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立命 ~諾~ 立命

善行の手と悪行の告発

秋津総合病院外科部長室

秋津都はひとりの患者のカルテと、その患者の臓器提供の報告書を前に首をかしげた。

患者は到着時、意識はあったが全身を強打していて緊急の手術が行われた。

手術は成功したが、そのあと急変して心肺停止の状態になった。呼吸停止、心拍停止、瞳孔散大を医師が確認して、患者の死亡が宣告された。


そして本人の希望をもとに臓器摘出手術が行われ、それぞれの手配が無事終了したと報告書に記載されていた。


担当は羽山医師。


「急変?・・・あの状態から・・・」


その報告書を見て腑に落ちないものを感じた都は、羽山を呼び出した。

都は羽山から詳しく経緯を聞いたがその流れに落ち度はなく、それぞれの臓器は臓器移植コーディネーターを通して手続きがなされて、公平に選ばれた移植を待つ患者のもとへ搬送されたことも確認された。


それでも都は納得できなかった。

「急変した・・・どう急変したの?それに彼の態度。疑われているのに冷静すぎる・・・」


人の体は不思議の塊だと都は思っている。

いつ何どき、何が起こるかわからない。

患者の意志とは別のものが回復へ向かう流れを寸断して、終わりを突き付ける。

手を尽くしても届かない領域に持っていかれると、人は手をこまねき、ただ見守るしかない。


誰も知りえない、それこそが神のみぞ知る領域なのだ。


不自然な死。

都は過去に経験したいくつかの事例を思い出していた。

今回もそうなのだろうか・・・


ある日、そんな都のもとへ告発状が届いた。差出人はなく、パソコンで作られたものだった。


それは短い文章でありながら驚愕の内容だった。

移植のために保存されたものと、コーディネーターへ渡された数が合わないとあった。

提供されるはずのものが消えたというのだ。


「まさか?そんな馬鹿なこと・・・」


都は信じ難い思いを抱えて、すぐに院長室へ向かった。

告発状を見た院長であり夫の秋津はあり得ないと一笑し、都が調べるように説得しても、取り合わなかった。


告発状が気に掛かってならない都は、秋津には内密で過去の臓器移植の事例をすべて調べ直した。


驚くことに、ほとんどの臓器提供に関わる手術を羽山が担当していた。

休みを返上してまで手術に臨んだこともあったようだ。

そんな羽山の行動に疑問を持った都は、詳しく事情を聴くために羽山を再度呼び出した。

だが羽山は、その日の午前中に体調が悪いと早退していた。

ならばと都は、羽山とともに手術を担当した看護師に話を聞いた。


その看護師の話では、移植される臓器に関して、臓器移植コーディネーターへの手配は別の看護師が担当していて、詳しい経緯は分からず、その手配をしていた看護師も急変した問題の患者の手術を最後に退職したという。


羽山という医師はなにより患者から慕われていた。

勤務態度も問題なく、凄腕の医師だったために経歴など確認する必要はなかった。

羽山の慎重で丁寧な仕事ぶりに、都は絶対的な信頼を寄せていた。

そんな羽山を調べるにつれ都は愕然とした。


羽山という医師の実像がまったく見えてこなかった。採用時に提出された書類はすべて噓偽りだった。羽山という名前さえ偽名でないかと疑われるほどだった。


だが、そもそもこの告発は事実なのか?・・・事実だから羽山は消えたのだろう。

ならば告発者は誰?・・・病院内部の者しかいない。

羽山と時を同じくして消えた看護師との関係は?・・・共犯者でしかない。


次々と湧いてくる疑問について、事実関係をはっきりさせたいという都に対して、秋津は表ざたにはしたくないから深堀はするなと念を押した。


だが都は保身に走る秋津に納得せず、この告発が事実であるのなら病院が悪事に利用されたことになり、病院を守るためにも公にするべきだと食い下がった。

こんな大それたことは羽山ひとりでできるはずない。

必ず黒幕がいて、その黒幕を暴かなければ同じことが繰り返される。

そんなことは許されない。

息まく都に、いいようにしろと秋津は匙を投げた。



都は次々と湧いてくる疑問について、事実関係をはっきりさせるよう厳しく秋津に詰め寄った。

「羽山は逃げたのよ、それって自白と一緒でしょ、犯罪なのよ、放っておけないわ。羽山と一緒に逃げた看護師も仲間かもしれないでしょ」

「都さん落ち着いて。僕はこのことは表ざたにしたくない。君も理解できるでしょ、これ以上は深掘しないで、少し様子を見ようじゃないか。羽山から連絡があるかもしれないだろ」

「連絡なんかあるはずないでしょ。分かり切ったこと言うなんて秋津さんらしくないわね」

「まあね、そうだが・・・」

「保身はダメよ。この告発が事実であるのなら、病院が悪事に利用されたことになるわけだし、病院を守るためにも公にするべきよ。それにこんな大それたことは羽山ひとりでできるはずない。必ず黒幕がいる。その黒幕を暴かなければ同じことが繰り返されるのよ。そんなことは許さない」

「ふぅむ・・・分かりました。納得いくまで調べるといい」

息まく都に秋津は匙を投げたとばかりに肩をすくめた。


だが都の逸る思いをよそに、羽山の足取りは全くつかめず、解決への手掛かりは発見できなかった。


そんなある日、秋津のもとにひとりの男が訪ねてきた。

見覚えのある風貌に、秋津はにやりと笑って出迎えた。

「お久しぶりです。今日は何かありましたか?・・・稲木はおりませんが・・・」

「あの折は挨拶もそこそこで失礼をしました。私は・・・こういうものです」

と言って名刺を差し出した。

「佐多さんでしたね、調査事務所をされているんですね。まあお掛けになって」

秋津は成彦をソファーにかけるよう勧め、自分は院長デスクに戻り座った。


「さて今日はどのようなご用件で」

「その後、稲木先生とお会いできずにいまして、こちらへ伺えばいらっしゃるかと出向いた次第です」

「そうでしたか、それは残念でしたね。最近稲木は忙しくて、こちらにはほとんど顔を出しません。連絡を入れるのはやぶさかではありませんよ」

「ありがとうございます。しかし秋津先生とお話しできる機会もそうそうありませんから、お尋ねしたいこともありますし、このままお時間よろしいですか?」

「あまり長くは取れませんが、それでよろしければどうぞ」

「ありがとうございます。それでは単刀直入に伺いますが、タウンの総合病院の件、なぜ手を引かれたんですか?」

「え?タウンの総合病院の件・・・ああ調査事務所をなさっているから・・・それは・・・」

「相手が悪い?ですか?」

「ハハハ・・なんてことを・・・」

「そうですか?私はてっきり張り合っても無駄だと判断されたのかと思いましたよ」

「佐多さんはなぜ無駄だとおっしゃるんですか」

「それはまあ・・・あれだけ強いバックが付いているなら、無理と考えるのが自然です」

「バックですか・・・まあ噂はいろいろ聞きますがね、あくまで噂ですからね」

「あの病院については臓器移植のことでもいろいろと耳に入っていますが、まあそれもあくまでも噂ですがね」

「臓器移植・・・とは・・・」

秋津は佐多という男を改めて観察した。


調査事務所?いや何か裏がある。この男の目的はなんだ?なぜわざわざ出向いてきて噂話をするんだ?それもこのタイミングで臓器移植とは。


その男は秋津の様子を見てさりげなく時計に目をやった。

「稲木先生にはお会いできませんでしたが、今日は秋津先生とお話しできてよかったです。もしタウンの件、まだ興味をお持ちでしたら協力いたしますよ」

「まあ、それはお気持ちだけで・・・」

「それと奥様、都先生によろしくお伝えください。ぜひお会いしたいので・・・」

秋津はそれには返事をせず、佐多という男を見送った。


「あの男、具体的な名前こそ出さなかったが、あれは暗に芳志総合病院を指していた。タウンの総合病院の経営権について何か掴んでいることを匂わせて、こっちの反応を見ていた。協力するとはどういうことだ?そしてこのタイミングで臓器移植を持ち出して、何を探ろうとしているんだ?何者なんだ?佐多成彦・・・」



その夜、都が帰宅すると、珍しく秋津がひとりでワインを飲んでいた。

「あら、珍しいこと、まだ8時なのに食事は?」

「まだだ」

「何か作るね、ちょっと待ってて」

「うん・・・」

「なにかあった?」

「いや・・・大したことじゃない。それよりも羽山のことは何か分かったか?」

「羽山先生については調べようにも何ひとつはっきりしない。羽山という名前さえ偽名かもしれない。辿りようがないの。でも提供者について気になることを見つけたわ」

「臓器提供者・・・何が気になるんだ?」

「羽山先生がうちに来て3年が経ったけど、それってちょうどライフシェア構想がスタートしたころよ」

「それで?」

「偶然かもしれないけれど、そのころから提供者が増えているの。その8割がタウンの住人で、ほとんどが事故や自殺で命を落としている」

「まあ、あり得ないことではないな」

「そんなことはあり得ない。その人たちはみんなタウンの住人で、その全員が臓器提供を希望しているなんて・・・そして身元引受人もいない孤独な人ばかりなの。手続きは成年後見人の弁護士が事務的に済ませたらしい」

「法に則っているのなら問題はないだろう」

「そうなの、ひとつひとつを見れば何の問題もない。でもそれを時系列に並べてみるとその異様さが分かる。そして・・・そのすべての手術が羽山の手で行われているの・・・」

秋津の飄々とした表情が険しくなった。

「もし、今回の告発が事実で、そんなことが毎回行われていたとしたら・・・恐ろしいわ」

「・・・」


秋津はグラスを置き、考え込んだ。

都は軽いつまみを秋津の前に置くとキッチンに行き、パスタを作り始めた。

パスタが出来上がるころには秋津はグラスを空にしていた。

「結論は出ましたか?」

都は盛り付けたパスタを秋津の前に置き、尋ねた。

「ああ・・・」

そう返事をしたあと、ワインをグラスに注ぎ都に渡した。

「今日、佐多成彦という男が訪ねてきた」

「佐多成彦・・・知り合い?」

「ちょっと前に稲木と一緒に話をしたことがある。花の郷に入所していた人の後見人だったが・・・」

「その人が何の用でわざわざあなたを訪ねてきたの?」

「分からん・・・」

「え?分からないの?用もないのに?何をしている人なの?」

「調査事務所をしているそうだ」

「怪しいわね。もしかして・・・」

「そうかもしれない。羽山のことを嗅ぎつけて調べているのかもしれない・・・が、タウンの病院のことを言っていた。芳志総合に何か問題が出てきたのかもしれない。経営権に興味があるのなら協力するって言ってたがな・・・どう協力するつもりなのか・・・たかが個人の調査事務所に何ができる?・・・だが、うちとしても羽山の件が表に出たときに知らなかったでは済まないな・・・」


都はひとりごとのように会話を進める秋津をいつものことと放っておき、パスタをほおばった。


「佐多成彦・・・分からん男だが・・・依頼するのもひとつの手だな」

「何を依頼するの?」

「羽山のことだよ」

「私調べたけど何にも出てこないわよ」

「外に依頼することが必要なんだよ。そう言えばあの男が君に会いたいって言っていたが、面識があるのか?」

「ないと思うけど、会うのはかまわないわ。時間が取れればね」

2人はそのあとワイン1本を空にすると、それぞれの部屋に入って行った。


秋津総合病院を訪ねた翌日、佐多成彦のもとへ秋津院長から仕事の依頼がきた。

1週間前に失踪した医師羽山裕司、38歳の身元調査と、病院に対して背任行為の疑いでの捜索の依頼だった。

成彦は一旦返事を保留して、市ヶ谷の事務所へ向かった。

そしてパソコンを開き、SUNSと打ち込み、表示された何人かの顔写真の中で羽山裕司という男を選んだ。

成彦はその詳細を見たあとで、秋津院長へ依頼を引き受けると連絡をした。


そして1週間後、成彦は結果報告をもって秋津総合病院を訪れた。


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