立の章 ~断~ 非命
前世を雉と言われた鳴木目真琴。
突然この世を去った妹の死に疑問を持った真琴は、唯一の手掛かりとなる赤いピルケースを探すうちに、芳志総合病院の院長にたどり着いた。
その男は、真琴の前世を雉と告げて鳴けば未来はないと言った宗教団体、大禍津教に関係していた。
さらに、妹の付き合っていた相手が国会議員の国玉若彦だと突き止め、妹の死に関係していると確信を持ったが、妹の華琴との関係を示す証拠がなかった。
探し続ける赤いピルケース。
調べていくうちに、真琴は教団の近くにある喫茶店に目を付けた。
そこは教団から出てきた信者らが頻繫に出入りしていた。
真琴は遠目から店の様子を窺っていた。
教団が絡んでいるのなら、真琴が雉と言われた女だと、知っている者がいるかもしれない。
そう考えると迂闊に動けずにいた。
3日目、記憶にある男が喫茶店に入って行った。
地味で目立たない格好をしているが、その初老の男は間違いなく芳志総合病院の院長八十郷元治だった。
あの院長がなぜこの店に?
この店の役割は何?
教団と芳志総合病院、そして大黒厚労大臣との関係。
どんな繋がりなのか、共通の利益はなんだ?真琴の疑問は広がり、深まっていった。
建物の陰で腕を組み、考え込む真琴の視界に喫茶店のドアが開くのが見えた。
すると客と一緒に出てきた女性が、客を見送っていた。
その女性にも見覚えがあった。
事務長の筒賀を大黒の私邸から追跡した夜、芳志総合病院から棺が運び出され、ひっそりと葬儀が行われた建物。再度その建物を訪れたとき、真琴が声を掛けた女性だった。
その女性が出入りする喫茶店に、教団に深く関係している芳志総合病院の院長も足を運んでいる。
ここは間違いなく教団にとって重要な役割を果たしている場所に違いない。
何かある。だから、鳴くな、調べるな、記事にするなと言われたのだ。
それは私が華琴の姉だと分かっていたからなのか。
思い出せ、思い出せ。何か見落としてないか?
あの葬儀は誰の葬儀だったのか、何か手掛かりはなかったか?
名前の分かるものはなかったか?
スマホを取り出し、改めて葬儀の写真を目を凝らして見始めた。
すると1枚の写真に何か記号のような文字があった。
震える手で拡大すると、空空とあった。
「空、空。空空?何?」
あの秘密裏に葬られた人のことなのだろうか?
膨れ上がる隠れた真実が、今にも破裂しそうに真琴を圧迫する。
真琴は足が震えていた。立っているのがやっとだった。
そんな真琴を横目で不審げに見ながら、若い男が通り過ぎ、その店に入って行った。
そしてすぐあとに、真琴は突き刺すような別の鋭い視線を感じた。
息をのむ真琴。
男は立ち止まらずに通り過ぎた。
真琴は身震いがした。
男の振り向く気配に、真琴はすぐさまその場を立ち去った。
新しい年度が始まると仕事が忙しくなり、疑問は解決されることなく、疑問のまま真琴のパソコンに収められていた。
そんな中、近々国玉若彦主催のパーティーが開かれるとの情報が入った。
上司に取材をさせて欲しいと頼んだが、却下された。
教団と病院、そして病院と若彦との関係、真琴は目の前にちらつく真実の核心をつかむために、思い切った行動に出た。
真琴は許可を受けずに休みを取り、単独で若彦のパーティーが開かれるというホテルに来ていた。
ロビーを行き交う華やかな装いの人々の中に、芳志総合病院の事務長筒賀の姿を見かけた。
すぐさま真琴は筒賀を追って会場へ向かった。
目立たないよう慎重に移動する真琴を、心臓の鼓動が激しく追い立てる。
真琴は、筒賀が会場に入ったのを見届けると、少し落ち着こうと洗面所へ入った。
真琴が駆け込むと、ちょうど化粧直しを終えた女性の肘に当たり、その女性が持っていたポーチが床に落ちた。
真琴は詫びを言いながら、落ちたポーチを拾い上げようとした。
見るとその中に赤いピルケースが入っていた。
迷わず伸ばした手に触れた赤いピルケースがこぼれ落ちた。
真琴の手より早く、持ち主の女性が拾い上げ、真琴の行動に怪訝な顔を向けた。
「それは、それ見せてください」
言うや否や、手を伸ばしてピルケースを奪い取ろうとする真琴に、女性は怒りを露わにその手を叩き払った。それでも迫る真琴を、強い口調で諌めた。
「あなた、何をするの?強盗みたいなマネをして、人を呼ぶわよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい。本当に失礼しました。そのピルケースのことを教えてください。お願いします。どこで手にいれたのですか?教えて、お願いします」
「そんなの知らない、どいて」
その女性は真琴を突き飛ばしてトイレから出て行った。
真琴はすぐに後を追った。
赤いピルケースはバッグからはみ出たままで、今にも落ちそうになっている。
真琴は焦る気持ちを抑え、少し距離を置いて会場に入った女性を追った。
すれ違う人々がその女性に声を掛ける。
その女性は若彦の妻の光りだった。
光りは真っ直ぐに若彦の元へ向かっている。
そのとき光りが人とぶつかり、弾みで赤いピルケースが床に落ちた。
光りは落ちたピルケースに気づいていない。
「今だ」拾いに向かおうとした真琴は、突然腕を掴まれた。
「すみません、急いでいます・・・」
手を払おうとする真琴を、女性にしては低い声が引き止めた。
「ちょっと、何をしているの、あなた。どこの新聞社?取材許可は取っているの?名前は?」
その言葉で動きを遮られた真琴だったが、その視線はしっかりと赤いピルケースを追っていた。
「あなた、怪しいわね、出ていきなさい。警備を呼ぶわよ」
剣幕に押されて後退りする真琴の目に、赤いピルケースを綺麗にネイルされた細い指が拾い上げるのが映った。
指先でつまむように拾い上げた女性に見覚えがあった。
「あの人は・・・」
「ちょっとあなた。どこを見ているの?こっちを向いて顔を見せなさい」
と言いながら、腕を掴んだ女は真琴の視線を辿り目を細めた。
長居は危険だと判断した真琴は、咎めた女が気を取られている隙にその手を払い逃げ出した。
真琴を呼び止めたのは、大黒の秘書の探目だった。
探目は真琴を追うことはせず、真琴の視線の先へ向かった。
「今、何を拾ったの?」
探目の唐突な問いに、驚いた女性はあたふたとバッグから口紅を出した。
口紅を一瞥しただけで、探目はその女性の耳元で囁いた。
「今夜がチャンスよ、いいわね」
「分かってます」
その女性、芳志総合病院の受付事務をしている旭は気怠く応えて、探目のもとを離れた。
同僚たちのテーブルへ向かう旭を、芳志総合病院の事務長筒賀が呼び止めた。
「楽しんでるか?」
「事務長・・・ええ・・・」
「今、暇そうだね、ちょうどいい。国交大臣が君と話がしたいっておっしゃってるから、行くといい、頼んだよ」
「はぁい・・・」
女は壇上近くにいる国交大臣の近くを見ると、本人と目が合った。にやついた目が誘っていた。
会釈して同僚の元に行った。
ため息をつきながら国交大臣のことを愚痴った。
「えぇぇ・・・」
「どうすんのぉ?」
同情の反応でも、面白がっている心の内がはっきりと見える。
「まじ、嫌」
旭は吐き出すように言った。
「旭さん可愛いからよ、話し方もねぇ・・・」
「そう、特徴的だし、癒やされるのよ」
「分かるぅ、分かるぅ」
「冗談はやめてよ、ほんとに嫌なんだから」
「でもさ、事務長に気に入られたらいい事あるかも、いいなぁ旭さん」
「いいことあるなら代わってあげるわ、ご遠慮なくどうぞ」
「きゃぁ・・・嫌だぁ」
そんな雰囲気の背後で、事務長の筒賀や国交大臣茶徳の視線が背中を撫でまわすのを感じる。そして国交大臣の失脚を狙う探目の視線も加わっている。
「仕方ないのよ、私可愛いから」
旭はすべてを受け流し、面白半分に騒いでいる同僚に向かって、茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。
そのころ、急いでホテルを出た真琴はバスに乗り込み、ようやく落ち着いた。
赤いピルケースは確かに実在していた。それも国玉若彦の妻光りが持っていた。
そしてそのピルケースには薬が残っていた。
「手に入れたい。どうしても・・・どうしたら・・・そういえばあの女性・・・」
芳志総合病院で赤いピルケースをごみの中で見つけたときに、真琴を諌めた受付の女性だった。
その女性が拾って持ち帰った。
翌日、早速真琴は彼女に会いに芳志総合病院に出向いた。
だが彼女は体調を崩して休んでいた。
諦めきれない真琴は1週間続けて病院に通ったが、彼女は休みのままで、最後には退職したと告げられた。
また赤いピルケースは消えた。
真琴は肩を落として病院を出た。
「前世からの宿命は変えられませんが、教祖様のお言葉を信じて精進されれば、現世は幸せに過ごせますよ」
振り返り、病院を見上げた真琴の脳裏に、あの男が親しげに語りかけてきた。
「言うとおりにしなけれ、現世は不幸になりますよ」
裏返しの言葉の消せない恐怖。
「今が大事、今を生きるの、私は今生きている」
真琴は頭を振り、言葉の呪縛を消し去った。
国玉若彦。あの赤いピルケースは若彦の妻光りが持っていた。若彦から妻へ渡ったに違いない。
こうなれば若彦に直接当たってみるしかない。
真琴は決意を胸に秘め、病院を後にした。




