明の章 使嗾の根源~生命~
雄介は迷いと願いの毎日を芽唯と過ごした。
3日が経った。そして1週間何事もなく過ぎた。
このままオロチがこなければ芽唯のそばにいられる。この手で芽唯を守ってやれる。
そう思い始めたある休日の午後、芽唯が発作を起こした。
雄介は登り口へ走った。だが、オロチはいなかった。
なのにどうして芽唯は発作を起こしたんだ?
雄介は山を突っ切り、南側の斜面に出て集荷場のほうを探った。
フードを被った男たちが、施錠してある集荷場の入口の様子を見ていた。
1人の男が右側に回り指をさし何か叫んだ。
山を登ろうとしている。道がなければ仕掛けもないはず。
たとえ竹林庵にたどり着けなくても、芽唯にとって脅威になる。
雄介は研究所の左手に回り道を下りると、オロチの背後から近づき、最後尾の男の口を塞ぎ引きずり下ろした。その前にいた男がその気配に気づき、声を上げた。
「奴が出た。後ろにいるぞ、戻れ、引っ返せ」
雄介は奴らを竹林の山から引き離したかった。
男たちは見え隠れしながら走る雄介を、2台の車で追ってきた。
たどり着いたのはヤマタノオロチが苦しんだという草枕山。
そのころには雨雲が低く垂れ、辺りは薄暗くなっていた。
「この山に入ったな」
運転していた男が確かめるように言った。
「ああ、今度は間違いねぇ」
最初に雄介をつけてきた男が応えた。
「行くぞ」
兄貴分らしき男が勢いつけて車から出ると、6人の男たちはそれぞれバットやナイフを持って車から降りてきた。
「胸くそ悪ぃ、馬鹿にしやがって」
竹で足を切った男がバットを振り回した。
「でも、車で追いつけなかったな。バケモンかも・・・」
雄介が竹林の山で引きずり下ろした弱気の男が小声で言うと、
「馬鹿野郎、何びびってんだ。こっちは6人だ。やられるはずねぇだろうが」
兄貴分の男が恫喝し、手を振り上げた。
「そ、そうだよな」
男は頭をかばって小さくなった。
「まったく、お前はここで車を見張ってろ。逃げ出すんじゃねぞ」
「ハイ、分かりました」
気弱な男を残し、5人の男は山へ入った。
20分過ぎた頃には雨が降り出した。
視界が奪われるほどの激しい雨に、気弱な男は車に乗り込んだ。
フロントガラスに打ち付ける激しい雨の中に、男が1人が近づいてきた。
目の前にフードを被った男が浮き上がった。
ワイパーを掛けた。近づく男が仲間ではないことがわかっても動けなかった。
ハンドルを握りしめた手が震えた。エンジンをかけようとしたが、男から目が離せず上手くいかない。
ドンという音と同時に車が揺れた。現れた男がボンネットを拳で叩いたのだ。
ハンドルを抱え、顔を伏せた男はハンドル越しに恐る恐る顔を上げた。
外の男が消えていた。ほっとしかけた男の顔は、助手席のドアが開き乗り込んできた男に呆然とし、フードに隠れた殺気立った男の顔を見て、恐怖で引きつった。
「車を出せ。奴らは・・・山で死んだ。お前はどうする?死にたいか?」
男は震えながら車を動かし始めた。
「矢口神社に行け」
ここが芽唯が発見された場所。
矢口神社に着くと雄介は男のスマホを取り上げ、両手を頭の上で縛った。
「去年、お前たちが犯した罪に天罰が下った。お前の仲間は死んだ。罪を償いたいなら犯した罪を全部吐け。去年、ここで何をした?」
「俺は、見張ってただけだ。兄貴たちが頼まれて、櫛田って女をさらってきて天ヶ淵で川にさらして、ここに捨てたんだ。俺は見張ってただけなんだって」
甲高い声で男はわめき散らした。
雄介の怒りは全身を覆い、雄介自身も抑えが利かなくなっていた。
思わず首を片手でつかんだ。
力が入った。
「分かったよ、言うよ、だから許してくれ。怖いよ、怖いよ」
雄介は震える男の表情の中に芽唯を見た。市子がいた。
雄介の身体から怒りが引いた。
男は、芽唯と市子の事件はオロチと云われる男たちが起こしたこと、オロチは8人いること実行した6人の名前、だが後の2人は知らない、と事件のことを詳細に話した。
「お前は自白した。許してやろう。警察に助けを頼むといい」
男の目に安堵の色が広がった。
「ただ条件がある。俺のことは忘れろ。何も分からないと言えばいい。山でのびている奴らにもそう言わなきゃ、お前、あいつらにもやられるぞ」
「分かった、分かった」
男は何回もうなずいた。
雄介は警察に連絡させると、男を車から引きずり出し、近くの木にしばりつけた。
「このスマホはもらっておく。お前が自白したことは録音したからな。今度、オロチを名乗って同じことをしたらこれは警察に送る。いいな。・・・お前、早くオロチなんかやめちまえ」
雄介は男に言い残し、スマホの電源を切ると竹林庵へと戻った。
雄介は何食わぬ顔で竹林庵に帰り、食堂に顔を出した。
「雄介、どこ行ってた?またずぶぬれじゃな」
ばっちゃまが、心配そうに言った。
「山を見て回っていたら、粗大ゴミがあったから片付けていた。風呂入ってくる・・・ばっちゃま、後で話がある」
「はい、はい。飯食ってからな」
雄介の後ろ姿にばっやまはため息をつき、独り言を言った。
「芽唯のことを聞かなかったな。そうか、雄介、始末したのか」
翌日の早朝、雄介は竹の座にいた。
昨夜、ばっちゃまにすべてを話した。
オロチが2人残っていること、雄介の存在が芽唯の恐怖のきっかけになること、それが竹林庵を去る理由だった。
雄介は手にした大切なものを手放そうとしていることに気づいていた。
「昇、俺は同じことを繰り返しているよな」
でもこれで芽唯は守れる。
雄介は上を見た。青々とした竹がまっすぐに伸びていた。
「竹か・・・、この山の竹が芽唯を守ってくれるのか?」
竹が答えたようにパチッと頭の中で音がした。上を見たまま身体が硬直した。
目を閉じると伸びた竹の中に昇がいた。
笑っている。
楽しそうに笑っている。
うまくいったときの顔をしていた。
そして何も言わない昇は、ただ嬉しそうに笑いながら竹の向こうに消えた。
雄介の会いたかった昇が現れ、雄介の中の迷いを持って行ってくれた。
「よし、帰るか」
竹林庵に帰ると、食堂にばっちゃまと芽唯が待っていた。
「腹減った」
「お帰り、温かいうちにお食べ」
「よし」
ばっちゃまはいつもに増して、くちゃくちゃの笑顔で雄介を見ていた。
3人で食卓を囲む毎日がこれで終わる。
ここが家だと決めていたのに・・・雄介はそんな未練を振り切って食べ始めた。
ふと顔を上げると、芽唯の瞳の中に雄介がいた。
箸を止めた。
そこには永遠の時が存在した。
「芽唯忘れないよ。俺の中でこの瞬間は消えないから」
と、心を送った。
芽唯は雄介を瞳の中に終い込むように目を閉じて、部屋に帰っていった。
ばっちゃまは愛おしげにそんな2人を見ていた。
「雄介、ここは無抵抗な弱者の生きる居場所。芽唯の心の再生にため必要なものは時間。ここを守ってくれてありがとうな」
ばっちゃまは雄介が食べ終わるのを待って頭を下げた。
「ばっちゃま、やめてくれよ。俺・・・」
「みんな、歩かにゃならん道がある、良い、悪いは分からんし、楽じゃないが先につながる道、雄介はようやってくれた。大きくなったぞ、もう大丈夫だな」
雄介はここに来た4ヶ月前を思い出した。
ばっちゃまは、竹林庵は道を歩くことのできない者の居場所と言った。
宗ちゃんに連れられて竹林庵に来た時、雄介はぼんやりと呼吸をしていただけだった。
あの時、雄介も歩く道を持たない、無抵抗な弱者だった。
芽唯と出会った。芽唯の心は生き絶え絶えの毎日を必死に、そして静かに生きていた。
そんな芽唯に見守られながら雄介は汗を流し、生きて動く命に気づき、自然の恵と脅威を知った。
そして己自身からあふれ出する生命力を感じながら、芽唯を守ることのできる自分を認めた。
竹林庵を離れることに迷いはなかった。
良しとすれば全てがそこに存在する。逝ってしまった昇も、離れてしまう芽唯も、永遠に雄介の中にあることに気づいた。
かつて雄介は否応なしの絆を昇やテラに求めた。
血縁という形のあるものを求めていた。
絆は縁を手放さなければ永遠に繋ぐことができる。
血縁の形が父であり、母であるように、友と、愛する人と縁を結び、手放さなければ縁の道ができる。それが絆となる。
ばっちゃまは思い返している雄介との時間を十分楽しむと、今を惜しむように切り出した。
「雄介、くれぐれも無理するな。全部片付いたら戻って来いな、約束な・・・」
「うん・・・芽唯には・・・」
「芽唯は雄介のこと分かっているからこのまま行け」
「うん」
ばっちゃまは竹山を行く雄介の後ろ姿を見送った。
「雄介、東京に行ってオロチを叩き潰してこい。芽唯とここで待ってるから」
ばっちゃまが雄介に言えなかったことだった。




