第十四話 母子を手助け
「さて、少し注意がある」
セイジがピレウスとマサリアの二人に説明を付け加えた。
「病気の元となる部分は、今回の回復魔法であらかた治した。でも、完治というわけじゃない。あと三日くらい、回復魔法を使っておきたい」
「はい」
「それから、体が弱っていると、回復魔法の効果も薄れてしまう。良く食べてよく寝ることが大事だ。それから、二人共、風呂に入って体をきれいにした方がいい。その方が病気にかかりにくくなるからな」
「なるほど。分かりました」
「あと三日、この家に通って回復させたいところだが、三泊宿屋というのもなあ……」
さすがにこの二人を助けるために、宿に三泊というのは出費が大きい。それに時間も無駄になる。
「泊る場所があればいいんですか。なら、うちに泊まってはいかがです? 狭いですが、お二人を泊めるくらいはできます」
マサリアがそう申し出てくれた。確かにそれなら食事代だけ考えれば済む。セイジとしても二人を見捨てて旅立つ気はない。十分治療をしてから去るつもりなのだった。
「助かります。ご厚意に甘えましょう」
セイジがそう答えると、慌ててマサリアとピレウスが手を振った。
「そんな、病気を治して頂いているのです。このくらいは当然です。空いている部屋もありますので、遠慮なくどうぞ」
「母さんの言う通り、二人のおかげで助かった。礼代わりにもならないけど、ぜひうちに泊まっていってくれ」
「では、三泊よろしく頼む。その間、定期的に回復魔法を使っていけば、確実に治療できると思う」
ということで、セイジとアイリは二人の家に泊ることとなった。
そうと決まれば、まずは公衆浴場に行くこととなった。
マサリアは回復魔法を受けたとは言え、何日もほぼ寝たきりの生活をしていたので、歩くのがどうしてもゆっくりになっていた。それでも歩けるほどに回復できたことで、うれしそうな表情をしていた。
片道十五分ほどかけて公衆浴場にたどり着く。
「アイリさん、母さんのこと、頼みます」
入る前にピレウスが頭を下げてきた。ここはアイリに頼るしかないからである。
「分かった。任せておいて」
そして二人ずつに分かれて風呂に入る。
中で良く髪と体を洗い、湯舟に浸かる。
「ありがたいです。俺も風呂は久しぶりだったんです」
ピレウスがそんなことをうれしそうに言っていた。
風呂から出て、ロビーで待ち合わせると、マサリアの血色がとても良くなっていた。髪も体もきれいになり、さっぱりして気分が良いようだった。
「アイリさんのおかげで、とてもきれいにしてもらえました。とてもいい娘さんですね」
アイリは頼まれた通り、良く面倒を見ていたのだった。
「帰りがけに食材の買い出しをしておきましょう」
マサリアの言葉に従い、四人は商店街へ向かい、買い物を済ませて家へと戻っていった。
夕食の支度はマサリアが久しぶりに腕を振るった。それまで寝たきりだったのだから、回復魔法にはかなりの効果があったのである。当然、ピレウスとアイリも積極的に手伝っていた。
しかし、さすがに病み上がりで重い食事は取れない。消化の良い麦粥に、野菜と肉の煮込み、オムレツにパン程度が精々であった。
「いただきます」
四人の挨拶が唱和する。マサリアもゆっくりではあったが、久々にしっかりした食事を取ることができた。他の三人は言うまでもない。
食事が終わり、食休みにとアイリがお茶を入れてくれた。他人の家であっても存分に腕前を振るっていて、とてもおいしいお茶だった。マサリアとピレウスも自分達よりおいしく入れられる腕前に感心したものである。
さて、寝る段になって問題が一つ発生した。
この家には確かに空き部屋が一つあったのだが、その部屋にベッドが一つしかなかったのである。マサリアとピレウスはそれぞれ自分の部屋で寝ることになっている。セイジとアイリは二人で顔を見合わせた。
「セイジが使っていいよ。私は床で寝るから」
「何言ってるんだ。アイリを守るって約束しただろう。だから、床で寝るのは俺の方だ。アイリは遠慮なくベッドで寝てくれ」
互いにそう言って譲り合いが始まったのである。
「セイジの具合が悪くなったら、マサリアさんを治せないでしょ。だから遠慮なくベッド使って。私は大丈夫だから」
アイリがそう言うと、セイジも黙っていない。
「俺は大丈夫だ。騎士団時代、天幕での雑魚寝にも慣れている。アイリの方こそ具合が悪くなったら大変だ。ベッドを使ってくれ」
そして互いに意見がぶつかったまま、譲り合いはかなり長く続いた。
「もう、相変わらずセイジは頑固だなあ」
「アイリの方こそ、人の事は言えないだろう」
アイリもセイジも互いを大切にし合うからこそ、意見を曲げようとはしなかった。何とかして相手に譲ろうと言葉を駆使して説得した。もちろん、二人共、ベッドを譲ろうとしていても意見は譲らない。
アイリはセイジの頑固さにほとほと呆れていた。正義感が強く、曲がったことが嫌いな性格が、ここでは単なる面倒な存在になっている。いい加減、折れてくれればいいのにと思いながら説得を続けた。
セイジも年長者が年少の者に譲るのは当然と思っていたので、なぜそんな簡単な理屈が分からないのかと、アイリの頑固さを厄介に思っていた。どうして自分の善意を受け入れないのか不満であった。
案外長いこと譲り合っていて、いい加減お互いに疲れてきていた。
「私達、何でこんな譲り合いしてるんだろうね」
「全くだ。これじゃキリがない」
そうして二人で苦笑し合う。
そしてアイリが妥協点を提案した。
「この際だから、二人で一緒に寝よう。それならどっちがとかないから」
それはそれでどうなんだ、とセイジは首を傾げた。
「嫁入り前の娘が男と一緒のベッドで寝るのって、問題じゃないか」
そんなことを言い出した。
「何を変なこと言ってるのよ。よその家で泊まるんだから、多少の不自由は我慢しようよ。譲り合いも、もう面倒だし」
「それもそうだな。このままじゃ、いつもまでも話が終わらないし、アイリがいいなら俺も構わない」
「じゃあ、決まりね」
長く続いた譲り合いはこうして終わりとなった。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
二人が一つのベッドに潜り込む。
「私、小さい頃から一人で寝てたから、誰かと一緒に寝るのはすごく久しぶり。何か温かくて、ちょっとうれしい」
ああ、そうか。アイリも寂しい生活をずっと送っていたんだなと、セイジは改めて思い出していた。仕方なく二人一緒のベッドに入ったが、結果的には仲がより深まって良かったのかもしれない。
「寝てる間に蹴っ飛ばしたら勘弁な」
「私もそれあるかも。寝てるところ起こしちゃったらごめんね」
そんな冗談を言い合って、二人は仲良く眠りに就くのだった。
翌朝、二人はほぼ同時に目を覚ました。
「おはよう、アイリ」
「おはよう、セイジ」
二人共寝相はさほど悪くなく、しっかりと眠れていた。少し大きめのベッドだったことも良かったようだ。
「よく眠れたみたいで良かった。じゃあ、起きようか」
二人で起き出して外の井戸端へと向かう。ここの井戸は近所と共用で、すでに近所の人が中年の女性が二人、井戸で顔を洗っていた。
「おはようございます」
「ああ、マサリアさんのところのお客人かい。おはようございます」
「マサリアの治療をしてくれたって聞いたよ。親切な旅人さんだねえ」
「はい、そうです。三日ほどお世話になります。どうぞ、よろしく」
「あら、いい男だねえ。そっちのお嬢さんもかわいらしいし、一体どこまで旅に行くんだい?」
何でそんなことを知っているのか、二人は不思議に思った。だがこれは、近所の人達が不審に思わないよう、昨日の夜のうちにピレウスが近所を回って、若い男と少女の旅人が二人家に泊まることになったと説明して回っていたおかげだった。おかげで遠慮なく話し掛けてもらえてありがたいのだが、得てして井戸端の話は長引くものである。セイジもアイリも適当に切り上げないと大変そうだと、話を切り上げた。
「西の町に用事があるんですよ。それじゃあ、俺達はこれで」
「ええ、じゃあまたね」
しつこく食い下がることなく、おばさん達も二人を解放してくれた。
二人と入れ違いにマサリアとピレウスも起き出してきた。二人も顔を洗って、おばさん達と二、三言葉を交わして家に戻る。
そして朝食。昨日の残りにベーコンエッグがマサリアの手で用意された。
「朝食後、回復魔法を一度掛けておきます。マサリアさんは、無理をしない程度に家の仕事をして、体を慣らして下さい。ピレウスはお母さんも回復してきたし、自分の仕事に戻るといい。アイリはマサリアさんの手伝いをしててくれ。俺は市場に行って日雇いの仕事でもしてくる」
朝食の間に、セイジがみなにそう言った。確かにそれがいいだろうと三人はうなずいた。
「ありがとうございます。少しずつ家の仕事をして体を慣らします」
「ありがとうセイジさん。俺も店の見習いの仕事に戻るよ」
「私はマサリアさんの手伝いね。具合が悪くならないように、様子を見ながらしっかり手伝うね」
三人共、やることがはっきりして生き生きとしていた。この分なら、問題なく過ごせるだろう。
そして予告通り、朝食後、マサリアにセイジが回復魔法を掛けた。病に侵されていた肺はかなり良くなっていて、そこをさらに治療するように魔法の効果を重ねた。弱り気味の体は回復魔法では治せず、食事と運動で少しずつ良くしていくしかない。
それを確認したところで、マサリアにもしっかりと説明して、無理はしないように念を押した。
そして、セイジとピレウスは出かけていく。
セイジは町の市場に行き、日雇いで荷運びの仕事ができないかと頼んだ。予測通り、人手はいくらあっても構わないので助かるとの返答をもらい、給金は銀貨一枚半と安かったが、三日間そこで働くことにした。
セイジは元聖騎士の性分で、体が鈍ることを嫌っていた。それに体を動かしていると、余計なことを考えずに済むので楽だった。てきぱきと仕事をしながら、気分良く時間を過ごしていた。
そんな働きぶりを見て、即戦力でありがたいと、同じ荷運びの仲間達はセイジをすぐに認めてくれたのだった。




