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立の章 開 ~運命~


2月の初め、連休を取った雄介と佐祐は、早朝から動き始めて三重県より鈴鹿山系に入り、冬の御在所岳を満喫して甲賀の町に入った。


佐祐は甲賀の商店街を、雄介より少し先を歩いて行く。

すたすたと歩く佐祐の足が止まった。

雄介が見上げた看板には、総薬局漢方薬と書いてあった。

佐祐は首をカクッと右に回し、ガラス扉を押して入ると、ぺこりと頭を下げ雄介に一緒に入るように合図した。


物音を聞きつけ、父親らしき人が奥から出てきた。

「いらっしゃ・・・佐祐・・どうした?」

客だと思って出てきたので、息子の顔を見てたいそう驚いたようだ。

「会社の人とこっちに来たから、・・・」

佐祐はぶっきらぼうに雄介を紹介した。

雄介は名を名乗り、丁寧にお辞儀をした。

佐祐の父親はにこにこと笑いながら、堅苦しい挨拶は抜きでとばかりに手を振った。

「上がるか?」

「ホテル、取ってる」

「まあ、コーヒーでも飲んでいけ。宇佐野さん、どうぞ」

父親は雄介を誘った。

「父ちゃん、いいってば、時間ないし」

遠慮のない会話が進む。

「母ちゃん呼んでくるから、ちょっと待ってろ」

「父ちゃん、母ちゃんはいいから、また連絡すっから」

そう言うと、佐祐は雄介を急かすように外へ連れ出した。


父親の声が閉まる扉から追ってきた。

「まだ、探してんのか?」

「うるせぇ・・・」

佐祐は小声で言った。そして雄介を照れくさそうに見ると、肩を並べて歩いた。

「すみません・・・子供じゃねぇってね」

独り言のように言いながらも雄介に同意を求めた。

「お母さんには会わなくていいのか?」

「いいんですって。母ちゃんに会ったらホテルには行けなくなりますよ」


佐祐は後ろを振り返ると、少し足早になった。

「仲いいんだな」

「普通ですよ、でもちょっと変わってっかな?父ちゃんも母ちゃんも・・姉ちゃんも」

「姉ちゃん?そうか、変わってんのか。いつか会いたいな、その母ちゃんや姉ちゃんに」

「とんでもない」

そう言うと母親が追ってきていないか確かめるように、もう一度振り向いた。

「腹減ったなぁ、雄介さん早くホテル行きましょ」

2人はタクシーに乗り、ホテルへと向かった。


普通の家族が持つ否応なしの繋がり。遠慮のない会話に暖かさが見えた。何をしても受け止めてくれる家族。いつでも帰れる場所。雄介の求めているものだった。


タクシーに乗り込むと佐祐はスマホをいじり始めた。


雄介はぼんやりと走る窓の外を眺めていた。


実感のある繋がりとは、あるのではなく持つものかもしれない。雄介にもそんな人がどこかにいて、そんな場所があったのだろう。きっと繋がりを持ち続けることができなかっただけ。どんな事情があったのだろう。のどかな里山の景色の中に、覚えていない母の姿を探した。いつの間にか両親への恨みや怒りは消えていた。ただ、記憶の中で両親の姿を追えないことに寂しさを感じた。


ふと、育ててくれた宇佐野のことを思った。幼い頃はおじさんと呼んでいた。そのうちに話さなくなった。「親父か・・・」雄介は心の中で呟いた。


しばらくすると、うっすらと積もる雪の中にホテルが見えてきた。


雄介は、ホテルの手前でタクシーを降りると荷物を道脇に置き、まだ先だとホテルを指さす佐祐に雪玉を投げた。

雪玉を避けた佐祐は、すかさず投げ返してきた。

雄介は宗像の宗ちゃんとの雪遊びを思い出していた。

それは雄介の記憶の始まりの出来事になっていた。

ふたりは子供のようにひとしきりはしゃぎ終わると、笑いながらホテルに入った。


佐祐はチェックインを済ませると、慣れた様子で浴場へ向かった。

「温泉入りましょ、飯はあと、あと」

冷えた体をさすりながら佐祐は浴場に入った。

時間が早いのか、ほかに客はいなかった。

雄介も佐祐に続き体を洗い、湯船に浸かった。

「ここの温泉にはよく来るのか?」

「まあ、母ちゃんの誕生日には、ここって決まっていたからね。東京に出てからは、帰って来てないので5年ぶりかな・・・」

「そうか、母ちゃんの誕生日か」

「雄介さんはどこの生まれですか?」

雄介が避けていた話題に、佐祐が興味を示した。

「福岡・・・かな・・」

歯切れの悪い返事に佐祐は何も言わず、首をカクッと右に回した。

「そのカクッと右に首を回すのは癖なのか?」

とっさに雄介は笑って話を変えた。

「そうなんです、癖なんです。気合が入ると出るんですよ。これ」

佐祐はしかめた顔を笑い顔に変え、もう一度その癖を披露した。

「気持ちいいんですよ」

真似をするように言われ雄介も真似てみたが、それはぎこちなく、心地よいとは程遠い感覚で終わった。

「佐祐、露天風呂へ行こう」


雄介は笑っている佐祐を残して外に出た。

温もった身体に冷えた空気が心地良かった。

追いついた佐祐は、水団の術とか言いながらお湯と無邪気に遊んでいる。


雄介の近くに来て、ザバッと顔を出した佐祐は並んで座った。

「連休がよく取れたな」

「何日でも休みは取れますよ。収入減るだけっす」

「清掃の仕事はきつそうだな」

「楽っすよ、今の仕事は」

「そうか、前は何してたんだ?」

「パソコンしてました。タウンに入るとでっかい建物があったしょ、あの中で」

「へぇ、パソコンできるのか。スゲーな、佐祐」

「まぁ、そこそこ。・・・俺は嫌だったな、あそこの仕事。最初は面白かったけど途中で主任が変わったすよ。人当たりもいいし、声を上げることもない立派な人なんですがね。いけ好かない、なんか嫌な奴だなって思っていたら、今の部署に配置されて。人は可哀想とか、嫌がらせだとか言うけど・・・。お陰で雄介さんとこうしてる・・面白れぇ」

佐祐は雄介を見て屈託なく笑った。


考えてもみなかった言葉に、照れくささが雄介を焦らせた。

「佐祐、俺、先に上がるわ。長風呂は苦手だ」

「だっしょ、雄介さん、顔真っ赤すよ」

からかうように声を立てて笑う佐祐を相手にせず、雄介は露天風呂を出た。


雄介の後ろ姿に、笑っていた佐祐の表情が強張った。

「あの傷、普通じゃねぇ」

佐祐の目は雄介の背中に残る傷痕にくぎ付けになった。

佐祐は慌てて雄介を追った。


背中を向けて身体を拭いていた雄介が、少し驚いたように振り向いた。

「どうした?」

「・・・」

「佐祐?」

「背中・・・傷痕すごいっすね」

「ああ・・・」

雄介は背中の傷を忘れていた。

突然、膨大な記憶が一気に膨らみ、一瞬で消えた。

眩暈がした。

テラさんはどうなったんだろう。ルナは?テラさんの金は?

「雄介さん、大丈夫すか?」

「少しのぼせたみたいだ」

雄介はさっさと着替えを済ませると先に出ていった。

「・・・ふぅん・・・」

普通じゃない人生を歩いてきたのが、若い佐祐にも分かった。



ふたりはホテルの食事を済ませて、雄介の部屋で飲み始めた。


飲みながら雄介は、佐祐からライフシェアタウンの話を聞いた。

時間に縛られた生活。就労規定、生活に直決する罰則、自由な生活のように見えて根本的なところで厳しい束縛を受けていた。


食べていければ幸せ。住むところがあれば幸せ。病院に行ければ幸せ、なのか?


酒が進むにつれ、佐祐の話は止まらなくなった。

タウンはオロチの棲み処と言われ、人身御供伝説や8人のオロチ存在、そんな話を佐祐は面白おかしく話してくれた。

「佐祐、お前といると、俺、笑ってるな」

「そっすね。笑ってる。雄介さんはいい人です」

ふたりはそのまま、寝落ちした。



翌日、重い頭を抱えて、雄介が子供の頃の遊び場だと言っていた金剛山に登った。

そして、夕方には奈良の五條で、雄介の育ての親宇佐野が営む旅館、華の宿に着いた。


華の宿は古い佇まいながら、尋ね来る人を暖かく包み込む雰囲気が漂っている。

俺の育ったところはこんな家だったのか。

雄介は初めて訪れる場所のように感じた。

玄関の引き戸に伸ばした、雄介の手が止まった。


俺は飛び出したっきり連絡していない。今日帰ることも知らせていない。

宇佐野は何て言うだろう。

迎え入れてくれるのか?俺はどんな顔をして会えばいい?


「雄介さん、どうしたんすか?留守ですか?」

雄介の戸惑いが伝わったのか、佐祐が小声で聞いてきた。

「いや、俺、今日帰ることを言ってない」

言葉にしたとたん、引き返したい気分が攻めてきた。

「そんなことっすか、俺も昨日、帰ると言ってなかったすよ」

けらけらと笑う佐祐の笑い声が雄介の背中を押した。


改めて扉に向き合ったとき、声を聞きつけたのか、カラカラと引き戸が開き、宇佐野が顔を出した。


「・・・雄介・・・帰ってくるなら連絡ぐらいせい」

立ちすくむ雄介に、宇佐野の表情は変わらなかったが、慌てた声に驚きが表れていた。

「友達か?どうぞ、どうぞ。入って、入って」

頷く雄介を中に入れて、佐祐を招き入れた。

佐祐の父親もこんな風だった。「これが親父なのか」雄介の内側で不安の広がりが止まった。


旅館にしては狭い玄関で靴を脱いだ。

変わっていない、懐かしい匂いが雄介を出迎えた。

俺はここで育ったんだな。改めて旅館の中を見回した。そんな雄介をちらちらと見ていた宇佐野が、部屋に佐祐を案内しながら声を掛けた。

「雄介、風呂準備するから、友達に先に入ってもらえ」

「今日のお客さんは大丈夫なのか?」

宇佐野との自然な会話をしている自分に少し驚いた。

「最近、冬場は少ないな、今日はお前たちだけや。ゆっくりしたらええ」

雄介はこんなに話す宇佐野を見たことがなかった。


今まで、宇佐野という人を見ていなかったことに気づいた。

俺は避けていた。この人を見ないようにしていた。そして今、何も言わずに雄介を迎えてくれた宇佐野に、これまで何があっても雄介を受け止めてくれていたことを思い出した。


胸の奥にため込んだ5歳からのわだかまりが、宇佐野の温もりで溶けていった。


雄介が先に風呂に入った。

佐祐は長風呂だから、あとに入った。

佐祐が風呂に入っている間、雄介は宗像から島根に行き、そこでの出来事を話した。

そして今東京にいて、市子のこと、佐祐とのことまで、かい摘んで話した。


雄介はホテルで見かけた姉の世利のことを、宇佐野に尋ねた。

「ところで、姉貴はどうして大臣の嫁になったんだ?」

「そのことか、何で知ったんや?」

「ホテルで見かけた。それでネットで調べたら姉貴が嫁になってた」

「それは飲まんと話せん」

わざとらしく大きなため息をつき、ビールを注いだ。


「飲まないと話せない話って何ですか?」

風呂から上がってきた佐祐が、にやにやしながら雄介の横に座った。

「話して聞かせたるさかい、まずは乾杯や、佐祐さんもほらほら」

佐祐にビールを注ぎ、ひとくちビールを飲んだ宇佐野は、真面目な口調で話し始めた。

「雄介には勇ましい姉ちゃんがおる」

雄介の気持ちは酒のせいもあり、宇佐野の話に弾んでいた。

「雄介、お前がきっかけや」

「何のことだ?俺はあんな男、知らん」

「中学校2年のとき、登山をしとった男性に、悪さして、怪我をさせてしもたんや。あの日は雨が降り出して、お前を心配した姉ちゃんが、たまたまその人を見つけて、連れて来た。ほんで、必死で看病したんや。そのときは雄介の仕業やとは、思いもせえへんかったんや。けどな、後で話を聞くと、間違いなくお前がやったことやとおもた。その人は姉ちゃんに免じて、お前のことを許してくれはったんやで。ほんで、毎年お礼に来てくれはった。奥さんを亡くさはったあと、姉ちゃんを嫁に欲しいと言ってきはった。ここも利用客が少のうなっとったしな、姉ちゃんも慕っとったさかい、3年前に結婚したんや」

「俺のせいだったのか」

「覚えてとらんのかい?」

「記憶にない」


山の案内板を細工したり、落とし穴を作ったりして、そのあと雨が降り出してきたから、そのまま帰ったようなことを、ぼんやりと思い出した。

世利が山からの帰りに、穴に落ちて動けなくなっていた大黒を助けて、連れ帰ってきたということらしい。


「そうや。お前は山でその人を追いまわし、蛇を木から落とし、雨宿りした小屋に蜂や虫を投げ入れ、挙句にお前が掘った落とし穴に落としちまった。その人が動けなくなったところを姉ちゃんが見つけて、助け出したんや。ひとりで大の男を背負って帰ってきたんや。そやから警察沙汰にならずに済んだんやで」

「そんなことあったかな?」

「お前に取っちゃ、なんのこっちゃない悪さやったろうが、並みの人に取っちゃ嵐の中で大変やったやろな」

「悪いことしたな」

「やれやれ、見境のない年頃のことやったにしても、こうもさっぱり忘れてとるとはな」

宇佐野は言葉ではそう言いながらも、懐かしそうに笑っていた。

「ひとりで助けたなんて、姉ちゃんすげぇな。その人には申し訳ないことしたな、俺のせいで恐ろしい豪傑を嫁にすることになったんだ。わりイな」

気の強い世利を嫁にした男性の生活を思い、3人は大笑いをした。


「どこの姉ちゃんも勇ましいす」

「佐祐さんにもお姉さんがおるんか?」

「うちの姉ちゃんもすごいですよ。父ちゃんと山に薬草を取りに行ったら、イノシシにでくわしたんです。父ちゃんは木に登ったらしいけど、姉ちゃんは3分ぐらいにらみ合ったあと、棒を振り回して追っ払っちまった。そしてそのときに、今度会ったら食ってやるって、逃げるイノシシを追っかけた強者です」

「佐祐の姉ちゃんもすげぇな」

「はい、恐ろしいです。なにせ、くのいちの血筋ですからねぇ」

宇佐野と雄介は、ほぅという顔で頷くと、顔を見合わせて大笑いをした。

「お前たちも大変な姉ちゃん持って大変やな、まあ、飲むしかあらへんな」

宇佐野は料理をつつきながら酒を飲んだ。

雄介の心は温かく軽くなっていった。


佐祐のお陰で宇佐野と話ができた。

佐祐といると居心地が良かった。

昇と過ごした日々を思い出した。佐祐の後ろで昇が一緒に笑っていた。佐祐を大切な友だと昇が認めてくれたと感じていた。


頃合いを見て、宇佐野が部屋飲みを勧めてきた。


「佐祐、部屋で飲むぞ」

「まだまだ飲みますよ」

ふたりは両手で持てるだけのものを持って、部屋に帰った。

宇佐野は雄介の後ろ姿を感慨深げに見た。

「宗雄さん、雄介が立派になって帰って来ましたよ」

雄介の2人の父親が願っていたことが、友を連れて帰ってきたことで叶った日だった。


「雄介さん、いい親父さんですね。雄介さん、大事にされてますよ」

「そっか、大事にされているか、俺」

「はい、赤ちゃん見たいすけど、可愛い、可愛いってね」

「お前な、俺は大人だ、この年で可愛いはない」

「はい、そうです、可愛くないです」

「俺は可愛くないか?」

「何言ってんすか?可愛いがいいんすか?可愛くないがいいんすか?」

「どっちでもいい。うん?どっちも嫌だ」

「雄介さん、めんどくせーな」

「そうだ、めんどくせー」

ふたりはゲラゲラと笑った。

「ところで、雄介さんはこの旅館、継ぐっすか?」

「ううん・・・分からん、考えたことなかった。佐祐は薬局継ぐのか?」

「俺は姉ちゃんがいるし・・・」

「なんだ?」

「薬の勉強は一応したっすよ」

「大学でか?」

佐祐は軽くうなずいたが、コップをいじりながらつまらなそうに続けた。


「俺、毒が好きっすよ」


雄介は突飛な会話に、口に持って行ったコップを離した。

「毒?毒薬の毒が好きなのか?」

「ふう、俺、毒を作るのが好きなんすよ。植物の毒や掛け合わせてできる最強の毒とか、誰にも分からない毒を作るとか」

雄介は、持っていたコップの酒を煽る佐祐を、きょとんとして見ていた。

「こんな薬剤師いたらやばいっしょ」

「そりぁやばい・・・相当やばい」

「だから薬からは離れているし、薬局も継がないってことすよ」

「そうなのか・・・」

コップに酒を足しながら、ぼそりと呟いた。


「まあ、違う毒は作ってますがね」


「違う毒?」聞き捨てならないと雄介は問い返していた。

「ゆ・う・す・け・さん、冗談す」

「やめろ・・・酔いがさめる」

佐祐が笑った。雄介もつられて笑った。



夜中に雄介は物音で目が覚めた。

宇佐野が布団を2人に掛けてくれていた。

酔っぱらっている雄介は、朦朧としたまま部屋を出る宇佐野について行った。

気配を感じた宇佐野が振り向いた。

「雄介どうした?」

「話がしたい」

「大丈夫か?」

雄介は子供のようにこくりと頷いた。


宇佐野の部屋にはこたつがあり、雄介に入るように目くばせした。

雄介は丸くなり、肩まで包まって顔だけ出していた。


「何で俺のおやじになってくれたんだ?」


唐突な質問に、考える様子もなく宇佐野は答えた。

「・・・理由か?震災のときの病院で、とっさに怪我したお前の父親やと言ったんや。そのときから、もう息子になったんやで。あとで宗像の宗雄さんと連絡が取れたんやけど、迷ったな。苦しんどるお前を見ると、宗雄さんの元に返したほうがええんやないかってな、でも宗雄さんのところには、ずっとおる訳にはいかんと聞いた。いずれは里親さんに頼まんといかんて宗雄さんも苦しんどった。いろいろ考えたが、何だかんだ言っても、わしがお前を手放せなくなっとったんや」

「・・・」

雄介は行き場のないさみしさを伝えることができず、歯止めの利かない行動で宇佐野に迷惑をかけてきたことを、今更ながら後悔した。


「ごめんなさい」


「雄介・・・謝ることはない。人の一生は、時とともに過ぎていく中で、失ってしまう縁もある。雄介は両親の温もりとは縁がなかった。それはお前のせいやない。悔いてもしゃないし、それを欲しがってもしゃないわ。もう一度、雄介と出会った頃に戻って、やり直すことはできひんけど、ひとつずつ思い出して、行き違いや思い違いを繋ぎ合わせりゃええ。今雄介はここにおるんやからそれはできる。ここに確かな繋がりがある」

「確かな繋がり・・・」


雄介はテラのことを思い出し黙り込んだ。


「どうした?」

布団に顔をうずめた雄介は、くぐもった声で話し始めた。


「俺、去年の5月に1億円で仕事を引き受けたんだ」


驚きを露わに、どんな仕事だと宇佐野の顔が尋ねていた。


「その人はこの世から自分を消したいと言ったんだ。友達と2人で、その人を霧島の高千穂の峰に連れていった。・・・その人はひとりで山の中に消えていった」


「亡くなったんか?」

「分からない。でも霧島山系をよく知っている奴に探してくれって、頼んだんだ。きっと助けてくれたと思う」


宇佐野の顔は厳しい顔に変わり、感情を押し殺しているのは分かった。


雄介の声は途切れ途切れになり、消え入りそうな話し方になっていた。

「その人は有名人だから、亡くなっていたら記事になって・・・分かると思う・・・」

「・・・」

「生きていてほしい・・・」

宇佐野の疑問を感じて、慌てて雄介は続けた。

「1億円はその人の知り合いに送り返した。俺、金のためじゃなくって、その人の願いを叶えてあげたかったんだ。楽にしてやりたかった。俺も同じだったから」

「同じ?]

雄介は顔を上げて吐き出すように言った。

「その人の顔には血腫ができていたんだ。俺にもあったんだ。背中に。きれいな人だったのに、その病気のせいで自分を追い詰めて、死んでも世間に知られたくないって。他人事じゃなかったし、同じ悩みで繋がっているように思えたんだ」

「そんなことがあったんか、・・・背中か・・・」

宇佐野は思い当たる節があるように呟いた。


雄介は嗚咽交じりに話を続けた。

「でもそのせいで友達が、昇が死んでしまったんだ。俺のせいで死んだのに最後を見てない。別れも言えなかった。兄弟みたいに大事な奴だったのに、俺が誘わなきゃ、昇もルナも死なずに済んだんだ」

「何で、そんなことに?」

「車で海に突っ込んで・・・死んじまった。夢に出てきた昇はいつも笑っているんだ。もういいよって言ってくれる。でも、俺が血腫という繋がりに執着しなければ、テラさんと同じだと思わなければ、あいつは死なずに今も俺の側で笑っていたはずなのに・・・」

抱えた膝に顔をうずめて泣いていた。

「雄介・・・」


宇佐野は、子供の頃から泣き顔を見せなかった雄介の泣く姿を、初めて見た。

どうしたらいいのか分からず、自分を責めることしかできないでいる雄介。

何をしても自分を許せないでいる、雄介の苦しみが痛いほど伝わってきた。

友の最後を見なかったということは、その死を実感として受け入れることができないのだろう。

言葉にすることで、受け入れられればいいな、雄介。


宇佐野は雄介が泣き終わるのを待った。今の雄介には友人の死と向き合う時間が必要なのだろう。


「雄介、辛いな。失われた命は戻らん。神様が許しても、昇さんという人が笑ろてくれても、自分自身が許せないんやから、どうしょうもないな。・・・だったら、その苦しみを苦しみとして、一生抱えて生きていけばええんやないか。昇さんの喜ぶことや一緒にしようと思てたことを雄介がすればええ。お前がその友達と一緒に生きたことや、見た夢を忘れんかったら、その友達はお前の心で生きとる。ええ人みたいやから、夢を一緒に叶えば喜んでくれるで」

ようやく雄介は顔を上げて、宇佐野を見た。


雄介は宗ちゃんにも言えなかったことを宇佐野に話し、眠りについた。

止まっていた5歳からの雄介の人生。

気が付けば雄介を見守り続けた人々が、色のない雄介の人生に温かな色を加えていた。



翌朝、台所に行くと宇佐野は朝食を作っていた。

強くなれと励ましてくれたおじさんの後ろ姿に老いを感じた。

「・・・おやじ・・・」

届きそうもない声で、初めて宇佐野を親父と呼んだ。

びくっと調理の手を止めた、宇佐野の横顔が戸惑っていた。

「・・・あの・・おやじ」

宇佐野は手を止めずに野菜を洗い始めた。

「なんや?」

「俺はこのまま息子でいいのか?」

「やりたい放題やっとって・・・散々親に迷惑かけとって、何をいまさら言うてんのや」

宇佐野は笑いながらそう答えたが、落ち着かない様子で野菜を切り始めた。

「・・・これからは俺が親父の面倒、見るから・・・」

野菜を切る音が消えた。宇佐野は顔を上げたものの、雄介を見ようとしなかった。

「まだお前の世話になる年やあらへん。後継ぎのことを言うとるんやったら、お前は考えなくてええ。お前は、お前が繋いだ縁を大切に生きていったらええ。・・・朝飯や、佐祐さんを起こしてきい」

聞きなれた口調に戻っていた。

「うん、腹減った。佐祐呼んでくるよ」


食事を済ませ、帰る準備をしていると、宇佐野が顔を出した。

「支度はできたんか?佐祐さんは?」

「五條市の見物に行った」

「そうか、これ土産や。市子さんと言うたか、その会社の人に持ってけ」

「すまない。ありがとう」

「なあに、親らしいことしたいんや。雄介、夕べ、確かな繋がりが欲しかったって言うてたな。血の繋がりのことを言うんやったら、嫁さんもろて、子供作って、家族になりゃあええ。・・・まあそのときは、わしも仲間に入れてくれな」

宇佐野は心から嬉しそうに笑いながら出ていった。

「・・・もちろんだよ」

追って言ったが、戸を閉めた宇佐野の耳に届いたかは分からなかった。だが聞こえていなくても気持ちは届いていると、雄介は信じられた。


時の流れは雄介に様々な縁を繋ぎ、手を取り、支え合い、生きる機会と術を与えていた。

そして苦しみを癒し、生きていく先の道まで示してくれていた。



雄介と佐祐は昼過ぎの新幹線で東京へ向かった。


佐祐はスマホをいじっていた。


雄介は、目を閉じて宇佐野の言葉を思い出していた。「お前がその友達と一緒に生きたっちゅうことや、一緒に見た夢を忘れんかったら、その友達はお前の心で生きとる。夢が叶えば、喜んでくれるやろな」失ったことを思い煩っても元には戻らない。昇の夢、昇と話したこと、昇の好きだったこと・・・雄介と一緒に大きいことをすると言っていたこと。


そんなことを考えていた雄介の脳裏に、八神会の堂本の姿が現れた。


昨夜、この名前を聞いた。はっと我に返った雄介は、周りを気にしながら佐祐の腕を突くと、声を潜めて佐祐に聞いた。


「佐祐、昨夜お前、八神会とか堂本とか言ってたか?」


スマホのイヤホンを外し、キョトンとした顔をした。

「八神会、堂本だよ」

「・・・ああ、堂本すね、オロチのひとりって言われてる奴ですよ」

奥歯をかんだ雄介の目つきが変わった。そんな雄介を佐祐は不思議そうに見た。

「あいつ、まだ悪りいことしてんのか・・・・」

「雄介さん、知り合いっすか?」

「弱いものを食い物にする奴だ。許さねえ」

怒りを露わにする雄介に、佐祐は首をカクッと右に回し興味津々の顔で佐祐が聞いてきた。

「知り合いにライフシェアタウンに詳しい人いますよ。話聞いてみますか?」

佐祐の勢いに、あのときの昇の姿が重なった。


話さなければ死なせずに済んだと、後悔したことが雄介を冷静にした。


「ありがとな、佐祐、大丈夫だよ」

納得しかねているのは佐祐の表情で分かった。

「・・・雄介さん、それじゃあ情報収集だけでも手伝いますよ」

「俺寝るわ・・・」

雄介は答える代わりに軽く伸びをして目を閉じた。

佐祐は拗ねた子供のように口を尖らせた。

「でも俺、東京着いたら連絡してみますよ」

反応しない雄介に、佐祐は首をカクッと右に回した。

佐祐はスマホに目を移すと、イヤホンをして音楽を聴き始めたが、その指はスマホの上で忙しく動いていた。


 雷樹さん元気すか? 佐祐はライフシェアタウンに努めていた元上司の棚伏雷樹に連絡をした。

新しい年を迎えました。とても大変な生活を強いられていますが、私は人が持つ打ち勝つ心と可能性を信じています。

これからもよろしくお願いします。

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