第十七話 元部下との再会
出発して半日と少し歩き、セイジとアイリはスオニの町に到着していた。ここも人口は約一万と、そこそこ賑やかな町である。
ここでも最初に役場を訪れる。そしてアイリの住民証明を元に、父と母がいるかどうかを調べてもらう。やはり同じ名前の男女はいるが夫婦ではなく、明らかに別人だという返答がきた。そうすぐに見つかるものではないと二人も思っていたので、空振りは残念だがすぐに諦めはついた。
ついでに冒険者ギルドの有無を尋ねる。この町にも残念ながらないという返答だった。また宿屋に泊まることになる。
そこで二人は街道筋に戻り、そこから一本道を外れた通りに入る。街道に面した宿屋は馬車と一緒に泊れるようになっていて、施設が充実している分割高なので、一般の旅人向けの宿を探すのが良いと最初の町ダイアスで教わったからである。
通りに来ると、人だかりができていた。
何事だろうかとセイジとアイリもその様子を覗き込む。何やら男が二人口論をしていて、それを町に駐屯している騎士が仲裁しているところだった。
「だからあ、こいつが偉そうな口を叩くのが悪いんだって」
「何言ってんだ。お前の方が先に悪口言ってきたんだろ」
どうやら男二人は、まだ夕方だというのにしたたかに酔っているようだ。最初は仲良く飲んでいたのだろうが、ちょっとしたはずみで口論となったようだった。互いに文句を言い合うが、言葉に中身がない。
仲裁している騎士もうんざりしていた。
「二人ともいい加減にしろ。まだ続くようなら、騎士の権限で二人とも拘束して牢にぶち込むぞ」
面倒になったのか、騎士が最後通告を投げかけた。さすがの男達も、こんな下らない口論で拘束されるのは嫌だった。
口論が止んだところで、騎士が二人に諭した。
「今日はお互い、虫の居所が悪かったんだろう。明日になれば、また気分もすっきりして仲良くなれるだろう。今日のところはお互い様ということで手打ちにして、大人しく家に帰るんだ」
「分かりました。家に帰ります」
「はい。俺も帰ることにします」
男二人は大人しく言うことを聞き、別々の方角に歩いていった。言葉通り、家に帰る様子を見て、騎士が小さくため息をついた。
周囲に集まっていた人々が、何事もなく事態が収まったのを見て、半ば残念そうに立ち去っていく。娯楽の少ないラスティア王国では、他人のケンカも良い見世物なのであった。
「あの騎士、見覚えがあるな」
そんな中、セイジがひとりつぶやいていた。騎士は若く、年の頃はセイジと同年代に見えた。そしてセイジがその騎士の元へと歩み寄る。アイリもそれについていく。
「失礼、騎士様、どこかでお目にかかったことはありませんか?」
聖騎士団を追放され、平民に落とされたセイジにとって、一般の騎士であっても身分が上の存在になる。様をつけて呼ぶのはそのためだ。
騎士の方でもセイジに気付き、そしてじっとその顔を見つめた。その騎士はしばらく考えていたが、セイジが腰に帯びている剣を見て、はたと思い出していた。
「セイジ副団長じゃないですか!」
自分を副団長呼ばわりするということは、以前部下だった騎士に間違いない。セイジは記憶をたどり、ようやく何者だったかを思い出していた。
「第二中隊、第三小隊のサルクか」
「そうです。覚えて頂いて光栄であります」
そしてサルクと呼ばれた騎士が敬礼を施す。セイジが慌ててそれを止めた。
「俺は聖騎士団を追放されて、平民になったんだ。敬礼は不要だ」
「そうでしたね。俺もそのとばっちりを受けて、聖騎士団を追い出されて、こんな町に飛ばされたんですよ。まあ、表向きは一騎士から小隊長への出世なんですけどね」
「そうだったのか。それは悪いことをした。すまない」
サルクがとんでもないと手を振った。
「大声じゃ言えませんが、副団長を逆恨みしたお貴族様が全部悪いんです。お気になさらず」
セイジが眉を寄せた。貴族の悪口を騎士が言うのは大問題なのだ。サルクも承知していて、他言無用でと付け加えている。
「と、立ち話もなんですね。俺はまだ仕事があるんですが、副団長、いえ、セイジさんはこの先の予定は?」
「今晩の宿を探しているところだ。その後は風呂と夕食くらいだな」
それはちょうど良かったと、サルクが手を打った。
「なら、騎士団の駐屯地に泊るのはどうですか。俺がこの町の騎士団の隊長ですから、空き部屋を使わせる権限があるんです。とは言え、三人小隊のちっぽけな部隊ですけどね。風呂と食事は別になりますが、せっかくお会いできたんですから、ぜひ泊っていって下さい。もちろん、そちらのお嬢さんもご一緒にどうぞ」
セイジがアイリに視線を送った。そのアイリの方は、騎士団の駐屯地などという珍しい場所にはぜひ行ってみたいと、表情に出ていた。そういうことならいいだろうと、セイジがうなずく。
「ならせっかくの好意に甘えることにするよ」
そして三人で騎士団の駐屯地へと向かったのだった。
ラスティア王国では騎士団が治安維持の任務についている。王都には連隊規模で騎士団が常備されている。その他の町や村にも駐屯の騎士がいるのだが、平和なこの時代、その数は少ない。多くても十人、小さな村には騎士がいない場合さえある。このスオニの町に駐屯している騎士は、小隊長のサルクを含めて三名だけだった。
しかし、駐屯地は三階建ての立派な建物である。騎士達が生活するだけでなく、罪を犯した者を捕えておく牢屋、取調室、作戦会議室なども設置されていた。また有事の際に三十名ほどの騎士が泊れる設備もあった。
駐屯地の入り口には騎士の詰所がある。住民が騎士に用事のある場合、ここの詰所を訪ねてくるのである。まずはその詰所に顔を出す。
「トニオ、マルク、今戻った」
「おかえりなさい、サルク小隊長。巡回はいかがでしたか」
「口論の仲裁をしたくらいだ。いたって平和だったよ。留守中、何事もなかったか」
「全く何事もありませんでした。こちらも平和そのものです」
そんな事務的なやり取りの後、サルクが二人を紹介した。
「こちらは私の知り合いで、セイジさんとアイリさんだ」
セイジとアイリが一礼して名乗る。
「セイジです。どうぞよろしく」
「初めまして、アイリです。よろしくお願いします」
そしてサルクが話を続けた。
「旅の途中、奇遇にも再会したので、積もる話もいろいろとあってな。この駐屯地に泊めることにした。トニオとマルクもよろしく頼む」
言われた方の二人はまだ二十才前の若さだった。
「了解しました。隊長のお客人として丁重に遇します」
「ありがとう。では、二人を宿舎に案内した後、詰所を交代しよう。そこで二人は休憩だ」
「了解です。お二人共、どうぞごゆっくり」
そしてセイジとアイリは駐屯地へと案内された。
中は質素だがとてもきれいに整備されている。何でも、週に一度は三人で掃除をして回るとのことだった。
「こちらの部屋をお使い下さい。増援の騎士が寝泊まりする部屋ですから、滅多に使われることはないんです」
二階にあるその部屋は四人部屋だった。ベッドも四つ、荷物置き場も四人分。四人掛けのテーブルも備え付けられ、調度もよく整備されている。
「ありがとう。遠慮なく一泊世話になる」
「私はさっきも言った通り、この後しばらく詰所にいます。何かありましたらそちらまでどうぞ。日が沈む頃に仕事も終わりになりますから、そうしたら公衆浴場にご一緒しましょう」
「分かった。なら暇つぶしに駐屯地の中を見物させてくれ」
「ええ、見るだけでしたら自由にしてもらって構いませんよ」
「ありがとう。では後でまた会おう」
そしてサルクが部屋を立ち去っていく。
「ねえねえ、私も騎士様の部屋を使って良かったのかな」
アイリは平民である。身分が上の騎士が使う場所なのに大丈夫なのかと心配していた。それを言い出すと、今のセイジも平民なのである。
「こういうのは隊長権限なんだ。サルクが許可を出したんだし、大丈夫だ」
「そっか。それにしても、さすが騎士様の使う部屋だね。とてもいい部屋だし、家具もしっかりした物ばかりだね」
物珍しそうにアイリが部屋を見て回る。
「せっかく来たんだ。建物の中を見ていいって許可ももらったし、二人でのんびり見物させてもらおう」
「うん。楽しみ」
そして二人は中を見物して回る。
取調室は三つもあり、事務室、書庫、会議室など、目的に応じた部屋がいろいろとあった。二階より上が宿泊施設になっていて、サルク小隊長やトニオとマルクもここに住んでいるのだった。地下には牢屋があり、罪を犯した者を入れておくようになっていた。
「なるほど。騎士団の人達が仕事するには、これだけいろいろな部屋が必要なんだね。それを普段、三人だけで掃除したりするんだから、大変だなあって思う」
「そうだな。滅多に使われなくても、必要な時は必要になるから整備は欠かせないんだ。駐屯地勤めも大変そうだな」
アイリの言葉にセイジがうなずく。
「それに、普段だって、悪い人を捕まえたり、魔物を退治したりしてるんでしょう。さっきは平和だって言ってたけど、何かあったらすごく苦労するんだろうなあ」
そうなのである。さっきは平和で暇そうにしている様子だったが、一度事が起こればとても大変なのである。そういう他人の苦労を想像できるところが、アイリという少女の長所だとセイジは思った。
「そんな心配ができるのは立派なことだ。アイリは心根が優しいな。だから一緒にいると気が休まるんだろうな」
セイジが笑顔でそう言った。
「そう言ってくれてうれしい。ありがとう、セイジ」
アイリも笑顔で礼を言うのだった。
「お待たせしました。では、公衆浴場に行きましょう」
話の通り、日没になってサルクが部屋にやってきた。部下の二人は交代で詰所に入ることになっているので、同行していなかった。
三人は入浴後、一軒の宿屋兼居酒屋に入った。サルクが再会を祝して一杯やりたいと希望したのである。
この日は珍しく、セイジも付き合って一緒にエールを頼んだ。さすがにアイリは果実水だったが。合わせて夕食になりそうなものをつまみに頼む。
「ではセイジさん、いえ副団長。再会を祝して乾杯」
「乾杯」
三人で杯を軽く合わせる。そして軽くあおって息を吐き出す。
「久々のエールだ。うん、うまい」
「それは良かった。俺が一緒じゃおいしくないかと思ってましたよ」
サルクが出来の悪い冗談を言う。セイジとアイリが苦笑した。
「元部下の出世祝いも兼ねてるんだ。おいしくいただくよ」
「騎士様でも冗談を言うんですね。面白くはないですけど」
辛辣なアイリの評価に、三人が声を上げて笑った。




