第二十話 ダンジョンのある町
セイジとアイリの二人が、王都を出発して四番目の町ミルタスに到着したのは、日が傾き始めた頃だった。ここは人口およそ三万人のかなり大きな町である。市街地の規模もこれまでの町よりかなり大きい。
新しい町に着いて最初にするのは役場を訪れることである。アイリの住民証明を提示し、父母が在住しているかを住民台帳で調べてもらうのだ。
これまでの町と同じように役場へと足を運び、役場の係員に用件を伝える。しばらく待つように言われて、椅子に腰かけて座って待つ。
しばらくして係員に呼ばれて話を聞くと、同名の人物は確かにいるが、王都出身でも夫婦でもない、明らかな別人だという答えだった。これで四度目になるが、セイジもアイリもそんなにすぐ見つかるとは思っていないので、特に落胆もせず、礼を述べる。
ついでに冒険者ギルドがあるか尋ねると、このミルタスの町にはあるという返答だった。セイジとアイリが顔を見合わす。普通の宿屋に泊まっても良いのだが、せっかくなので行ってみようかと、互いの表情に書いてあった。
二人は期待しながら冒険者ギルドへの道をたどった。
冒険者ギルドは三階建てのかなり大きな建物だった。それこそ、この前訪れたスオニの町の騎士団駐屯地の建物といい勝負であった。一階が広々としたロビーになっていて、そこに受付がある。奥には面接室などの諸施設。二階より上が宿泊施設となっていた。
セイジとアイリはまずは受付に立ち寄った。
「ミルタスの冒険者ギルドへようこそ。ご用件を伺います」
職員はやはり年若い女性で、事務能力で採用するという噂は本当のようだった。後ろで一つ結わえにした髪と穏やかな表情は温厚な女性そのものだったが、視線は冷静で、物事を良く見定めるような目をしていた。
「冒険者ならギルドで泊れるという話を聞いたんだけど、それは今晩も可能なのか?」
「はい、可能です。まずは冒険者証の確認をさせて頂きます」
セイジとアイリが、これまで出番のなかった冒険者証を取り出し、受付の職員に見せた。その職員が眉を密かに動かし、驚きを隠した。
「セイジさんは聖騎士、アイリさんはスカウトメイジですね。二人が冒険者であることを確認しました。ところで、王都のギルドでも注意されたと思いますが、セイジさん、レベル七十三というのはちゃんと隠していますか」
レベルが高過ぎてトラブルの元になると忠告されたことは、セイジもよく覚えている。それに一々冒険者だと名乗ることはなかった。レベルは隠していると返事をすると、職員も軽くため息をついた。
「ならば良いのです。それから、ミルタスの冒険者ギルドに泊るに当たっては、条件が一つだけございます。ダンジョンで銀貨十枚分の魔石を取ってくることです」
そしてついでにとばかり、ミルタスの町の由来を話してくれた。何でも王国建国以前からこの町は存在していて、北にあるダンジョンの攻略拠点として使われていたのだそうだ。
それに加え、ダンジョンの説明もしてくれた。ダンジョンはとても不思議な場所で、そこにダンジョンがある限り、魔物は尽きることなく出現してくるのである。かつて魔族と呼ばれる存在が、人間の領域に侵攻する拠点として造ったのだと言われている。その魔族も、現在では支配地域の多くを人間に奪われ、かなり奥地に支配領域を持つだけになっていた。
魔族がいなくなってもダンジョンは機能を維持し、魔物を常に生み出し続けている。人間も当初は魔物の危険性を恐れ、ダンジョンを封鎖するなり破壊するなりしようと試みた。しかし、魔物が消滅する際に残す魔石がエネルギー源として有用であり、安定して魔物を討伐できるなら、むしろダンジョンの存在は不可欠なものと考えるようになった。今では冒険者ギルドの監督下で、大勢の冒険者が魔物の討伐、魔石の回収を専業で行っている。冒険者が一つの職業として確立しているほどなのである。
「長々と説明しましたが、このミルタスの町はダンジョンによって栄えています。今も十三のパーティがダンジョンで魔物の討伐をしています。それだけ魔石の供給元として重要視されているのです。ですから、このギルドでは宿泊利用の条件として、魔物の討伐を課しているのです」
「分かりました。少し二人で相談してみます」
セイジとアイリは一度受付を離れ、相談を始めた。
「どうしよう、セイジ」
「うーん、そうだなあ。宿代節約のためにダンジョンで魔物の討伐かあ。面倒と言えば面倒だが、銀貨十枚稼ぐんだと思えば、無駄な労力ではないよな。俺がいるから、魔物に負ける心配はないし、俺はどちらでも構わない。アイリはどうしたい?」
十一才の少女の希望を聞くと言えば体裁はいいが、結局セイジも判断に迷っていたのだった。話を振られたアイリの方はうーんと唸って、いろいろと考えを話してきた。
「討伐がみんなセイジ任せになっちゃうけど、セイジの強さなら何の問題もないよね。でも、私が何かの役に立つかって言うと微妙だし、魔物がいるわけだから、観光気分で行けるような場所じゃないし。うーん、でもちょっと中を見てみたい気もする。セイジは聖騎士時代に何度かダンジョンに入ったって聞いたから、私も見てみたいって気持ちはあるんだ」
「なるほど。いろいろ考えてるな」
何だかんだとよく考えを巡らせる娘だと、セイジは感心していた。それにも増して、旅の相棒としてもありがたい存在だ。話し相手として、一緒に食事を取る相手として、この娘と一緒だと退屈することはない。
せっかくの機会だ、この娘に意義のある経験を積ませたいとセイジは思った。観光気分でなく、冒険者の一員として、ダンジョンに挑戦してみるのもいいだろう。セイジの考えがそちらに傾いた。
「スオニの町でレッサーデーモンを討伐した時、アイリは自分で自分の身を守れていたよな。それができるんだから、アイリは十分立派な冒険者なんだと思う。だから、アイリが良ければ、ダンジョンに一緒に潜ってみよう」
「いいの? セイジは褒めてくれるけど、私、それしかできないよ。守ってもらうばかりになっちゃうけど、構わない?」
アイリとしてもダンジョンを見たいという気持ちはある。でも、セイジに無理な負担を掛けてまですることではないと思っていた。
「任せてくれ。アイリも俺の強さは知っているだろう?」
セイジは自信たっぷりに答えた。
「だから、安心していい。それじゃあ、決まりだな」
「分かった。じゃあ、今日はギルドに泊まって、明日はダンジョンだね」
そして二人は受付へと戻った。
先程の女性職員に、明日からダンジョンで魔物を討伐するので、宿泊の手続きをしたいと結論を話した。
「分かりました。それでは、私、アイリスが担当いたします」
「よろしく頼みます。それで、いくつか確認したいのですが」
セイジがアイリスと名乗った職員にいくつか質問をした。
ダンジョンの地図はもらえるのか。食料や水の手配はどうするのか。魔物を討伐し、得た魔石を換金した収入は冒険者がもらって良いのか。他の冒険者と討伐する魔物がかち合った場合はどうすればいいのか。討伐での収入がノルマの銀貨十枚に達するまで何泊しても良いのか。
セイジもいい加減にダンジョン行きを決めたわけではなかった。きちんといろいろな条件についても考えていたのである。そこに魔物が討伐できなかったらという想定のないのが、やはりセイジらしいところである。
「地図は用意されている物があります。銀貨一枚での販売となります。食料や水は各自で調達です。近くの商店やギルドの井戸をお使い下さい。魔石の換金分は全て冒険者の収入になります。他の冒険者と魔物を一緒に討伐する場合、その場で相談して条件を決めて下さい。折り合いがつかない場合、強い方が譲るのが原則です。収入が既定の額に達するまで、もしくは達した場合でも、ダンジョンで魔石を取ってくる冒険者はギルドで連泊が可能です」
さすがに優秀な職員だった。すらすらと疑問に答えてくれた。実に頼りがいのある人物だとセイジもアイリも感心していた。
「分かりました。では、ダンジョンの地図を一枚購入します。それから今日から二人一部屋で泊めて頂きたいので、手配をお願いします」
「地図一枚と宿泊の手続きですね。承知しました」
そしてセイジはダンジョンの地図を銀貨一枚で入手した。全三十階層に及ぶ広大なダンジョンだった。甘く見ていると、魔物は討伐できても道に迷って戻れないということにもなりかねない。ここはしっかり探索を行うべきであろうと思った。
「では、こちらが部屋の鍵になります」
ちょうど二人部屋に空きがあったようで、すぐに部屋を案内してくれた。二階の中央付近の一室だった。一階に下りるのにも都合が良かった。
「では、ごゆっくりお過ごし下さい。ダンジョンに行かれる場合、受付に声をお掛け下さい。万一、戻られない場合、捜索隊を派遣することになりますから、できるだけそういったことのないようにお願いします」
そしてアイリスはしつこく念を押した。
「セイジさんのレベルなら、勝てない魔物は恐らく相当深くまで潜らないといないと思われます。ですが、こんな少女を連れてのダンジョン行きですから、くれぐれも安全を第一にお考え下さい。決して無理のないよう、くれぐれもご安全に」
こういう忠告を受けた場合、反応は大きく分けて二つある。しつこいと感じるか、親身になってくれてありがたいと感じるかだ。もちろん、セイジとアイリは後者である。初対面なのに心配してくれることをありがたいと感じ、きちんと安全を確保しようと考えていた。
「ありがとうございます。十分気を付けます」
「私もきちんと身を守るように気を付けます」
良くも悪くもお人好しの二人だった。その反応を見て、アイリスも安心して一階の受付へと戻っていった。
泊る場所が冒険者ギルドになっても、することは他の町と同じだ。
まずは公衆浴場に行って、風呂に入る。
そして料理屋へ向かい、夕食を取るのだ。
ギルドの近くには料理屋が三軒ほど並んでいた。それだけ冒険者が数多く訪れるということである。その賑やかな雰囲気を好み、地元の住人でもこの辺りの料理屋を利用する者は案外と多かった。
なので、二人が一軒の料理屋に入った時、案外と客が入っていて、かなり繁盛していたのである。
「すごいね。こんなにお客さんがいるんだね」
「俺もちょっと驚いた。冒険者の人も結構いるみたいだ」
二人が座ったテーブルの隣では、今日のダンジョンでの稼ぎについて話している男女各二名の四人組がいた。
「ご注文は?」
店員が聞きに来た。シチューのセットメニューを頼むと、毎度と言って立ち去っていく。
隣のテーブルは賑やかで、仲の良い冒険者のパーティのようだった。セイジとアイリはダンジョン探索の様子を知ろうと聞き耳を立てた。
しばらくして、夕食が目の前に並ぶ。それを食べながらも、隣の話に聞き入っていた。二人が無言で食事をするのは珍しい。それだけダンジョンの様子を知りたかったのである。
「俺の攻撃も今回は安定してただろ。回避と突進のタイミングに気を付けてみたんだ。ロックゴーレムくらい、余裕で斬れるようになったぜ」
「あたしも今回は回避楯の役がうまくできてたと思う」
そんな感じで、会話の中心は魔物との戦闘についてだった。まあ、魔物を討伐して稼ぐのが商売なのだから、当然そうなるのだろう。
「そうかあ。やっぱり戦闘を第一に考えないと、なんだね」
アイリがぽつんとこぼした。レベル一で使える攻撃魔法も一種類のみで、戦闘では役に立たないと最初から分かっていた。そんな自分がダンジョンに行っても良いのかと、改めて思ったのだった。
「さっきも言ったけど、俺に任せておけ。見物するのも経験のうちだ」
セイジの言葉にアイリが強くうなずく。
「そうだね。安全に気を付けて、セイジの邪魔にならないようにするね」




