立の章 遂 ~使命~
前世を雉と言われ、鳴けば未来が消えると言われた女、鳴木目真琴は「蓬莱山三神分教場」を遠目に眺めていた。
教団の言葉の呪縛から逃れ、真琴は再び妹華琴の死の真実を調べ始めていた。
再度ひとつずつ、ひとりずつ細かく調べていったが、国玉若彦に繋がるような新事実の発見には至らなかった。
そんな焦りの中、真琴は以前不審な車を追ってたどり着いた、教団研修施設の葬儀場を思い出した。
当時、真琴は芳志総合病院で目撃した事務長筒賀の行動と教団の繋がりを調べたが、教団は独自の葬儀を本人の意思として執り行ったとし、また病院も家族と思われる者の希望に沿って対応をしたというので、しかたなく調査を終えていた。
確かにそれは怪しい出来事だったが、のちに出会った教祖の呪縛のせいでかき消されていた。
だが、手詰まり感の中で最後の手掛かりを求め、真琴は休みを取り葬儀場へ向かった。
目的の場所に近づくにつれ、教祖の言葉が頭をよぎり、呪縛の恐怖が何度も襲ってきた。そのたび、私は鳴木目真琴、私は鳴木目真琴、私は鳴木目真琴、雉なんかじゃない、と身を守る呪文のようにつぶやきながら車を走らせた。
「蓬莱山三神分教場」
看板の手前に車を停めた。
改めて見ると、夜のイメージとは全く違う、明るい雰囲気の施設だった。
花壇が建物の入り口まで続いて、春の日差しと風に揺れる花が、笑顔で来客を誘っているようだ。
その背後に得体の知れない教団が存在することなど、微塵も感じられなかった。
建物の中から気の良さそうな初老の婦人が出てきた。
真琴がここはなんだと尋ねると、にこにこ顔で、コミュニティサロンだと答えた。
どこが運営しているのかと尋ねると、少し口ごもり、どこかのNPOさんだと曖昧で、さらに蓬莱山三神分教場は何をするのかと聞くと、勉強会をする所と答え、忙しいからと建物の中に入ってドアを閉めた。
教団の闇など何も知らない信者なのだろう。
そんな彼女は、真琴の目には何故か幸せそうに見えた。「知らぬこと、気づかぬこと、気に留めないこと、疑わぬこと、そんな生き方をすれば笑って生きていけるの?」
真琴は老婦人の後ろ姿に問いかけた。
真琴は寒気を感じた。
「花冷えの季節・・・違う・・」
もう一度建物全体を眺めて、くるっと背を向け歩き出した。
真琴は元来た青梅街道を都心に向かい、車を走らせた。
しばらく運転していると頭痛がしてきた。
病院を探そうと思いついたとき、あの怪しい病院のことが浮かんだ。
早速車を停めてスマホで検索をかけた。
「ぎりぎり受診できるかな、行こう」
真琴は芳志総合病院へと方向を変えた。
受付けの終了間際に着いた真琴はさり気なく周りを見渡した。
何度か様子を見に訪れてはいたが、待合室から先を調べることはできなかった。
訪れたチャンスに、真琴の気持ちは高ぶり、胸の鼓動が激しくなってきた。
周りを探りたいのに、なぜか顔を上げることができなかった。
名前が呼ばれていた。
受付の女性に声を掛けられ、初めて気づいた。
「鳴木目真琴さん、大丈夫ですか?」
「・・・大丈夫です」
「血圧を測って、2番診察室の前でお待ちください」
その女性は特徴のある、のんびりとした話し方をした。
見た目も愛らしい彼女の笑顔で、真琴は少し落ち着き、血圧を測り2番診察室の前の椅子に掛けて待った。
診察室から名前を呼ばれた。
眼鏡を掛けた瘦せた医師が問診後「風邪でしょう」と簡単に診断した。
何としても手がかりを見つけたい真琴は、診察を引き延ばすため眠れないと訴えた。
医師はいくつかの質問をすると「眠れる薬を2週間分出しましょう」と言って、パソコンに向かった。
不満げな真琴に気づいたのか、ちらっと横目で真琴を見ると「薬を飲んで改善しなかったら、もう一度来てください」と付け足した。
会計を待っていると、ナースステーションの職員が一斉に立ち上がり、白衣を着た医師であろう人物を院長と呼び、一礼をした。
院長と呼ばれた男が看護師たちに何か話している。
真琴はかすかに聞こえるその声に聞き覚えがあり、はっきりと見えない顔もどこかで見たような気がしてならなかった。
そのことが頭の中でぐるぐると回り始め、眩暈がしてきた。
気づくといつの間にか院長はいなくなり、代わりに清掃員が清掃を始めていた。
真琴は集中し過ぎたのか、体を起こしていることが辛くなり背を丸めた。
結局、何の手がかりも掴めなかった。
頬杖をつき、真琴はふうとため息をついた。
肩を落とし、名前を呼ばれるのをぼんやりと待っていた。
靄のかかった思考の中で、真琴の視線は忙しく行きかう職員の足元をなんとなく追っていた。
清掃員が近づいてきた。その足元に視線を移した途端、眩いフラッシュの先に探していた物が飛び出し、真琴の脳裏に張り付いた。
掃き集められたごみの中に紛れていたそれは、真琴が「赤いピルケース」と叫びかけた声を吞み込んだ瞬間、大きなゴミ袋の中に消えた。
真琴は前のめりになりながら清掃員に声を掛け、手を伸ばした。
「すみません。そのゴミ袋見せてもらえませんか?」
「ちょっと・・だめです。汚いですよ」
清掃員は怪訝な顔をしてゴミ袋をつかもうとする真琴の手を払った。
「汚くても大丈夫ですから・・・」
「病院の物で汚染されているかもしれませんから、やめてくださいよ」
清掃員は体を盾にして真琴を押しやった。
「分かっています。お願いします。赤いピルケースなんです」
真琴は必死になって清掃員から取り上げたゴミ袋に手を入れようとしたが、駆けつけてきた警備員に手をつかまれた。もがきながら抵抗をする真琴を清掃員が睨みつけ、一緒に来た事務員に事情を説明した。
事務員は、真琴を離すように警備員に告げ、あきれ顔で真琴を見た。
「申し訳ありませんが、このごみは病院のもので個人情報が入っている可能性があります。中の物がたとえ捨てられたごみであっても部外者の方が勝手に触れたり、ましてや何かを探すことはできません。ご了承ください」
「お願いします。皆さんの目の前で探します。ずっと探していた物なの。だからお願い」
真琴は諦めず食い下がった。
もみ合いになったとき、先ほどの受付の女性がやってきた。
「鳴木目さん、落ち着きましょう。大切な物なのですね。分かりました。私が探しますから、ね、落ち着いてください」
「赤いピルケースなの、今探さないと無くなってしまう」
「鳴木目さん、あなたは初めて当院を受診されました。それではずっと探されていた赤いピルケースを鳴木目さんはいつ落とされたのでしょう」
「・・・・」
真琴は言葉が出なかった。
「世の中には似ている物が多くあります。でもこの中の物はあなたの物ではありませんよね」
受付の女性はゆっくりとした物言いで真琴を諌めた。
「ご迷惑をおかけしました」
説得を受け入れた真琴は、やっとの思いでそれだけを言葉にして頭を下げ、病院を去った。
「華琴の持っていた赤いピルケースは存在した。それだけでいい」
自分自身にそう言い聞かせながら、真琴は酷くなった頭痛を抱えたまま、人混みの中を歩いていた。
真琴の頭の中はいくつもの赤いピルケースの映像で埋まっていた。
ふと耳の後ろでささやく声を聞いた。
「だれ?」
立ち止まった。
振り返えったが後ろには誰もいない。
その声は真琴の内側から聞こえている。
「なに?・・・幻聴?私の声?」
「・・ダメだ・・・」「・・行くな・・・」
もう1人の私が言っていた。
「何がダメなの?どこに行っちゃダメなの?」
問い返した真琴の声は、雑踏の中に紛れて消えた。
真琴は自分の声を探して都会の雑踏を歩いたが、二度と幻聴を聴くことはなかった。
いつの間にか真琴は華琴の逝った場所に来ていた。
そっと手を合わせ、華琴に改めて誓った。
「諦めないからね・・・華琴、おねえちゃんに力を貸して」
空を見上げると、今にも雨が降りそうな雲行きになっていた。
真琴は交差点で青信号になるのを俯いて待っていた。
何気なく見た隣の男性が地面を傘でトンと突いた。
その音は脳天から一直線に真琴を貫き、そして院長の正体を暴いた。
「はっ、院長はあのときの男だ」
愕然としながらも挑戦的な目で空を見上げた真琴を、威嚇するように稲妻が走り、嵐を告げる雷鳴が夕暮れの街に轟き渡った。




