立命 ~諾~ 立命
炎上・・・仕舞う者
その世界では、信者のことを縁者と呼び、入信を勧めることを招待するという。
毎月の格付けの報告会では能力と実績が問われ、次に半年ごとの格付け会議の面談、評価が行われ、それを経てサンズのメンバーによる同格投票の結果で格付けが決定する。
サンズになるまでには5年以上かかる。だが降格が2回続けばサンズから外される。
そして天命とされる教祖の直々の指示を遂行できず失敗したなら、この現世で夢や希望など生きる目的を持つことが許されない使命剥奪という、天罰が下され、そして来世には罪業格をもって生まれる。
だがサンズに身を置き功績が認められれば賢者の称号が与えられ、且つ賢者になれば来世が保障され再び人間として生まれ代わり、憂いのない生活を送ることができる。
現世という今に過去を引きずり苦しむ人々はこの場に集い、教祖の未来への希望を授けるという言葉を妄信し、来世を夢見て今を生きている。
ここは中目黒のとあるビルの会議室。
静まり返った空間に同じ色のスーツ姿で、同じような眼鏡をかけ、冷酷さを漂わせた8人の男たちが、無表情のまま会の始まりを待っていた。
ドアをノックして1人の女性が入ってきた。
彼女は着席すると静かに会の始まりを告げた。
「サンズ様の格付け会議を始めます」
会場は薄暗くなり重苦しい空気に変わった。
全員が音を立てずに正面のモニターに顔を向けた。
陸の縁者長のキング、ベア、カイマン、ハイエナ、そして、空の縁者長のイーグル、アウル、シュライク、クロウと呼ばれる男たち。
そこには、サンズそれぞれの半年間の活動が細かく記録されていた。そしてそれぞれの名前の下に書かれている数字こそが、サンズの運命を決めるものだった。
サンズの活動は天命と呼ばれる教祖からの指示を確実に実行すること。
その結果はすでに賢者と呼ばれる教団幹部から教祖に報告されていた。
モニター画面には教祖への報告内容が映し出され画面を切り替える音のみが、静かな部屋に時の流れを知らせる。
音が消えて白い画面が終わりを告げたあと、抑揚のない口調の進行役の声が流れると薄暗い部屋にかすかな緊張が走った。
「これより教祖様の決定をお伝えします」
「キング様、鳳凰招待の失態により降格。次の天命の結果にて決定」
「イーグル様、鳳凰繋がりの縁者招待の失態にて降格。注意勧告」
「ベア様、格付け変更なし」
「アウル様、早羅様の教育において天命遂行され昇格決定」
「カイマン様、日々実績を上げられ格付け変更なし」
「シュライク様、日々実績を上げられ格付け変更なし」
「ハイエナ様、縁者様の招待数において天命遂行され昇格決定」
「クロウ様、格付け変更なし」
淡々と決定事項を告げると進行役はモニター画面のスイッチを切った。
会場の重苦しい闇が去る一瞬、無表情の男たちの顔にさまざまな感情が表れたが、それは点灯とともに消えていた。
「これにてサンズ様格付け会議を終了いたします」
高速道路を走る1台の車。
運転するクロウ。助手席にはイーグルが座っている。
「あの情報は陸には伝えなくてもよろしいのですか?」
「シュライクの持ってきたパソコンのことか?確実ではないし、あいつらも情報は持っているだろうから、様子見てだな。ところでそのLBというAIの場所は掴めたのか?」
「特定はしていませんが、絞り込んでいるところです。ちょっとした邪魔が入って、断念しました」
「邪魔?」
「HISOというんですが・・・」
「ヒ素毒・・か?」
「いいえ、飛鼠、飛ぶねずみと書いてコウモリです」
「こうもり?そいつは何者なんだ?」
「分かりません。どうしてもたどり着けません。でも見つけますよ、そいつを捕まえればLBにたどり着けます」
「そりゃあ楽しみだな」
車はしばらく走り、高速を降りて都心に戻ると、その2人は眩い光の中に紛れ身を隠した。
朝方、奥多摩から自宅に戻った雄介は、スマホに来た佐祐からのメールを開いた。
佐祐の投稿した鈴音の画像は瞬く間に拡散され、炎上した。
そして鈴音がさまざまな非難や批判を受けた結果に、佐祐はネット制裁が成功したと喜んでいた。
「ネット制裁が成功した・・・そうか・・・」
雄介は山道ですれ違った笑う佐祐を思い出した。
飲み込んだはずのわだかまりが、喉元に上がってきた。
雄介はスマホを置くと、浴室に向かい熱めのシャワーを長めに浴びた。
湯上りに見た鏡には、佐祐へのわだかまりをさっぱりと洗い流した雄介の顔が映っていた。
雄介がソファーに座り冷水を飲んでいると、佐祐からメールが届いた。
炎上した画像について鈴音がファンに対し説明するという触れ込みで今夜開かれる握手会に、佐祐が参加するとあった。
炎上という文字に、雄介は胸苦しさを覚えた。
ネットの中で蠢く得体のしれないものに佐祐が巻き込まれているように思えてならなかった。
だが雄介は止めることをせずに、ただ一言、気をつけろよとだけ返信した。
雄介は佐祐から渡されたタウンに関する資料を開いた。
読んでいくうちにふと疑問が湧いた。
オロチとは何なんだ?悪党の総称か?
神話に登場するオロチは、島根の船通山を水源とする斐伊川の氾濫のことなのではという説もある。
目に見える悪を追込み、断罪したとしても己の満足でしかないのではないか?
雄介はただ市子を守りたかった。そしてその心の奥底には芽唯の存在があった。
「芽唯は元気かな?ばっちゃまは・・・」
雄介は島根での生活を思い出しながら眠りについた。
スマホの呼び出し音で雄介は目覚めた。
佐祐からだった。時計を見ると夜の11時を過ぎていた。
「もしもし・・・」
「雄介さん、ネット見てください。火事っすよ、朱雲のNPOが燃えてるっす。スゲー勢いっす」
雄介は佐祐から送られた動画に釘付けになった。
朱雲の関係するNPOの2階建ての事務所から火の手が上がっていた。
中に人がいるように見える。
雄介はスマホを強く握った。これ以上・・・だれも・・・
「雄介さん、中に朱雲がいるらしいっす。救出は難しい・・・」
佐祐の声は途中でギャーという人間の声とは思えない叫び声に消された。
「佐祐?なんだ?何があった?」
「鈴音が・・・何か液体をかけられて・・・倒れた」
佐祐の声が震えていた。
雄介の手にあるスマホの中で、ふたつの命が断末魔の叫びを上げていた。
雄介は居ても立っても居られず、宇賀野事務所で佐祐の帰りを待つことにした。
佐祐が疲れ果てた姿で現れたのは朝方近くだった。
「雄介さん・・・」
「佐祐、大丈夫か?」
「事情聴取ってやつ、参ったっす」
雄介は椅子に座り込む佐祐の前に飲み物を置いた。
「何か食うか?買ってくるぞ」
「今は・・・いいっす・・・」
雄介は何も言わず佐祐の隣に座った。
少し落ち着いたのか佐祐は飲み物に手を伸ばして、一口飲んで話し始めた。
「30人位の男たちが鈴音を励まそうと集まってたっす。鈴音はあの動画はフェイク動画で、黄利木とはただの友人関係だと説明して、マンションに何人かを招待したことは認めたけど、みんなの気持ちを利用して誰かを襲うように頼んではいないと嘘を並べたうえに、一部の人が私を思ってしてくれたことだから感謝するとぬけぬけと言いやがった」
佐祐の握ったペットボトルが歪んだ。
「そして鈴音が前列のファンと握手を始めたとき、ひとりの男が舞台に駆け上がって鈴音に液体をかけたっす。硫酸だったらしい。薄めてはあったけど鈴音は大けがをした」
佐祐はそのときの様子を思い出したのだろう。悲痛な顔をして黙り込んだ。
雄介はそんな佐祐にかける言葉もなく、話を聞いていた。
佐祐がぼそぼそと続きを話し始めた。
「その犯人はファンの1人で、鈴音のマンションに呼ばれなかったことを恨んでのことだったっす。鈴音が自分を選んでくれなかったという嫉妬から犯行に及んだ。犯人はすぐに特定されて逮捕されたけれど、共犯がいるんじゃないかとそこにいた全員が取り調べを受けることになって、今までかかって・・・」
「・・・佐祐・・・」
「鈴音は罰が当たったんだ。ファンの気持ちを利用したから、報いを受けてあんな目にあって、これで終わったけど、ムカつくんす。雄介さん・・・俺、何かもやもやして暴れたいっすよ」
佐祐は空にしたペットボトルを握りつぶした。
「雄介さん、俺、帰ります」
佐祐はそれだけ言うとぺこりと頭を下げて、事務所を出て行った。
雄介は佐祐を引き留めることも、後を追うこともできずに無言のまま見送った。
雄介自身も怒りとも悲しみともつかない感情に苛立っていた。
オロチだと銘を打って追っていた朱雲は、全身やけどで重体だと聞いた。
白峰鈴音も復帰は難しいほどの傷を負ったらしい。
雄介はこんな結果を望んではいなかった。
鈴音が行いを悔い改めて、市子や芽唯への攻撃をやめてくれればよかった。
俺は俺の大切な人を守りたかっただけで、オロチ退治と言ってはいたが立ち直れないほど追い詰めるつもりはなかったのに・・・なんでこうなった?
雄介は作務衣のばっちゃまの言葉を思い出していた。
人は歩かなければならない道を持つ。歩いていけば岐路に立ち選択する。
その選択が次の道を示す。
鈴音自身が、朱雲自身が、この結果を選択したのだろうか?
そして朝のニュースで朱雲が焼死したことが流れ、白峰鈴音の母親の逮捕が報道された。
佐祐・・・こんな結末でもオロチ退治を・・・続けるのか?




