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立の章 ~断~ 非命

悪魔のアイドル 白峰鈴音 鳴りを潜めていた鈴音が本性を表します。

堂本夏慈なつじはセスナで飛び立つ奈留瀬を見送ったあと、しばらく八神会と距離を置こうと白峰のもとに身を寄せていた。


「堂本さん、どういうこと?いまさらプリンセスCOMから手を引くなんて」

「仕方ねぇだろう、月姫とやらが消えちまったんだから」

「月姫が消えたって関係ないだろう。訴えて乗取るって言ってた人はどうなったのさ」

「そいつも一緒に死んじまったんだよ」

「あぁあ・・・そうなの」

「そうなんだよ、諦めてくれ」

「でもなんかあるんじゃない、別なやり方がさ」


うわの空で話を聞きながら堂本は煙草の煙の中に、あのホテルで奈留瀬を待ち構えていた仁科月乃の、凛とした姿を思い起こしていた。


名前が違っていた。

結婚したのだろうか?


白峰が堂本の気のない態度にいらいらして、わめいている。

「月姫がいなくなったんなら、会社もやっていけないんじゃない?逆にチャンスじゃないの?・・・堂本さん、聞いている?」

「チャンス、そうかもな。俺はやらねぇ・・・仲間が逝っちまったんだ。死んでまでそいつを利用したくねぇんだよ」

「ふぅぅん、らしくないけど・・・だったら、あっちの会社の土地の件はどうすんの?」

「ああ、あれか・・・考えてみるか」

「何を流暢に構えてんのよ。うちも大変なんだから、いろいろ金がかかってんのよ。あの雄介って奴が出しゃばらなきゃ、市子もあの芽唯ってと同じに潰せたのに、まったく腹立つね」

「お前さん恐ろしいなぁ。娘と知り合いなんだろう、そのらは」

「だからやりやすかったんだよ。鈴音がいろいろ手伝ってくれたからね。親ってのは、娘が可愛いからね」


「そうだな、可愛いな」


「特にうちの鈴音は可愛いのよ、会社もあの子をCMに使うようになって、売り上げが伸びてるしね、ダンス始めたらアイドルみたいになってね、今じゃファンクラブまでできてんのよ。月姫を鈴音にやらせようと思っていたのにね」


堂本はうんざりした顔を隠すこともせずに、白峰の話を聞いていた。


「そうね、月姫が死んだのなら縁起が悪いからやめた、やめた。市子のことに専念しよう、ね、堂本さん」

堂本は煙草を灰皿に押し付けて消し、ぼそりと言った。


「それもやらねぇ」

「え?」

「面倒なんだよ、いろいろとな」

「途中で投げ出すつもり?あんた」


白峰は黙り込んだ堂本を疎ましそうに睨み、ぶつぶつ言いながら机の上の書類に目を落とした。

もう出て行けとばかりの白峰の態度に、さすがの堂本も居心地の悪さに腰を上げかけた。


そのとき、いきなりドアがバンと開いた。

つかつかと部屋に入ってきた娘の鈴音は、堂本をちらっと見て、すぐに気まずい空気を感じ取った。

「どうしたの?ママ?」

白峰は不機嫌な顔で堂本を睨んだ。

「鈴音ちゃん、堂本さんが市子のことから手を引くって言い出したのよ」

「へぇ、そうなの。市子ん所の土地のこと?」

「面倒だからおりるっていうのよね、簡単に言ってくれるよね、まったく」

「おじちゃん、何やってんのよ、市子のこと思い出すたびにムカつくのに・・・何とかしてよ」

「手詰まりなのよ、あなたたちを縛り上げた動画も、いつの間にかフェイク動画になっちゃったし、市子は4月から会社に入って、秘書だのなんだのが周りを固めているし、簡単には近づけないみたいだね」

「ふぅぅん、ママはどうしてもあの土地が欲しいの?」

「そりゃあ欲しいわ。あの土地はいずれ・・・」

「いずれ?・・・」

「まあ手に入ったら教えてあげるから、早く方法を考えなきゃね」


「ママ、私が何とかする。市子を前みたいにすればいいんでしょう、怖くて外に出れないようにしてあげる」

「いい方法あるの?」

「ふふふ、私にはね、私のこと大好きなひとがいっぱいいるの。考えがあるから任せて」

そう言うと鈴音は堂本に目もくれず、つんと顎を上げて出て行った。


堂本は黙って2人の会話を聞いていた。

この親子の冷酷さを改めて見せつけられた。


人間は躊躇する。

踏み出そうとするとき、大なり小なり躊躇する。


ところがこの母娘は、人の人生を潰そうとするときに、躊躇するどころか楽しげに娘は出て行き、頼もし気に母親はその娘を送り出した。


堂本はゆっくり立ち上がり、両手でズボンの埃を落とすように叩いた。

「白峰さん、俺、今八神会から逃げてんだよ」

「何をしたの?」

「まあな、迷惑掛かると悪いしな・・・出て行くよ。そいじゃぁ、あんたも悪事はほどほどにしなよ」

堂本はそう言うと、白峰に苦笑いをして部屋を出て行った。


八神会の名前に恐れをなしたのか、白峰は堂本を引き止めようとしなかった。



ここは、白峰所有のマンションの最上階、ペントハウスに明かりが点いている。


真夜中の0時を過ぎたころ、窓をシールドで覆った2台の車がエントランスに横付けされ、鈴音のマネージャーに連れられ、アイマスクを付けた男たち10人ほどがマンションの中へ入って行った。


男たちは部屋の入口で、録音や撮影を防止するためにスマホやカメラを一時的に没収された。


部屋に入りアイマスクを外したものの、お互い名前すら知らない男たちは会話をすることもなく、誰ひとり口を開く者がいない。

時間が経つにつれ、豪華な家具や装飾品が揃えられている部屋は、無言の探り合いで異様な熱気意を帯びてきた。


男たちが大きなテーブルに座り終え、しばらくすると突然部屋が暗くなり、前方の大きな画面に、縛られ、放置された鈴音の動画が映し出された。

繰り返し流される衝撃的な動画に、男たちのうめき声が次第に大きくなって部屋に充満したとき、その動画はぷつりと唐突に消えた。


それとともに男たちの声も何かにのみ込まれたように消えた。


静かな音楽が流れ始めて、部屋に鈴音の声が響いた。


「今日は来てくれてありがとう。あなたたちは私が選んだ人たち。鈴音の悲しい過去を教えるね。あの動画は私が親友だと思っていた人が、その婚約者にさせたこと。実は少し前に、こんなことをされたことをみんなに知って欲しくてネットに流したの。嫌だったけれど、こんなつらい思いをしても頑張っている鈴音を、みんなに知って欲しかったから。でもあなたたちに伝えることはできなかった。こんなことをした相手は、この真実の動画をフェイク動画にして、なかったことにしてしまった」


鈴音の力ない悲しげな呟きが続く。


「でもね、聞いて。みんなにどうにかしてって、頼んでいるわけではないのよ。決してあなたたちに復讐して欲しくて、ここに来てもらったわけではない。私は辛い思いをしたけれど、彼女は幸せに暮らしている。悔しいけれど、私が我慢すればいいことだからこの人を責めないでね。探し出して同じ目に合わせようなんて、絶対にダメだからね、鈴音のお願いだよ」


男たちのぎらつく目が狂気を発している。

そしてゆっくりと、参加している10人の男たちが1人ずつスクリーンに映し出され、その1人ひとりに鈴音が、音声のみで「好きでいてくれてありがとう」と話しかけ、鈴音に対する男たちのそれぞれの思いに応えていった。

最後の男に伝え終わると、スクリーン一面に笑顔の鈴音が現れ、男たちに切々と語りかけた。


「私はみんなのお陰で元気になれた。だから今日は感謝の気持ちを伝えたくて集まってもらったの。本当に、本当にありがとう。これからも鈴音を守ってね。鈴音はみんなを信じているよ、またライブや握手会で会おうね」


鈴音は一度も姿を見せることなく、声とともに消えたが、熱気を帯びた会場は重苦しく殺気立った雰囲気に変わっていた。


そんな中、1人の男の低い声が、その重い空気を縫うように廻った。


「俺はその女許せねぇ・・・怪我させなきゃいい・・・犯罪にはならない。同じ恐怖を味合わせてやる」


「そうだな、手を出さなきゃいいわけだ」


あちこちで呟かれたそんな声を別室で聞いた鈴音は、声を立てて軽やかに笑った。

そして使命を負った男たちが部屋を出て行く画面を前に、悪魔の微笑みを浮かべた鈴音は、満足げに男たちを見送った。


「あとはよろしくねぇ、み、な、さん」



そして1週間ほどが過ぎたころ、鈴音はあの夜ファンを先導するような発言をした男を呼び出した。

鈴音とマネージャをしている弟露偉ろいが顔を揃えた社長室に、男が入ってきた。


「なんだよ、まだなんかあんのか?上手くやっただろうが・・・」

弟の露偉が先輩と呼ぶ男は、鈴音が立ったあとの席にどかっと腰をおろして、迷惑気味な顔の鈴音をニヤニヤしながら見た。

母親の白峰が差し出した封筒を、露偉がその男に渡した。


男は受け取ると中身を確かめ、煩わしそうに鈴音を見た。

「で、何するんだ?」

「とどめを刺してほしい」

「・・・いいよ、で?」

「市子は週末に食事に行く」

「確かなのか?」

「ええ、場所も時間もわかっている」

「へぇ、その情報は信じられんのか?」

「間違いないわ。私が仕組んだもん。面倒くさいことさっさと終わらせたいの」

「社長、何でこんな回りくどいやり方するんだ?」

白峰はそんな男の問いを無視した。

「そこはあんたには関係ない。余計な詮索はしないほうがいいと思うけど・・・」

代わりに、鈴音がナイフを喉元に当てるような冷たさで応えた。

「はいはい、お嬢さま、承知しましたよ。言われた通りにやりゃいいんだろ」


恩着せがましい顔で男は鈴音から詳しい計画を聞き、へらへらと笑いながら露偉を連れて出ていった。



一方宗雄の退院を見届けて東京に戻った雄介は、宇賀野から市子の状況を聞いた。

今のところ、襲われたといっても市子に怪我はなく、犯人は脅かすだけで逃げるらしい。

初めは偶然な出来事と軽く考えていたが、出かけるたびに市子がひとりになる瞬間を狙って仕掛けられる犯行に、もはや些細なことでは済まされなくなっていた。


ただ、ぶつかる。


すれ違いざまに腕を引っ張る。


背中を押す。


ちょっとした隙をつく犯人はひとりではなく、すべて背格好の違う複数の男の犯行だと市子は証言した。

警察に相談したが、市子が怪我をしたわけでもなく、犯人も特定されなければ事件性が証明できず、動きようがないとの返答がきた。

そのあとも四六時中見張られているかのような犯行が繰り返されて、追い詰められた市子は再び外出を恐れるようになった。




雄介が戻りしばらくして、市子は大学時代に仲の良かった友達からの食事の誘いを受けた。気分転換になると説得された市子は、不安を感じながらも参加することにした。


ホテルに着いた市子の横には、香がぴったりと付いている。

そんな市子を雄介は遠目に見守っていた。


人ごみの中、レストランの入り口で市子と香が立ち止まった。

入店の順番を待っているようだ。

後ろから押されるように歩き始めた市子に、男がよろけてぶつかった。

香が素早く腕を掴んだが、男は振り切って逃げた。

香はその男を追って走り出した。


残った市子はふらつきながら、そのまま人の流れの中に押し出されてしまった。

危険を察知し、市子のもとへ向かう雄介の視界に入ってきた派手な女、白峰鈴音。


雄介が一瞬気を取られた隙に、別の男が市子に派手にぶつかり、その勢いのまま市子は人ごみの中に転倒した。

ちょうどそのとき、先に逃げた男を捕まえた香が戻り、倒れ込んだ市子に駆け寄った。

香が捕まえた男は香の手を振りほどき「ざまぁみろ」と悪態をつくと、派手に笑い声をあげながら逃げて行った。

ざわつく群衆の中、押した男も白峰鈴音もその場から消えていた。


そして倒れて怯える市子の姿を映した動画が、間髪入れずに面白おかしくネットに流された。


周到な一連の行為に、白峰鈴音が関係していると確信した雄介は、堂本に連絡を入れた。

必ず堂本が裏で糸を引いていると考えたのだ。


だがその堂本は、何度連絡しても電話に出ることはなかった。


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