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豆狸一話完結読み切り短編集  作者: 豆狸
2026新作

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人を呪わば【幸運な男】

 若き子爵マイケルは、伯爵令嬢ジェラルディンを殺すことにした。

 彼女はマイケルの婚約者だ。

 しかし、マイケルにはグリーディという恋人がいるのである。


 婚約解消を申し出るのではなく、ジェラルディンを殺そうとしているのは金が欲しいからだ。

 子爵家は窮乏していて、グリーディの家にも借金があった。

 マイケルはジェラルディンを殺すことで、伯爵家の財産を得ようとしているのである。子爵家は伯爵家の遠縁に当たるので、ジェラルディンを殺せば現当主が亡くなったときのマイケルの取り分が増えるのだ。


 伯爵家の当主を殺すつもりは、今のところない。

 役に立たない廃坑を遺して事故死した両親の代わりにマイケルを育ててくれた伯爵は、お人好しで扱いやすい。

 なので、愛娘を喪った後は息子に等しいマイケルの言いなりになるだろう。――と、マイケルは思っている。


 伯爵家は羽振りが良く、王都伯爵邸の庭はちょっとした森くらいある。

 自然の植物や動物が生息していて、少し危険な生き物もいる。

 ジェラルディンは幼いころ、いつの間にか庭に巣を作っていたスズメバチに刺されたことがあった。


 マイケルはそれを利用するつもりだった。

 生きているスズメバチを制御するのは難しいし、自分も巻き込まれるかもしれない。

 だから庭に適当な穴を掘って、スズメバチの巣と死体を入れておく。マイケルとの散策中にジェラルディンが巣のある穴を踏み抜いて、スズメバチに刺されてしまったと言えば良い。スズメバチに二度刺されると命を喪うことがあるというのは、よく知られた話だから。


 用意したスズメバチは死体ばかりなので、マイケルはそれとはべつにスズメバチの毒を入れた注射器も準備した。

 殺人自体はそちらでおこない、注射器は見つからないところに捨ててしまう予定だ。

 実行は、ジェラルディンの誕生パーティーの日にする。最初の挨拶が終わり、客達が思い思いに会話したり食事を楽しんだりし始めたところで、彼女を散策に誘って目的の場所へ連れて行くのだ。特別な贈り物があると騙しても良い。


(それまでに信用を取り戻さなくてはいけないな)


 これまでのマイケルは婚約者とのお茶会や外出にグリーディを(ともな)っていたので、ジェラルディンには眉を(ひそ)められていた。

 そろそろ伯爵に言いつけられて、向こうのほうから婚約を解消されるかもしれない。

 マイケルは伯爵家の援助を失いたくなかったし、グリーディと別れるのも嫌だった。だからジェラルディンを殺害することにしたのである。


 そんなわけで、マイケルはしばらくグリーディと距離を置くことにした。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 あっという間に時間は過ぎて、ジェラルディンの誕生パーティーの日が訪れた。

 王都伯爵邸の中庭での立食パーティーだ。

 実行をこの日にしたのは、人が多くなるからである。普段ふたりきりで散策していて彼女が亡くなったなら、間違いなくマイケルが疑われる。もちろんパーティーの日だって疑われるけれど、人数が多いぶん誤魔化しようがあると考えたのだ。


「いらっしゃいませ、マイケル様」


 最近グリーディと距離を置いているせいか、マイケルを迎えたジェラルディンは機嫌が良かった。

 招かれていた彼女の友人達には睨みつけられたが、ジェラルディンが亡くなれば付き合うこともないはずだ。

 伯爵がパーティーの開始を宣言した後で、マイケルの背中を叩いた。


「皆さん。娘だけでなく、この幸運な彼にも拍手を」


 どういうことだろう、とマイケルは思った。

 娘愛しさに、彼女と婚約したことを幸運だと言ったのだろうか。

 首を傾げたら不興を買いそうな気がして、作り笑いを浮かべたマイケルの隣で伯爵が言葉を続ける。


「子爵家の廃坑が復活しました。近年発展した新しい採掘法によって、以前は掘り出せなかった宝石も掘り出せるようになったのです」


 一瞬の静寂の後で、割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 子爵家の廃坑から産出されていた宝石は希少で、装飾品だけでなく機械製品にも必須のものだった。廃坑になったときはいくつもの関連業者が巻き添えになった。

 もう少し産出が長持ちしていたら、子爵家は間違いなく爵位が上がっていたとも言われている。


 廃坑の復活で潤うのは子爵家だけではない、この王国全体だ。

 伯爵はそう言って、まだ学生のマイケルに代わって廃坑の再開発をしてくれていたのである。

 再開発のための資金も伯爵家が出してくれていた。


 思わぬ幸運に震えるマイケルの耳元で、伯爵が囁いた。

 パーティーの客達には聞こえない程度の声量だ。

 婚約者の父親なので内緒話も不思議ではない。


「……我が家からの援助はこれで終わりだ。随分と娘を莫迦にしてくれたじゃないか。君のご両親は素晴らしい方だったから期待していたけれど、婚約者と会うときに愛人を連れてくるような男との婚約は解消するよ」

「あ……」


 廃坑が復活したと言ってもいきなり金が入ってくるわけではない。

 婚約を解消したならば、これまでの援助も返済を要求されるだろう。

 伯爵の向こうにいるジェラルディンを見ると、凄く良い笑顔を返された。彼女の機嫌が良かったのは、婚約を解消すると父親に聞かされていたからかもしれない。


「ま、待ってください、伯爵。僕は反省したんです。グリーディは……」

「酷いわ、マイケル!」


 聞き慣れた声に呼びかけられて、マイケルは顔を向けた。

 グリーディである。

 ジェラルディンの殺害計画はグリーディには打ち明けていない。巻き込みたくなかったというよりも、余計な手出しをされたくなかったのだ。それに、ジェラルディンがいない日を見計らって王都伯爵邸を訪ね、婚約者を待っている振りをして庭で準備をするのはひとりのほうが良かった。


 今日の誕生パーティーに連れて行かないと告げたときは泣き叫びながら暴れられて、マイケルは自分がグリーディのどこが好きなのかわからなくなった。


「急にアタシと距離を置いたのは、自分にお金ができたからだったのね! アタシのこと捨てる気なのね!」

「誤解があるようだよ、マイケル君。ふたりでゆっくり話すと良い」


 伯爵は微笑んでいる。どうやら伯爵がグリーディを呼んだようだ。


「グ、グリーディ、僕、僕はね……」


 伯爵家の援助やジェラルディンを殺して得た金なら、グリーディのために使うことにも抵抗はなかった。

 だが自分の、蘇った鉱山から得られるであろう子爵家の財を使う気にはなれない。

 マイケルにとってグリーディは、そういう立ち位置の人間だった。自分のほうが劣位の婚約が気に入らなくて、婚約者(ジェラルディン)を叩きたいときに使うための棒でしかない。


(廃坑が復活したのなら、鉱山が蘇るのなら、必要なのはグリーディじゃない。支えてくれる良家の令嬢、ジェラルディンのほうだ!)


 思っただけで口に出してはいないのに、恋人同士の敏感さか、グリーディはマイケルの考えに気づいたようだ。


「裏切り者ッ」


 グリーディはどこからともなく取り出した刃物を握りしめて、マイケルのところへ駆け寄ってきた。


(冗談じゃない! せっかく幸運が舞い込んできたんだ。婚約解消だって、ちゃんと手続きを済ませたわけじゃない。僕は幸せになってやるんだ!)


 マイケルは、逃げた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マイケルは、死んだ。


 王都伯爵邸の庭に逃げたら、運良くグリーディが例の穴を踏み抜いて動けなくなった。

 そこで彼女にスズメバチの毒を注射したのだ。

 二度目に刺されると死ぬという話はよく知られているが、どんな毒も効き目には個人差がある。マイケルは心配性だったので、スズメバチの毒は致死量を遥かに超えた量を用意していたため、二度目に刺されたわけではないグリーディも殺せた。


 しかし、即死ではなかった。


 マイケルは、死に逝くグリーディが投げた刃物が首に刺さって死んだのだ。

 一流の刃物投げ芸人でも難しいわざである。

 もしかしたらマイケルは幸運だったのではなく、珍しい運勢を引き受ける性質だったのかもしれない。


 いや、やはりマイケルは幸運だった。

 刃物で首を刺されたとき、持っていた注射器が飛んで行方不明になったのだ。

 グリーディが死んだのは事故ということになり、彼の殺人計画はだれにも気づかれなかった。


 婚約を解消するつもりだったとはいえ、ジェラルディンは婚約者としてマイケルを想っていた。

 グリーディを連れてこられたら嫉妬するくらいの気持ちはあったのだ。

 自分が殺されるところだったと知らない彼女は、新しい縁談が決まった後もマイケルの墓参りくらいはしてくれるはずだ。


 子爵家の鉱山は遠縁の伯爵家が受け継ぐことになった。

 けれど当主の伯爵はマイケルに対する怒りを忘れていなかったので、関わるものすべて憎い、の精神で鉱山も子爵家自体も国に譲渡してしまった。

 そんなわけで、この王国は豊かになったのである。


<終>

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