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立の章 ~断~ 非命

悪の権化の堂本 変貌する

八神会の影に怯え白峰のマンションに身を隠していた堂本だったが、マンションを出るとその足で徳島へと向かった。


奈留瀬と連れ立ち、ルナという女を追った道を、今は昇の眠る墓地へ車を走らせていた。


あのとき、奈留瀬が心に決めていたことに気づかずに、俺はひとり浮かれていた。

1人の女のために命を落とす男がいるなど思いもしなかった。

奈留瀬はいつからこんな結末を考えていたのだろう。

長い付き合いだったが、奈留瀬という男を深く知っている訳ではなかった。

なんとなく馬が合い苦楽を共にしてきてそれで満足していた。


しかし奈留瀬の最後が堂本を「人生それでいいのか」と立ち止まらせた。

「奈留瀬の野郎・・・これで良かったのか?おまえなぁ・・・大切な女を残して逝くなんて・・・」

そういやぁ、その大切な女はどうなったのだろう?

ふと湧いた疑問はすぐに消えた。

ああ、奈留瀬のことだ。抜かりなく収めて、人生を終わらせたにちがいない。


夜を通して車を走らせた堂本は、夜明け前の明石海峡大橋近くのパーキングに車を止めた。


朝日が登り始めた。


汚れた道を生きてきた堂本にも人知れず守ってきたものがあった。

仁科月乃への汚れのない想いを、胸の底に沈めていた。

堂本は再会した月乃に声を掛けることさえ躊躇う人生を歩いてきたことを、初めて悔いた。

その後悔の念が堂本を徳島に向かわせた。昇に許しを請うために。


許されるわけではないと分かっていたが、金欲しさに追い詰めた結果、海に消えた命に謝りたかった。

朧気ながら記憶をたどりながら昇の眠る所へ着いた堂本だったが、その墓前まで進むことができず、墓石の見える場所で手を合わせた。


心から詫びても気持ちは晴れなかった。


過ちに気づかない、過ちを見過ごす、過ちを認めない、過ちを改めない。

そんな愚かな道を歩いてきた男が、一旦罪深さを意識すると、積み重ねた過去の悪行が覆いかぶさり罪の重さが増していった。


取り返しのつかない過ちの重さに堂本は膝を折り頭を垂れた。

「俺を・・許してくれ・・・」

しかし絞り出すように出した声は何にものにも届くことなく、静寂の中に散った。

堂本は鉛のように重い過去を引きずり、墓地を後にした。


四国から戻った堂本は家には帰らずに、寝泊りのできる事務所に向かった。


堂本は月の姫の一件で八神会に追われていたが、今はその気配を感じなくなっていた。

だが、堂本は居場所を探られるのを用心して、スマホの電源を切り、食料を買いに行く以外は事務所を出ることはなかった。


その夜も電気をつけずに窓から入る薄明りの中で考え込んでいた。


電源を切っていたスマホを開いた。

雄介から何度も連絡が来ていた。


堂本は白峰のことで疑われていると直感した。

巻き込まれたくなかった。


電源を切ろうとしたとき、スマホが震えた。


向出手からだった。

仕方なく出ると、向出手の事務所にすぐに来いと呼び出された。

向出手は高利で貸し付けて、ビルを丸ごと手に入れようとしていることが相手にばれて、訴えられているとけたたましく騒ぎ立てた。

明日行くと伝えて、ベッド代わりのソファーに寝転んだ。


俺は何がしたかったのか?

いや初めからやりたいことなど、考えたことがなかった。

粋がったままいつの間にか40歳を過ぎていた。


「夢かぁ・・・」ぼそりとつぶやいた。


堂本は若いころ、毒蛇と恐れられていた。

気に食わない奴は暴力で押さえつけた。

怯える奴らを見て優越感に浸った。

その勢いで、背中にマムシの彫り物を背負った。

凄んで、脅して、恐れられて、嫌われて、踏みにじった奴らの人生など、気にも留めなかった。漠然とした反骨精神が己が正義、毒を以て毒を制す、そんな思いを生んだ。

正義の毒だったはずなのに・・・正義の何たるかを知りもしないし、考えもしない生活だった。

どんな形でもいい。ただ、恐れられる存在でいたかった。


だが、俺は毒蛇どころか毒虫にもなれずこんな所でびくついている。


「情けねぇ」


堂本はしばらくシミのある天井を睨みつけていたが、ふぅと細く息を吐き、目を閉じた。




そのころ宇賀野の事務所では、退職したあと会社を訴えてきた伊江谷のことを、宇賀野が雄介に話をしていた。

その傍らで佐祐が、鼻歌を歌いながらパソコンでゲームをしている。


「大歳さんの拾ったUSBを持っている和久さんが証人になるらしいから、逆に訴えることもできる。そのあたりで和解に持って行こうと思う。企業イメージもあるし、我が社の薬に対して、不信感を持たれるのも困るからね」

「そうですか、早く片が付くといいですね」


ひと通り宇賀野と雄介の会話が終わったのを見計らって、ゲームを止めた佐祐が背伸びをしながら吞気に雄介を見た。

「雄介さん、市子さんのこと片付いたら、雷樹さんに会ってくださいよ。雷樹さんもいろいろ情報持っているみたいですよ。なんかタウンのパソコンの中に開けないファイルがあるんだとか聞いたんで、先週タウンに行って、ちょっと毒を仕込んだっすよ・・・なんだ?・・・これ」

佐祐は途中で口をつぐみ、パソコンに集中し始めた。

「毒?・・・なんだ?」

声を掛けようとした雄介の携帯が着信を知らせた。

堂本からだった。

雄介は宇賀野に断りを入れて、堂本の事務所に向かった。


鍵のかかっていない堂本の事務所に気負って入ると、そこには生気のない年老いた男がポツンと座っていた。振り向いたその眼に雄介は一瞬たじろいた。

瞳孔が開ききったように見えるその目は、底知れぬ深い穴を思わせるように何も映していなかった。

ようやく雄介をとらえた無表情の堂本の目は、どこか遠くを見ているように思えた。

雄介は堂本の視線が止まった椅子に腰を下ろした。

戸惑いが隠せない雄介を見ることもなく、堂本が唐突に話し始めた。

「大山の娘のことなら俺はもう手を引いた。あいつらが何をしたかは知らねえし俺は一切絡んでねぇ」

そう言って堂本はゆっくりと雄介の方に顔の向きを変えたが、目を合わせることなく俯いた。

「昇の女、ルナって言ったよな。奈留瀬、いや、あのころは藤代と言ったあいつは、昇の女を守って死んだ」

「ルナは生きているのか?」

雄介が尋ねると顔を上げずに俯いたまま応えた。少しずつ堂本に感情が戻ってきた。

「ああ、どこかで生きているだろう。そうだよ、あいつが命と引き換えに守ってやった。死なない限り、目をつけられたあの女は一生奴らに付きまとわれることを知っていたからな・・・あいつを許してやってくれ、お前が許してくれたら、奈留瀬は天国にいけそうな気がするんだよ」


雄介は堂本の話を理解できずにいたが、口を挟まずにいた。


堂本は涙声になり続けた。

「俺はやりたい放題やってきた、金のためだったり、持ってもいねぇプライドのためにだ。奈留瀬が死んだとき、初めて人生ってやつを振り返って思い知った。俺の過去は俺が泣かした奴らの血と涙で塗りたくられていた。どう足搔いても、へばりついて剥げねぇし、消せねぇし・・・消し方も分からねぇ・・・でもなぁ雄介、俺もなぁ、人生やり直して一生に一度くらいは誰かのために、何かをしてみたくなったんだよ」

「・・・・・・」

「虫のいい話だが、これまでにしてくれないか?疲れたよ。お前とはもう終わりにして関わりたくねぇ」

ふざけるなと叫ぼうとした雄介だったが、声にできなかった。


雄介は無言のまま立ち上がり、出口へ向かった。


「市子っていうお嬢さんのことは悪かった。お前が知りたいことは・・・鈴音が自分のファンクラブの連中を使ってやっている。俺でもあいつらにはぞっとする。鈴音の母親との縁で鈴音を助けていたが、もうやめた。・・・それから・・・昇のよ、墓参りに行った。昇には悪りぃことしたな。俺は四国の寺を巡って、昇に詫びをいれる。それで済まねぇのは分かっているさ。でもよぉ雄介、・・・済ませてくれや」

雄介の後ろ姿を追いかけるように放った堂本の言葉で立ち止まった雄介は、後ろ手にドアを閉めて、階段をゆっくりと降りた。


やり切れなさが胸の中で暴れていた。


堂本は、鈴音のファンの仕業だということを教えたくれた。

ルナが生きていることも分かった。

と言っても、堂本を許すなど到底無理なことだったが、雄介は初めて見る裏びれて寂しそうな堂本に衝撃を受けていた。

堂本は、これからは四国の寺を廻って過ごすと言っていた。


しばらくして、その堂本からメールが届いた。


お遍路で巡る寺の約束事の中に、友達5人の健康を祈るというのがあるらしい。

堂本は自分には友達がいないから雄介とルナのことを思いながらお遍路道を歩いていると書いていた。

過去に戻り、故人に詫びることはできないが、これからの人生で償っていくと綴り、

色即是空 空即是色という言葉で終わっていた。


悪の権化と思っていた堂本は何処へ行くのだろう。



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