第二十八話 事件の後で
夕方近くなって騎士団駐屯地を出た後、エミリアとカイルに連れられ、セイジとアイリは彼女達の屋敷へと戻ってきた。
そこでエミリアは、まずは事の顛末を父のルアンと母のミランダに報告した。デートを見せつけたのは効果があったのだが、ランタスがそれで逆上し、カイルを誘拐し、セイジとアイリの活躍で事なきを得たこと。ランタス達が騎士団に連行され、罰を受けるだろうことまできちんと話した。
ルアンとミランダは驚いたが、娘と息子が無事だったことを喜び、手助けしてくれたセイジとアイリに丁寧に礼を述べたのだった。
「それでお父様、お母様。約束通り、セイジさんとアイリさんのお二人を今晩もお泊めしたいのですが」
「もちろんだ。今日の一件のお礼代わりに、ぜひ泊って頂きたい」
ルアンは快諾し、ミランダも同意見とばかりにうなずいていた。
「ありがとうございます。お世話になります」
セイジもアイリも好意に甘えて、礼を言うのだった。
夕食が終わった後、ルアンの屋敷に訪問者があった。
使用人達の取次で、ルアン達一家四人にセイジとアイリも同席したのだが、相手は例のランタスだったのである。ランタスは父のキリングに連れられ、正式に謝罪しに訪れたのである。キリングはここサリウスの町で、店を五軒も経営している大商人である。真っ当な商売で稼いでいるのだから、当然人格的にも立派な人物だった。
「この度は大変なご迷惑をおかけして申し訳ない。騎士団から連絡を受けた時は、本当に恥ずかしい思いをいたしました。即座に罰金を支払い、こうして息子ランタスを釈放してもらいましたが、やはりご迷惑を掛けたみなさんに正式に謝罪を申し上げるため、厚かましくも参った次第です」
「そうですか。キリングさん、ご丁寧な謝罪、ありがとうございます。私共としては、二度とこのようなことがなければそれで良いのです。そのことだけ承知して頂ければと思います」
「はい、十分承知しております。以後はエミリア嬢に近づかないよう、きつく言い聞かせますので、どうかご容赦下さい。さあ、ランタスも謝罪申し上げなさい」
ランタスは意外にも大人しくしていた。凶行に及んで罰金を父に支払ってもらい釈放されたが、前科は残る。前科者の次男坊など家を追い出されても文句は言えない立場だった。そうなると今までのような裕福な生活は送れなくなる。それゆえに謝罪も真摯なものになった。
「この度は大変なご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。今後、このようなことは一切行わないと確約いたします。私の謝罪を受け入れて頂き、どうかお許し下さいますよう、お願い申し上げます」
そう言って深々と頭を下げた。確かに本気で謝罪している様子が見て取れた。ルアン一家はうなずき、父が代表して答えた。
「いいでしょう。今回この一度に限り、ランタス殿を許すことにします。ですが、次はありません。くれぐれも心しておいて下さい」
「ありがとうございます。肝に銘じます」
そしてランタスは再び頭を下げた。
「夜分に失礼しました。一刻も早く非礼を詫びたかったこと、ご理解頂けて何よりです。ルアン殿は今後も商売で密接な協力が不可欠な方、今後も良好な関係をぜひよろしくお願いいたします」
「当方もキリングさんとは商売柄、良好な関係が不可欠です。こちらからもよろしくお願い申し上げます」
そんな会話の末に、キリングとランタスは立ち去っていった。エミリアを始め、ルアン一家は安堵の表情で室内に戻ったが、アイリはどうにも納得がいかなかったようで、渋い顔をしていた。
その後、アイリはセイジが寝泊まりさせてもらう一室を訪れ、不満を訴えていた。
「ねえ、セイジ、ずるいと思わない? あれだけ酷いことをやっておきながら、罰金を払えば釈放されるなんて。もっと重い罰を受けるべきだよ」
なるほど、不機嫌の理由はそれだったかと、セイジは納得した。
「お金持ちはいいわよね。そうやって払うお金があって、捕まってもすぐ釈放されるんだから。私、ランタスって人、長く牢屋に入ってるものだとばかり思ってたのに。まさか、捕まったその日のうちに釈放されるなんて思いもしなかった。これはずるいとしか言いようがないよ」
セイジにもその気持ちは良く分かる。
「逆に、罰金を払うお金のない人は、大して悪いことしてないのに懲役刑になったりするんでしょ。捕まって、牢屋に入れられて、強制的に働かされるんだよね。金持ちばっかりいい目を見て、金のない人は損ばかりするのっておかしいよ。こういうのを不公平って言うんだと思う」
アイリの不満ももっともである。セイジも貴族達の不正を暴いた時、同じように貴族達が罰金を支払って罪を清算していたのを思い出す。領地削減や爵位剥奪などの処分にはならなかったのだ。セイジ自身は騎士団から追放された上に、騎士の位を失い平民となっている。身分の高い王族や貴族には逆らえないとはいえ、確かに理不尽な仕打ちだと思った。
「そうだな。アイリの言う通り、王国の法は貴族や金持ちに有利なようにできている。不公平と言うのは間違いなじゃい。しかし、法がなかったら争い事が絶えなくなる。個人の恨みや妬みで強い者が弱い者を一方的に虐げるようになるだろう」
人が守るべき事柄を記した法というものは確かに必要だ。それがなければ国全体が無法地帯になってしまう。ここラスティア王国では成文法があり、守るべき規範についてしっかりと定められている。それ以前にも慣習法として、暴行や盗難などは罰せられるという不文律はあった。しかし、権力や財力のある者が罪を免れることは以前からもあったことだった。
「だから、もっと法が公正なものになって、誰もが裁きに納得できるように変わるといいのかもな」
セイジの言葉は大勢の願いでもあるだろう。アイリもそれに同調し、言葉を続けた。
「私もそう思う。誰にでも公正な法になって、悪いことした人はお金だけじゃ済まされないで、きちんと罰を受けるようになった方がいいんだよ」
しかし、それを変える立場にある者が気付かなければ同じことが続く。不正を行えないような法の整備は、いつだって必要なことであろう。
「国王や側近達が、それに気付いてくれることを願うばかりだな」
「そうだね。国の中心にいる人たちが、ちゃんとそういうことも考えて法を作ったり騎士達を動かしたりしてくれるといいなって思う」
アイリはやはり頭の良い少女だとセイジはしみじみと思った。こんなことにまで考えが及ぶのかと感心していた。この素晴らしい少女アイリを、今後もしっかり守っていこうと繰り返し強く思うのだった。
そこにドアをノックする音が響いた。
「はい、どうぞ」
セイジが返事をすると、ドアを開けて入ってきたのはエミリアだった。中にアイリがいたことに少し驚きつつ、口を開いた。
「セイジさん、今お話、よろしいですか」
「もちろん。どんなご用ですか?」
そこでエミリアが真剣な表情で、意を決したように話し始めた。
「あのですね、婚約を断るお手伝いの話なんですが、今日一日で片付いてしまったじゃないですか。最初の時、三日の間ならいいってセイジさんは言ってくれましたよね。それで私、三日は一緒にいられるとうれしくて……」
そこまで言って、エミリアは顔を赤らめた。
「こんなことを突然言うのも失礼なのですが、私、セイジさんのことが好きなんです。好きになってしまったんです。なのに、事件があって、婚約の件も片がついて、セイジさんがこのまま旅に出られてしまうのがどうしても納得できなくて。それで……」
なるほど、とセイジとアイリがうなずく。この告白には相当勇気が必要だったことだろう。それでも気持ちを伝えたいと、わざわざ話に来たのだ。それを軽んじるまねは二人にはできないことだった。
「せめて明日一日くらいはお付き合い願えませんか。今日のデートも半端に終わってしまいましたし、最後の思い出に一日だけでもご一緒できたらと、それをお願いしに来たんです。いかがでしょう?」
その言葉を聞いて、先に口を開いたのはアイリだった。
「私はいいと思う。一日くらい、エミリアさんの思い出作りに付き合ってあげるのも、良いことだと思うよ。旅に戻るのが一日遅れるくらい、私は気にしないから」
できた娘である。両親探しも大事だが、自分やセイジが過ごしていく日々を大事にするのも、同じくらい大切だと思っているのだった。
セイジはセイジで生真面目に答える。
「アイリがそう言うなら俺も構わない。だけど、俺はアイリに救われて、その恩を返しているところだから、エミリアさんの気持ちに応えることはできない。それで良ければ、一日くらいお付き合いします」
エミリアが半分泣きそうな表情でうなずいた。
「ありがとう、セイジさん。私の気持ちに応えられないのは最初から分かっていましたから、それはいいんです。私のために一日使ってくれること、それがとてもうれしいんです」
そしてエミリアはセイジの頬に口づけをした。
「明日はよろしくお願いしますね」
それだけ言うと、エミリアは部屋から出ていった。
「こういうのも罪作りって言うのかな」
「アイリ、そういう冗談は勘弁してくれ」
二人は軽く笑って、互いに顔を見合わせたのだった。
「明日のデート、私は遠慮しておこうかな」
エミリアが立ち去った後、アイリがそう言い出した。
「だって、せっかく最後の機会なんだし、エミリアさんも私がおまけについてたら、きっと満足しきれないと思うんだ」
「そういうものかな。だとしても、その間、アイリはどうするんだ?」
「私も一人で町の見物でもしようかな」
「それは悪くないと思うけど、何かないか心配だなあ」
アイリ一人で行動させて、何か事件やいざこざに巻き込まれたりしないだろうか。悪い奴にさらわれるようなことはないだろうか。セイジはそれを心配していた。
「心配してくれてありがとう。でも、私だって王都では一人でちゃんと街の中のあちこちに行ってたんだよ。一人でも大丈夫だから。もし、何かあったとしても、潜伏魔法も覚えたことだし、ちゃんと逃げられるから」
そう言われるとセイジも同意するしかない。
「分かった。人通りのあるところなら大丈夫だろうし、アイリは一人で町の見物ってことで承知した」
「それよりさ、セイジの方が心配。エミリアさんに楽しんでもらえるよう、ちゃんとできるのかなあって」
セイジが苦笑した。聖騎士一筋で生きてきて、確かに女性が喜ぶような振る舞い方を知っているわけではない。というか、こんな無骨な自分のどこをエミリアは気に入ったのだろうか。
「あ、顔に書いてある。俺なんかのどこがいいんだって」
「アイリには何でもすぐばれちゃうな。全くその通りだ」
セイジが頭をかく。その正直さも魅力の一つなのだが自覚はなかった。
「直接聞いてみるといいよ。話の種にもなるし。それより、セイジだから大丈夫だと思うけど、なるべく相手のことを褒めるといいよ。服装だったり気遣いだったり、何でも褒めてあげると喜ぶよ、きっと」
アイリの言葉になるほどとセイジがうなずく。この町での最後の一日を、エミリアのためにうまく使おうと思っていたのだった。




