第十六話 助けた母子との別れ
その日の夜、セイジはアイリと二人で話をした。
「なあ、アイリ。ピレウスのこと、どう思う?」
珍しいことにセイジはピレウスの恋心に気付き、気にしていたのである。
「どうって、そうね、母親思いのいい息子さんだと思う。最初、セイジの財布を盗って、偉そうなことを言ってた時は、何、この生意気な子供って思ったけどね。お母さんのマサリアさんがあんなに具合が悪かったから、何とかしようとしていたのも分かったし、家の仕事も頑張ってたのも分かったし、本当はいい子なんだって思ったな」
アイリの感想は正直なものだったが、セイジが聞きたかったこととは話の中身がずれていた。しかし、改めて聞き直すのもどうかと思う。
「そっか、まあいい少年だったのは、俺にも良く分かった」
「何か言いたげだね、セイジ」
「いや、別に大したことじゃない」
「ふーん、そうやって誤魔化すんだ」
アイリがじっとセイジを見つめる。この少女は素直で優しく、家事にも強く働き者で、頭の回転は速く、しかもかわいらしい。だが、意外と頑固なところや押しが強いところもあり、年長のセイジがやり込められることもある。
「いや、えっと、ピレウスがな、多分なんだけど」
「うん。ピレウスさんが?」
「アイリのこと好きなんだと思う」
ここでアイリが目を丸くした。この聖騎士一筋で生真面目なセイジが、好きだの何だのという言葉を使うとは思ってもみなかったのだ。それにアイリもまだ十一才、異性が好きという感情はまだ良く理解できないのだった。
「そっかあ。そうなんだ」
「ああ。マサリアさんも母だけに気付いてるみたいだったな」
アイリが軽くため息をついた。自分だけ気付かなかったのが少し悔しいのと、そんな気持ちを向けられても困るのと、二つの理由があった。
「でも、悪いけど、その気持ちには応えられないなあ。だって、私達、旅の途中でしょ。西の町までまだまだ遠いんだし」
それもそうだとセイジが内心で反省した。興味本位で聞いてみたのが良くなかった。彼には申し訳ないが、自分達の事情を優先させるのは当然のことである。
「悪かった。そうだよな。俺達、旅の途中だもんな」
ここでアイリが人の悪い顔をした。
「別に気になったから聞いてみたんでしょ。私は気にしてないから。それより、セイジがそんな話を切り出すってことは、セイジも昔、こんな風に誰か女の子を好きになったりしたの?」
あ、余計なことを言ったおかげで、痛いところを突かれてしまった。セイジも人間なので、確かにそんなことも過去にはあったのだ。
「騎士学院の頃、一度あったかな。いや、あの頃は俺も若かった」
「今も若いでしょ。で、どんな人だったの?」
「えっと、一つ年下の努力家の女の子で、先輩先輩って慕ってくれてて。笑顔のかわいい女の子だったよ」
「ふんふん、それで?」
「あー、もう勘弁してくれ。またそのうち気が向いたら話す。それにしても、アイリもそういうことに興味が出てきたのか。悪いことじゃないけど、変なヤツを好きになったりするなよ」
最後は生真面目なセイジらしく説教で終わるところが彼らしい。
「大丈夫。旅が終わるまで、そんな余裕ないから」
アイリが一言で切り捨てた。彼女の方が現実的なのだった。
翌日は四人元気に起き出してきた。マサリアが元気になってきたことで、みな生活に張り合いが出てきたのだった。
「おはようございます」
井戸端でそれぞれに挨拶を交わして、交代で顔を洗う。
「今日も昨日と同じような生活で良いのでしょうか」
マサリアがセイジに尋ねた。すっかり信頼しきっている。
「はい。とにかく完治を目指しましょう。あと少しですから」
セイジにはそんな感触があった。順調にいけばあと二日で完治だ。
「分かりました。では、朝食の支度をしますね。アイリさん、ピレウス、いつものように手伝ってくれる?」
マサリアの言葉に分かったと返事があった。
そして二日目の一日が始まる。
朝食後、セイジとピレウスは昨日と同様に仕事に出かける。
アイリはマサリアと一緒にまずは洗濯だ。昨日も洗ったので量は少ない。
それから掃除。昨日かなり徹底してやったので、この日は少し軽めで十分だった。
時間が空いたので、二人は昼食のパンを買い出すついでに、ピレウスの働きぶりをこっそり見に行った。
ピレウスは青果店の見習いとして働いている。給金は日に銅貨四十枚。まだ見習いなので安い。代わりに売れ残りの野菜などをもらえることがあった。また仕事は単純なものが多く、手間のかかる仕事は他の店員や店長の手伝いをするだけとなる。そうやって仕事を覚えていって、一人前と見なされれば、仕事も増えるし給金も上がるのだ。
この時間帯は客も少なく、接客はほとんどない。箱詰めして運ばれてきた野菜などを店先に並べていく仕事をしていた。
「良く働きますね。さすがマサリアさんの息子さんですね」
アイリがそう褒めると、母は目を細めてうれしそうにうなずいた。
「本当に。こんなにいい子に苦労を掛けてしまって。ついでだから、何か買っていきましょう」
二人が青果店に近づくと、ピレウスが大声で挨拶してきた。
「いらっしゃいませ! ……あ、母さん、アイリさん」
ピレウスがうれしそうな表情で接客する。生き生きと働く息子の姿を見てマサリアもうれしそうだった。
「ちょうど買い物に出てきたところなの。ニンジン、ジャガイモ、タマネギをもらえる?」
「はい、毎度!」
そしてマサリアが持っていた布袋に野菜を入れていく。
「全部で銅貨十八枚です」
物価が安いのがラスティア王国のいいところだ。
「大銅貨一枚と銅貨八枚、これでお願いするわ」
「確かに頂きました。……ところで母さん、外を出歩いても大丈夫?」
「ありがとう。ええ、少し疲れるくらいで、このくらいなら体を慣らすのにちょうどいいくらい」
「そっか。良かった。じゃあ、俺仕事あるから。気を付けて帰ってね」
仕事中なので私語も最低限で済ませ、また仕事に戻っていく。
「とてもきちんとしてましたね。立派だと思います」
「ありがとう、アイリさん。いい息子をもって私は幸せです」
思い付きでピレウスの様子を見に来たが、思った以上に頑張っているのが分かり、二人はとても良い気分になれたのだった。
ものはついでにと、二人は市場に向かい、セイジの働きぶりも見に行った。
荷運びの仕事をしている人間は思ったより多く、セイジを見つけるのに少し手間取った。
「あ、いました」
アイリがちょうど大きな箱を運んでいる最中のセイジを見つけた。他の人達に比べて体格が細い感じのセイジだが、鍛え抜かれた身体で軽々と重そうな荷物を運んでいく。
「さすがセイジ。重い荷物でも全然平気なんだ」
「そうですね。見た目より力持ちなんですね」
セイジの働きぶりを見て、二人が感心する。
しばらくして、仕事が一段落着き、セイジが二人の元へやってきた。
「二人共、今日はどうしたんだ」
「うん、ちょっとセイジの仕事を見に来たの」
「そっか。マサリアさんも寄り道できるくらいに回復したか。それは良かった。アイリも付き添いご苦労様」
「ありがとう。セイジも頑張ってるね。見事な仕事ぶりだったよ」
マサリアは、アイリが元々セイジは赤の他人だと言っていたのを思い出していた。それが今ではとても仲の良い兄妹のようにしか見えない。きっと楽しく過ごして仲を深めていったのだろうと感じていた。
「セイジさんはやっぱり素晴らしい方ですね。仕事ぶりを拝見できてよかったです。それではアイリさんと二人、また買い物に戻ります」
「分かりました。お気を付けて。アイリ、後は頼むな」
「任せといて。それじゃ、仕事頑張ってね」
セイジとアイリが手を振り合って別れる。
この親切な二人に出会えて、自分の病気を治してもらえていることが、とても幸運なのだとマサリアは改めて思っていた。
夕方になり、セイジとピレウスが帰宅する。
そして四人で公衆浴場へ。
そして夕食。
四人の共同生活も結構楽しいものであった。
三日目になり、また一日が過ぎていく。
一日二回、回復魔法を使ってきて、マサリアの体はどんどん良くなっていき、三日目夜の回復魔法で完治することができた。後は落ちた体力を取り戻すだけである。
その日の夜は、マサリアが腕を振るい、ごちそうが用意された。これまでのお礼の意味が込められている。セイジとアイリにもその気持ちは十分伝わっていて、二人は揃って厚く礼を述べたものである。
「お礼を言うのはこちらの方です。本当にありがとうございました。ですから、今日は遠慮なく召し上がって下さい」
「はい。それではいただきます」
四人がそれぞれに食事に手を伸ばす。セイジが稼ぎを全部渡していたおかげもあるが、この家では滅多に出せないような豪勢な料理の数々だった。
「いやあ、おいしいものを食べると元気が出ますね」
「うん。これはマサリアさんの料理の腕がいいんですね」
セイジとアイリの二人にも好評だった。
しかし、おいしい物を食べながらも、ピレウスの表情は暗かった。
「二人共、明日は旅に戻るんだよな」
「そうだね。ピレウスさんにも世話になったね。ありがとう」
「せっかく仲良くなれたのに残念だよ。ずっといて欲しいくらいだ」
息子の感情は母も共通だった。
「私もよ。ここまでお世話になって、お礼もできないままお別れなのは母さんも寂しいの。でも二人には大事な用事があるんだから仕方ないわ」
セイジとアイリが顔を見合わせた。こんな風に別れを惜しまれるくらい親しくなれて良かったと思う。四日前は赤の他人だったのだから、この偶然の出会いはやはりみなにとって幸運な出来事だったのだろう。
「二人のお力になれて良かったですよ。思うところはいろいろあると思いますが、最後の夜ですから景気よくいきましょう」
セイジがそう言って二人を慰めた。
「そうですね。そうしましょう」
その後、食事をしながら四人は賑やかに過ごしたのだった。
そして翌日の朝食後、セイジとアイリは旅路へと戻る。
「お元気で。良い旅を」
「また来ることがあったら、ぜひうちに寄って下さい」
二人に見送られて、セイジとアイリが深々と頭を下げる。
「またの機会にぜひ。それではいってきます」
荷物を背負い、二人は手を振って出発していった。




