明の章 使嗾の根源~生命~
ある朝の明け方前、雄介はばっちゃまに起こされた。
「雄介、朝早くにすまないが手伝ってくれないか?」
雄介の体は意識より早く反応し、支度を済ませて、ばっちゃまと共に朝の光を全身で受け止めていた。
「ばっちゃま、俺は何をすればいい?」
「今日は暑くなる前にトウモロコシの収穫だ」
「どうすればいい?」
ばっちゃまに要領を習い、雄介は収穫に没頭した。
ひと仕事終わると芽唯が用意した朝食をとった。
長い間動いていない分、体は軋み、動きはぎこちなかったが、その痛みを感じるのは生きるために大切なことだと雄介は気づいた。
あくる朝、雄介はばっちゃまと並んで畑の草刈りを始めた。
黙々と働いて、終わりに近づいたところで雄介が草を抜く手を止めて尋ねた。
「なあ、ばっちゃま、俺はここに居ていいのか?迷惑じゃないのか?」
今さら何を言うのかという顔でばっちゃまは応えた。
「津久見さんの言っていた迷惑かい。迷惑は考えようによっちゃご縁のあり方だ。縁がなければ迷惑もない。人は迷惑かけ合って生きていきゃいいさね」
雄介は刈り終えた跡に大の字になり寝ころんだ。
自然の中で、はしゃぐ心を抑えられなかった。
「ばっちゃま、気持ちいいぞ」
「そうか、そうか」
ばっちゃまはいつもよりも、くちゃくちゃの顔で笑った。
雄介が引力に体を預けると、胸の真ん中が楽になった。
雄介の体は、手足の先が地球の中心に引かれ、大地とひとつになり、全身で受け止めている夏の強い陽射しも心地よかった。
それから毎日、雄介はどろどろになりながら農作業を楽しんだ。
そこには無邪気に遊ぶ5歳の雄介がいた。
竹林庵での仕事では、今まで気にも留めていなかったことに興味が沸いた。
あるときは、触ろうとすると慌てて逃げる、お尻に鋏を持つ虫を見つけた。
雨の日には雨を避け、木の上でじっとしている鳥たちがいた。
また、別の日には体より大きい虫を、必死で運ぶアリがいた。雄介が何気なく通り道を塞さぐと、その中の1匹が雄介の手の甲をかんだ。
「こいつ、噛みやがった」
雄介は小さなアリを潰さずにふっと吹いた。ばっちゃまがそれを見て、
「お前を飯だと思ったのかね」
「いや、敵だと思ったじゃねえのか?」
「アリの目に、そのでかい体が全部見えるかは分からんな」
「そっか、だったら俺、食われるとこだったんだ」
「まあ、生きるために本能が噛め、といったんだな」
「本能か、こんなアリにも生きるための本能があるんだな」
「当たり前だ、雄介。生きていること自体が本能なんだよ」
「アリが何考えてるか分かんないけど、みんな生きるために必死なのは分かった」
「分かってよかったな、そろそろ帰えろう」
「腹減ったなぁ」
「そりゃ大変だ、急がんと雄介が倒れちまうな」
ばっちゃまに子ども扱いされる雄介だったが、素直に甘えられていた。
「明日休みだよな、ばっちゃま。この辺りを山歩きしたいけど良いか?」
「ああ、いいとも。思いっきり走っといで」
翌日、雄介はまだ夜のうちに起き出して、津久見と一緒に来た道を下りていった。
竹の道で上を見た。またサワサワと竹が揺れていた。
竹林庵は低い山の西側にあり、北の方には生化学研究所と書いてある建物と農作物の集荷場らしき建物が並んで立っていた。
竹林庵から見えるかなり広い農地は果樹園で区切られていたが、出入りを規制するものはなく、地続きだった。その農地には、ありとあらゆる作物が栽培されていた。
朝日が昇り辺りが明るくなり始めたころに、雄介は竹林庵に戻っていた。
しばらくして、帰宅に気づいた芽唯が朝食を知らせに来た。
知らせるといっても会話はなく、相変わらずうつむき気味の顔を少し上げて合図をする。
最近の雄介にはそれを十分理解でき、習慣になった夜の朗読で、芽唯がかすかに込める感情の存在も感じ取れるようになっていた。
食堂に入るとばっちゃまが先に朝食をとっていた。
「早かったな、ご飯をお食べ」
ばっちゃまは雄介の行動について何も言わなかった。
「ばっちゃま、北にある建物はなんだ?」
「集荷場のことか?」
「ああ、なんかそんなこと書いてあったな」
「明日、そこの人たちが手伝いに来てくれるよ。いつも畑の手入れをしてくれているボランティアの人たちだ」
「そっか」
「雄介、今日はゆっくり休め」
「ばっちゃまは何するんだ?」
「事務をせんとな、一応経営者じゃからな」
「俺も手伝うよ」
「そっか、頼もうかね、あとでおいで」
「うん」
雄介は併設している生化学研究所についても尋ねたかったのだが、食事を済ませたばっちゃまは早々に事務所兼、ばっちゃまの部屋に入っていった。
雄介も朝食を済ませると、ばっちゃまの部屋をのぞいた。
「ばっちゃま、入るよ」
「どうぞ」
ばっちゃまはまあるい眼鏡をかけてパソコンに向かっていた。
「ばっちゃま、パソコンするのか?すげえな」
「ぼちぼちな、日記書くのは便利だし、テレビ電話もできるし重宝してるよ」
そう言いながら、慣れた手つきで打ち始めた。
「俺にも教えてくれよ」
「いいとも、そのうちな」
雄介は邪魔にならぬよう部屋を出たが、パソコンが3台もあったことが不思議だった。
8月のお盆休み、雄介は船通山に登ることにした。
「ばっちゃま、パソコン使っていいか?」
「端っこのを使うといい」
「ありがとうな。昼から出かけてくる。2、3日帰らん」
「2、3日か。小遣いはあるのか?」
ばっちゃまは頷く雄介に声をかけて、納屋のほうへ行った。
「気を付けてな」




