表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/145

立の章 遂 ~使命~

雄介と佐佑は奈良から電車を乗り継ぎ、新幹線で東京駅に着いた。

改札口を出るなりすぐに佐佑は用があると言い、足早に去っていった。

その後ろ姿を見送りながら、雄介は一抹の不安を覚えた。


「雄介・・やっと帰ってきた。よかった」

そんな雄介を迎えに来た市子が、人目もはばからず飛びかかるように抱きついてきた。

「おう・・」

雄介は、すり寄ってくる市子から少しづつ体をずらして、後ろの方に距離を置いて立っている男性と、見るからに勝気そうな若い女性を見た。

「市子、そちらは?」

市子は腕を絡ませたまま、雄介に2人を紹介した。

「こちらは宇賀野卓さんと妹さんのかおりちゃん。雄介がいない間、一緒にいてくれたの。市子も4月から会社を手伝うし、雄介も忙しくなるからって、ママがお2人に私の秘書をお願いして、引き受けてもらったの」

紹介をされて兄の宇賀野が一歩前に出て挨拶をした。続いて妹の香も礼儀正しくお辞儀をした。

「市子さん、人が多くなりました。そろそろ戻りましょう」

宇賀野に促された市子は、素直にその言葉に従い駐車場へ向かった。


宇賀野は、雄介と市子を後部座席に乗せると助手席に座り、妹の香に運転をさせて雄介のマンションに向かった。

車中、市子は雄介が留守の間のことをひたすらしゃべり続けた。


相槌を打ってはいたが、市子の話はほとんど雄介の耳に入ってこなかった。


年末に再会した成彦から「堂本には手を出すな」と言われていた雄介は「堂本を追い落し、昇のかたきを討つ」という思いを押さえつけ、諦めていた。

しかし、堂本がタウンにまで絡み、弱者を食い物にしていると聞くと怒りが込み上げてきた。

雄介にとって、暴力でかたをつけることは簡単なことだった。

だが、それでは悪事の根を断つことはできない。ましてや堂本には八神会や手強い仲間がいる。そいつらもまとめて、二度と悪事ができないようにするためにはどうしたらいいのか。何か合法的に追い詰める方法はないのか。


そして雄介は、佐佑の行動が気になっていた。やっと出会えた大切な友。

手伝うと言っていた佐佑の笑い顔と、昇の顔が重なり、消える。

一抹の不安は大きな不安に変わっていた。


思い詰めた雄介は、呼吸をしていないことに気付いた。

体が深い呼吸を要求する。


雄介は堂本との対決に佐佑を巻き込みたくなかった。今、佐佑は生きる実感をもたらすものを探している。

そんなとき、堂本に興味を持ってしまった佐佑。ましてや佐佑は、タウンを食い物にしているオロチと呼ばれる悪党退治を、使命と言っていた。

雄介は、人としての理想に突き進もうとする一本気な性格の佐佑を、どう止めようか考えあぐねていた。


自宅に帰っても悶々としていた雄介は、夜更けの街へ走り出した。

静寂の闇を探して走った。しかし人工の光に飲み込まれた街に、雄介の求める闇はなかった。

走り続けていると、ようやく空に自然光が戻ってきた。

震える市子を思うと気持ちが揺らいだが、今の雄介には、退職し佐佑から距離を置くことが最善の方法に思えた。

雄介は都会に作られた緑の中で朝日を浴びた。



翌日会社に行くと、旅行の疲れなどなかったように働く佐佑の姿があった。

雄介の姿を見つけた佐佑は、ぺこりと頭を下げ、仕事を続けた。

声を掛けたい衝動を抑えながら、雄介は佐祐を弟のように思っている自分に気づき、何があっても佐佑を巻き込んではならないと決心した。


その夜、雄介は市子の家に呼ばれた。

リビングに入ると開けてあったドアの後ろから市子が空手の形を真似しながら、じゃれついてきた。

ソファーに掛けている宇賀野兄妹は、その格好に笑いをこらえているように見えた。

避けようとする雄介に、市子はしつこく絡んできた。

「市子、市子、何してんだ?」

雄介は優しく手を払い、持て余し気味に市子の攻撃に付き合った。

「すごいでしょ。香ちゃんに教えてもらったの。護身術や攻撃の仕方とか」

そう言うと市子は、息切れ気味のドヤ顔を香に向け、笑った。

「へぇ、香さんは空手できるのか?」

香に笑って尋ねた雄介だったが、市子の無邪気な様子が、ちくっと雄介の胸を刺した。

「空手だけじゃないわ。総合格闘技、すごいのよ、私の先生なの」

香の代わりに市子が得意げに答えた。

「市子も格闘家になるのか?」

雄介が茶化して言うと、市子が真顔で答えた。

「今度みたいに雄介がいないときは、自分で自分を守らないといけないでしょ。いつも一緒には居られないかもしれないから」

市子には東京を去ることは言っていないのに、感じ取っているのか?雄介はそんな懸念を払いのけ、市子の頭にポンポンと触れ、椅子に座った。

「よし、俺が相手になってやるから、いつでもどこでもかかってこい。香さん、市子を鍛えてやってください」

香は頷き、右手の袖を捲り上げ、力こぶを作って見せた。

「雄介見て、すごいでしょ」

「すげぇな・・・」

他愛無いやり取りをしながら「市子、強くなってくれ」雄介は本心でそう願った。


市子が雄介の隣の椅子に腰を下ろしたとき、母親の茅乃が入ってきた。

「楽しそうね、雄介さん、いらっしゃい。疲れているのに呼びつけてごめんなさい。旅行はどうだった?」

「お陰さまで、父とも久しぶりにゆっくり話ができましたし、山も十分歩きました。楽しかったですよ」

「それは良かった。今日は、宇賀野さんを紹介しようと思って来てもらったの。市子が紹介したと思うけれど、改めてね、こちらは宇賀野さんと妹の香さん。会社では秘書という形で雇うことにしたけれど、狭霧ちゃんの代わりに、市子専属で動いてもらうことにしたの」

茅乃の紹介に2人が立ち上がり、兄の宇賀野が口を開いた。

「改めまして、宇賀野卓です。妹の香です。市子さんをサポートさせていただきます。よろしくお願いします」

「こちらこそ、今後、市子を頼みます」

頭を下げる雄介の生真面目な挨拶に、市子の表情が曇ったのを雄介は見逃さなかった。

「ちょっと、ねぇ、今後ってなに?雄介?なんか変よ」

「・・・なにがだよ?これからもよろしくってことだよ・・・卓さんって呼んでいいですか?」

雄介は宇賀野の方を向き、慌てて話を変えた。

「もちろんです。私も雄介さんと呼ばせてもらってもいいですか?」

「もちろん、いいわよね、雄介」

雄介の言葉に納得したのか、はしゃいで答える市子に少し胸をなでおろした雄介だったが、市子は無理をしているようにも見えた。


「お寿司が用意してあるの。雄介さんは食事まだでしょ、みんなで食べましょ」

雄介の困惑気味な様子に、茅乃が提案した。

すぐに立ち上った雄介に、市子は親を追う子供のようにまとわりついた。

その姿に残った3人は、憂いを感じずにはいられなかった。


ダイニングキッチンには狭霧が手伝いに来ていた。

「お久しぶりです」

言葉を掛けた雄介に、狭霧は笑顔で会釈をした。

「お元気そうですね、仕事で島根に帰るのですか?」

「はい、向こうが忙しくなりそうなので」

台所へ消えた狭霧の笑顔の端に、微かな不安があったのを雄介は見逃さなかった。


雄介は狭霧に気掛かり事を尋ねることなく、市子、宇賀野兄妹と食事を始めた。

市子がなんだかんだと世話を焼いてくる。今までの市子とは何か違っていた。

雄介は違和感を頭の片隅に追いやり、市子が取り分けてくれる寿司を、立て続けに口に放り込んだ。そんな雄介を見て市子が声を立てて笑うと、宇賀野兄妹もつられて笑った。

いつの間にか違和感は市子の笑い声にとけて、雄介も笑っていた。


そんな中、雄介は卓の所作が気になっていた。

気にしないと思いつつ、雄介の目は卓の手元を追っていた。

その様子に気付いた卓と目が合って、雄介は視線を外せなくなった。

卓がにっこりと笑った。

「気づきました?僕の左手は義手です。肘から下を交通事故で失いました」

「すみません。・・・・」

雄介は言葉に詰まった。

「大丈夫です。気になさらないでください。最近の義手は良くできています。仕事や日常には支障はありませんから、ご安心ください」

「交通事故ですか・・・」

「はい、運が悪かったのです。でも茅乃さんがこんな僕にチャンスをくれました。偶然にも女性のボディーガードも探していらして、妹と一緒に雇ってくださいました」

卓は茅乃のいる台所のほうをチラッと見た。

「市子のボディーガードですね・・・」

雄介が思わず繰り返すと、市子の表情が硬くなり、ため息交じりのような言葉が漏れた。

「雄介がいるからいいのに・・・」

すかさず雄介は答えた。

「俺がいないとき、市子を誰が守るんだよ」

「・・・・どこにも行かないで、ずっと一緒にいて」

「わかってるよ。でも市子も強くなるんだろ、いつでも練習台にはなってやるから頑張れよ」

市子は泣き笑いの顔で頷いた。

「市子、香ちゃん、果物を用意するのを手伝ってちょうだい」

台所から茅乃の声がした。香に促されて市子は渋々席を立ち、台所へ向かった。


雄介は市子の後ろ姿から、不安が大きくなっているのを感じ取った。

「少し気を付けないといけませんね。市子さんは雄介さんの言動に過敏になっています。あの笑顔に僕も気を抜いていました」

「茅乃さんから何か聞いていますか?」

「雄介さんの3月退社の意向も含め、島根からの大まかな経緯は伺いました。早めに市子さんの信頼を得るようにと言われています」

「そうですか・・・」

雄介は茅乃に3月で退職したいと相談していた。

それを踏まえて、茅乃は市子の周りを固めようと動いていたのだ。

「雄介さんのお気持ちは変わらないのでしょう?」

「変わりません。でも市子の様子を見て、離れる時期は考えます」

「それは良かった。僕たちもベストを尽くします」

市子たちがデザートの果物とコーヒーを準備している間、雄介は宇賀野と話をした。

宇賀野は穏やかな性格ながら、意志は強く誠実な人柄だと思われた。



退職の意志を固めた雄介は自宅に帰り、しばらく忙しいので会えないが、時間が取れたら連絡すると佐佑にメッセージを送った。


連絡を待っていたかのように、すぐに了解の文字が返ってきた。

佐佑の返信を見た雄介は、しばらく連絡をしないことで、佐佑の堂本への興味が消えればいいと切に願った。



その後、雄介は佐佑の勤務時間帯を避けて出勤した。

1週間が経ったころ、佐佑から会いたいと連絡があった。


雄介さん、近いうちに会いませんか?

先輩がすげぇ情報くれたっす

時間作ってください


雄介は返信に迷った。


退職することを佐佑に話さなければならない時期が迫っていると感じていたが、会社という繋がりを切ることが、大切な友との繋がりまでを失うことになるのではと雄介は躊躇していた。


会社という繋がりが無くても、堂本と闘うという繋がりを残すなら・・・・

打ち消しても、打ち消してもそんな我欲が湧いてくる雄介がいた。


           すまない

           まだ忙しいから暇を作って連絡する。


雄介は、何度も打ち直した言葉を送信した。

直ぐに了解と返信があった。


了解の文字を見る。佐佑はどう思っただろうか?

佐佑に会って話したかった。

そして笑いたかった。




3月に入り、雄介は社長に辞表を出した。

社長に預かっておくと言われて肩の荷を下した雄介だったが、市子に直接話をしていないことが気掛かりだった。市子は薄々気付いているのか、雄介と2人になることを避けていた。

会社を辞めても市子を守ってやりたい、という雄介の気持ちを告げたかった。


3月も10日が過ぎたころ、雄介は久しぶりに佐佑の働く研究所に顔を出した。

真面目に働く佐佑を見るにつけ、タウンから出してやりたいとの思いを強くしていた。本人の気持ちを確かめてのことだが、薬の知識もある佐佑なら、この研究所で働くことも可能だと考えたのだ。


そんな思いもあり、雄介は研究室の中を覗いてみることにした。

今までは午前中に仕事を済ませると、午後から市子のために帰宅していたので、ゆっくりと会社内部を見て回る機会がなかった。


部外者入室禁止の研究室のドアを開けると、何人かが顔を上げたが、すぐに作業に戻った。

場違いな雰囲気に雄介はドアを閉めかけたが、急ぎ足でやって来た所長の巖倉がそれを止め、雄介を中に招き入れた。

「これは宇佐野さん、どうされましたか?」

「こんにちは・・・ちょっと見学です」

所長の巖倉はニコニコとすり手をしながら、話しかけてきた。

そんな巖倉を何人かの職員が冷めた目で見ていた。

ひそひそと耳打ちし合う者もいた。

そんな中、1人の職員が雄介だと気づき立ち上がった。

その様子を見た全員が何事かと仕事の手を止めた。


「忙しそうですね。失礼しました。仕事を続けてください」

面倒を避けたい雄介は長居は無用と挨拶だけ済ませ、研究室を後にした。


昼食の時間になり、雄介は社員食堂で日替わり定食を頼むと、入り口近くの席に着いた。

食べ終わるころに、研究員らしき男が周りを気にしながら声をかけてきた。


その男は大歳と名乗り、話がしたいと言って斜め前に座った。

小声で話す様子に、雄介はなんとなく計算高い印象を受けた。


「あなたは市子さんの婚約者なんですってね。この研究所は少々、いや、だいぶまずいですよ。しっかりと目を光らせていないと・・・」


大歳は意味ありげな言葉で切り出した。


大歳が言うには、この研究所の職員が不適切な薬を作っているという。

そのことを所長は黙認しているらしい。

雄介は、今まで研究所の運営には全く関わっておらず、所長の巖倉とは挨拶をした程度でゆっくり話をすることもなかった。

しかし、4月から市子が管理者としてこの研究所に配属されるとなると、調べる必要があると雄介は直感した。

そしてそのことを宇賀野に相談するため、会社を早々に後にした。


会社の裏門に向かって歩いていくと、人影が見えた。

佐佑が雄介を待っていた。


珍しく険しい表情の佐佑に、雄介は眉を寄せた。

「佐佑どうした?」

「時間ありますか?気になることがあって」

「分かった。家に行こう」

雄介は佐佑を連れて帰宅した。


佐佑は正座するなり話し始めた。

「雄介さん、白峰っていう女、知ってますか?」

雄介の眉がぴくっと上がった。

やはり、という顔をして佐佑は続けた。

「白峰って奴がこの研究所を狙ってるって・・・」

「だれが言ってるんだ?」

「堂本と白峰は繋がっていて、やり取りを見たから間違いないっすよ」

「どういうことだ?」

「それに、向井手っていう占い師のリストに市子さんの名前があるそうです。やり口が汚いから気をつけろって、雷樹さんが言ってます」

「雷樹さん?」

「この前、話したタウンの先輩です」

佐佑は一気に話した。

話を聞いた雄介は抜き差しならぬ状況に置かれ、市子が再び恐怖に怯える姿がフラッシュバックした。

「雄介さん、雷樹さんに会ってください。話を聞いて計画を立てましょう。あのくそ野郎に雷樹さんもひどい目にあって・・・」

「佐佑・・・もういいよ」

雄介は聞きたくないとばかりに佐佑の話を遮った。

「え?どうしたんすか?」

「実は・・・俺、3月で会社を辞めるんだ・・・」


予想もしない雄介の言葉に驚いたのだろう。

佐佑はかくっと回した首をかしげたまましばらく黙っていた。


「そうすっか・・・了解っす」

「だから、堂本のことは忘れてくれ・・・」


雄介は平静を装い佐佑の返事を待った。


「そいじゃ、そういうことで・・・帰ります」

「ああ・・気をつけてな・・・」


雄介は出ていく佐佑を笑って見送った。

振り返った佐佑はぺこりと頭を下げ、ドアを閉めた。

雄介はため息をつき、ベッドに倒れ込むとスマホを取り出した。

佐佑のトーク画面を開いたが、すぐに閉じてしまった。


佐佑は何も尋ねなかった。

雄介の言葉を丸ごと受け入れ、簡単に去っていった。

その素っ気なさが雄介を寂しくさせていた。


「これでいい・・・これでいい・・・」


スマホを放り出して布団にくるまった雄介だったが、5分もするとごそっと起き出した。


雄介はスマホで時間を確かめると、宇賀野に電話をかけた。

「宇賀野さん、今から時間作ってもらえませんか?」


「ちょっと気になること聞いたんで相談したくて」


「ありがとうございます。それじゃ5時に事務所に行きます」


雄介は宇賀野にすべてを託し、4月には市子の元を去ることにした。

ゴールデンウイーク❕ 皆様いかがお過ごしですか?

いつも長い物語にお付き合いいただき、ありがとうございます。

今回のお話しで、雄介と佐佑のやり取りのシーンでLIN×という言葉をメッセージ等に変更致しました。過去のお話しについても変更させて頂きます。

著作権等につき、ご理解いただきご容赦いただけると幸いです。

まだまだ先の長いお話ですが、新しい登場人物ともどもよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ