立の章 ~断~ 非命
大黒の正体と謎の研究所
そのころ島根県から戻った雄介は、宇賀野の事務所に佐祐を尋ねた。
人の気配はあるのに鍵がかかっている。
ガチャガチャとノブを動かすと、カチリと音がしてドアが開き、佐祐が顔を出した。
「雄介さんか・・・」
「カギ閉めて・・・何かあったのか?」
「パソコンに集中したかったから、すんません・・・」
「謝ることはないよ」
「どうでしたか?島根は・・・」
「ああ、堂本が居なくなったからか、八神会が手を引いたそうだ。市子の件は白峰母娘が逮捕されれば落ち着くかな?でも市子は思い出したくないことを証言しなきゃならないから、白峰母娘と対決できるかな?」
「鈴音と直接対決ですか?」
「うん・・・」
「心配ですね」
「意外と市子は強いからな・・・大丈夫だよ」
自分に言い聞かせるように話す雄介に、佐祐がうんうんと同意した。
「・・・大黒大臣のこと何か分かりましたか?」
「ああ・・・評判はいい。特に女性たちからの人気はすごいらしい」
「たらしですか?」
「狭霧さんに生い立ちを聞いたよ」
狭霧の話によれば、大黒は松江市の旧家で裕福な家に生まれ、何不自由のない生活を送っていた。
高校2年の神有月の祭りのときに、出雲の稲佐の浜(気多の岬)でおぼれかけた男の子を助けたことで、医者になると決心したらしい。
そして東京の医大に入学し、しばらくするとサークル活動で矢上麻友と知り合った。登山が趣味という麻友の誘いで、新緑の季節に南アルプスに登ることになった。
その途中で大黒は、木に挟まり動けなくなったウサギを助けようとして滑り落ち、大怪我をした。
たまたま居合わせた2人の看護師に助けられて無事下山したが、サークルの中には、たかがウサギ1匹に、と非難するものもいたらしい。
ところが麻友はそんな優しさに惹かれ、大黒が告白するとすぐに2人は付き合い始めた。
だが、不運にも卒業後、インターンとして病院で勤め始めたころに、原因不明のぼや騒ぎに巻き込まれて火傷を負った。
その後遺症で右腕を思うように動かせなくなった大黒は、外科医への道を断念して、親の勧める官僚になった。
そのころ、大黒は麻友との結婚を真剣に考えていた。
だが麻友は旧家の一人娘で家を継がなければならず、また大黒も然りで、結婚の話は立ち消えとなり、麻友が実家に戻ると連絡も途絶えて、付き合いは自然消滅した。
その後、大黒は厚生省に入ると親の後押しもあり、エリート官僚への道を歩き始めた。
大黒が副知事として赴任すると、行く先々で厚遇され、特に女性受けの良い大黒は女性とのうわさが絶えなかったが、この男はどんなに浮名を流しても、何ひとつトラブルになることはなかったらしい。
30歳を過ぎたころ、新潟県の赴任を終えると地元島根に帰り、事代高子と結婚した。
しかし災難は続き、結婚して落ち着いたのも束の間、大黒は交通事故にあった。
急死に一生を得たものの、リハビリを兼ねての半年の入院を余儀なくされた。
職場に復帰はしたものの、大黒は元の仕事からは外されていた。そして年度が替わると、一般職員として和歌山へ転勤になった。それはすべて上司や同僚のやっかみでそうなったと噂され、大黒は出世の花道から引きずりおろされた、と陰で叩かれ笑いものになっていた。
プライドを打ち砕かれた大黒を見かねた母親は、和歌山に住む父親の友人の大家猛彦を訪ねて行くように言った。
大家から、熊野古道をはじめとする紀伊半島の山々を巡り、自然の中に身をゆだねてみてはと勧められた。そして大黒はその山中でお告げのような夢を見て、政治の世界に飛び込むことにしたという。
雄介は狭霧から聞いた大黒の生い立ちを、かいつまんで佐祐に話した。
「そんときですか?雄介さんのいたずらで大黒がひどい目にあったのは」
「ああ、そうらしい。分からんよな・・・今じゃ姉貴がそいつの嫁になってる」
「大黒に会いに行きましょうよ」
その場面を想像して笑いをこらえている佐祐に、雄介は真顔で答えた。
「やめておこう。姉貴とは会いたくないし・・・大黒はオロチの黒幕だ」
「なんか・・・お姉さんを・・・巻き込むんですかね?」
「・・・姉貴の性格だから、もし大黒が汚いことしていたら・・・俺たちの出る幕はないだろうな・・・」
苦笑いする雄介の複雑な心境を察して、佐祐は口をつぐんだ。
話し終えた雄介は、狭霧と別れたあと、竹林庵に立ち寄ったことを思い出した。
故郷に帰って来たように感じた。
竹林庵にばっちゃまと芽唯がいると思うと懐かしさが込み上げてきて、思わず竹林に一歩踏み入った。用心して歩を進めると竹がざわつき始めた。
すると、どう進路を変えても中に入れない。
竹が雄介の行く手を阻んでいることが分かった。
何かの方法で竹が部外者の侵入を防いでいるのを改めて感じた。
竹林庵へ行くことをあきらめた雄介は、西側へ回り、同じ敷地にある生化学研究所の方へ向かった。
人の出入りはほとんど感じられず、最初に受けた印象と同じでひっそりとしていた。
生化学研究所。
大黒の義弟、事代高主が責任者らしい。
古びた玄関の横にシャッターの下りた倉庫らしき物があり、以前見たときには、そこで農作物の集荷作業が行われていた。
研究内容は、作物のDNAの研究と品種の改良が主体事業と聞いた。
それだけだろうか?竹を自由自在に操るシステムは、あの研究所で操作されているに違いない。
あの人気のない3階建ての建物の中で、本当は何が研究されているのだろうか?
雄介は疑問を残したまま生化学研究所を離れた。
「大黒の評判はいいけれど、大黒が関係している研究所があって、そこには良くない噂がある」
ぼそりと言った雄介の言葉に、佐祐が身を乗り出して聞いてきた。
「何の研究してるんすか?」
「農作物の品種改良らしい・・・」
「へぇー・・・調べてみましょか?」
「できるのか?犯罪まがい・・・」
「大丈夫すよ、ネットで調べるだけでハッキングはしませんから」
犯罪という言葉に慌てて反応した佐祐の様子に、雄介は声を立てて笑った。
「うっしゃ、雄介さん、任せなさいって」
そして翌日、早速佐祐からスマホに連絡があった。
「雄介さん、大黒ってとんでもない奴ですよ。あの研究所は人体実験をしてるらしいすっよ。何か同じ敷地にある民宿に来た客を騙して、ヤバいことしてるって噂すよ」
民宿?竹林庵?ばっちゃまが?佐祐?何言ってんだ?雄介は思わずスマホを耳から離した。
「まさか・・・そんなはずはない・・・」
「重い病気の人を使って薬の治験をしていて、その開発した薬を契約した病院に闇ルートで捌いて、ぼろ儲けをしてるってことすよ・・・民宿に泊まったら二度と出て来られない・・・」
「実験台?・・・芽唯・・・芽唯は確かに薬を飲んでいた。あれが・・・治験薬」
「雄介さん?雄介さん?・・・もしもし・・・」
雄介と呼ぶ佐祐の声が、さわさわという竹林庵の竹のざわめきの中に消えていった。
確かにあの竹林には何かある。
もし芽唯が利用されているのなら・・・ばっちゃまが黙ってはいない。
不安と猜疑心に駆られた雄介は、再び島根へ、芽唯の元へ向かうことにした。




