第三十一話 荷物運びの老人
旅を続けるセイジ。二十三才の元聖騎士の男性で短めの赤毛に褐色の瞳が良く似合う。やや長身の体は引き締まり、すらりとして見えるが実際は筋肉の塊である。
その相棒の名はアイリ。まだ十一才の少女である。肩までの長さのきれいな金髪に青い瞳をした美しい娘だった。セイジと知り合って一月ほどが過ぎ、今では互いに欠くことのできない存在となっていた。
王都を旅立って二週間になる。途中の町でいろいろな出来事があり、そのため連泊していて日数が経ってしまったのだ。目的であるアイリの両親探しを忘れたわけではないが、人との出会いや出来事の数々はどれも意味のあることで、二人共それを余計な事だと思ってはいなかった。
そして二人は六番目の町キリナスに近づいていた。この町は人口一万人程度の中規模の町だった。今は町の周辺にある畑の中の街道を進んでいた。
「あ、何か止まってる人がいる。荷車も一緒だね」
遠目にアイリがそれを見つけていた。冒険者登録をした際、スカウトメイジという職になり、そこから五レベル上がっていて、素の視力でも人並み以上に良く見えるのである。
「さすがアイリ。良く見つけたな。とりあえず近づいて見よう」
セイジもうなずいて、二人でその止まっている人物の元へと進んでいく。
近づいて見ると、年配の男性が一人荷車を引いているところだった。荷車には野菜が満載されていて、かなり重そうである。その重さを一人では引くことができなくなったようで、困ったように荷車に座り込んでいた。
「どうかしましたか」
大体の事情は察せられるが、一応セイジはその老人に尋ねた。老人はまだ体も顔もしっかりしていて、髪の毛も白髪が多少混じるものの元気そうな感じだった、年の頃は六十代前半だろうか。
「わざわざ声を掛けてくれて済まないな。この荷車を引いている最中に腰が痛くなってきてしまってな。どうにも困っていたところなんだよ」
なるほど。事情を知ってセイジがうなずく」
「では、腰の具合を診せて頂けませんか」
丁寧にセイジが聞く。通りすがりの人に具合の悪いところを診られるのを嫌がる人もいるので、念のため聞いたのである。
「ん? お前さん、医者か何かなのか?」
「いえ。ただ回復魔法が使えるので、もし効果があるようなら魔法を掛けようかと思いまして」
「そうか。それはすごいのう。ではお言葉に甘えようか」
そう言って老人が背を見せてきた。長いこと荷を引く仕事をしてきたのだろう。年齢の割に良く鍛えられている背中だった。
「では、失礼します」
セイジがそう言って老人の背に手をかざす。手が淡く発光し、魔法によって具合を調べていく。
「筋肉の使い過ぎで疲れている状態ですね。これなら回復魔法で治せると思います。ヒール」
光が強くなり、老人の腰を優しく包み込む。
「お、おお、痛みが引いていく」
回復魔法は効果があり、老人が驚きの声を上げた。
そうして回復魔法を掛けること三分、老人の腰は無事に治った。
「これで当分大丈夫です。ただ腰を何日か休ませ、繰り返し回復魔法も使っておかないと、また同じ症状が出ると思います。この荷物は俺が運びますから、運び先に案内して下さい」
困っている人がいると放っておけない性分のセイジだった。アイリもそんなセイジだから信頼していて、助けを申し出たことに異論はなかった。
「おじいちゃん、遠慮しないで。そうそう、名乗り忘れてたけど、私はアイリ。こっちはセイジ。二人で西の町まで旅をしている途中なの」
老人が承服しかねる表情をしていた。親切な申し出なのはありがたいのだが、やはり長年荷運びをしてきたプライドがあるのだった。
「わしはダニエルという。ご覧の通り、荷物を運ぶのを仕事にしている者だ。お二人のご厚意はありがたいが、これを運ぶのはわしの仕事、旅の者にご厄介をお掛けするわけにもいかんだろ」
そう言って荷車を引こうとする。それをセイジが止めた。
「さっきも言ったでしょう。完治するまで無茶は禁物です」
「だがなあ、こいつを運ばないことには、仕事が終わらん」
「ですから、俺が運びますから」
「そんな細腕で大丈夫なのかね。そっちの方が心配だわい」
ダニエルがそう言ったが、セイジはどんと胸を叩いた。
「お任せ下さい。卸売市場で荷運びの仕事をしていたこともありますし、これでも力には自信があります」
セイジはそう言って、ダニエルの代わりに荷車を引いた。思った以上の重さがあったが、それでもセイジの力なら十分に運べる。
「分かった。セイジさんとやら、見た目以上に力持ちなんだな。今回のところはお主に任せよう。ついてきなさい」
ダニエルも諦めてセイジの言葉に従った。そして二人を案内して街道を進んでいった。
行き先は市街地の青果店だった。
「おお、ダニエルさん。今日の荷物はこれですね」
青果店は野菜の荷運びをするこの老人には世話になっていたのだった。
そして店で働いている者達が手際よく荷物を下ろしていく。
「野菜の代金と運び賃で銀貨十枚ですね。毎度ありがとうございます」
「確かに頂戴した。毎度どうも」
そして代金を受け取り、ダニエルは青果店に挨拶して立ち去る。
セイジが荷車を引き、その後に続く。アイリも一緒だ。
「お主達、今晩はこのキリナスの町に泊まるのかね」
「はい。そのつもりですけど」
「世話になった礼の代わりに良かったらうちに泊まるといい。どうかな」
セイジがアイリと顔を見合わせる。アイリはこの流れも毎度のことなので、特に異論はないと目で伝えてきた。
「分かりました。では、お世話になりましょう。ですが、その前に役場に寄りたいのですが、構いませんか」
「ん、何か用事があるんだな。わしは構わんよ。役場なら、ほれ、すぐそこだしな」
そして三人で役場へと立ち寄る。
ここでアイリが王都でもらった住民証明を取り出し、受付でそれを提示し、そこに記載されている父母がこの町にいるかどうかを尋ねた。役場の職員がそれを受け取り、台帳と照合する。
「何か訳ありのようだな」
「はい。旅をしながらアイリの両親を探しているんですよ」
「なるほど、そうか」
しばらく待たされて、職員から返答があった。
同じ名前の住人はいるが、やはり別人だという話だった。外れだったのもこれで六回目である。さすがにアイリも少し残念そうだった。
「用事はそれで終わりかな。なら、わしの家に行こうか」
三人は市街地の外れの方にあるダニエルの家へと向かった。
ダニエルの家は庭のついた一軒家だった。荷車を納屋に置いて、三人は玄関から家に入った。
「おじいちゃん、おかえりなさい」
出迎えたのは十代前半の少年が一人。他の家族はいなかった。
「こちらの方々は?」
「ああ、回復魔法を使えるセイジさんと、その連れのアイリさんだ。わしが腰を悪くしたところに通りかかって、魔法で治してくれたんだ。ついでに荷車も運んでもらってな。世話になったので、その礼にうちに泊まるよう勧めたんだよ」
少年が二人に向き直った。
「祖父が世話になりまして、ありがとうございました。僕はタスマンと言います。ダニエルの孫になります。どうぞよろしく」
「セイジとアイリです。お世話になります」
「タスマンさん、この家には他の家族はいないんですか?」
率直にアイリが聞いた。家の大きさの割に二人暮らしというのがどうにも納得がいかなかったのだ。ダニエルが代わって返答した。
「お恥ずかしい話だが、妻と娘夫婦は家を出て隣のサリウスの町に移り住んでおってな。この家はわしとタスマンの二人暮らしなんだよ」
ダニエルが頭をかいた。家族の間で何か揉め事があったことは分かったが、さすがにそこまで踏み込んで聞くのも失礼だろう。
「そうですか。私と同じですね。私も両親が王都の家を出て、西の町に移り住んでいるんです」
アイリがそう答えると、二人が事情を聞かれなかったことでほっとした表情になった。やはり知られたくない揉め事のようだった。
「とりあえず、空いている部屋をお使い下され」
ダニエルに案内され、一階奥の部屋に通される。
「娘夫婦の使っていた部屋だ。わしらも使わないから、遠慮なく過ごしてくれていい」
ベッドが二つ。今回は譲り合いで揉めることはなさそうだ。
「それじゃあ、町の公衆浴場へ案内しようかの」
風呂は当然ついていないので、ダニエルがそう申し出た。
ダニエル達に連れられて、セイジとアイリも出かけていった。
帰りがけにパン屋でパンを買い込み、四人は家へと戻った。
そして夕食の支度である。
「わしの手料理で恥ずかしいのだが、少し待っていてくれ」
そう言ってダニエルが台所に立った。
野菜を切る音が響く。しかし、その音はとてもゆっくりだった。あまりにダニエルの手際が悪かったのである。隣の食堂から見ていたアイリがイライラし始めた。しばらくはじっとしていたが、すぐに限界が来た。
「おじいちゃん、ちょっと私と代わって」
我慢しきれずに、アイリが立ち上がって台所に入った。
「しかし、お客さんに作ってもらうのは申し訳ないんだが」
「いいから。煮込みでいいのよね。私に任せて」
そう言うと、アイリはダニエルを押しのけるようにまな板の前に立ち、野菜を捌き始めた。鍋を火にかけてベーコンと鶏肉を炒め、香草と水を入れて湯を沸かす。その間に野菜の皮をむき、手頃な大きさに切り、鍋に入れていく。仕上げに干しトマトと塩を入れ、味を調えて完成である。その間、三十分ほどしか経っていない。
「タスマンさん、食器出して」
仕上がったところで孫の少年に声を掛ける。その少年の方は、あまりのアイリの手際良さに見惚れて、感心しきっていた。
「あ、ああ、うん。分かった。ちょっと待ってて」
タスマンがいそいそと動き出す。アイリの腕前は相変わらず見事だった。ダニエルもセイジも揃って感心していた。
配膳が済むと、四人で挨拶し、食事となった。
「とってもおいしいです。アイリさんってすごいんですね」
タスマンが感嘆の声を上げた。かわいいだけじゃなく、料理の腕前も見事である。アイリを見る目に憧れのような色が浮かんだ。これほどの少女を見るのは初めてだったのだ。
「褒めてくれてありがとう。人の家の食材使っておいて言うのも変だけど、遠慮なく食べてね」
「アイリの嬢ちゃんはすごいのう。わしもまだまだだな」
ダニエルがそう言いながら、おいしそうに食事を取っていた。その点ではセイジも同じである。買ってきたパンとも良く合う。言われるままに遠慮なく食事を進めていった。
「はあ、おいしかった」
四人はきれいに食事を平らげ、満足そうな息をついたのだった。




