第十二話 逆恨みした悪党を捕縛
夕食後に部屋で一休みしていると、女性店員のカリーナが帰宅する時間になった。
女将がセイジとアイリを呼びに来た。二人はカリーナの帰宅に密かに同行して護衛するのである。
「俺達は後ろから隠れてついて行くので、普通に帰宅して下さい」
セイジの言葉にうなずき、女性店員が帰宅の途につく。
セイジとアイリは、距離を置いてその跡をつけていった。
すると、店を出てすぐに、夕食時に絡んでいた男が現れたのである。セイジの予想通りだったが、しかし当たって欲しくない予想というものもある。本当に現れるとは何と悪質な男だと内心とても腹を立てていた。
男はさすがに人通りの多い場所では何もせず、女性の後ろから何気なくついて行くだけだった。
「危ないと見たら俺が助けに入る。アイリは待機な」
一言声を掛けて、セイジとアイリは尾行を続ける。
そして通りをいくつか過ぎ、人通りの少ない場所に来たところで男が動いた。カリーナに急接近すると、口を塞ぎ、腹部を強烈に打った。カリーナが気を失って地面に崩れる。
「さて、頂きましょうかね」
男がつぶやいて、カリーナを担いで連れ去ろうとした。
そこへセイジが飛び出し、男の行く手を遮った。
「会いたくなかったが、また会ったな」
セイジが男を睨み付ける。
「な、何でお前がいるんだ」
さすがにこの男もセイジの急な出現に驚いていた。担いでいたカリーナを下ろし、セイジと対峙する。
セイジがその男に冷静に告げた。
「俺も以前、悪い奴を捕らえる仕事をしてたんでな。諦めの悪い奴を何人も見てきた。だから、お前さんが女性の店員を襲うかもしれないって見ていて思ったんだよ。まさか本当にやるとは思わなかったがな」
セイジは落ち着き払っていた。後はこの男を捕まえるだけである。
「へ、そうはいかないぜ」
男は往生際が悪かった。懐からナイフを取り出し、地に倒れているカリーナにそれを突き付ける。
「この女の命は俺が握ってる。もし、俺に何かしようとしたら、この女を刺す。だから、てめえはここから消えろ」
「くっ、卑怯なヤツだとは思っていたが、ここまでするとはな」
セイジが男を甘く見ていたことを後悔した。これならカリーナを襲う前に捕らえるべきだったかと後悔したのである。しかし、それでは単に跡をつけていただけの男を罪に問えない。暴行と強姦未遂という罪状を確定させてから騎士に突き出そうと考えていたのである。それが裏目に出たのだった。
「どうするんだ? このままこの女を刺してやろうか? ええ?」
男が恫喝してくる。一対一ならどうということのない相手だが、人質を取られては圧倒的に不利だった。
カリーナを見捨てるという選択肢はセイジにはなかった。彼女の安全を守るために護衛についたのだ。こうなれば、一度立ち去る振りをして隠れて様子を見て、カリーナを奪い返す機会を窺うべきだろうか。
「早くしなよ。本当に刺すぞ。いいのか」
男も焦っているようだった。夕食時、セイジにこっぴどくやられたことで恐れているのが分かる。しかし、手出しをすれば向こうの方が速い。カリーナの命に関わる。
「分かった。俺は身を引こう」
セイジがそう宣言した瞬間、隠れていたアイリが飛び出してきた。
「何よ、この卑怯者! 女性を楯に取って脅すなんて、いくら悪人でも許されないわよ!」
そして気持ちを込めて大声で糾弾する。
「何よ、悔しかったら私を何とかしてみなさいよ。あなたの悪口ならいくらでも言えるわ。卑怯者、恥知らず、極悪人、人でなし!」
さすがの男もこんな少女に繰り返し罵倒されて、かなり頭に来ていた。しかも、少女は構わず近づいてくる。こうなったら、人質をこの少女に変えるだけだ。そう思い、男が立ち上がる。
ナイフの先がカリーナから離れた。その瞬間が絶好のチャンスだった。
もちろん、セイジもその機会を見逃さない。
セイジは静かに滑るように男に接近し、蹴りを一発放った。そのつま先がナイフを持っている手を捉え、強打した。その衝撃で男がナイフを取り落とした。
「し、しまった」
ここへきて、セイジも全く容赦する気を感じなかった。
「覚悟しろ」
拳を握り込むと、男の腹部を痛烈に強打する。それでも十分手加減はしている。セイジが本気で殴ったら男の身体が危ないからだ。拳は正確に男のみぞおちを捉え、一撃で意識を失わせていた。
そして、すぐに紐を一本取り出すと、男の両手を後ろ手に厳重に縛り付け、自由が利かないように拘束する。
「ふう、終わったか」
セイジが安堵の息を漏らした。しかし、表情は厳しいままである。
「アイリのおかげでこの男を捕まえることができた。ありがとうな。だけど、一歩間違えばとても危険だった。頼むから無茶はしないでくれ」
お礼と説教が混在していた。アイリの安全も大事なのだ。やはり危険なまねをして欲しくはなかった。
「生真面目なセイジのことだからそう言うと思った。だけど、あのままじゃこの男を取り逃がしちゃうでしょ。それだけは止めないとって思ったんだ。それに、セイジの強さなら、一瞬の隙を作れば何とかしてくれるって信じてた。実際、その通りになったもんね」
自慢げに語る少女にセイジは苦笑した。十一才の少女の突拍子もない行動によって、相手の冷静さを失わせ、思いもつかない成果を上げられるものだなと感心していた。
とは言え、やはりいうべきことは言う。
「でも、やっぱりアイリが危険なのはよろしくない」
「うんうん、分かった。私も気を付けるね。それより、さっさとこの男を騎士団に引き渡そうよ」
「それもそうだな。まずは二人を起こそう」
そしてセイジとアイリは男とカリーナを起こして、町の騎士団本部に向かったのだった。
ほとんど町には騎士団の詰所はある。町の治安を守り、犯罪などを取り締まるのが彼らの仕事だ。詰所には三名から五名ほどが駐屯している。
ここダイアスの町ほど大きいと、詰所も三か所ほどあるのだが、それ以外にきちんと本部が開設されていた。騎士団も三十人もの規模が配属されていて、日々の職務に当たっているのである。
その日の夜遅く、四人の男女がその騎士団本部を訪れた。そのうち一人の男は腕を拘束されており、また一人は十代前半の少女だった。
「暴行と殺人未遂の罪で連行した。取り調べを行ってもらいたい」
その中の一人の男がそう伝えてきた。その話を聞いた騎士は慌てて隊長に報告し、急ぎ取り調べが行われることとなった。
担当したのは中年の騎士だった。小隊長格であることを表す徽章を下げている。相当のベテランで腕も良いのだろうとセイジは察した。
そしてセイジが事のあらましを説明する。
夕食時に女性店員に無理な要求をした上、止めようとしたセイジにも因縁を付けてきたこと。暴力を振るってきたが撃退したこと。それを恨みに思い、女性店員が帰宅する時を狙って跡をつけてきたこと。女性に暴行を加え、連れ去ろうとしたこと。そうなることを予想し、宿屋の女将の頼みで護衛として跡をつけていたこと。男がナイフを女性に突きつけて脅してきたこと。少女の機転で男の油断を誘い、撃退して拘束したこと。
中年の小隊長はその供述をきちんと記録していく。一通りの話が終わったところで、他の者の証言も聞いていく。
女性も少女もその事実に間違いはないと証言した。とは言え、女性の方は気絶させられており、ナイフで脅したことなどは分からないと正直に話していた。
そして小隊長は襲ってきたとされる男にも話を聞こうと試みた。しかし、男は黙秘して語らず、何の話も聞くことはできなかった。こんなところでも往生際の悪い男であった。
小隊長は調書の作成を終了し、三人に帰宅の許可を与えた。襲撃犯は三人の証言により有罪間違いなしとし、本部の牢に投獄することを告げた。いずれ正式に処罰を与えることを確約し、三人を送り出してくれた。
セイジとアイリは店員のカリーナを自宅まで送り届け、宿へと戻った。
宿ではカリーナの無事を心配した女将が待っていて、戻るなりすぐにセイジ達に事情を聞いた。
男は結局投獄されたというセイジの説明を聞いて、女将は大きなため息をつき、深々と頭を下げて礼を言ったのだった。
翌朝、さすがにセイジとアイリの二人は寝不足のまま起き出してきた。それでも多少の寝坊で起きられるところが若さゆえだろう。
「昨日は大変だったけど、無事に終わって良かったね」
井戸端で顔を洗いながらアイリが話し掛ける。
「全くだ。話の分かる騎士が担当で良かった。俺達の証言をきちんと正しいと判断してくれたからな」
あ、そっちなんだとアイリは思った。自分の活躍で男を倒したことは気にしていないのがセイジらしい。きちんと投獄できたことに安心するのが元聖騎士の性分なのだろう。
そして二人が朝食に行くと、女将と昨日の店員カリーナが改めて礼を言ってきた。
「いえいえ、これも何かの縁。お助けできて何よりでした」
セイジは大したことじゃないとばかり、軽く手を振った。本気でそう思っているのがアイリにも分かったので、思わず苦笑してしまった。普通の人間にはこんな風に簡単に悪人を拘束、連行などできないものだという観点がセイジにないのが面白いと思っていた。
昨日の礼を兼ねてか、朝食は少し豪勢だった。ベーコンエッグにウィンナー、サラダ、野菜スープ、パンまでは定番だが、そこにフルーツタルトを付けてくれたのだった。果物は値の張る食べ物である。朝食に気軽に出せる物ではないのだ。
二人はその心遣いに礼を言い、ありがたく頂くことにした。
「いただきます」
二人の挨拶が唱和し、朝食を食べ始める。
「宿屋さんで初めて食べる朝食、ちょっとうれしい」
アイリが素直な感想を口にする。どれもおいしいようで、幸せそうな顔で食べている。セイジもその姿を見て良かったと思っていた。
どの料理もおいしかったが、特にフルーツタルトは絶品だった。二人にも滅多に食べられない物だったので、じっくりと味わって食べていた。
朝食が終わると、荷物をまとめ、水筒の準備をして出発である。
女将さんとカリーナが出口まで見送りに来てくれた。
「お二人には本当にお世話になりました。良き旅を」
そして深々と頭を下げる。こうして宿の人に見送られるのもいいものだなと、セイジは思っていた。アイリもうれしそうな表情をしていた。
「ありがとうございます。こちらこそ一晩お世話になりました」
そして二人は宿を出てまた旅へと戻った。
「事件もあったけど、宿屋暮らしもいいものだね」
「そうだな。次の町も楽しみだ」
「うん。楽しみだね。私、頑張って歩くよ」
そうして元気に二人は歩いていくのだった。




