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明の章 使嗾の根源~生命~

ふたりはバス停から30分ほど歩き、竹林庵にやってきた。竹林庵は雲南市須賀神社近くにある民宿。

竹林の中、入り口とは気づかないような登り口を見つけ、雄介にここだとのいうように津久見が頷いた。

2人は緩やかなカーブに添って登って行った。両脇を様々な種類の竹が、道とは言えない道を作っていた。

雄介は頭上高く覆いかぶさる孟宗竹の中の1本が、風もないのにザワリと動くのを見た。

妙な動きだと思いながらも津久見のあとを歩いた。

立ち並ぶ竹の頭が、隣同士耳打ちでもするようにサワサワと動き、雄介たちの少し先を行く。

途中いくつかの下りの道があったが、津久見は竹の動く方へと歩いていった。

坂を登りきり少し下ると、質素な建物と広々とした農地が見えてきた。

そのころには導きを済ませたかのように、竹は動きを止め静かになっていた。

津久見は気持ちよさそうに伸びをした。

来訪者が分かっていたかのように納屋のような建物から小柄な女性が出てきた。

「ばっちゃま、来ましたよ」

叫びながら子供のように手を振り、小走りに下りていった。津久見は振り向くと雄介を早く来いと手招いた。

雄介はここがどこで、ばあさんが誰で、何をさせられるのか、全く興味がなかったが、無関心な気持ちとは裏腹に、津久見の後を追っていこうとする己の体に戸惑った。

雄介はノロノロと道を下り、津久見の脇に隠れるように立った。

それを見たばっちゃまと呼ばれる老婆は、くちゃくちゃの顔で笑った。

「よう来たね」

と雄介の背中を叩き、先に立つとかなり古いがしっかりとした造りの母屋のほうへ向かった。


その家は民宿といっても御客をもてなすというにはかなり質素で、玄関を入ると正面には昔ながらの大広間があり、そこを6つの個室が囲むような作りになっている。

玄関入って左にはキッチンをはじめとする水回りの部屋が並んでいて、ばっちゃまはその部屋へと入っていった。

そこには10人はゆうに座れるテーブルがあり、ばっちゃまと呼ばれる竹林庵の主は腰掛けると、津久見と雄介にも座るように促した。

「ばっちゃま、お元気でしたか?」

「はい、お陰様でこの通り活きておりますよ」

ばっちゃまはくちゃくちゃの笑顔で応えた。

「ばっちゃま、雄介です」

うつむいていた雄介は突然の紹介にびくりとしたが、少し顔を上げばっちゃまに会釈し目をあわせた。

「雄介、と呼んでもいいね?」

雄介はいいねと問われ、拒否もできたのだが、迷うことなくそのままうなずいていた。

理由はわからないが、この老婆を雄介はすんなりと受け入れていた。

「ばっちゃまが人手がいるって聞いたから雄介を連れて来たけど、役に立つかどうか、迷惑かけるかもしれませんよ」

「迷惑なんて、道理に迷って己が惑わされること、道理が通ればなんてことないね、雄介」

ばっちゃまの言葉を理解できずにいる雄介にくちゃくちゃの笑顔で、

「いずれ分かる、お天道様が教えてくれる」

津久見はばっちゃまと雄介を交互に見ながら、ほっとしたのかうっすらと涙目になっていた。と、裏口から女性が静かに入ってきた。

幼い印象の女性は伏し目がちで雄介の前を通り過ぎた。

ばっちゃまが呼び止めるとその女性は、ゆっくりと振り向いたが顔はうつむいたままで表情は見えなかった。

「芽唯、宇佐野雄介さんだ。今日からここを手伝ってもらうことになったからね、東の奥の間の用意をたのんだよ」

芽唯という女性は雄介の方に少し顔を向けただけで何も言わず外へ出ていった。

津久見の心配そうな顔に

「あれで分かっているから大丈夫」

見慣れてきたくちゃくちゃの笑顔でばっちゃまが応えた。


10分ほどして準備ができたのか、台所のドアが開き、芽唯がうつむき加減の顔を出した。

「芽唯、ありがとう。雄介を案内しておくれ」

芽唯はドアを閉め、待っているようだった。

「雄介、疲れたろう。夕飯まで部屋で休むといい」

ばっちゃまは芽唯についていくように雄介に言った。

雄介は何も言わない津久見を残し、席を立った。

部屋まで案内すると芽唯は何も言わずに戻っていった。

6畳の部屋に小さな机があり、布団が敷いてあった。

雄介は布団の上に横になり目を閉じた。

また津久見は何もいわなかった。

俺を残して一人で弘原海に帰る気か?

芽唯という人は何なんだろう?

出雲大社は縁結びの神様って言ってたな。

縁を結ぶためにここにいるのか?

昇との縁は切れちまった。

いいや、俺が切っちまったんだ。

テラさんはどうなった?ルナは生きているのか?

ナルさん連絡・・・スマホ・・・どこだっけ?

眠れそうもない状況なはずなのにいつの間にか雄介は深い眠りについていた。




「雄介・・・」

津久見の声で目が覚めた雄介は、真顔で話をしようと座り込んだ津久見を、布団から出ずに身体を起こしただけで怠そうに見た。

「ちょっといいか?」

雄介は頷いた。

「俺はこれから宗像に帰る」

「やっぱりな、どうせそんなことだと思ってたよ・・・宗ちゃん」

雄介は想いは声に出さず目を伏せた。

「雄介、頼みがある。お前ははここに残ってばっちゃまの手伝いをしてくれないか?」

間をおいて雄介は尋ねた。

「・・・何するんだ?」

「芽衣ちゃんを見てどう思った?」

雄介は答えなかった。

津久見は少し考えて話し始めた。

「あの人は凄まじい恐怖を体験している。そのトラウマは今も残っている。それどころか大きくなっていって、恐怖がすべてを飲み込んでしまうと恐怖以外の感情が消えていってしまうらしい」

津久見は一旦言葉を切って、雄介の反応を見た。

雄介は身動きせず何も言わなかった。

「ばっちゃまが言うには、芽唯ちゃんはお前を受け入れたらしい。あの人にとって人を受け入れるということはかなり難しくてな、今までも何人かの人が手伝いに来たけれど、部屋から出てこなかったそうだ。ばっちゃまは芽唯ちゃんが受け入れた雄介にここを守ってほしいと言っているんだ」

芽唯が受け入れたと言うその言葉は雄介を温かくした。

「守るって何からだよ」

「芽唯ちゃんが怖がるすべてのものからだ」

「そんなの、無理だ。・・・できねぇ」

「雄介、何とかしてくれよ、ばっちゃまがいうには芽唯ちゃんはこのまま放っておくと壊れてしまうそうだ。お前がいてくれるだけで心強いから頼みたいそうだ」

「俺は・・・嫌だ。おれは一生人間とは関わらないって決めたんだ」

目を落とした雄介の前で昇が笑っていた。テラが微笑んでいた。失いたくないものだった。

「雄介、もう関わっているよ」

「うっ」

津久見は静かに続けた。

「ばっちゃまはお前を雄介と呼んでいいかと聞いた。お前はいいと答えた。それが縁だ」

雄介は津久見の真剣な表情に逃げ場をなくし、身を固くした。

「宗ちゃん、無理だって、俺どうして良いか分かんねよ」

雄介は膝を抱えて小さくなって呟いた。

「竹林庵はお前を必要としているんだ。雄介しか芽唯ちゃんを守れないとばっちゃまが頼んでるんだ」

雄介は布団の中にもぐりこんだ。寒くもないのに体が震えた。

しばらくすると津久見はあきらめたのか部屋を出ていった。

遅い夏の日暮れが音のない部屋を包み、セミの鳴き声が妙に大きく聞こえた。

津久見は宗像に帰ったのだろうか?

それならそれでいい。俺は子供じゃない、どうするかは自分で決める。

雄介は自分に言い聞かせた。

そのまま寝るつもりだったが、なぜか背中がピリピリと痛み始めた。

雄介はごそっと身を起こした。小さなテーブルにおにぎりとお茶が置いてあった。

誰が持ってきたのか?誰かが入ってきた気配はしなかった。

明かりをつけおにぎりを頬張った。一気に食った。うまかった。

お茶を飲み一息つくと、雄介は落ち着いていることが不思議な感じだった。

何も変わっていないのに何か違っていた。

それからしばらく雄介は宗像の生活のリズムに戻っていた。

朝が訪れ三度の食事を済ませ、風呂に入り夜を迎える。一言も話さず、何もせずぼんやりと過ごす毎日。干渉されない生活に浸っていた。

不満はなかったが雄介は焦りを感じていた。ただ飯を食らい、他人様の世話になっている居心地の悪さ、このままではだめなことはわかっていた。

津久見が去った時、先のことは自分で決めると誓った。

だが、今の雄介には決意するものがなかった。やりたいことも行きたいところもなく、会いたい人もいなかった。何も起こらない平和な生活。

雄介は満たされ過ぎたカオスの中で足掻いていた。




ある夜、夕飯をばっちゃまが運んできた。

雄介の生活に一切口を挟まず、優しく見守っていたばっちゃまが珍しく話しかけてきた。

「飯食いながらでいいよ」

そう言われても雄介は箸を取らずにいた。

「雄介、ひとりで頑張ったな。逝ってしまった人を追っていこうとしても、追うことができなかったんだな。残された者は辛い。何もできなかったと悔やむしかない。だが、残されたものには残された意味がある。縁というものは、永遠ではない。大切に紡いでも必ず死が縁を断ち切る。己が死を迎える時まで縁を繋いでいけたら幸せだ。良縁、悪縁、深い縁、訪れる縁を繋いでく。人生はそういうものだ。死に際に後悔せんようにな、生きていかんとな」

「ばっちゃま、死ぬときはわかるのかな?死ぬとわかったら怖いのかな?」

「死ぬときにならんとわからんな」

ばっちゃまは話し終えると立ち上がった。

部屋を出るときにいつもの笑顔で振り向いて、言い残して部屋を出ていった。

「後で芽唯が話しに来るから聞いてやれな」

夕飯に箸をつけ始めた雄介は食べるのをやめた。

「そう言えば、芽唯という人の声を聴いたことがない」

「何を話しに来るんだ?」

考えは及ばず、芽唯が作ったであろう汁物をすすった。




風呂を済ませ、雄介は芽唯を待っていた。

ひさしぶりに好奇心というものが動き出した。

8時になり音もなく静かに芽唯が現れ、ドアの近くに正座した。

深くお辞儀をするとおもむろに朗読を始めた。

雄介は慌てて同じく正座をするとお辞儀をした。

呆気に取られている雄介を尻目に30分間朗読をすると、一礼し静かに退室した。

しびれた足をさすりながら、30分間真面目に付き合ったことを思い出して笑い出した。

あれは話しに来たのか?何を話してんだろう。訳の分からない言葉だったが、悠々たる語りは心地よかった。

きれいな声だった。いにしえの言葉が雄介を心優しい悠久の時へといざなった。

それから芽唯は毎夜決まった時間に現れ、30分間朗読をして、雄介と言葉を交わすことなく部屋を出ていった。

芽唯の訪れとともに部屋の空気は徐々に変化して、すべてのものがゆっくりと過ぎていった。

芽唯の朗読の内容は神話に基づくものらしいことは分かってきた。出雲という言葉や一度は耳にした神様の名前が出てきたからだ。

不思議なことに朗読を聞くようになってよく眠れるようになり、いつの間にか雄介の得体のしれない焦りは物足りなさへと変わっていた。





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