第二十七話 卑怯な相手はやっつける
それは奇妙な構図だった。仲の良い若い男女が二人に、十代前半の少女が一人ついている。しかも、付き合ってる二人の女性の方も、この少女と話すのが楽しい様子だった。
「アイリさんも、その、花なんて食べられないから、みたいに思うの?」
「どっちかというとそうですね。でも、花を世話してくれる人がいて、その人達のおかげで目を楽しませてくれるのだと思うと、花壇とかも大事にしないと、とは思います」
「それはすごいわね。働く人の事まで気を配ってるなんて」
エミリアとアイリが話していると、セイジも自然と話に入ることができる。
「アイリは他人思いの優しい娘だからな」
「それはセイジさんのおかげかもですね。私も、えいっ!」
そう言うと、エミリアはセイジに抱き着いた。外見ではすらっとした感じのセイジだが、元聖騎士副団長だけあって中身は筋肉の塊である。そのごつくて逞しい感じは、エミリアの心を直撃した。これほど頼もしい人に好かれたら、どんなにうれしいことだろうと思うのだ。
「くそっ、何なんだ、この三人は」
そうやって三人が仲良くしている様子を見ているのは、ランタスにとっては苦痛だった。最初見た時には、自分の婚約申し込みを断る口実で恋人の演技をしているのだろうと思っていたのだが、こうしてみると仲の良い兄と妹にエミリアもごく自然に溶け込んでいて、セイジと仲が良いというのも本当にしか見えない。
その三人は仲良く手をつないで、大広場の周囲を歩き始めた。
景色を見ながら、ぽつりぽつりと会話している様子が、少し離れたところから見ているランタスにもとても仲が良く映る。
「すごく大きな木だね」
「何十年、いや百年以上この町を見守ってきたんだろうな」
「そうなんです。私が子供の頃にはもうこの大きさでしたよ」
「そっかあ。ところでエミリアさんは子供の頃からきれいだったのかな」
「俺はそう思うよ。アイリみたいにかわいくてきれいだったんだろうな」
「私はいいから。そうだよね。今もすごくきれいな人だもんね」
「二人共褒め過ぎです。確かに周りの人達にそう言われて、その気になってましたけど」
セイジが穏やかな笑みを浮かべて言った。
「これだけきれいな人と知り合えて、俺は運がいいな」
ごく自然に出てきた言葉だった。演技の色は全くなく、エミリアも明らかにセイジの本音だと受け取っていて、顔がほんのり朱に染まる。
「私こそ、セイジさんみたいな素敵な人と知り合えて、幸運です」
そしてエミリアがセイジの手を取る。訓練で鍛えられたごつくて逞しい手である。それをうれしそうに握りしめる。
そこへランタスが近づいてきた。
「もういい。良く分かった。これ以上見ていても時間の無駄だ。エミリアがそこのセイジというヤツと仲が良いことは認めてやろう」
さすがに見ているのも苦痛になったようで、そんなことを言ってきた。
エミリアがほっとして、問い返した。
「なら、婚約の申し込みは撤回して頂けますね?」
ちっと舌打ちしてランタスが答える。
「ああ。分かったよ。申し込みは一旦撤回する。だが、覚えてろよ。俺は諦めが悪いんだ。この先、何があっても恨むなら自分を恨めよ」
そう言い残して、ランタスは去っていった。
「何か気になる言い方だったね」
最初にそれを指摘したのはアイリだった。子供にも分かる粗雑さだった。
「この種の輩は、次に腕ずくで来るっていうのが相場だ。人を集めて俺を叩きのめすつもりなんだろうな」
「そ、それじゃあセイジさんが危険なんじゃないですか」
エミリアが心配そうに言ったが、セイジもアイリも大丈夫だとばかりにエミリアの手を取った。
「セイジは魔物を倒せるほど強いんだから、心配いらないよ」
「ああ。エミリアは心配しなくていい。むしろ、エミリアを直接狙ってくる方が厄介だ。もう少し演技を続けておこう」
セイジはそう言うと、エミリアの手を優しく握った。
ランタスが言った言葉の意味は昼食後に明らかになった。
三人が食事を取っていた料理屋の前でランタスが待ち構えていたのだ。
「エミリア、大事な話があるんだ。ちょっと一緒に来てくれないか。もちろん、そっちのセイジとアイリも一緒にだ」
ランタス一人だったので、エミリアも特に警戒せず、問い返した。
「話ならここでもできるでしょう。一体何の用事?」
すると、ランタスが邪悪さを表情に浮かべ、小声で言った。
「弟のカイルの身柄を預かってると言ってもかい?」
エミリアが息を飲んだ。まさか弟を人質にするような卑怯なまねをすることなど、さすがに予想できることではなかった。
「分かったら大人しく一緒に来てもらおうか」
「卑怯者ですね。でも分かりました。あなたの言葉に従います」
エミリアはそう決断し、セイジとアイリにも小声で事情を話す。二人ともうなずいて、エミリアに同行した。
「そう来なくちゃな。さ、こっちだ」
ランタスの後に三人が従って歩く。道を覚えられないよう、市街地を巡るようにわざと遠回りをしていた。結構長い時間歩かされ、ようやく目的地に着く。そして、一軒の廃屋へと足を踏み入れる。
部屋の奥に、確かにエミリアの弟カイルの姿があった。手足を拘束され、椅子に縛り付けられている。
「こんなことをして、ただで済むと思ってるの?」
エミリアが憤慨し、語気も強く訴える。しかし、部屋には五人ほどの若者がいて、エミリアの行く手を遮っていた。
「ただで済ませる気がないのはこっちの方だ。僕のせっかくの申し出を断った罰を、その体に刻み込んでやる」
ランタスが舌なめずりをする。下品な本性を現した感じだった。
「お前達は、あのセイジって男をやれ。遠慮はいらない」
続いて五人の男達にそう命令した。なるほどとセイジは思い、遠慮するのを止めた。
「くたばれ」
一人目の男が殴り掛かってきた。狭い部屋の中での立ち回りだったが、セイジの動きは素早く正確だった。その拳を叩き落すと、至近距離でみぞおちに一発拳を叩き込む。もちろんケガしない程度に手加減している。
「ぐふっ」
一人目の男が床に倒れた。
セイジはそのまま動きを止めず、二人目の懐に入り込み、同じようにみぞおちに一撃を見舞った。
「ぐはっ」
二人目の男が床に倒れる。
「何だ、こいつ!」
三人目はセイジを取り押さえようと、両腕を広げてつかみにきた。その両腕を軽く打ち払い、またも同じようにみぞおちを撃つ。三人目もあっさりと床に倒れた。
「待てよ、お前、この小僧がどうなってもいいのか」
残る二人はカイルを人質にしてセイジを脅してきた。
「卑怯なヤツらは手段を選ばないな、全く」
セイジが文句を言ったところで、そこに割って入ったのがアイリである。
「そうくると思ってたのよ」
素早くカイルの近くに駆け寄ると、男達との間に割って入り、魔法を発動させた。
「マジックシールド!」
魔物の攻撃をも防ぐ魔法の楯である。男達がカイルの傍から弾き出され、よろめく。
「アイリ、お見事!」
隙ができたところで、セイジはすかさず二人の男に近寄ると、そのみぞおちに拳を打ち込み、床に倒した。
セイジは、カイルを拘束している縄をほどき、自由にしてやった。
エミリアとランタスはその様子を呆然と眺めていた。ごく短い時間で、セイジを痛めつけるはずだった五人の男達は倒されていたのだった。
先に我に返ったのはエミリアで、ランタスから離れると、弟のカイルの無事を確かめに近寄った。
「カイル大丈夫? ひどいことされてない?」
縄をほどかれたカイルが半分泣きそうな表情で答えた。
「うん、大丈夫。ごめんね、迷惑をかけて」
「悪いのはこいつらよ。セイジさん、ランタスを捕まえて」
「もちろんだ。とりあえず拘束させてもらう」
セイジがランタスの両腕を後ろ手に縛る。ランタスは呆然としたまま、縛られていった。
「エミリアさん、カイルと一緒に騎士団の詰所に行って、誘拐と脅迫を行った者達がいるって話して、騎士を連れてきてくれ。俺とアイリはこいつらが逃げ出さないよう見張っておくから」
セイジはそう話しながら、せっせと倒れた男達の腕を縛っていた。
「分かりました。すぐに連れてきます」
エミリアは即答し、カイルを連れて騎士団の詰所に向かった。
「後の話は騎士団に連行してからだな。それよりアイリ、よくやった。おかげで助かった」
「ありがとう。こういう場面で役に立てたんだから、冒険者になった意味があったね」
二人は拳をこつんとぶつけると、騎士達が来るのを待った。
それから三十分と少し。騎士が三人、エミリアとカイルの訴えを聞き入れ、二人の案内を受けて駆けつけてくれた。
騎士達は男達を立たせると、騎士団の駐屯地へと連行した。セイジとアイリ、エミリア、カイルもみな同行している。事情を詳しく聞き取り、調書を取るためである。
駐屯地では、ランタスたちとは別の部屋に案内され、エミリア達四人が同席して調書の作成が行われた。
カイルが誘拐されたこと。それをランタスが伝えに来たこと。彼の案内で先程の廃屋に連れてこられたこと。中には五人の男達がいて、カイルが椅子に縛られていたこと。ランタスに脅され、暴行を受けそうになったこと。セイジとアイリが男達を気絶させ、ランタスを含めて六人拘束したこと。それらの事実を丁寧に説明した。
担当した騎士は、証言と状況証拠も十分であるとし、ランタスら六人を処罰することを確約してくれた。
そしてランタス達の事情聴取はまだ続いていたが、四人は解放され、騎士団の駐屯地を出た。
「ごめんなさい、セイジさん。こんなことに巻き込んでしまって」
エミリアが謝ってきたが、悪いのは彼女ではない。しつこく婚約を迫った上、このような事件まで引き起こしたランタスが罪を負うべきであろう。セイジもアイリもそう思い、エミリアを慰めた。
「悪いのはランタスだろう。エミリアさんが謝ることじゃない」
「そうそう。むしろセイジが一緒で良かったね。大事にならなかったし」
「ありがとうございます。ですが巻き込んでしまったのも確かです。そのお詫びと言うと失礼かもですが、今晩もうちに泊ってもらえますか」
エミリアが申し訳なさそうな表情になっていた。セイジとアイリはエミリアの手を取り、満面の笑みで答えた。
「もちろん。喜んで。今晩もお世話になります」
その表情を見て、エミリアもほっとした表情を浮かべたのだった。




