第二十四話 卸売商のお嬢様と知り合う
冒険者ギルドに三泊した後、セイジとアイリは次の町に向かって出発した。
いつものようにのんびりと休憩を挟みながら歩いたのだが、アイリがレベルアップして能力値が上がり、以前より進むペースが速くなっていた。
「レベルって不思議だね。何で上がると強くなるんだろ」
アイリがそう言っていたが、セイジも確かに不思議だと思っていた。理由はともかく、強くなって不都合はないので、あまり深くは考えないでおく。
ともあれ二人は順調に進み、日が傾いたくらいの頃合いには、五番目の町サリウスに到着していた。この町は人口約三万と規模も大きく、かなり賑やかである。市街地に入ると、大勢の人々が行き交っていた。
そして他の町でしてきたのと同じように、まず役場へと向かう。王都でもらったアイリの住民証明を元に、父母が住民登録されていないかを調べてもらうのである。ここでも他の町と同様、同じ名前の男女は何人かいるが、夫婦ではなく別人だろうという話だった。二人はそろそろ手掛かりくらいありそうだと思っていたので、少し残念がっていた。
それから冒険者ギルドがあるか尋ねると、ないという返答だった。近くにダンジョンがない町にはギルドもないのである。そうなると、宿屋で泊ることになる。
二人は礼を述べて役場を去ると、宿屋のある場所へと向かった。
商店街は賑やかで、たくさんの客が買い物をしていた。思わずセイジもどこかの店で買い食いをしたくなったほどである。アイリも賑わいに釣られていろいろな商店を眺めていた。
すると、一人の若い女性が道端でうずくまっているのを見つけた。
こういう時、アイリは躊躇がない。その女性に近寄り、声を掛けた。
「そこのお姉さん、大丈夫ですか?」
少女の声を聞いて、その女性が顔を上げた。
長めの金髪と翠の瞳が印象的な、繊細な顔立ちの美しい娘だった。年の頃は十代後半といったところだろうか。痛みにその美しい顔が歪んでいた。
「ええ、足をくじいてしまって。困っていたんです」
「それはお困りでしょう。俺で良ければ診ますよ」
セイジが声を掛けると、女性の表情が変わった。セイジは短めの赤毛に褐色の瞳、ややごつい感じの顔立ちをした、悪くはないが良くもないという感じの容姿をしている。しかし、この女性はそんなセイジの容貌に一目で惹きつけられたようだった。顔を少し赤くして、恥ずかし気に答えた。
「あ、あの、診て頂くとは、どうするのでしょうか」
そんな女性の変化に気付かず、セイジはいつもの調子で答えた。
「ああ、すみません。これでも俺、回復魔法が使えるんですよ。良ければそれで治せるかもしれませんよ、という意味です」
女性が驚いた表情になった。回復魔法の使い手は、普通は治療院か冒険者ギルドにしかいないものである。通りすがりのこの素敵な男性が自分のケガを治せるというのは、女性にとって運命的な出会いに感じられていた。
「そうなんですね。でしたら、お願いしたいと思います」
「分かりました。では、そのままにしていて下さい」
セイジが女性の足に手をかざす。淡い光が手の平から発せられる。魔法の力でケガの具合を確認しているのだ。
「確かにくじいてますね。でもこのくらいならすぐ治ります。ヒール」
セイジが回復魔法を発動させる。淡く柔らかな光が女性の足を包み込む。効果はすぐに表れ始め、腫れていた場所が少しずつ元に戻っていく。一分ほどの回復魔法で、女性の足は元通りになっていた。
「これで大丈夫なはずです。ちょっと動かしてみて下さい」
「はい。分かりました」
女性が立ち上がり、足の具合を確かめる。トントンと足踏みをしても痛みはない。
「確かに治ってます。良かったです。ありがとうございました」
女性が笑顔で頭を下げた。美しい金髪が柔らかく揺れる。背は中くらいで体形は引き締まっていながらも、出るところはしっかり出ていて、とても女性らしい体つきだった。普通の若い男なら思わず見とれるところだが、その辺セイジはあまりに堅物過ぎた。
「それは良かった。じゃあ、俺達はこれで」
それだけ言って立ち去ろうとした。
「あ、お待ち下さい。どちらへ行かれるのですか」
女性がセイジを慌てて引き留めた。
「俺達は旅の途中なんですよ。今は宿を探しているんです」
「でしたら、うちに泊っていきませんか。ケガを治してもらったお礼ということで」
女性が必死にセイジに訴える。そのセイジは首を傾げていた。
「いや、この程度のことで、あなたの家に厄介を掛けるのも失礼でしょう」
「そんなことはありません。きちんとお礼をしなくては、私の気が済まないのです。どうか、うちに泊っていって下さい」
どうしようという表情でセイジはアイリを見た。そのアイリはこの女性がよほどセイジを気に入ったのだろうと察していたが、言葉に出しては何も言わなかった。視線で任せると伝えてきただけだった。
「そうですか。分かりました。では一晩ご厄介を掛けます」
セイジの返答に、女性の表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます。申し遅れましたが、私、エミリアと申します。ここサリウスの町の卸売商の娘です」
「これはどうも。俺はセイジ。こっちはアイリ。西の町タルストを目指して旅をしている途中です」
互いに名乗り、軽く頭を下げる。エミリアの方は明らかにセイジを意識していて、顔が少し赤かった。
「では、ご案内します」
セイジとアイリは、こうして知り合ったエミリアという名の商家の娘と一緒に、その家へと向かうこととなった。
エミリアの家は想像していたものと全く違っていた。簡単に言えば大きな屋敷である。広い敷地に広い庭、建物もとても大きな三階建てである。庭には大きな木が何本も植えられていて、花壇が大きく広がっている。馬車が屋敷の入り口に乗りつけられるよう、道も整備してあった。
「誘われるままに来ちゃったけど、良かったのかな」
アイリがつぶやくと、セイジも同じことを思っていて、思わずエミリアに尋ねたほどだった。
「あの、すみません。こんな立派なお屋敷にお邪魔して、本当に良かったんでしょうか」
するとエミリアは明るい笑顔になって答えた。
「もちろんです。さあ、中へどうぞ」
「分かりました。では、お邪魔します」
「お邪魔します」
セイジとアイリが遠慮がちに屋敷の中に足を踏み入れる。中も立派な造りで、入り口の近くは吹き抜けとなっていて、そこから階段と廊下が伸びている。奥の方に部屋がたくさんあるようだった。あちこちに装飾品や絵画が飾られ、財力の高さを示していた。よほどの豪商なのだろう。
「まずは父の了承を得たいので、こちらへお越し下さい」
エミリアに案内され、一階の入り口から少し入ったところにある部屋へと向かった。表札に執務室と書いてある。卸売商と言っていたが、事務作業などは自宅でも行うようだった。
エミリアがドアをノックする。
「入れ」
「失礼します、お父様。エミリアです」
親子の間でも、公式に仕事をしている時はこんな風に礼儀を守っているようだった。セイジは聖騎士団の経験があるからともかく、アイリは貧しい暮らしをしていた平民なので、このやり取りを見て目を丸くしていた。
「エミリア、何用だ」
「はい。市場の視察した帰り道、足をくじいて難儀していたところ、こちらのお二人に助けて頂きました。聞けば旅の途中で宿を探しているとのことでしたので、礼として我が家に泊まって頂くようお勧め致しました」
エミリアが二人に視線を向けた。名乗れということだろうと察し、二人がそれぞれに名を告げる。
「セイジです。西の町タルストまで旅をしています」
「セイジの連れのアイリです」
そして軽く頭を下げた。エミリアの父がうなずき、名乗りを返した。
「娘が世話になった。私はここの当主ルアン、ここサリウスの町の卸売を仕切っている商人だ。よろしく頼む」
そして娘に向き合う。
「エミリア、足をくじいていたという割に、今は普通に歩けているではないか。こちらのお二人が治してくれたのか」
「そうです。セイジさんは回復魔法が使える方なので、それで治して頂きました」
ルアンが目を見張った。
「何と、それは素晴らしい。セイジさん、事のついでにもう一つ頼みがあるのだが、聞いて頂けるだろうか」
「はい。俺にできることでしたら」
「実は妻ミランダの具合が悪くてな。ついでというのも失礼なのだが、具合を診て頂けるとありがたいのだが」
その程度のことは造作もない。セイジがうなずく。
「もちろん構いません。回復魔法で治せるなら力になりましょう」
そうかそうかとルアンが笑みを浮かべた。
「いや、ありがたい。では、エミリア、ミランダの元へ案内しなさい」
「心得ました。では、セイジさん、アイリさん、こちらへ」
案内を受け、二階にある夫人の元を訪れる。
「お母様、回復魔法を使える方がお越し下さいました」
「そうですか。よろしく頼みます」
ミランダと呼ばれた夫人は顔色も悪く、確かに相当具合が悪いようだった。セイジが失礼と一声掛けて手をかざす。
「肺を病んでいますね。ですが、これなら治せると思います。ヒール」
淡く優しい光がミランダの体を包む。悪かった顔色が少しずつ良くなり、呼吸も穏やかになっていく。セイジが五分ほど魔法を使ったところで、病は回復していた。ミランダが体を起こし、礼を言う。
「ずいぶん楽になりました。本当にありがとうございます」
エミリアもほっとした表情で答えた。
「それは良かったです。私もケガを治して頂いたんです。そのお礼として、こちらのお二人には、今晩我が家にお泊りして頂こうと思っております」
「そうですか。私からも歓迎させて頂きます。ぜひお泊り下さい」
「お父様、お母様共に許可を頂けました。セイジさん、アイリさん、遠慮なくうちにお泊り下さいませ」
セイジとアイリが顔を見合わせた。まあ、困っている人を助けて、その礼に泊って欲しいと言われて、断る理由は特にない。
「分かりました。一晩、お世話になります」
セイジがそう答えると、エミリアがうれしそうな笑顔を見せた。
「では、お父様に結果を報告して、泊る部屋へとご案内しましょう」
三人は再び一階に戻り、父ルアンに母が無事に回復したと知らせた。ルアンは大いに喜び、使用人を呼んで二名の客が泊まるので、部屋と食事の手配をするように告げた。
この屋敷には使用人が七人いた。うち男性は二名。一人は庭師、もう一人は料理長だった。残る五名は女性で、掃除や洗濯、料理の手伝いなど屋敷の雑用全般を行っていた。
使用人達に紹介され、セイジとアイリがかしこまって頭を下げる。
「一晩、お世話になります」
「いえいえ、お客様、どうかお気楽に。当家で快適にお過ごしいただけるよう、私共も尽力させて頂きます」
こうして二人はこの豪華な屋敷に一泊することとなったのだった。




