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豆狸一話完結読み切り短編集  作者: 豆狸
2026新作

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彼女の愛は変わらない。【不変】

 女伯爵エレンに離縁されたアルバートは、ポピーの家へと向かっていた。

 ポピーはアルバートの愛人だ。

 彼女は先日、可愛い男の子を産んでいた。


 入り婿でありながら愛人を作り、その上彼女の子どもを伯爵家の跡取りにしようなどと言い出したから、アルバートは離縁されたのである。

 確かにアルバートは伯爵家の遠縁で、わずかながら血は継いでいる。

 しかし正当な血筋であるエレンがいるのだから、そんなことが許されるはずはなかった。


(兄上の子どもを養子に取るくらいなら、俺の子どもを跡取りにしたほうが良いではないか)


 エレンは変わってしまった、とアルバートは思う。

 昔は、もっと素直で可愛かった。アルバートの話をちゃんと聞いてくれた。

 元妻が変わってしまったのは、早くに両親を亡くし、女伯爵として気を張って生きてきたせいかもしれない。結婚してから何年も子どもができなかったのも変わった理由のひとつだろう。


(子どもができなかった原因はエレンだ。だって俺は、ポピーとの間に子どもができたんだから)


 ポピーは変わらない。

 女伯爵の婿であることを隠して、ただの騎士として出会ったときから、ずっと。

 自分が既婚者であることを告げても、彼女の愛は変わらなかった。ただひたすらに真っ直ぐに、アルバートのことを慕ってくれている。


(俺が伯爵家を追い出されて、これから生活費が減ってしまうと言っても、ポピーなら受け入れてくれるはずだ)


 思いながら、ポピーのために借りている人里離れた家へ入る。

 雇っている乳母が外出しているらしく、玄関に入っても迎えはなかった。

 子どもを連れて外出しているらしい。


(ポピーの実家に子どもを見せに行っているのか?)


 離縁されたのが突然だったので、今日は先触れを出していなかった。

 アルバートが来ることを知らなかったのだから、外出していても仕方がない。

 ゆっくりポピー達を待とうと思ったとき、その音がアルバートの耳朶を打った。


 土を掘る音だ。

 裏庭から聞こえてくる。この家には建物と塀に囲まれて、外からは見えない裏庭がある。

 アルバートは裏庭へ向かった。


 裏庭では、ポピーが地面を掘っていた。

 こんな日当たりの悪いところに花を植えても育たないだろう、と声をかけようとして微笑んで、アルバートは気づいた。

 ポピーが穴を掘ろうとしている地面の側に、だれかが横たわっている。まるで命のない人形のように、ぴくりとも動かない。アルバートは息を飲んだ。


 息を飲む微かな音を察したのか、ポピーが振り向く。

 整った冷たい美貌の持ち主であるエレン(元妻)と違い、ポピー(愛人)は表情豊かで愛らしい女だ。

 彼女が喜色満面になる。


「アルバート! 来てくれたのね、嬉しいわ」

「あ、ああ。その……妻と離縁をしてね、これからはずっと君と一緒にいられるよ。生活は苦しくなるかもしれないが……」

「まあ! ずっと一緒にいられるなんて嬉しいわ! 生活のことなら心配しないで。アタシ節約するし、どこかで働いてもいいわ」

「ありがとう。……なあ、その男は?」


 穴の予定地の側に横たわっているのは男だった。

 アルバートと髪の色が同じ男だ。おそらく瞼を上げたなら、瞳の色も同じだろう。

 ポピーが産んだ子どもに、アルバートよりも似て見える顔立ちだ。


「ああ、この人。……ごめんなさいね、アルバート。本当はアナタにだけは隠し通すつもりだったの」


 なにをだ? 浮気をしていたことをか? そう怒鳴りたくなるのを、アルバートは必死で堪えた。

 感情的になっても話は進まないし、悪びれる様子のないポピーが怖かったのだ。

 怒鳴りつけたりしたら、彼女が恐ろしいなにかに急変してしまうのではないかと感じたのだ。


「アルバート。……アナタにはね、子種がないの」

「は?」

「伯爵領の人間はみんな言ってるわ。伯爵様の旦那様は、結婚した冬に風邪で寝込んだときの高熱で子種を失ったんだって。奥方様ともアタシとも、何年も子どもができなかったでしょ?」

「それは、だけど……」

「アナタは自分が男だってことに誇りを持ってるから、そんなこと教えたら傷つくと思ったの。奥方様だってそう思ったから、アナタには言ってなかったでしょ? でもこのまま子どもができないでいると、いつか気づいてアナタが傷つくんじゃないかと思って、それでね? アタシ、この男を種馬にしたの」


 安心してね、とポピーはアルバートを見つめる。


「アタシが愛しているのはアナタだけよ。その気持ちは変わらないわ。なのにこの男ったら、アタシに愛されてると勘違いして押しかけて来たの。はっきり違うって言ったら、今度は子どもが可哀想だから引き取るとか言うのよ? だから今日、乳母と子どもを実家に行かせてから呼び寄せて、始末したの」


 ああ。と呟いて、ポピーはくすくすと笑い声をあげる。


「まだ埋めてないから始末はできていないわね。……ごめんなさいね、アルバート。アナタに真実を教える気はなかったの。本当よ? だけどこの死体を見られたら隠しようがないものね。でもこれからアナタに嘘をつかなくて良いと思うと嬉しいわ。そうだ、墓穴を掘るのを手伝ってくれる?」

「……」

「ねえ、子どもはどうする? アナタが真実を知ってしまった以上、もう用無しよね。アタシ、アナタ以外の男の子どもなんていらないし。帰ってきたら、子どもも始末する?」


 ポピーは変わらない。

 初めて会ったときからずっと、ただひたすらに真っ直ぐに、アルバートを愛してくれている。

 彼女の行動はすべて、アルバートのためにおこなわれている。


 だけど――アルバートはもう、彼女(ポピー)を愛せないような気がした。


<終>

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