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明の章 使嗾の根源~生命~

久しぶりの山歩きに、雄介は心の赴くまま走り出していた。目的地はスサノオノミコトが降り立ったという船通山。


雄介はパソコンで調べた、出雲の地に伝わるスサノオとヤマタノオロチの伝説に興味を持った。

船通山はスサノオノミコトが降り立った場所らしい。


本能のまま山頂を目指して、ひたすら走った。


夢中で体を動かす雄介は、冷静に過去と向き合っていた。


昇との出会い、成彦との出会い、ルナとの出会い、テラとの出会い、そして昇とテラの死。

後悔の中、どこで何を間違えたかばかりを探していた。どうしたら昇は死なずに済んだのか考えていた。


昇がいてくれたからテラさんと出会って、今ここで生きている。残されたものには生きなければならない理由がある、とばっちゃまが言っていた。



ここに立っている意味を探さなければならない。



何時間走ったのだろう。以前の体力には程遠いが、日暮れ前には山頂近くの樹齢2千年とも言われるイチイの巨樹の前に立っていた。時の流れを内に刻みながら、続く未来さえもその記憶に取り込もうという巨樹の静かな生命力に圧倒されていた。


雄介は目的地の船通山山頂にたどり着くと、海に沈む夕日に手を合わせた。



「昇・・・ありがとうな。俺、まだ生きる意味分からんけど、ここで探してみるから」



水平線に太陽が沈んだ。



「昇・・・、寂しいな。やっぱりお前がいないと、俺・・・」



雄介は弱気を振り切るように夜の船通山に消えた。


雄介は雲南市に下り、ネットで調べたヤマタノオロチの伝説の地を巡った。

ヤマタノオロチ公園はスサノオノミコトが、トリガミノ峰に降り立った後、斐伊川の上流から流れてきた箸を拾い、クシナダヒメと出会った始まりの地。


酔ったおろちが、山を枕にして寝入ったところを退治されたという草枕山。


オロチの尾を開き、草薙剣を手にした場所は尾留大明神として祀られ、御立藪といわれている。

そしてオロチの首を埋めた八本杉。


御室山の山麓には「八塩折の酒」を造らせた窯跡があり、「釜石」と書かれた立て札の横に窯といわれる岩があった。また八口神社には八個の壺の内のひとつが祀られていて印瀬の壺神と言われていた。


巡り終え、十分に気力を取り戻した雄介は、斐伊川に沿って竹林庵への帰途に着いた。




3日目の夕飯前に、雄介は竹林庵に帰り着いた。


「ばっちゃま、芽唯、ただいま」


「おお、無事帰ったね。だが、すごい格好だな。早く風呂に入ってご飯食べな」

「そうする」


雄介は芽唯の視線を感じた。さりげないが、心配していてくれたのが分かった。

雄介が視線を返したときは、芽唯はいつものようにうつむいていた。

それでも待っていてくれたことが疲れていた雄介を暖かく包み込んだ。


入浴の後食堂に行くと、芽唯は洗い物をしていた。

ばっちゃまは食事を済ませ、お茶を飲んでいた。


雄介は用意してあった料理を食べながら、芽唯に話しかけた。

「芽唯ありがとう、飯うまいよ。俺な、オロチ伝説の山に行ったぞ。今度、オロチの話聞かせてく・・」

ばっちゃまが首を横に振るのに気づき、芽唯を見た。

芽唯の肩が震えていた。


「芽唯、薬を飲んで横になりなさい。後は雄介がしてくれる」


そう言いながら、ばっちゃまは芽唯を部屋に連れていった。

雄介は食事がのどを通らず、ばっちゃまが帰ってくるのを待った。

しばらくして雄介は戻ってきたばっちゃまに駆け寄った。


「芽唯は、大丈夫か?」

「ああ、心配はいらない」


雄介はそう言いながらも珍しく曇った顔のばっちゃまに尋ねた。


「どういうことなんだ?俺、何かしたか?」

「雄介、ここではオロチという言葉は言うな。決して芽唯の耳に入れてはいけない」

「なんで、・・・」

「雄介、オロチから芽唯を守ってくれな」


ばっちゃまはそう言っただけで雄介を残して食堂を出た。




その夜、部屋でしばらく待ったが芽唯は現れなかった。

次の夜も芽唯が雄介の部屋を訪ねることはなかった。

3日、やり切れなさが雄介を竹の林に連れ出した。

走るのではなくゆっくりと歩く。西側に回り深い竹林に入いった。

しばらくして、ゆうに10mは超すであろう竹林に加え、背丈ほどの竹藪に囲まれた広場に出た。

ほぼ中央に台座のような岩があり、その岩の周りだけが草一本生えていない。

自然な様とは、考えられないありようだが、雄介は気にせずに上半身裸で岩の上で禅を組んでみた。

頭上で竹が騒いだ。

しかし気にはならず、直線の竹が醸し出す凛とした空気になぜか落ち着いた。


何日か過ぎた。

芽唯に変わりはなかったが、オロチの一件以来、雄介は芽唯の後ろ姿ばかりを追っていた。

以前は雄介への気遣いを感じたこともあった。だが今は深く深く隠れてしまった芽唯の心を、盾になり守ることさえ出来ないと諦め始めていた。

そんなことを思った日の夜、いつものように竹の座と名前を付けた岩に座った。


「今夜は、竹がざわつかないな」


そう思いながら目を閉じた。数分後、雄介の脳内でパチッと音がした。閃光が射し、一瞬針で刺されたような痛みが走った。目を開けることができなくなった。

雄介は眼を閉じたまま、動かずにいた。閉じているはずの目の前にぼんやりと映像が映し出されていった。


薄氷の張った川面に女性が立っている。映像がはっきりとするとそれはガラスでできている芽唯の像だった。


両手で胸を守るように抱き、恐怖にゆがんだ顔をしていた。よく見ると川面に張った薄氷にはひび割れが入り、それは芽唯のガラスの像のひざ元まで伸びていた。


思わず助けようと雄介が動いた途端に川の氷が割れ、芽唯は川の中に沈んだ。




目が開いた。




竹がざわついてた。




酷い頭痛がした。




しばらく、立つことができなかった。




頭痛がひくと、先ほどの映像が思い出された。

雄介は竹林庵に向かって走り出した。

芽唯は恐怖に心をわしづかみにされ、身動きが取れず、ガラスの心を抱きながら、ぎりぎりのところに立っている。


心に走ったひび割れが砕け散る限界を知るのは芽唯だけで、何も言わない芽唯に雄介は手を差し伸べることさえできない。


そんな芽唯をオロチという言葉ひとつで追い詰めてしまった。


芽唯を襲った恐怖とはどんなものだったのか。

芽唯をオロチから守るというばっちゃまとの約束はどうしたら果たせるのか。

雄介は走りながら考えた。

竹林庵に帰り着くと、ばっちゃまが起きていた。


「雄介お帰り」

「ばっちゃま、芽唯は大丈夫か?」

「もう寝たよ」

「ばっちゃま・・・俺どうしたらいい?ヤマタノオロチって昔話じゃないのか?芽唯はどうして昔の話を怖がるんだ?」

「芽唯に何があったかわからん。ただオロチと名乗る輩がおるらしい。だが、ここに居れば芽唯は安心している。雄介が居てくれれば心強いからな」

「何にも助けてやれないよ俺」

「そんなことないよ。芽唯はあれで雄介のこと気に入ってるさ」

「そっか」

「そうだ。早く寝な。明日はボランティアの人が来る日だよ」

「・・・俺、寝るわ」

ばっちゃまはいつもの笑顔でうんうんとうなづいた。

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