第十五話 アイリの活躍
一方、家に残ったアイリとマサリアは、家の仕事を始めていた。
まずは朝食の片付けである。アイリが井戸端と家を何往復もして水を運び、家の水瓶に貯めていく。その水を使ってマサリアが食器を洗い、乾燥棚に立てかけておく。
重い水桶を何度も運んでいるアイリの姿を見て、マサリアはとても感心していた。
「アイリさんは本当に良く働きますね。こんなに働き者のお嬢さんは初めて見ましたよ。とても立派だと思います」
「ありがとうございます。小さい頃から毎日やっていましたので、このくらいはどうということはないですよ」
「そうなんですか。苦労してきたんですね。うちでもピレウスには苦労の掛けっぱなしで。今回も私の病気のせいで、大変な苦労を掛けてしまいました。セイジさんのおかげで病気も治りそうですし、治ればあの子にも少しは楽をさせてあげられます。本当にありがたく思っています」
相当心苦しかったんだろうなと、アイリはまだ少女という年代ながらにそう思った。自分を相手にこんな愚痴をこぼして楽になるなら、それはそれで良いことだとも思う。
「セイジの回復魔法が役に立って良かったです。マサリアさんも元気になってきましたけど、今日は言われた通り、無理のない範囲で頑張りましょう」
そして二人で家事を始める。
最初は洗濯からである。ピレウスがまめに洗濯をしていたので、たまっているということはなかった。近所と共同の井戸端でそれらの衣服を洗う。手洗いなので結構手間暇がかかる。石けんで洗った後に一旦絞り、すすいでからまた絞る。そして庭にある物干し竿に干していく。アイリとマサリアは仲良くその仕事をこなしていった。
二人は次に掃除を始めた。
まずは良く絞った雑巾で棚や桟などを拭いていく。マサリアも動きがゆっくりだが、それでも少しずつ掃除を進めていた。
アイリはマサリアの仕事がなくならない程度に、てきぱきと水拭きを進めていった。本気を出せば自分一人でもすべてこなせるのだが、それではマサリアの回復に役立たないからである。
それが終わると、今度は掃き掃除である。床のほこりを掃いて集め、庭の隅に捨てる。放っておけば土に還るのだ。ここではほうきをアイリが担当し、マサリアはちりとりを受け持った。アイリの手際はとても良く、日が高くなる前に掃除は全て終わっていた。
「一度休憩にしませんか。私、またお茶入れますよ」
家の仕事も一段落着いたので、アイリがそう提案した。マサリアも同意して、二人で食卓に着いて茶を一服した。
「そう言えば、アイリさんとセイジさんはどんな関係なんですか。兄妹でも親子でもないですし、親戚というにはあまり似てませんし」
マサリアが疑問を率直に尋ねた。不思議に思うのも当然だよなあと、アイリは思う。片や赤毛のやや背の高い若い男。そして自分は肩までの金髪に青い瞳。似ている部分など全くなかった。そのくせ名前を呼び捨てで呼び合う仲でもある。
「実は元は赤の他人なんです。たまたまセイジが、私とおばあちゃんの荷物が重くて、運ぶのに困っていたのを助けてくれたのがきっかけで出会いました。茶飲み話に事情を聞いてみたら、セイジが住むところがなくなったと困っていたんです。それでうちに居候することになりました。かれこれ一月近く前の出来事でした」
マサリアが目を丸くした。他人だったのは分かる。出会いもまあ分かる。しかし、それがそのまま居候とは。確かにセイジは好青年だが、そんな初対面で信用して一緒に暮らすなど、危険だと思わなかったのだろうか。それでなくても、困っている人を助けようなどと思わない人間の方が、残念ながら圧倒的に多いのだ。
「赤の他人と暮らすなんて不思議でしょう。でも、セイジはその時生きがいだった仕事を失って、私達の前で泣いたんですよ。それでこれは放っておけないなって、おばあちゃんと私はそう思ったんです。でも、受け入れて正解でした。三人での暮らしはとても楽しかったですし、私がおばあちゃんを亡くした時に、セイジは親身になって私を支えて、面倒を見てくれたんです。それで今は人を探すために一緒に旅をしてくれているんです」
「探し人ですか。ご家族か誰かですか」
「そうです。家を出ていった両親を探しているんです」
「アイリさんとセイジさんも苦労されているんですね」
マサリアは二人がこんなに親切にしてくれる理由がようやく分かった。二人共、自分達が苦労してきただけに、人が良過ぎるくらいに良いのだ。困っている人を親身に助けるのが当然だと考えるような、そんな好ましい人柄だったのだ。
「お二人に出会えて、私もピレウスも運が良かったですね。この出会いに感謝します。本当にありがたいことです」
昼食の前に、二人は食料の買い出しに出た。
二人共、料理の腕前は十分だったので、食材を見ながら何を作ろうかと相談しながらの買い物になった。かつてはアイリも亡き祖母とこんな風に買い物をしたものだ。マサリアも息子と一緒に買い物をしていた時の楽しさを思い出し、気分良く買い物をすることができた。
野菜やイモ、生肉やベーコン、卵などいろいろな食材の他に、昼食のパンも合わせて買った。二人で荷物を分け合って持ち、端から見れば仲の良い親子のような感じだった。
そしてのんびりと昼食を取る。
マサリアの趣味は手芸で、かなりの腕前だということ。その腕前を生かして手芸屋で働いていること。店にもこの一月休んで迷惑をかけたので、早く完治して仕事に復帰したいことなど、二人で食事をしながらそんな話をしていた。
午前中に一通り家の仕事を済ませていたので、午後は洗濯物を片付けるくらいだった。それもすぐに終えてしまったので、暇つぶしも兼ねて、おやつにパンケーキを焼いて二人で食べていた。
親の顔もよく覚えていないアイリには、マサリアが母のような存在に感じられていた。祖母ともこうしていろいろなことを一緒にしたものだが、マサリアほどに若くなかった。もし家を出ていかなかったら、本物の母親もこんな感じだったのだろうかと思うほどだった。
夕方になって、まずピレウスが帰ってきた。
「ただいま、母さん、アイリさん」
「おかえりなさい」
心なしかピレウスが顔を少し赤くしていることにマサリアが気付いた。
「あら、あらあら」
そんな息子の様子を敏感に察し、マサリアがそんな声を出した。
「良かった。母さん、元気そうで。でも、そのあらあらって何だよ」
「ピレウスも男の子だもんね。そういうこと、あっても当然よね」
そう言って、マサリアはピレウスとアイリを交互に見る。その不思議な動作にアイリが首を傾げる。ピレウスの方は母親の言いたいことを察して、気恥ずかしさから仏頂面になった。
「だから、何なんだ。俺は別に」
「恥ずかしがることないわ。アイリさんはとてもいい娘さんだから、気持ちはすごく分かるわ。私も家の仕事や買い物を手伝ってもらって、とても助かったの。かわいらしいし、良く働くし、素敵な娘さんだもの」
ピレウスの仏頂面が余計にひどくなった。ちょっとからかい過ぎたかと、マサリアが話を変えた。
「ごめんね、ピレウス。もう言わないわ。それより、ずいぶんと家の仕事もはかどったのよ。アイリさんのおかげもあるけど、やっぱり回復魔法が効いて体が楽に動かせるのが大きかったの。すごいのね、回復魔法って」
「そっか。それは良かった。アイリさんもありがとう。母さんのこときちんと面倒見てくれて。心から感謝してる。おかげで俺も店の仕事をしっかりやることができたよ」
「いえ、私は手伝っただけだから。ちゃんと休み休み、ゆっくり仕事したから、マサリアさんの体調も大丈夫だったし。ピレウスさんもお仕事お疲れ様。仕事に復帰できて良かったね」
アイリに笑顔でそう言われて、ピレウスの顔がまた赤くなった。彼も年頃なだけに、年の近いアイリに、ほのかに好意を抱いていたのである。母のマサリアはそれを即座に見て取ったのだった。
三人でそうこう話をしていたところに、セイジも帰ってきた。
「ただいま、でいいのかな。今戻りました」
「おかえりなさい、セイジさん。本当にありがとうございます」
マサリアとピレウスが挨拶を返し、礼を言ってきた。
アイリもセイジを出迎えてくれた。
「セイジ、おかえりなさい。マサリアさんの具合はいいみたい。家の仕事もしっかりできてたよ。セイジのおかげだよ」
「それは良かった。マサリアさん、これ食費に使って下さい」
セイジがこの日の稼ぎを全て渡した。
「そんな、病気を治してもらった上に、お金までもらえません」
「いえ、泊めてもらってるんですから、このくらいは。大した額じゃないですし、遠慮はいりませんよ」
何と親切な人だろうと、マサリアもピレウスも感心していた。特にピレウスは、こんな人からお金を盗もうとしてしまったことを、とても後悔していた。そして母にそのことを言わずにいてくれるのをありがたいと思った。
「マサリアさん、風呂に行く前に、一応回復魔法使っておきましょう」
セイジもその辺はしっかり考えていた。定期的に回復魔法を使って確実に治療を進めようという考えだった。そして鍛え抜いた体は、仕事が終わった後でも疲れた様子など全くない。回復魔法くらい余裕で使える。
「ありがとうございます。本当に助かります」
そしてセイジが手をマサリアにかざす。淡い光が彼女を包む。
「かなり良くなってますね。あと少しで完治です。ヒール」
光が消えて、セイジがふうと息をついた。
「では、風呂に行きましょう」
四人は揃って公衆浴場へと出かけていった。
夕食は昨日と同じく三人が用意してくれた。残念ながらセイジの出番はない。彼は聖騎士になるために全てを費やしてきたので、台所仕事はからっきしなのである。
食事をしながら、マサリアがしきりにアイリのことを褒めていた。
「アイリさんは洗濯でも掃除でも手際が良くて。それなのに仕事をしながら私のことも気遣ってくれて。本当に大したものです。買い物の時も、何を作ろうか話しながら一緒に見て回るのがとても楽しくて。本当にいい娘さんだなあって、ずっと感心していたんですよ」
セイジがそれはそうだろうなとうなずいている。
アイリとしてはいつもの通り、自分にできることをしていただけなので、そこまで褒められるのは気恥ずかしく思っていた。
「ありがとうございます。でも当たり前のことですから」
アイリが謙遜して言うと、ピレウスが割って入ってきた。
「いや、その当たり前にできるっていうのがすごいんだよ。俺も母さんの代わりに家の仕事したけどさ、うまくいかないことも多くて、すごく苦労したんだ。だから、アイリさんがその年で母さんに大したものだって言わせるのは、本当にすごいことなんだって俺は思う」
「そう思ってくれてうれしいです。ありがとう、ピレウスさん」
アイリが礼を言うと、ピレウスが顔を赤くした。
「俺に礼はいらないよ。むしろこっちが礼をいう立場だ」
ピレウスがそんな言い方をして誤魔化していた。
さすがに鈍いセイジもピレウスの心情を汲み取っていて、なるほどなあ、アイリはいい娘だからなあ、惚れるのも当然だろうなと内心で思っていた。口に出すと面倒なことになりそうなので言わなかったが。
ともあれ、四人も打ち解けて楽しく食事ができるようになっていた。




