明の章 永遠の不文律~宿命~
人生のシナリオは繰り返される。手探りの中に立つ、卯月、成彦、雄介。
己の意志とは関係なく演じなければならないのなら、運命の出会いと歩く道を見極めてシナリオに書き足し、己の宿命の有様を変えればいい。
プロトコル
天地と共にきわまりなく永遠を繋ぐ
いにしえの人は、何をきっかけに、人を愛しむという心の在り方に気づいたのだろう。
生きて行く中で、どのようにして種の保存という本能だけではなく、家族を作り子を守り育てようとする、心の存在を受け入れていったのだろうか。
いにしえの時、神は人が人となる為に、思考する力を授けんと、降臨した。
そして今、人が人としてあるが為に、再び降臨する。
SHOSUI
無の章
刻命にて
突然の発病に、人知れず消えることを願ったモデルのテラ。
不思議な縁で結ばれた雄介とルナと昇に依頼し、霧島の山中に消えた。
命に刻まれたものが今動き出す。
受命にて
めぐり合いを重ねて、結ばれた稲木賢一と那美。
20年前の激震の中授かった我が子は行方が知れず、異常な身体の妻那美も消た。
守りきるべきものが消えた。
露命にて
いつも傍らにあるものが無常の風。
静かに、密やかに、忍び寄りそっと触れる。
華やかに咲き誇る摩帆瑠の命は露のようにはかなく消えた。
絶命にて
それは形を変えて訪れ、ひたすらに過ごす光の中に素早く入り込む。
思いも因らない姿で現れて、命を、心を、魂を、絆をあっけなく消し去る。
人々は身を竦め、不安を抱え、打ち震えながらも明日に進む。
明の章
懸命にて
仁宜、大樹、佳奈子、耀は足掻き苦しみ打ちのめされ、その中から手に触れたものを掴み這い上がった。希望や夢、欲望を糧に歩き始めた。見えぬ先に不安はない。心細さに震える背中を手にした命の実感が突き動かす。
身命にて
遥か昔に放たれた意図はゆっくりと、そして確実に那美を存在しなければならない者へと変えていった。空白の時間を経て、失ったものの悲しみをまとい、那美は今にある。
命を託された和久は、大いなるものを信じて那美の未来への一歩踏み出す。
生命にて
打ちのめされし生命は縁に導かれ根源にたどり着き、再生に挑む。新たな挑戦は新たな絆を呼び、過去と向かい合う勇気を生む。雄介は過去と未来が交差するときに立った。
そしてルナは不確かな自己を嫌い、否定しながらも生きることを選んだ。
明の章
宿 命 永遠の不文律
たとえ運命、宿命の遺伝子があるとしても、明らかなことは今を生きていること。
宿命という着地点があるのなら、繰り返されるシナリオを己の手で書き換え、宿命という山の頂を目指せ。
イマシハ タオヤメナレド イムカウカミト オモツカミナル
汝者は 手弱女人有れ雖 與伊牟迦布神と 面勝神なる
ヤツカレハ クニツカミ ナハサルタヒコノカミナリ
僕者は 国つ神 名は猨田毘古神なり
8月の終わり、フリーライターの天野卯月は、手帳を預かっているという佐多成彦と会うために、人で混雑する夕方の街を品川駅に向かっていた。
佐多成彦は南口改札付近で待っているという。
会ったこともない男だったが、行けば何とかなると思い、混雑している南口に着いた。
階段を上がって行くと、人ごみの中にひときわ目立つ大柄な男がいた。
その男は合図をするかのように卯月から目を離さなかった。
「佐多成彦さんですか?」
卯月は大男の前に立って臆さずに尋ねた。
「そうです。天野卯月さんですね。手帳を拾いまして、お届けしたいと思いましてね」
卯月は何か威圧的な物言いに、露骨に顔をしかめた。
「わざわざ連絡下さってありがとうございました」
いっこうに手帳を渡す気配のない男に、卯月は苛立った。
「ちょっと話でもしませんか?」
唐突な誘いに、卯月は返事をせず怪訝な表情を男に向けた。
男はふっと笑った。
「いやいや、内容に興味があるだけで、あなたをどうのというわけではありませんよ」
卯月は男を睨みつけた。
「中身を見たのね」
「落とし主を探すためですよ」
当たり前のことというように、悪びれずに言ってのけた。
「流浪の賢者とか、なんとかって、SFまがいの作り話じゃないのかな」
「拾って、届けていただいたことはお礼を言います。でも許可なく内容を見たのですよね。そのうえ詳しく話せというのは、厚かましいにもほどがあります。お断りします。手帳を早く返してください」
面白がる素振りで男が差し出した手帳をひったくり、卯月は怒りをあらわに階段を駆け下りた。
卯月は怒り狂っていた。
あの男はいったいなんだ。人の取材資料を勝手に見たことを謝りもせず馬鹿にして、簡単に情報を話せるものか。私には興味がないって、あの笑いかた腹立つ。地獄に落ちろ。
家に帰っても卯月の怒りは収まらなかった。
怒りにまかせ親友の和久由宇子にメールした。
見たことのない細菌の写真とともに返信があった。
「落としちゃてごめんって手帳に謝った?」
「戻ってきてくれたんだからね、ありがとうだよ」
「そのいやな感じのおっちゃんにもね」
3連続の由宇子らしい返信に、肩の力が抜けた卯月は冷えた水を飲んだ。
しばらくすると怒りも冷め、返された手帳をまじまじと見た。
ひさしぶりにパラパラとめくってみた。
あの男は何に興味を持ったのだろう?
普通はこのメモの程度では興味を持つまでにはいかないはずなのに。
「明日がある、寝よう」
ベッドに入ったらあの男の鋭い目を思い出した。
「いやな奴」
卯月は二度と会いたくないと思いながら眠りについた。
一方、成彦はマンションに帰ると、座りなれたソファーで卯月の手帳から書き出したメモを見ていた。
天野卯月はテレビ番組で見た通りの印象で、真っ直ぐな性格なのが見て取れた。
何が癇に障ったのか、えらく腹を立てた様子で帰っていった。
成彦はテラを思い出し、卯月の取材手帳に興味を持ったのだが、テラ、流浪の賢者、摩帆留の不可解な死、トラが前世の教祖、そして不思議な言語の歌と秀の絵、一見関連はないような事柄だが、何かの繋がりがあると直感していた。
成彦は秀が瑠瑚の歌に合わせて描いたと思われる絵を取り出すと、卯月のメモと照らし合わせてみた。
横たわる全裸の女性、腹部には黒い塊がある。
この部屋は病室か手術室のようで、ほかには目立つものは書かれていない。
「入院している患者?腹部が普通ではないな、妊娠中?」
だがこの絵はメモとは関連がない。
次の絵を見た。
倒壊した建物の中にたたずむ全身黒い塊の男。
「何があって建物がこんな状態になったのか?・・・地震の後か?いつのことだ?」
この絵も関連なさそうだ。
祭壇に寝かされた黒い塊の乳児。
「壁にかかっている二服の掛け軸、なんて書いてあるんだ?宗教的な団体か?」
「トラが前世の教祖と関係があるのか?」
山の中沢の窪みに、胎児のように横たわる全裸の女性の首筋に黒い塊。
「これは奇病を患ったモデルのテラかもしれない」
「ならばこの黒い塊や黒塗りの部分は血管腫ということか?」
竹林の中、座禅を組む男 背中に黒い刀傷のような塊。
そして、海に漂う全裸の女性右足に黒い塊。
「この2人は・・・もしかすると・・・いやいや」
成彦は自問自答の中、雄介とルナという名前を否定した。
公園の中1人の男が群がる浮浪者に黒い手を差し伸べている。
「これは流浪の賢者・・・」
断言はできないが・・・
そして成彦が秀の描く姿を目撃した、ビル群の中の焼け爛れた女性の絵。
「この絵は不可解な死を遂げた摩帆留」
そう確信したが、その摩帆留と思われる人物には黒く塗った所はなかった。なぜこの絵だけ違うのか?
成彦は最後の絵を手にした。
苦悩の表情の人々と無表情の人々が働く姿が描かれ、重苦しい絵の中に虚ろに上を向く若者が1人。その左胸は血で黒く染まている。この絵は何を意味しているのか?
ふとテレビで取材をしていた卯月の顔が浮かんだ。
「ここはライフシェアタウン?・・・なのか」
すべてを無理にこじつけた感を否めない成彦だったが、この絵の中に想像を超えたことが隠されているように思えてならなかった。
瑠瑚という女性と、親友の秀、縁もゆかりもない2人が有り得ない形で示す予言のような不思議な9枚の絵。
この絵をあのフリーライターが見たらなんと言うだろう?
天野卯月の不機嫌な顔を思い出した。
成彦は、もう一度会わなければならないと思い、ひとり苦笑した。
明るく賑やかな眩い電飾の街にも、闇は存在する。
闇を恐れる人々は救いを求めて、より深い闇へと迷い込む。
虚飾の言葉が、巧みに映す来世の光に人々は集まり、辛辣な言葉の針に刺される痛みさえも癒しと思う。
そんな闇の入り口が、この電飾の街の暗がりの一角にあった。
前世からの遣いと言われている占い師がいた。本名を向井出百合子といった。
名前と生まれ星で占うのだが、巧みな話術で客の秘密を嗅ぎ出し、悩める心に忍び入り、さも透視したがごとく言い当て、丸裸にして信じさせる。
特別な獲物と思われる客には、心の奥に眠る不安を突いて起こし、必要のない迷いを創り出し、慈愛で包んだ容赦ないひとことを放ち、闇への扉を開けて背中を押す。
百合子は、人間の絶望と欲望を操り、抜き差しならないところまで追い込む。
そんな状況に置かれても来世の光に執着するがゆえに、百合子の縛から逃れられなくなる。すべてを失ったことに気がつき、自責にかられた人々は最後には神に助けを求め、弟の大禍津教へ入信し、百合子の務めは終了する。
百合子は和歌山県の小さな港町に生まれた。父と母、年の離れた弟の4人家族で平凡ながら笑顔のあふれる家庭だった。
だが幸せな家庭は母親の死で一変した。
百合子は年の離れた弟の面倒を見ながら高校を出た。百合子の頑張りで弟も大学に入り就職も内定し、ほっとした矢先に父親が詐欺で逮捕された。
弟の内定は取り消され、借金の取り立てにおびえる毎日が続くと、弟は部屋から出てこなくなった。
それでも百合子は潰れなかった。そんな百合子を気に入った取り立て屋に勧められて、大阪でスナックを始めた。
そして裏社会からの情報をもとに占い業を始めると、生まれ持った勘の良さと独特な会話で人気を集め、上京するとさらに人脈を広げていった。
こうして百合子は財を成し、政財界にも顔の通る占い師となった。
一方、父親のことで内定が取り消された弟の任紹は、噂好きな世間から身を隠し、貧しさが姉を物欲の塊に変えて行くのを他人事のように見ていた。
あんな親の元に生まれたせいで、いくら努力しても自分の道を歩くことができないと生まれ持った不運を恨んだ。そして自分の描く人生を歩けないのは宿命だと諦めた。
現実逃避の引きこもりの時間、任紹は想像の世界へとのめり込んだ。
どこまで遡れば宿命は変えられるのか?
人間の始まりか?
神代の時代まで戻るのか?古事記という歴史書を思い出した。
日本人の原点は何なのか、どこなのか?
だが長い歴史を読み進めて行ったが、そこには求めるものはなかった。
原点回帰を望んだ。任紹は脳裏に残った古事記の一文を思い出した。
「そこで、初めて中ほどの瀬に降り、潜られました時、成りました神は、名を八十禍津日の神、 次に大禍津日の神と言い、 この二柱の神はその穢れはなはだしい国に到りました時、その汚垢により神と成りました」
伊邪那岐という神様が死者の国から帰還した後、禊をしたところ様々な神様が生まれた。
その中で初めて現れた神は悪神だとあった。
生まれ変わった人間の根源は悪神なのか。
それをきっかけに様々な悪神についての本を読みあさり、任紹は自らの宿命と闘うために悪神を受け入れた。
人生をだめにされた復讐の矛先を、悪心を持ちながら善人の顔をした世間に向け、己の善意に縛られて苦しむ人間を解放することで宿命を変えることができると結論付けた。
ある朝突然弟は、夢枕に立った徐福のお告げで、これから方士となり、人々を導びかなければならないと言い出した。徐福という人物は秦の始皇帝の時代、蓬莱山に三神仙仙薬を求めて海を渡り、日本に上陸したとされる。その伝承の地が故郷の近くにあった。
百合子にとって、弟の夢も徐福の渡来も、噓か誠かはどうでもよかった。
商売の匂いを嗅ぎ取った百合子は、そんな弟を教祖とした宗教団体を設立した。
弟は教祖となり、方士様と呼ばれ、その部屋には最初に現れたという悪神の大禍津大神と八十禍大神の2福の掛け軸を掛け、祀った。
初めは信者とは名ばかりで、百合子の息のかかった金銭でつながった者が占めていたが、勧誘活動のマニュアルを作成し、徹底することで信者も増やしていった。
そして修行場を静岡に立てて何年が過ぎたころ、百合子は知り合いの病院の関係者から生まれたばかりの乳児を預かることになった。
百合子は病院の関係者と、養育費などを含めた養子縁組の契約を交わした。
だがこの契約は、子供を育てることが目的ではなく、生死については自然な成り行きに任せ、その細かな記録を取ることが条件となっていた。
手を懸けず、放置された結果の記録が必要だったのだ。
百合子は契約の内容について、その子供の異常さのすべてを理解した。
病に侵された小さな命はすでに生かす手立てなく、命の炎が消えてしまうのは時間の問題なのが百合子にも分かった。
生まれたばかりのその姿は血膜で覆われ、まるで触れられることを拒んでいるかに見えた。
このことは百合子と教祖、側近の神盛奈穂が記録係として関わるのみで、幼い命が尽きた後は、秘密裏に処理されることも契約の中で交わされていた。
その乳児を神の子として祭壇に寝かせたまま、誰一人触れることなく月日は過ぎていった。
神の子は泣きもせず、動きもせず胎児の形のまま、血の膜の中で少しずつ成長して行った。その成長につれ、神の子を覆う血膜の色も薄くなっていった。
神の子を預かって1年が過ぎたころ、教祖のみぞおち辺りにぽつと赤い血痣ができた。
それは時をかけて喉元へ、そして腹部へと少しづつ真っ直ぐに伸び、大きく、太くなっていった。教祖は目に見える体の変化を気にするどころか、それを逆手に取り、前世を皮を剥がれたトラと宣言した。
信者達への説法もトラを意識してか、攻撃的なものに変わっていった。
そんな教祖の態度の変化に、神の子の記録をしている神盛だけは神の子と同じ血腫に吞み込まれていく教祖に恐怖を感じていた。
そんな中教団では、月をまたぎ行われる格決め夜議の会が行なわれていた。
教祖の部屋に幹部候補の若者が何人か集まっていた。
若者たちは正座をして、壇上の教祖を仰ぎ見ていた。強く低い声が若者たちを押さえつけた。
「近い将来人類は信じがたい試練に直面する。神を信じるもののみが救われる。私利私欲を捨て、何物にもとらわれず、魂を高め、もう一度生きている意味を問い直す時がきた。全てのものを神にささげるのだ。人間のほうがしあわせか?本能で死を受け入れられない人間は、死を意識した瞬間から怯えあがき、苦しみ後は薬漬けにされ、魂を殺してようやく死に行く」
教祖はいったん言葉を切り、今度は静かな口調に変えた。
「人間は生きながらおのれの消え行くことを感じる。だが、動物は死を意識した瞬間に死ぬ。死を意識しない限り死なない。生きることに必死な分、不安が無い。どっちがしあわせだ?・・・死を意識し始めた時すでに人は死に始めている」
高学歴の若者達を見ながらさらに続ける。
「あまりに様々解明が進みすぎ、永らえる術があるために本来の生き方は失われた。必要以上の学術の進歩は、本能の退化をもたらしたとも言えるのではないか」
教祖は落ち着いた雰囲気ながら、張りのある声が部屋に響く。
「そんな中、我々が本能を研ぎ澄まし、鍛え、本来の動物としての生き方でこの世界を制覇する時がきた。そのために邪魔(修行の妨げとなる悪魔)は淘汰されなければならない。」
教祖の言葉が若者の純粋な心を縛り、その言葉の真意が咀嚼される前にさらなる言葉が追い打ちをかける。教祖の言葉を吞み込むだけが唯一許された状況に、恐怖の言葉で占められた心は色を失う。
「だが命を獲ってはならぬ。人を殺せば下道に落ちる、下道に落ちれば行く先は鬼畜道、吠えて食らって死ぬのみの人生。お前らはそのためにここに居るのではない。」
物音ひとつしない部屋に教祖の声が響いた。
「お前らは、不幸の中で苦しむ弱き人間を助けるために選ばれた。弱き人間への我々の手助けは自然の淘汰と等しい」
必要悪の存在を肯定するその言葉を残し、教祖は姿を消した。
教祖が選んだ若者たちは、恐怖の支配が依存の支配へと変わるまで、宿戒といわれる規律のもとさらなる高みを目指すため、容赦なく浴びせられる恐怖を受け続ける覚悟を要求された。
悪露のように沈み澱んだ部屋の空気がかすかに動いた。
「今の世では、動物の死と人の死は異なります」
教祖の姿が消え、残された若者たちにどこからか現れた男が穏やな声で話し掛けた。
「人は血を流さなくても死ぬのです。人権の剥奪、社会的抹殺、慢性的な精神の抑圧。手段はいくらでもあります。みなさんは死にたいと思う人に出会ったとき、助けてあげればよろしいのです」
その声にうつむいたままの若者たちは、恐怖で無表情に変化した顔をおずおずと上げた。
「あちらでお茶でもどうぞ」
そう言うと、別の部屋に若者たちを案内した。
花の香りのする部屋に通された若者たちは、お互い一言も話さずお茶を飲み、個々に帰っていった。
男は帰り際の1人の若者に声をかけた。
「芦屋彦治さんですね。あなたに教祖からお話があります。日を改めてお越しください」
芦屋彦治はこの瞬間から神の子の教育係となり、教団内で賢者と呼ばれるようになった。




