立の章 ~遂~ 使命
約束の日、雷樹は佐祐との待ち合わせ場所に着いた。
そこは、タウンに勤めていた当時、よく利用したファミリーレストランだった。
雷樹は店に入ると、入り口近くの席で立ち止まった。
あの女が座っていたのはこの席だった。
俺が犬と言われたと話すと、あの女はあからさまに馬鹿にした顔をした。
レポーターだと言っていた女。
あのときは、どうしてあんなに腹が立ったんだろう。
あの女が犬だと言ったわけでもないのに。妙に懐かしさを感じた。
あいつのことだから、頑張ってんだろうな。
そう思っている自分に、少し照れくささを感じていると、雷樹を呼ぶ声がした。
振り向くと、少し奥の方から佐祐が手招きをしていた。
ひさしぶりの人間らしい会話に、雷樹は屈託なく笑った。
佐祐は、ライフシェアタウンの改革をする、とまくし立てた。
タウンを牛耳っているのがオロチ。そのオロチを退治するという。
雷樹も、オロチと言われる組織があり、その組織に入り込めば一生楽ができる、と聞いたことがあった。
都市伝説のような話だと笑い話にしていたが、佐祐の話を聞いて興味がわいた。
「八神会の堂本」
その名前を佐祐から聞いたとき、堂本に部屋から引きずり出されたことを思い出し、押し殺していた感情が噴出した。
堂本も、そのオロチの一員なのかもしれない。
激しい怒りに、身体がぶるっと震えた。
夜中の12時を過ぎても話は尽きず、客が引き、店員の欠伸をする姿に気づいて、ようやく2人は腰を上げた。
家に帰り着いても、気持ちの高ぶりが収まらない雷樹は、出かける前にだらだらと過ごしたベッドを整えて、腰掛けた。
占い師の向井出
八神会の堂本
都議会議員の朱雲
化粧品メーカーの白峰
建設会社社長の土屋
そして正体の分からない謎の男
煮え湯を飲まされた秘密の会合のメンバーを、思い出していた。
もしも堂本がオロチならば、あいつらも何らかの形で関わっているに違いない。
俺は向井出の秘密を暴き、あいつら全員を血祭りにあげてやる。
ぎらついた眼が、天井を睨みつけた。
雷樹は、見上げた視線を握りしめた拳に落とし、手のひらを広げた。
踏みにじられ、砕けたプライドのかけらを拾い集めた手のひらに、「雷樹さん」と慕ってくれる佐祐がいた。
雷樹は両手を合わせて、静かに目を閉じて、あの温もりを求めた。
その温もりは全身に広がり、雷樹は久々にうなされることのない眠りについた。
ある日、雷樹は書類を届けるために、帖という男を訪ねた。
ネットビジネス関係の名簿らしきものが入っている。
帖という男は、真木のグループのメンバーだったが、そこのメンバーを根こそぎ引き抜き、新しく始めるビジネスのグループに加入させる計画らしい。
ネットビジネスの親にとって、一気に子供が減るということはかなりのダメージになる。
向井出はそこに付け込んで、真木を葬ろうという魂胆なのだ。
雷樹は、向井出の執念深さと非情さを思うと、空恐ろしい結末を考えずにはいられなかった。
そんな思いを抱いたまま雷樹は、賃貸マンションのエントランスを通り、エレベーターで帖の住む最上階に上がった。
玄関でインターホンを押すと「開いてますから、どうぞ」と声がした。
ドアを開けると、部屋はグループのメンバーでごった返していた。
帖は忙しいらしく、代理だという者に書類を渡した。
雷樹が玄関を出ようとしたときに、奥の部屋から笑い声がした。
聞き覚えがあった。白峰鈴子だった。
玄関を出た雷樹は、白峰の甲高い笑い声を振り払うように、駐車場まで一気に走った。
その翌日、雷樹は、向井出の占い部屋と薄い引き戸で区切られた仕事部屋で、手伝いをしていた。
事務員が真木が来たと伝えると、向井出は雷樹に顔を出すなと念を押して、真木を占い部屋に招き入れた。
真木は新規事業の相談に来たようだ。
向井出は、話しを聞いて占うと、事業を拡大するのには今がチャンス、今を逃せば次の機会は3年後しか廻って来ないと言い切った。
資金がないという真木に、向井出は資金を貸してもいいと言った。
雷樹はいっそう聞き耳をたてた。
それが相手の財産を手に入れるやり口だ。
2か月間は無利子で金を貸す。だが、それと同時に3ケ月めには高利の利息をつけるという契約書を作り、押印させる。
高利だけれど、無利子のうちに返済すれば問題ない、と言いくるめる。
あんたならやれる、成功する、と相手を持ち上げるだけ持ち上げて気を大きくさせ、その気にさせる。
向井出のやり口があくどいのは、無利子の時期が過ぎても、返済の催促を一切しないことだ。
そのうち、借り手は催促されないことに慣れて、借金に対し無感覚になる。
向井出は善人の顔をして、借金が膨れ上がるのを待ち、建物の権利を奪い取って財産を増やしてきたのだ。
そして今度は、真木が都心に持っているビルに狙いをつけたようだ。
真木はそんなことも知らずに、向井出の口車に乗り、即金で現金3百万を手にして、喜び勇んで帰っていった。
真木が帰ると、向井出は真木のビルについて相談したいと言って、不動産業の堂本に連絡を入れた。
そして会話の中に、土屋という建設業の社長の名前が出たのを、雷樹は聞き逃さなかった。
あの連中と繋がっているのは確かだ。真木のことが、やつらのしっぽを掴むチャンスなのかもしれない。
するとその3日後、雷樹が日掛けの取り立てから戻ってくると、奥の占い部屋に入る堂本の姿を見た。
相変わらずの異様な雰囲気に、雷樹は逃げ出したくなった。
絶対に関わってはいけない人間なのは、あのときに分かった。
でも今は引くわけにはいかない。
堂本が消えたドアを、雷樹はじっと睨みつけた。
雷樹が金庫に取り立てた金をしまっていると、事務員が台所から茶を持って入ってきた。
「俺が持って行こうか?」
「私、苦手なんです。あの人・・・」
「なんで?」
「・・・お願いします」
「ああ、いいよ」
雷樹にほっとした顔を向けて、事務員はお盆を差し出した。
「何か訳があるんなら、いつでも聞いてやるよ」
事務員は雷樹から目を逸らし、首を横に振り、台所に戻っていった。
「そっか」
雷樹は受け取ったお盆を持ち直し、背筋を伸ばして占いの部屋をノックした。
向井出と堂本は、テーブルに書類を広げて話し込んでいた。
堂本は雷樹を上目遣いに見て、鼻で笑った。
「お茶をお持ちしました」
向井出が顎をしゃくり「そこに置いて」とサイドテーブルを指した。
雷樹はお盆を置くと、神妙な面持ちで堂本に一歩近寄った。
そんな雷樹を、堂本は探るような用心深い目つきで睨みつけた。
雷樹はすかさず一礼をした。
「食事会ではありがとうございました。私の未熟さで、皆様にご不快な思いをさせてしまいました。申し訳ございませんでした。堂本さんに助けていただき、あの場を終えることができました。今後ともよろしくお願いいたします」
気分を良くした堂本は、にやりと笑って、雷樹にひと言くぎを刺した。
「おぅ、いいとも、面倒見てやるよ。だがよ、お前な、もう一度飼い主に嚙みついたら・・保健所行きじゃぁ済まねぇって、分かっているよな」
雷樹はさらに一歩近寄り、テーブルに付くほど頭を下げた。
「分かっています」
「堂本さん、それくらいにして、話を先に進めるよ」
向井出はそんなやり取りの雷樹を見て、疎ましそうに「もう、行け」と合図した。
雷樹は一礼をして、部屋を出た。
雷樹は頭を下げたとき、テーブルの上の書類を盗み見した。
「あの書類は・・・契約書だった。でも・・・」
テーブルに同じような契約書が並んでいたが、何か違っているように思えた。
真木を吞み込むために、オロチが動き始めたのだ。
雷樹は止めることのできない状況に、閉めたドアを蹴り上げたい衝動を我慢した。
翌日、向井出の部屋で手伝いをしていると、電話が鳴った。
電話を取った向井出は、雷樹を気にせずに話し始めた。
相手は白峰鈴子らしい。
雷樹は素知らぬ顔で、そのまま仕事をつづけた。
とぎれとぎれに堂本、大山製薬の娘、研究所を手に入れる、と聞こえてきた。
雷樹は大山製薬という会社名を、佐祐から聞いていた。
向井出は名前、誕生日を聞いた。電話から漏れる白峰の声を聞こうとしたが、はっきりと聞き取れなかった。
向井出は、書きとった名前と生年月日を基に占うと、その娘の運気が揺れる4月なら計画は旨く行く、と断言した。
白峰はさらに内容まで相談をしようとしたが、向井出は興味を示さずに、さらりと話を変えた。
「鈴音ちゃんもお年頃ね。そういえば国交大臣のご子息がお嫁さんを探していたから、何とかできるといいわね。相性もいいから旨く行けば、鈴音ちゃんも幸せになれるわね」
大げさに喜ぶ白峰の声が、電話越しに伝わってきた。
「それじゃあまたね」
話したりなさそうな白峰の様子を無視して、向井出は不機嫌な顔をして、あっさりと受話器を置いた。
向井出は口を捻じ曲げて、名前と誕生日の書いてある紙を見ている。
雷樹は恐る恐る声を掛けた。
「どうかしましたか?」
「うるさい、お前には関係ない」
余計なひと言だと、雷樹は一喝された。
「すみません」
部屋を出て5分待つ。
いつものように、雷樹はご機嫌取りのドリンクを用意して、ノックをせずに声を掛けた。
「雷樹です。入ってもよろしいですか?」
向井出から返事がない。返事がなければ入ってもいいと言われている。
雷樹は静かにドアを開けて入り、テーブルに飲み物を置くと、一切の物音を立てずに部屋を出た。
「名前は大山市子・・・」雷樹はしっかりと記憶した。
その夜、雷樹は佐祐に連絡を入れた。




