明の章 使嗾の根源~生命~
記憶のかけらがささやく。「俺の女・・・」その一言で愛しい時間は海の藻屑となり、
鉛色の海にルナは再び沈んでいく。
そして雄介は残るオロチにたどり着き、新たな縁を繋いでいく。
12月の満月の夜会当日を迎えた。
師走の街は着飾った若者たちがあふれていた。
そんな中に雄介と市子の姿があった。
師走のはじめ市子とともに上京した雄介は、しばらくホテル住まいをしていた。
12月の満月の夜、特別な夜会に参加するという市子に連れられて、市子の家族とともにYホテルへとやって来た。
華やかな女性たちを前に、雄介は会場を抜け出してロビーで待つことにした。
1時間ほど経ったころ、スマホの画面を見ていた雄介の視野に見覚えのある男が入った。
とっさに立ち上がりかけたが、気を静めゆっくりと顔を上げてその男を見た。
昇を殺した男が目の前を通り過ぎた。
男は市子が参加している会場に行き身分証を出し、終了時間を確認した。
スタッフの1人が男を奈留瀬さんと呼んだ。
奈留瀬?名前が違う、見間違いなのか?
男はスマホを見て歩き出した。
雄介は駐車場に向う男の後をつけた。
車の陰に隠れた別の男が手招きした。
そこに昇を殺したもう1人の男、八神会の堂本が待っていた。
2、3分会話をすると2人の男は別れ、そのまま堂本は車でホテルの外に出た。
雄介は迷わず堂本の後を追った。
そんな雄介を駐車場にいた白峰鈴音が木の陰から見ていた。
「雄介がどうして堂本叔父様をつけるの?ということは、市子はひとり。チャンスね」
堂本はEG不動産と書いてあるビルに入っていった。
誰も出てくる気配はなく、しばらく待つことにした。
時計を見た雄介は、市子の参加している会が終わり近くになったことに気づき、市子に家族と帰るようにメールした。
市子は参加していた満月の会が終わると家族と別れ、雄介を探したがロビーにその姿はなかった。
電源を切っていたスマホを開くと、雄介から家族と帰るようにとメールが送られていた。
「雄介ったら、どこ行ったのかな。狭霧さんに来てもらおう」
狭霧からすぐに返信があり市子はホテルのロビーで待つことにした。
「雄介、何してんの?迎えは狭霧さんが来てくれるから安心して」
雄介にメールを送っている市子を白峰鈴音が後ろから覗き込んだ。
「市子、ひとり?」
「あら、鈴音、迎え待ってるところ。鈴音はどうしたの、食事? あ、弟くんも一緒?」
「うん、まあ、送ってあげるわ」
「大丈夫。迎え来るから」
「久しぶりだし、話したいし、ほら、私と帰るってメールして」
「でも・・・」
「待たなきゃいけないんでしょ、一緒に帰ろうね、車持ってきて」
鈴音は市子の返事を待たずに弟という男に言った。
「でも・・・そうね、久しぶりだしね、狭霧さんにも悪いから、鈴音、ありがとう」
市子は迷いながら狭霧に鈴音と帰ることをメールで知らせた。
2人はロビーから車寄せへ向かった。
外に出ると鈴音が足を止めた。
「市子、ごめん、お手洗い行ってくるね。弟来たら先に車に乗っていて」
「うん分かった」
市子はトイレに行くという鈴音の後ろ姿をホテルの壁に身を寄せ、見ていた。
鈴音とすれ違った男たちと目が合った。
いやな予感がした。
男たちは案の定からかうような視線で市子に近づき話しかけてきた。
「誰か待ってるの?」
市子は話しかけてきた男をにらみつけた。
「大丈夫?さむくない?」
市子は無視した。
「無視はダメって学校で習わなかった?」
1人の男が市子の腕を掴もうとした。振り払いながら市子は鈴音を探したが姿は見えなかった。男たちは市子を取り囲んだ。その合間から車寄せの端に鈴音の弟の姿が見えた。
市子は弟が見えた車に向かって走り、車に乗り込みロックした。
「いやあ・・・」
という悲鳴は市子の意識が遠のくのと同時に消えた。
狭霧は市子のメールに鈴音の名前があることに言い知れない不安に駆られ、すぐにホテルへと向かったがロビーを探してもすでに市子の姿はなかった。
市子に電話をかけると、スマホの画面に話し中だと表示された。
「考え過ぎかな・・・大丈夫ね・市子さん」
ほっとしたものの、虫も殺さぬような顔で見えないところで目元に薄ら笑いを浮かべる白峰鈴音の影を消すことができない狭霧だった。
その頃、雄介は堂本を追ってホテルへ戻っていた。
堂本はホテルで男女2人を車に乗せ、そのまま葛飾区方面へと向かった。雄介は堂本の行き先を突き止めようと市子のことを気にしつつ尾行を続けた。
堂本は大きな公園の駐車場で2人を降ろした。入れ替えにそこで待っていた4、5人の男たちを乗せ立ち去った。
車を離れたところに止めて、近くの木の陰から様子を見ていた雄介は、愕然とした。
「白峰鈴音」
堂本の車から降りたのは市子が親友と言っていた白峰鈴音だった。
その時、メールが届いた。
「市子さんが帰宅していません。連絡ください」狭霧からだった。
市子はここに居ると雄介は確信した。
雄介は鈴音の後をつけた。
ポプラ並木の奥に水辺があり、その近くまで行って2人は止まって水辺のほうを指差し、しゃがみこんだ。
雄介は2人の背後に忍び寄った。
「見て、あそこに繋がれている。フフッ、狂えばいい、狂ってしまえ、2度と笑えなくしてやる。市子もこれでおしまい。島根じゃ失敗したけれど、あの格好見たらスッキリした」
そう言うと立ち上がり背伸びをした。
「帰ろ」
短く言って振り向いた鈴音は、羽交い絞めにされている弟の姿に震えて座り込んだ。
「あんた、誰?」
「お・ろ・ち・・・はお前か」
「知らない、オロチなんて知るわけないじゃん」
「そうか、知らないんだなぁ、じゃぁオロチのやったこと教えてやろうか」
雄介は気絶している弟を木にしばりつけると、暴れる鈴音を抱え、市子の近くにおろした。
市子と同じように木に縛られ、ハンカチを口に入れられ声の出せない鈴音は足をばたつかせ抵抗した。
雄介は気絶している市子のロープを解いた後、鈴音にさっき録音したものを聞かせた。
「島根のことも自白したねぇ。さあ、お前のスマホはここにある。今日のことを全部話せばさっきの男たちを呼んでやる。どうだ?」
雄介は頷いた鈴音の口からハンカチを外した。甘えた声で鈴音が応えた。
「私は知らない、あの連中がやってくれたの、全部」
「あの連中って何者だ」
「知り合いの人達、怖い人たちよ」
「名前はなんて奴だ?」
「堂本さんっていうの」
「そいつが首謀者ってことか?」
「そう、そうなの、首謀者よ」
「でも頼んだのはお前だよな?」
「・・・・・・」
「何で、あんなことしたんだ?理由を教えたら電話してやる」
「・・・だって、可愛いから、私より人気あるから、消えてほしかっただけ」
けろりと言ってのけた鈴音に、雄介は腐った匂いを嗅いだように顔をしかめた。
「白峰鈴音。俺の携帯に今の自白が録音されている。島根のオロチの自白も録音済みだ、
もしお前でなくても誰かがおんなじことしたらすぐに警察に持っていく」
「いいわよ、私には強い人がついてるから、そんなことしたらあんただってただじゃすまないからね」
「そうか、それじゃぁ、警察やめてネットに流すか?」
「えぇ・・だめよ。それだめ、わかった言う通りにする。もう、分かったから早く電話して」
この女は懲りずに目の前に表れた嫉妬の対象を消そうとするだろうな。あきれながら堂本に電話をかけた。
ヒステリックにわめき散らしている鈴音をよそに、雄介は電話の相手堂本に聞こえるように言った。
「手出ししなければ、終わらせてやる」
ちょうどその時、市子のうめき声が聞こえた。
鈴音の有り様を見せるわけにはいかず、まだ朦朧としている市子を抱いて車に戻った。
雄介は空を仰いだ。
「満月だぁ、ばっちゃま、芽唯、おろちを仕留めたぞ。もうひと仕事、片付けたら帰るからなぁ。待ってろよぉ」
そんな雄介を車の中からぼんやりとした意識の市子が見ていた。
満月の夜会の終わった後、
会場を後にしたLUNAはいつものように奈留瀬と貸し切りの温水プールで過ごしていた。空高い月がガラス張りの屋根を通してLUNAを優しく包む。
LUNAは仕事から解放され、奈留瀬とプールサイドで過ごすこの時間を大切にしていた。身軽な服装に軽く上着を羽織り、ワインを飲む。すべてを分かってくれている人が側にいてくれる。奈留瀬に寄りかかりLUNAはうっとりとプールの水面を見ていた。
プールの水面に映る月がなぜか赤く見えて大きくうねった。
プールサイドで足先を浸し水面を揺らしていたLUNAは、そのうねりの中に記憶のかけらを見つけた。
目の前に暗く広がる冷たい海に、大切な記憶のかけらが漂っていた。
そんなLUNAを後ろから抱きしめ、耳元で奈留瀬がささやいた。
「LUNA、お前は一生俺の女だ。誰にも渡さない」
その時、2人の時間は一瞬にして、そして永遠に止まった。
その言葉を聞くや否やLUNAは奈留瀬の腕を払いのけた。
そして奈留瀬を振り返ることなく出ていった。
啞然としながらも奈留瀬は、その後姿に別れを感じ取った。
捨てられた過去があった。胸の真ん中の古い傷。母親が出て行った時、追いすがれないものを感じた。
あの時受けた感覚だった。二度と振り向かない人の残酷な別れ方だった。
あまりにも大きな衝撃にルナは、駆け付けた月乃を前に崩れ落ちた。
「どうされました、砂弦、月の姫を部屋へお連れして」
どこからともなく現れた砂弦はLUNAを抱きかかえ、ベッドに横たえた。
月乃には気を失っているLUNAが泣いているように見えた。
「砂弦、奈留瀬さんを呼んで下さい」
「それは、やめたほうがいいと思います」
怪訝な顔の月乃に砂弦は続けた。
「原因が奈留瀬さんにあるようですから、月の姫のご意向を確認してからがよろしいでしょう」
「分かりました。奈留瀬さんには今夜はお引き取り願いましょう」
その夜のうちに奈留瀬との契約は解約された。
LUNAは翌日早く人目を避けて都に向かった。
「お前は俺の女だ」そう言ってくれた昇はいない。
折りたたまれ封印された記憶が、ひとひらひとひら花が開くように解かれていった。
昇のこと、雄介のこと、宮崎のこと、志布志湾のこと、八神会のこと、そして昇を死に追いやった藤代のことを思い出した。
「昇もわたしも関係ないのに何で昇が死んじゃうのよ。あんまりだよ」
事故から8か月後にして初めて昇の死と直面したルナは、その事実に目を閉じた。
「昇に会いたい・・・会いたい」
断ち切られ、海に消えた思いがルナの周りを鉛色の海に変えていく。
食事もとれなくなり、会話をすることもなくなった。
「人は心のありようでこんなにも変わるのね。月の姫は大丈夫ですかね」
砂弦から引き継いだ雨弦が月乃の独り言を拾うように口を開いた。
「想像だが、ここ何ヶ月かの様子を見るに、奈留瀬さんは月の姫と知り合いだった。そしてあの夜、月の姫の記憶の扉を開けようとした。もしかするとすべての記憶が戻った可能性もある」
「となると改めて契約・・・LUNAは月の姫を引き受けるかしら?」
月乃は雨弦と顔を見合わせた。
二十三夜 、午前0時に上がる真夜中の月を待つようにLUNAはひとりベランダに出て手を合わせていた。
月乃はその姿に、目覚めたばかりの頃のLUNAを思い出していた。
あの時「会いたい人がいる、大切な人なのに思い出せない」そう言っていた。
この夜も願いをかなえるという月が昇り始めた。
LUNAの頬に幾筋もの涙が流れていた。
「お部屋に戻りましょう」
LUNAは、声をかけた月乃を見るなり泣き崩れた。
「私が、あの人を死なせてしまった。私が、私の靴が・・・」
LUNAはベランダの床に泣き伏した。
月乃と雨弦に支えられてLUNAは部屋に戻った。
振り返った月乃の目に、黒雲に覆われていくのに抗えない月が映っていた。
そんな月がLUNAと重なり哀れで愛おしく思えた。
月乃は安定剤をLUNAに与えた。
落ち着いてもLUNAはベッドで泣きじゃくっていた。
「ホットミルクをお持ちしました。こちらに置いておきますね」
部屋を出ようとした月乃にLUNAのくぐもった声が聞こえた。
「どうされましたか?」
ひき返し、ベッドの脇の椅子に腰かけ、LUNAの動きを待った。
LUNAは月乃に泣きはらした顔を向けた。
「月乃さん、わたし・・・」
言葉が出てこない。月乃は急かさずに次のことばを待った。
「わたし・・・思い出したの。私のために昇が死んじゃったの」
LUNAは両手で顔を覆い、また泣き始めた。
月乃はかける言葉もなく、LUNAが泣きつかれて子供のように寝てしまうまで寄り添った。
翌日、LUNAは本来の自分を取り戻し、ルナと呼ばれていたことや、昇や奈留瀬と名乗っていた男とのいきさつを月乃に話した。
「月乃さん、契約の件ですが、改めてというのはお断りします。でも急な降板はご迷惑をおかけしますので、次の方が決まるまで続けさせていただきます」
「承知いたしました。月の姫に関してはあまり深刻にお考えにならずに、続けられてはいかがでしょうか。記憶も戻られたことですし、責任感の強い方ですので束縛されることもなくなります。お住まいについても自由にされればよろしいかと存じます」
「いいえ、月乃さん、まず・・・わたしは月の姫という女性を演じる資格がないのです、実は私は・・・」
月乃は次の言葉を探しているルナの手を握り、話を止めた。
「これからはルナさんとお呼びしますね。私は医者です。あなたのことは分かっているつもりです。守秘義務も私たちの会社では二重、三重に守らなければなりません。必要なことは私の方からお尋ねします。これ以上、いろいろと考えないで、月の姫もお仕事と割り切って、もっと美しくなってください。全世界の女性のために、ね」
ルナは涙をためた目で月乃を見てうなずいた。
「ありがとう。私もう少しこのままで居たい。あの男が怖い・・・」
「そうですね、突然の契約破棄には納得していないでしょうから、しばらくは私たちと行動を共にしてください」
12月の新月の宴、降り始めた雪の中ルナは無事に月の姫を演じた。
華やかなルナの中に見える微かな陰りが、触れると消える淡雪のような雰囲気を醸し出し、女性たちはその儚さに憧れ、男性の間でも月の姫が話題になっていた。
悲しみの海を漂うルナは、月の遣いに守られながら月の姫として夜の世界に煌々と輝く存在になっていた。
賑やかな街の路地裏、雪交じりの雨の中雄介はEG不動産の前に立っていた。
堂本はあの薄暗い階段を上がった事務所にいることを突き止めていた。
芽唯が怖がっていたオロチは片付けた。
あとは昇のかたきの堂本と藤代を始末することだけ。その思いでここに来た。
あの階段を上るのが俺の道なのか?
「歩かにゃならん道がある、良い、悪いは分からんし、楽じゃないが先につながる道がある」とばっちゃまが言ってた。
「悪事をするな」とも言っていた。
ばっちゃまの言葉が雄介を止めていた。
でも俺は昇のかたきを取りたい。
このまま見逃せない。
あいつらは許せねぇ、絶対許せねぇ、雄介は奥歯をぎりっと噛んだ。
雄介の背後に大柄の男の影が迫った。
「元気そうだな、雄介」
聞くと同時に雄介は構えて振り返った。
「成さん・・・」
そこには佐多成彦が立っていた。
茫然とする雄介に、なつかしさが昇を連れて込み上げてきた。
「成さん・・・」
「ここまでだ、雄介。後は俺に任せろ」
成彦は雄介と肩を並べ、薄暗い階段の奥へ鋭い目を向けた。
「縁はその時を選び、その場所に導き、そこに人を立たせる。それが巡り合わせ」
雄介はばっちゃまのくちゃくちゃの笑い顔を思い出していた。
生命を書きながら、畑仕事や竹林の散策で光を浴び、そして毎日のように月を見上げて過ごしました。近年1人キャンプが流行りだとか。いつかチャレンジできればと・・・思います。
さて、生命が終わりました。お忙しい中、読んでいただいた方々に感謝いたします。
次は宿命の物語です。古事記で有名な神様が初登場し、スサノオノミコトとオオクニヌシノミコトのエピソードがスタートします。(申し訳ありませんがかなり脚色しております)




