第二十九話 二人のデート
翌日。セイジとアイリはまた朝食の席に呼ばれ、一家と食事を共にした。
父のルアンと母のミランダが揃ってセイジに頭を下げた。
「今日は娘の事、よろしくお願いします」
今日一緒に出掛けることをエミリアは両親に話したようだった。あんな事件があった後だけに、多少の心配もあるのだろう。大事な娘を丁重に扱って欲しいという願いもあるかもしれない。
「承知致しました。何ができるかは分かりませんが、エミリアさんに楽しんで頂けるよう、精一杯努めたいと思います」
生真面目なセイジらしい返答だった。本人は本気なのだが、あまりにも堅苦しい。アイリが思わず渋い顔になったくらいだ。
当のエミリアはその言葉を真に受けていて、今日一日という短い時間だが、なるべく楽しい時間にしようと意欲十分だった。弟のカイルが、やる気が空回りしないといいけどと内心思っていたことなどは知らない。
かくして、セイジはエミリアとのデートに臨むこととなった。
セイジの方に支度は大してなかったが、エミリアの方はそうもいかなかった。彼が旅立つ前、これが最後の機会である。服装も髪型もしっかりと整えておきたかったのである。その支度には使用人が一人付き添い、何かと世話を焼いたほどであった。
「お待たせしました」
そう言って現れたのは清楚で美人の女性だった。服装はさすがにドレスと言うわけにもいかず、装飾の少ない青地のワンピースに、腰にリボンをあしらったものだった。それに薄手でクリーム色のカーディガン。髪の毛はいわゆるポニーテイルにまとめてある。
元から美しい女性だったが、さらに磨きがかかった様子だった。
とにかく褒めること。セイジの脳裏にアイリの言葉が思い浮かんだ。せっかく頑張って装ってくれたのである。
「うん。とても良く似合ってる。エミリアはいつもきれいだけど、もっときれいになってるよ。どこから見ても素敵な女性だ」
正直な感想なのだが、いざ言葉に出してみると思った以上に気恥ずかしい。セイジは珍しく頬をわずかに赤く染めた。それを見たエミリアも、そんな反応をしてくれたことがうれしくて、同じように顔を赤くしていた。
「ありがとうございます。では、ご一緒致しましょう」
「ああ。よろしく頼む」
そんな具合で、二人は連れ立って出かけていった。
それを見送って、アイリは一人つぶやいた。
「何だかんだとお似合いなんだよね。楽しそうで良かった」
多少は嫉妬心もある。しかし、今日一日が終われば、セイジは自分の元に戻ってくることをアイリは知っていた。だから、本心から二人が仲良く出かけていったことを心から喜んでいたのである。
そのアイリも少し遅れて、町の見物に出かけていくのだった。
二人が最初に向かったのは町の外れ近くにあるため池だった。農業用水が不足した事態に備えての施設である。とても大きな池で、半径二百メートルを超える広さがあった。
せっかくの貯水池なので、遊び場としても活用できるように、水遊びのできる場所や釣りのできる場所もあり、さらにボート乗り場も設置されていた。今回はエミリアの希望で、ボート遊びに来たのである。
ボート乗り場にはちゃんと管理員がいて、使用料を徴収していた。一人銅貨十枚。ボートの整備費などは町が負担しているので、安い値段で利用できるのだった。
最初にセイジがボートに乗り込み、手を貸してエミリアを誘導する。ボートは揺れたが、問題なくエミリアも船尾の方に座ることができた。セイジがその向かい側に座る。もちろん、オールはセイジの担当である。
「ボートなんて久しぶりだな」
そう言いながら、セイジがオールを動かしてボートを進めていく。あまり揺らさないように気を付けながら、慎重にオールを漕いでいた。
水面を吹き渡る風が心地良い。
「誘ってくれてありがとう。ボートってのも楽しいものだな」
「喜んで頂けて何よりです。水の上にいるのって気分がいいですよね」
エミリアも満更ではないようで、明るく良い表情をしていた。
池の中を覗き込むと、魚が何匹も泳いでいるのが見えた。生息するのに良い環境なのだろう。水面が空を映して青と白に輝く。
「そう言えば、エミリアさんは、俺なんかのどこを気に入ったのかな?」
これもアイリが直接聞いてみればと言ったことだった。何となくセイジも気になっていたので、水上で二人きりだし、この際聞いてみようと思ったのだった。
「ご自分の良さって、自分では気付きにくいものなんですね」
「はあ、まあ腕には自信があるし、回復魔法も使えるけど」
「それはそれで良さですけど、セイジさんの人柄が何より良いんです。優しくて誠実で親切で穏やかで、その生真面目さもいいところだと私は思ってますよ。本当に良い方だと思ってます」
そう言い切ったエミリアはとても良い表情をしていた。もちろん、内心ではこの先もずっと一緒にいられたらという気持ちもあった。だが、それを言葉に出しては、今日一日を台無しにしてしまうと思い、言わずに我慢していたのである。
「そんな風に褒めてもらえるとうれしい。エミリアさんも美しいだけじゃなく、芯が強くて、人を思いやる優しさもあって、明るく楽しい人柄がいいなって思ってる。エミリアさんほど素敵な女性は王国広しと言えど、なかなか見つからないと思うくらいだ」
「そ、そんな風に言われると、さすがに恥ずかしいです。でも、褒めて頂いてありがとうございます」
「遠慮なく受け取ってくれ。嘘偽りなく、正直な感想だから」
「セイジさんも言う時は言いますね。それも良いところですけど」
セイジとエミリアはボートの上での会話を楽しんでいた。一日の滑り出しとしては順調だった。セイジも、こんな美人の女性と二人きり、若い男連中がやっかむ構図だよなと、自分の恵まれた境遇をありがたいと思いつつ、ボート遊びに興じたのだった。
それから二人は市街地まで散歩がてらに戻っていった。
町外れは緑豊かな場所で、方々に畑や放牧地が広がっていたが、中心部に戻るにつれて建物が増えていった。
歩きながらも、好きな食べ物など他愛のない会話をしながら、二人は市街地へと戻ってきた。
そして一軒の料理屋で昼食を取る。
ポークソテーとゆで野菜の付け合わせ、鶏肉と野菜の煮込み、それからパンのセットを頼む。
「結構おいしい店なんだけど、失礼を承知で言えば、エミリアさんのお屋敷の方が、料理がおいしかった気がするなあ」
「それはありがとうございます。うちの料理人も喜ぶと思います」
商売でやっている料理屋ではあるが、やはりここは専属の料理人を抱えるエミリアの実家の方が味に軍配が上がった。とは言え、十分においしい料理である。
「その量では足りないでしょう。私のパンを分けますのでお食べ下さい」
エミリアが気を回してくれた。セイジも鍛え上げられているので、基本的によく食べる方である。
「ありがとう。エミリアさんは気遣いが上手だなあ」
「いえ、私にはむしろ多過ぎるので、ちょうどいいです」
そう言って微笑む表情はとても美しい。これだけの美人に好意を寄せられているのに、こうして付き合えるのが今日一日だけというのは、他の者から文句を言われても仕方ないくらいの贅沢だろう。しかし、セイジにとってはアイリとの旅の方が重要だった。それは譲れない。同時に申し訳なさも感じているのだが、それを口に出せばかえってエミリアに失礼だろうと、セイジも黙っていた。
食後は商店街を冷やかして回った。
最初に雑貨屋に立ち寄り、様々な小物を見た。
「この髪飾りなんか、アイリさんに似合いそうですよ」
エミリアがそんな風に勧めてくる。青い玉が二つ付いた髪飾りだ。アイリの瞳の色によく似ている。彼女の金髪によく合いそうだ。
「エミリアさんはアイリの事、気に入ってくれたんだな」
「もちろんです。まだ小さいのに気が回って立派だなと思います。何より、とてもかわいらしいですから」
「身内を褒められるのって、うれしいものだな。ありがとう」
「いえいえ。あ、こっちの赤い花の飾りも良さそうですよ」
そんな風にアイリにどれが似合うかで盛り上がった。
「さすがにこの辺の品物だと、エミリアさんには子供っぽいかもな。もっと大人向けの品の方が似合う気がする」
「そう言ってもらえてうれしいです。そういう店にも行ってみましょうか」
そして二人でこの町唯一の宝石店へと足を運ぶ。
「こんな店、初めてだな。俺なんかが入ってもいいのかな」
「私も一緒ですし、大丈夫ですよ」
腰の引けたセイジの背を押し、二人で店内に入る。
様々な宝石の他、その宝石を飾る指輪、腕輪、ネックレスなどが飾られていた。宝石の種類も多く、値段も安目の物から目が飛び出るほど高価な物まで様々だった。大きさや輝きに差はあるが、どの石も個性的で美しく輝いて見える。
「はあ、これは見事だな。なるほど、こういう物で飾りたくなる気持ちも分かるな」
「貴族様方やお金に余裕のある方々は、こうした石を好む人も多いんです。男性、女性のどちらでも似合う人は似合いますから」
「じゃあ、俺には無理かな。エミリアさんには似合いそうだけど」
「そんなことはありませんよ。セイジさんは体格もいいので似合うと思います。もちろん服装もそれに合わせる必要はあると思いますけど」
「ありがとう。しかし、見ていて飽きないもんだ。これは新発見だな」
そうして二人でいろいろな石を見て回った。エミリアの翠の瞳にはエメラルドが良く似合いそうだとか、質実剛健なセイジには翡翠が似合うだろうとか、話も弾んでいた。
その後は道具屋や青果店、肉屋なども見て回った。いろいろな品物を見て、便利そうだとか良く育っているとかおいしそうだとか、互いに感想を言い合う。会話も弾み、互いに言いたいことを言えるのは気分の良いことだった。それはとても楽しい時間だった。
それから午後のお茶を喫茶店で楽しんだ。
「楽しかったですね。二人だと、いろいろな物を見て話ができるから、どんなに長い時間でも見ていられそうでしたね」
「そうだな。俺も買い物が好きというわけじゃないが、たまにこうして商品を見て回るのは気分が良かった。エミリアさんが一緒だったおかげだな」
「ありがとうございます。私の方こそ、セイジさんとこんなにたくさん話ができて、とても楽しかったですよ」
エミリアもとても打ち解けて過ごしていた。セイジもこうやって気兼ねなく女性と話せる機会は滅多になく、貴重な時間を楽しんで過ごした。
「最後に行きたい場所があるんです」
エミリアがそう言ってセイジに声を掛けた。もちろん異論などあるはずもない。セイジが同意するとエミリアはうれしそうにうなずいた。
二人でしばらく歩いて目的の場所へと到着する。
そこは町の教会だった。




