挨拶が唱和し、四人での朝食となった。
朝食後、ダニエルはセイジと一緒に仕事に出かける。近隣の農家から野菜を買い取り、市街地の青果店に運ぶ仕事である。まだダニエルが完治していないので、セイジが代わりに荷車を引くのだ。
「いってきます」
二人は昨日出会ったばかりだったが、互いに信頼できる人柄だと思えていたので、明るい表情で出かけていった。
タスマンにも仕事がある。ラスティア王国では、八才から十二才までは学舎に通って読み書きを教わるが、その後は進路が分かれ、上の学院に進学するか、どこかの職場で見習いとして働くかを選ぶことになる。タスマンは昨年学舎を卒業後、雑貨屋の見習い店員として働いていたのだった。
「じゃあ僕もいってきます。アイリさん、留守を頼みます」
「分かりました。お任せ下さい。では、お気を付けて」
かわいい少女に送り出されるのは、タスマンにとってとても気分の良いことだった。家に戻れば出迎えてくれる。それもうれしいことである。
タスマンもそうして上機嫌で出かけていった。
「さて、それじゃあ、やりますか」
アイリが少し気合を入れた。ダニエルとタスマンの二人暮らしでは、掃除に手が回っていなかったのである。この際だからきれいにしてやろうとアイリは密かに思っていたのだった。
はたき掛け、床掃き、水拭きなどの仕事をアイリは黙々とこなしていった。ついでに洗濯も片付ける。昼食は朝食の残りのパンで取った。
まだ十一才の少女だが、祖母から学んだアイリは家事の達人である。午後までかけて、家中をきれいにしていったのだった。
夕方、家に戻ってきたのはタスマンが先だった。
「おかえりなさい」
アイリがタスマンを出迎える。
「うん。ただいま」
やっぱりかわいい少女に出迎えてもらえるのはいい。タスマンは内心でとてもうれしく思っていた。
そして家の中の異変に気付く。
「あれ、アイリさん、家の掃除をしてくれたのかい?」
「ええ。ついでに洗濯もしておいたから、自分の服、片付けてね」
家の中がとてもきれいになっていた。洗濯したという服も部屋の中に入れられていた。いくら時間があったとは言え、これだけの仕事をこの年でこなせるのかと、タスマンはすごく感心していた。
それだけではない。何と言ってもこの少女はかわいい。とても大切にしたくなる。これが恋心というものだろうか。女の子を相手にそんな気持ちになるのは、タスマンにとって生れて初めての経験だった。
「あ、アイリさん、あの、ありがとう」
そう自覚して、タスマンが顔を赤くした。アイリを見ることが何となく恥ずかしく思える。しかし、じっと見ていたくもなる。そんな葛藤が内心に湧き起こっていた。
「洗濯を片付けたら、二人が帰ってくるまでお茶でもしましょう」
アイリにそう声を掛けられ、タスマンがうなずく。
そして洗濯してもらった服を自分の分と祖父の分と、それぞれ棚に片付けていった。
「お仕事お疲れ様。とりあえず、お茶でもどうぞ」
アイリの入れてくれる茶はおいしい。それを味わいながら、タスマンはアイリがくつろいでいる表情をちらちらと眺めたのだった。




